第10話 アラフィフ介護士 用務員になる。
あの宴から二か月ほど経った。
俺はキョウカさんの紹介で、養老院の雑用として働くことになった。
ちょうど前任者が年齢を理由に引退するところで、向こうにとっても都合が良かったらしい。
まさにラッキーだった。
広い敷地には、レンガ造りの三角屋根の建物が建ち、俺の世界で言えば高校のような外観の修道院があった。修道女たちはそこで神に仕える修行の日々を送り、一定期間を経て各地に派遣されるという。
敷地内には地域住民向けの教会もあり、時刻や非常時を知らせる鐘楼がそびえている。石造りのドーム屋根の建物の内部は広く、アーチ状の窓には繊細なステンドグラスがはめ込まれていた。
その教会と通路で繋がれた形で、コッズさんが生活する養老院が併設されている。
レンガ造りの平屋で、入り口から左右に通路が伸び、二人部屋の居室が並び、その奥には浴室や洗濯室が設けられていた。
入り口の正面には集会室を兼ねた広めの食堂があり、三十人ほどのお年寄りが生活を送っている。日本で言えば、自立した高齢者向けの介護型特定施設といったところか。
雑用の仕事を引き継いだ俺は、失敗するたびに主任の修道女に「これだから男の人は!」と叱られながらも、他の若い修道女達からは「大丈夫よ、気にしないで」と励まされ、細かなアドバイスを受けて少しずつ仕事を覚えていった。
新人時代って、どこの世界も変わらんなあ――と感慨に浸りつつ、新しい環境に慣れるにつれて、色々なことが見えてきた。
この養老院、表向きは修道会の施設だが、実際はギルドから資金を受け取り、教会がその業務を委託されている形らしい。
つまり、年寄りの世話も宗教活動の一環として行われている。
だからか、修道女達の介助は自己流で、系統だった技術を習得させるというより「見て覚える」スタイルのようだった。
もちろん、彼女たちなりに努力はしているが、長年介護の現場にいた俺からすれば、手慣れているとは言い難い。
たとえば、足の悪い老人をベッドから起こすのに、ただ腕を引っ張るやり方を見て「これはやられる側も、やる側もキツいだろうな……」と感じてしまう。
キョウカさんは俺のことを他の修道女たちに紹介してくれたが、主任の修道女は「そんな簡単な事じゃないのよ」と、どこか否定的だった。
「どうして分かってもらえないのかなあ……?」
少し落ち込んだ様子でキョウカさんがこぼしたが、俺はあまり気にしていなかった。
前の世界でも、年配の寮母が「長年これでやってきた」と自分のやり方に固執し、若手と衝突している場面を何度も見てきた。
だからこそ、俺の方針は――「口を出さず、機会を待つ」
「焦んなくていいよ。こだわりって、簡単に変わるもんじゃないからさ。キョウカさんは気にしないで」
見た目には年下の少年が年上の女性を慰めている構図だが、精神年齢的には俺の方がずっと上、そう考えれば、まあ自然な光景だ。
――そして数日後。よく晴れた午後のことだった。
俺は薪割りの合間に休憩をとり、養老院の入口をぼんやり眺めていた。
そこに、元タンク職のヘストンさんが日課の散歩に出てきた。
タンクというのはモンスターの攻撃を一身に受ける職種で、並外れた体格と体力が求められる。彼もその例にもれず、堂々とした体格をしている。
杖こそ使っているが、足運びは達者。付き添いの修道女――最年長のローザさん(といっても28歳。前世の俺よりはずっと若い)ですら、ついていくのに一苦労していた。
元気だなあ……と眺めていたその時。
ヘストンさんの足が、地面の轍に引っかかり、バランスを崩して尻もちをついてしまった――。




