番外編『魔女の道②』
ここは――ベッドの上かしら? そういえば確か前回ここに来た時は空から落ちた事になってるんだっけ。確か前回はネムと名乗る《奇跡の魔女》と遭遇して...えーと、なんだっけ?
再現された世界にて目を覚ましたロジェは、前回ここで見た出来事を思い出す。基本的にここで起こる出来事は世界に影響はないはずだが、この目覚め方は少し不穏だ。時間帯も目覚めた場所も前と全然違うので、歴史が変わってしまったのでは無いか心配になる。
軽く目を覚まして周りを見渡すが、そこは幾つかの蝋燭が部屋を照らす小さな部屋だった。
この世界ではマナの吸収による夜目が効いたりしないので、日が落ちている以上は部屋の中がしっかり見えるわけでは無い。けど魔導書らしき本が部屋にある本棚全てにぎっしりと収納されているのが何となく分かる。
その中でもまるでロジェの事を呼んでいるかのように光り輝く一つの魔導書を手に取り、勝手にロジェは読んでいく。どうやらこれが足りない記憶を補完してくれる今回のプロローグ本らしい。
えーっと、なになに――現在この世界では、《奇跡の魔女》と名乗るネムが意識が朦朧としているあなたの落下を救った後の状態です。本来の正史では、ネムはあの路地で土魔法を使って壁を生み出し、追ってくる男達を行き止まりにした上で箒を使って路地から脱出したの。その後彼女は迷子の黒猫を見つけたわ。まぁ貴方がここに来た事でこの世界線は無くなったわけですが...それはどうでもいいでしょう。
「関係ないならそんな事書かないで欲しいのよ。このプロローグ本、ちょくちょく作った人の自我が出るのはなんなのかしら...」
――そしてその子の飼い主を探すも全く見つからず、その日の捜索は諦めて彼女は家へと帰りました。その証拠にあなたの隣に黒猫が1匹寝ているでしょ? .......え?
ロジェは周りを見渡すが、黒猫なんてどこにも居なかった。まさか余計な事をして未来が変わったのかと思い布団の中を探すと、一匹の黒猫が気持ち良さそうに寝ていた。どうやら黒猫は布団の中がお気に入りなだけのようだ。
「ふぅ...びっくりしたぁ。なんか余計な事して未来が変わったのかと思ったわよ。そんな事は有り得ないはずなんだけど、腐ってもアレも魔道具みたいなものだからね。何が起こるか分からない以上心配だわ」
そうしてロジェは次のページをめくった。
この本を読んでいるという事はあなたとネムとの再会が近い事を意味するわ。遭遇した時はこう言えば相手は必ず喜んでくれるはずよ。その言葉とは『約束を破っ----
「.......なにこれ、また中途半端に破れてるわね。私がまた実力が足りない状態でここに来たからかな…こうなるくらいならもっと経験を重ねてから来るべきだったかしら。こんな事言ってても仕方がないんだけどさっ! 」
一人で勝手に反省会をしていると、ロジェのいた部屋のドアが開き、この前見た黒いローブに黒いとんがり帽子を被った黒髪の魔女っ娘、ネムが入ってきた。
設定だと確かこの人の家なんだっけ? その言わなきゃ行けない事を言ったらお礼や挨拶くらいはしておかなくちゃ失礼よね。
「あー! ロジェー!!! あなた、やっと目を覚ましたのね! 急に空から落下するし、そこからは全く目覚めないから心配したよぉーーー! 」
「え、ちょっ!? まっ――」
ロジェの静止を聞かずに、その声の主は私が横になっていたベットの上へと飛びかかってきた。どうやら相手は相変わらず私との距離感がバグっているようだ。
「一応私の魔法でちゃんと治療したんだけどどう? 痛いとことかない? 全然目を覚まさないからもう心配で心配で…」
プロローグ本によれば『約束を破っ.....』で止まってるんだけど、なんて話しかけるべきだろうか。基本的に指示通りの行動をすれば求める記憶を見る事が出来るけど、万が一選択をミスしたら求めてない未来を見る可能性が少しでもある以上は慎重にならなくちゃ。というかさっきからあーるんみたいに頬を近付けてくるのやめてください!!
「.......色々と言いたい事はありますが、とりあえず質問です。あなたは約束とやらを破って大丈夫だったんですか? こうして助けて頂いた事は今でも感謝してますし、私が空から落下したのも悪いけど、何か用事で急いでたんじゃ――」
「あーそれね、それはあの男共からペンダントを取り返す約束だったからもう解決したよ? なんかねー反社? っていうのかな...そこの怖い大人達が小さな女の子の大切にしてたペンダントを盗んだらしいの! だから私が代わりに組織に殴りこんで取り返してあげたって訳! 約束ってのもその女の子にペンダントを返してあげるって言ってた時間なの」
「ネムさんって見た目以上に優しい方なんですね。私が見た限りだと平気で人の事を見捨てるようなもっと冷酷な人だと思ってました」
「なにそれ、まだ出会って間もないのに私の評価がなんか酷くないっ!? まぁそのついでに組織にあったお金もこうして沢山くすねてきたんだけど――どう? 凄いでしょ! これだけあれば正直何日でも過ごせるわ!」
そう言ってネムがポケットから数え切れないほどのお金を見せてきた。この世界の通貨や価値が分かってないが、目の前にあるその大金はかなりの高額である事だけが本能的に感じとれる。
「ネムさんは確かに可愛いですけど、そんな可愛く舌を出してもお金を掠めとった事は浄化出来ませんから! ペンダントを取り返したのは確かに良い事ですけど、その分ちゃんと悪い事してるし反省してくださいっ!!!」
というかあの男達が怒ってたのって絶対それじゃん! なんでそんな怖い人達の生贄にしようとしてんだこの魔女...めちゃくちゃ怖いんですけどっ!!!
「ふふ、ロジェは案外真面目なのね。ちなみにね、私は困ってる人を見つけたら見捨てられないんだぁ。だって可哀想じゃない? 子供みたいに力が無いってだけであんな豚みたいな顔した男達から物を盗まれたりしてんだよ? どうせペンダントなんてアイツらが使う訳ないってのに意味もなく取り上げるなんて正直許せないわ! 」
「.......その気持ちは痛いほど分かりますよ。私も困ってる人を見たら口よりも先に体が動いて助けに行く性ですからね。なんか助けて上げなくちゃー! って思っちゃうんですよね。あれは何故なんでしょうか? 」
軽く雑談がてらに結構重めな問いを投げかける。すると、ネムは深刻そうな顔をしながら口を動かした。
「私は元々両親が居なかった――からかな。親は幼い頃にとある事故で無くしちゃってね。それからはずっと一人で暮らしてきたの。生き延びる為だけに普通の魔女や魔導師なら出来ない『魔力を使って空腹を満たしたりする』とかいうめちゃくちゃな技術を個人的に生み出したり、時には賞金首になるような犯罪者共をとっ捕まえて何とか生活を繋ぎ止めてきたの。だから誰よりも生きる上での辛さを知ってるし、困ってる人を見たら自分の命を投げ出してでも助けてあげたくなるんだぁ。なんだか昔の私を見ているみたいで可哀想になるもの」
「……なんか変な事聞いちゃってごめんなさい。嫌な事を思い出させてしまいましたよね」
「私の事は気にしなくていいから! それより、ロジェはどうして困ってる人を助けようとするの? 貴方にも何かそれなりの理由があるんでしょ! 」
「.......私は声が聞こえるからです。理由にはなってないかもしれませんけど、誰かの声が聞こえるから助ける。それが私が人助けをする理由ですね」
「声…? それって誰の声なの? 困ってる人の声が自動で聞こえちゃう特殊な耳持ちって事でいい? 」
ネムが兎のような耳を魔法でサクッと生やしながら可愛く話しかけてくるが、触れてもどうせ軽いノリで返されるので、そのボケは敢えてスルーする。
「はい。私は昔からずっと聞こえてくる声があるんです。その声は誰の声かも分からないし、顔も良く見えない誰かが私に向かって『あなたのその類まれなる才能と魔力は多くの人を助ける為にあるの。だから絶対に人を傷付けるような事に使わないで』って優しい声でお願いしてくるんですよ。もちろん私の魔法でカエルに変えたり、コケコッコーと鳴く変な兎に変えたりした事もありましたけど、それだって本人の体に対して物理的に傷つけるような事はしていません。もちろん相手が私に向かって全力で攻撃してくる場合は別ですが、極力私はその声の主の為に誰も傷付けない魔法を使うようにしているんです。なんかこれを守らなきゃ...ってなるんですよね」
「なるほどなぁ。きっと、その声の主はまだその言葉を覚えてて貰えてる事を心の底から喜んでると思うよ。今ロジェって何歳かは知らないけど、あなたのスタイルが良いその豊満な体つきを見る限りはちょうど良いお年頃と言ったところでしょ? そんな記憶もない時代に掛けられた言葉を覚えててくれた上に、言いつけを守ってくれたなんて知ったら私なら泣いちゃう自信あるもの。親ならその場で大号泣しちゃうよ! 」
「.......この良い話の流れで私の体を話に出す必要ありました? 私のこの体は――今は亡きお母さんやお父さんから受け継いだ唯一のものだし、軽く話した程度のあなたに褒められても嬉しくありません。それに、生きてる人の中で唯一スタイルの良さとか褒めて欲しいと思ってる人は全く褒めてくれませんし、そういう発言は気安くしないでください。褒めて貰うならまずはその人に褒めてもらいたいので」
「...そっか。まぁそういう事なら触れるのはやめておこうかな。というか聞いてる限りはロジェの生きてる世界って毎日が楽しそう。きっと今とは大きく時代は変わってるだろうけど、私が知らない魔法が沢山生まれてたり、誰も思いつかないような魔道具や食べ物が沢山出回ってるんでしょ? とっても気になっちゃうし私の目で1度見てみたいなー」
そうかな? 私的にはこの時代の方が好きだけどなぁ…小さな争い事はあるみたいだけど、今みたいに種族間の差別がないだけじゃなくて互いに助け合って生きてるしで、これこそ平和そのものだから羨ましいよ。確かに時代が古いから少し不便な事には変わらないけどね。
「……私の時代なんて良い事はありませんよ。確かに色々と便利にはなりましたけど、未来から来た私にとってはこっちの平和な世界の方が何倍もマシです。未来なんて基本的に碌な事がない。種族が違うからって理由で一方的に追いやったりする時代なんて私は大嫌いです。根っこが最初から悪い人なんて基本的に居ないんだから、みんな仲良くすればいいのに」
「それはまた難しい話題ね。けどきっとロジェならの時代のように平和な世界に作り替えることが出来ると思うわよ。魔力もこれだけあって、沢山の魔法が使える優秀な貴方に不可能なんてものはないわ。だって貴方は私―――が根っから完全に認めた極めて優秀な魔女なんだからね! 」
その言葉を聞いた瞬間、一瞬ロジェの脳内では変化が起きた。目の前でスキンシップを取ってくる彼女の事が視界に入らなくなる程に大きな変化が起きる。
あれ、今ネムさんの言葉でなにか思い出しそうな気がしたんだけど、なんだ? 何かが出てきそうだけど――うーん、出てこない。
その時、脳内にまた『声』が聞こえてきた。今までは性別すら分からなかったのだが、ようやく分かった。私に話しかけてくれているこの声の主は女性だ。
『誰よりも心の優しいあなたは、私の一生の誇りよ。私の言葉を覚えててくれてありがとう』
今まで聞こえていた『声』とは内容が少し違うけど、ようやく初めて聞こえた。きっと今までの発言も、さっきもこの発言をしていたのも、全部この女性の可能性がある。誰なのかは思い出せないけど、性別が分かっただけでも大きな一歩だ。何も分からないよりは圧倒的にマシだと思う。
この言葉はお母さんの言葉だと思っていいのかな? ねぇ、お母さん。この声はお母さんなの…? お母さんだと思って良いんだよね。私の声が聞こえてるならちゃんと答えてよ。ねえねえ...なんで私が質問しても何も答えてくれないの? 私だって話したい事沢山あるんだよ? ねえってば!
「あれ? どうしたのロジェ。なんか辛そうな顔してるけど、もしかして落ちた時の傷でも痛む感じかしら。もう完全に治ってると思ってたんだけど、まだ痛むなら追加で治癒魔法掛けてあげよっか? 」
「................いえ。大丈夫です。傷は完全に治ってますし、そんな事する必要はありません。とりあえず今は一人にして貰っても大丈夫ですか? 」
「え、えぇ...別に大丈夫だけど、何かに追い込まれて自殺とかは絶対やめてよ? 私の近くにいる限り、誰かが死ぬなんて事は絶対に御免だから! 仮に死んだとしても時間を掛けてでも新しい魔法を作って貴方を生き返らせるから覚悟しときなさい! 」
「.......あ、あははは。そんな事しませんよ。勝手にお部屋を借りちゃってる身分のくせにこんな事頼むのは烏滸がましいですけど、今はどうしても一人で考えたい事があって...これ以降は絶対こんな事しないと約束するので許してください」
「別にそういう時は誰にでもあるし、気にしなくて大丈夫よ。この部屋は私の書斎みたいな場所だし好きに使ってくれていいわ。それより明日、私と一緒に出掛けましょ! ロジェにも手伝ってほしいとこもあるし、何より連れていきたい場所があるんだぁ」
「そのくらいなら別に構いませんよ。寝所を借りたお礼もありますから、なんだって付き合います」
その言葉を聞いて、ネムさんは目を星のように輝かせ、心の底から喜んでいるかのような声の高さで口を動かした。
「言ったね? じゃあ明日覚悟しときなさいよ! じゃあおやすみー! 」
「はーい。おやすみなさーーー........い」
テンションの上がったネムさんに作った笑顔で手を振りながら相手が完全に立ち去った事を確認し、暫くしてからロジェは手を振ることをやめ、目を閉じる。
さっきの声、お母さん…だよね? なんで私の質問に答えてくれないの? せっかく会えるかもしれないって言うのに、なんで何も喋ってくれないの...さっき初めて話しかけてくれたよね。なんで? 私が悪い子だから...? それとも.......魔女として私がまだまだ力が足りてないから答えてくれないの? ねぇ..........なんでなの。なんでいつも突然話しかけるだけ話しかけて、私を一人にするの?
ロジェはその日の夜、この世に存在しないはずの女性の『声』を聞いた事で自分の中にあった何かが崩れた音がした。それはまるで自我を持ち始めた小さな赤子が母親に依存するかのように、もうこの世に居ないはずの『母』かもしれない相手との会話を試みる為、日が昇り始めるまでの数時間、ロジェはずっと自分の脳内に一人で語りかけ続けた。
ねぇ…お母さん、私をあの時と同じように一人ぼっちにしないでよ。もう一人で生きてくのはやだよ。返事してってば...
そう自分の脳内に言い残しながら何度も何度も――同じ事を繰り返す。
結局返事は一度も返ってこなかったけど、休む事無くロジェは夜が明けるまでの間ずっと『声』に対して話しかけ続けた。




