番外編 『魔女の道③』
「ふわぁー...とちゅーでねちゃいそう...」
「ロジェったら少し心配ね...目に隈もあるしなんか寝不足っぽいけど、昨日は何してたの? 」
ロジェとネムは空からとある場所に移動するついでに昨日見つけた黒猫の飼い主を探していた。
個人的には一旦気持ちが落ち着いたので、これからぐっすりと眠るつもりでいたかったけど、ネムさんに上から飛びかかられたので外へと行かない訳にはいかなかったのだ。
「別に何もしていませんよ。個人的に探し物が見つかりそうだったので、それについて考えて――ぐぐぐ...」
「あー! こらロジェ! 箒運転中に寝ない、起きろー!!! 」
一瞬意識が飛びそうになったので何とか根性を発揮して目を覚ます。普通なら意識が飛びそうになった瞬間、一瞬で真っ逆さまに落ちるはずなのにそれすらしていないのは恐らくネムさんが助けてくれていたのだ。となれば感謝しなければならない。
「無理やり連れてった私も悪いけどさ、本当に大丈夫? 無理そうとかなら別日に回しても良いのよ。今回行く場所はそう急ぐような場所じゃないし――」
「...いえ、絶対今日行きます。別日にしたらもう二度と見れないかもしれませんから」
『魔女の道』が見せてくるものは同じ世界線に二度も来られる保証はない。だとしたら今行かなければ一生後悔する気がする。そもそも寝不足になったのも変な事をしていた自分のせいだし、行かない選択肢なんてない。
「....分かったわ! けど、ロジェの顔色はとても悪いし、限界なら我慢せずにちゃんと言いなさいよね? 私、すんごーく貴方の事が心配なんだから」
そう言いながらネムさんが私の頬をツンツンしてくる。前も思ってたけどやっぱりこの人、スキンシップが凄いわね...そんなにも私の顔に興味あるのかしら。確かに可愛いからそうなるのも分かるけど...ちょっと多くない?
「とりあえずそのツンツンをやめて欲しいところですが、その前に一つ質問です。本日は何処に行く予定なんですか? 」
「行きたい場所のこと? それはね、着いてからのお楽しみかしら! 大丈夫、そんな心配そうな顔しなくてもそこは危険な場所じゃないし、すんっごく良いとこだから! 」
そこまで太鼓判を押す場所かぁ...そう言えばネムさんの部屋にあった本は魔導書を除けば植物に関する本がやたら多かったけど、もしかしてそういう系なのかな? だとしたら最高かもなぁ。
「なるほど、なら私も楽しみにしておきます。ネムさんが太鼓判を押すような場所ですし、今からでもワクワクもんが止まりません! ねー、黒猫ちゃん」
「みゃー」
そう言いながら迷子の黒猫の頭をロジェが撫でる。私の中では黒猫と言えばキルメだ。目の前の猫はあの子と何処となく見た目はそっくりな気がするが、毛の柔らかさとかは全然違うし、何よりも感じる暖かさが違う。そもそもキルメが冷たすぎるのもあるけど、あれに慣れるとこの暖かい猫ですら猫じゃないと思ってしまいそうだ。
「おやおやぁ? 何処かこの子もロジェの事気に入ってそうな気がするわね。さては、昨日の夜の間にこの猫ちゃんとなにかあった感じかなぁ? 」
「....確かに昨日はこの子と一晩過ごしましたけど、何もありませんよ。私は――軽く考え事してただけなんで」
きっとこの子が言葉を話せたら私が一晩中居るはずのない誰かに話していた事も共有されていたと思うけど、そんな事は出来ないはずだ。あんな恥ずかしい一面は誰にも知られたくないし、泣き顔見られるのも恥ずかしいので正直助かってるけどね...
「アレで軽く...? まぁいいか。にしてもだけど、ロジェってなんか変な体質あるわよね。今みたいに動物に懐かれやすいってのもそうだけど」
「体質ですか? そんなの意識した事ありませんけど――なんてそんな事まで分かるんです? 」
「何となくだけどありそうだなぁって思ってさぁ。私の知ってる知識の情報と嗅覚によるとね、一切の汚れのないソウルジェムといい、貴方の纏ってる白魔女の瘴気といい、ちょうど動物達が好みの匂いをしてると思うのよ! それも、興奮を落ち着かせる癒しの力に長けた超絶貴重なのをね!! 嗅覚に関しては私ね、犬レベルで凄いから違いないわ! 」
「....犬レベル、ふふっ。あはははは! とっても面白い冗談言いますねネムさん」
「んもぅっ! 私は至って真面目だもん!! 」
ネムさんが恥ずかしそうにしてるが、嗅覚が犬レベルの人なんて何処を探しても居ないだろう。魔女の瘴気とやらは魔女や魔法に特別長けた種族なら何となく感じるものだが、害があるかを嗅ぎ分けられる人なんて聞いた事がない。本当に出来るって言うなら実際に見てみたいところだ。
「あはははは...はぁー、久しぶりにすっごく笑ったぁ。色々あって正直気分がどんよりしてたんですが、そこから少し立ち直れた気がします。ネムさん、ありがとうございます」
「ぐぬぬ....絶対ロジェは私の事を信じてないでしょ? 直ぐに証明出来ないのが悔しいけど、きっといつか証明してあげるんだから! 」
「....そんなに悔しがるような事じゃないと思いますよ? まぁ私はそれを信じてなんてないですが、また機会があればぜひぜひ証明してくださいね。私は待ってますから! 」
「くぅーー、ロジェってホントいい感じに意地悪な子ね。私の見込み通りでもあるけど、何処となく悔しさが勝っちゃうわっ! これで勝ったと思わないでよ、絶対見返してやるんだからッ!!! 」
何処となく悔しそうなネムさんの横顔を見ながら、私は迷子の黒猫の飼い主を探しつつ移動を続けた。
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「じゃーん! やっと着いたわよ! ここを是非ともロジェに見せたかったの! 凄いでしょ? 」
「すっごく広いのお花畑...こんなにも色んな種類の花があるなんて聞いた事も見たこともないのよ...」
結局黒猫の飼い主は見つからなかったが、ネムさんの案内に従っていると、様々な色が使われた広大な土地全体を埋め尽くすほどに花が咲いている綺麗な花畑に到着した。自然と吹く風を使って回る風車に、風に揺れる花々の波がとても美しい。
サウジストの時に見たガーベラさんの花畑もかなり凄かったが、それとは比べ物にならないくらいに綺麗だった。
「ここは案外知られてない秘境なの! ここがバレるのは時間の問題だと思うけど、有名になる前にロジェにこの場所へ連れて来れてよかったわ」
「すううううう...とってもいい匂いがする。それもとっても落ち着く匂いばかり。これを使ってものを作ればすごく売れそうな気がするわね...」
「最初に来て考える事がそれって...ロジェったら案外お金にがめついのね」
ネムさんにドン引きされてる気がするが、こういうのは脳裏に過るだけであって別にそれを行動に移すつもりはない。だって面倒だし、何よりお金の為だけに花の命を奪うのなんて命が可哀想だからね...
「ちなみにこのお花畑は何か名前とかあったりするんですか? ここまで広大な土地を使った花畑だなんて名前くらいありそうですが...」
「勿論あるわよ。ここの管理人さんから聞いたんだけど、ここは『千花泡未』って言うらしいわよ。この場所に咲く千本の花がまるで海の泡沫みたいで――」
「ちょ、ちょちょちょ! ちょっっっと待ってください!!! 今、千花泡沫って、言いました!? 」
「...え、えぇ。そう言ったわよ。そんな興奮してどうしたわけ? そんな急にゼロ距離まで詰められると――流石に恥ずかしいというか...ちょっと照れるというか...」
『千花泡沫』は今も語り継がれるくらいに有名な花畑であり、私の住む時代ては幻とされていた場所だ。後に世界一綺麗な花畑と称される場所であり、記憶が残ってないくらいに小さかった頃に誰かに何度も何度も読み聞かせてもらった絵本に出てきた有名な花畑でもある。その時に聞かせてもらった王子様とのラブストーリーは今でも鮮明に覚えている。
「私、この千花泡沫の花畑を子供の頃からすんっっっごーく憧れてたんです! もし本当に実在するなら一度くらい私の友達と一緒にこの場所へと来てみたいって思ってて――はぁ、ほんっっとうに来れるなんて夢みたい....! 」
「よ、喜んでもらえたなら何よりね...ロジェってやたら昔の事に詳しいし、説明しなくても大体話が通じちゃうからなんだか案内してる私までもが楽しくなっちゃうわ! 」
私は過去の時代や歴史を調べるのが大好きだ。それが面白いのは勿論だが、一番の理由は過去を知ればいつか――私のお母さんやお父さんの事を知る事が出来るかもしれないからだ。
望み薄なのは知っているけど、もしかしたら何か思い出せるかもしれない。何もしないよりマシだ。
そんな結論を出してからは僅かな希望にかけて私はこれまでの三百年、ずっと生き続けているのである。
「褒めて頂きありがとうございます。歴史は...私の探し物が見つかるかもなので調べてるだけですよ。それより、花弁が舞い散っても自然と花から花弁が復活するし不思議なお花ばかりなのよ..今私の手元にカメラがあれば――この最高の景色を残してるとこなのに! ムキー!! 」
「ふふふ、ようやくロジェが私に対して素の一面を見せてくれたわね」
私の顔を見ながら笑みが抑えきれなくなってるネムさんの顔を見るが、その顔は心の底からとても嬉しそうだった。どうやら彼女は彼女なりに私の事を心配してくれていたらしい。
「.....あらやだ。私、素の部分が出ちゃってた。なんだかとっても恥ずかしい...」
「別に無理して本当の自分を隠さなくていいんだよ? 貴方は確かに無神経で性格悪いとこがあるけど、それだって貴方の個性なんだし、変に取り繕ってる方が私からしたら気持ちが悪いわ」
「気持ち悪いだなんて...まだ会って間もないのにそこまで言います? 性格の悪さで言えば私と変わらないと思うんですが」
「だってそんな事言ってくれる人なんて中々いないでしょ? この天才魔法使いのネムさんの眼からすればぁ、全てがお見通しなのだ! 」
そう言いながらネムさんが魔法を使い、この花畑全体に花が根元から散らない程度に強い風が吹く。すると、飛び散った花弁達が風に流されて幾つもの渦を作った。そして花弁達が文字を作り出した。そこで再現された文字は――『自分を愛せ』の五文字だ。
「このメッセージは一体...? 」
「これは私からの命令よ。ロジェって自分の事を過小評価しがちなとこがあるし、何よりも自分の事が心の奥底から嫌いでしょ? 私には全てお見通しなんだから! 」
「.....よく分かりましたね。正直そんな事が分かるだなんてとても気持ちが悪いです」
「もうっ、そうやってすぐ他人に酷い事言わないの! とりあえず私が言いたいのはね、自分の個性や力をもっと大切にして欲しいって事なの。じゃなきゃその---この世に命を宿してくれたロジェの両親達が可哀想じゃない」
確かにそれはあるかもしれない。私は自分の見た目は誰よりも好きだが、それ以外の部分は他の何よりも嫌いだ。周りの友達が皆優秀すぎてどこまでも劣等感を感じるし、例の呪い関係なく失敗ばかりで何も出来ない私とは違ってなんでも出来ちゃうみんながとても羨ましい。
だからこそいざという時に使う魔法は失敗しないよう陰ながら密かに練習してるし、練習したおかげなのか失敗する事も最近ではかなり減ってきている。こんな努力をしてもいつ報われるのかは分からないけど...やらないと自分の存在意義が分からなくなる以上は続けるしかないのだ。
「だからこれは私からの約束。ロジェは自分の事を嫌いにならないで欲しいの。そしたらきっと自分の更なる成長に繋がると思うわ」
「更なる成長ですか。そんな事しても私って――いや、なんでも無いです」
「もー、またなにか隠したでしょ? ほら、ホラを吹きゃ鬼神に祟られるってよく言うでしょ? 鬼神に祟られたりでもしたら悪い事ばかり起きちゃうし、マイナス方向に考えない。ポジティブシンキング! 」
「......前から気になってたんですが、そんな独特な言い方する言葉ってどこで知ったんですか? 私はいつ聞いたのか思い出せませんが、どの言葉も聞き覚えがあってなんだかむず痒いんですけど」
「.....そこは触れるな」
「あれ? 今、なんか言いました? 」
そう小声でネムが呟くが、ロジェは吹いてる風の音で彼女の声が聞こえなかったので再度質問するが、彼女は何も答えてくれなかった。
「.......ネムさん? おーい、聞こえてる? 」
「い、いやいや、何も言ってない...言ってないからっ! 一旦この話は忘れて。あと、ロジェはどうなの? 私のこの命令、守ってくれる? 」
「....なにか怪しいですがとりあえず分かりました。ここに連れてきて貰った礼もありますし、その命令は是非とも受けましょう。また今度、あなたと会えた時には成長した私の姿を見せられるかもしれませんから」
今回は口約束だけだが、次会う時までに成長しておけばいい。そう心に刻みつけていると、即座にネムさんが私の手を握りながら笑顔を作ってこういった。
「ほんとっ!? じゃあ、約束! 私もその時を楽しみにしてるから絶対見せてよね! 」
そしてネムさんが私の掌の上で魔力を込め始めた。それと同時にネムさんが個人的に関係を持っていると思われる幾つもの微精霊達がその魔力に反応したのか近くに集まってきた。
「貴方の長い人生に、魔女と精霊達の魂に祝福がありますよ―――!? うに...」
これはよくやるおまじないのようなものだ。微精霊達が寄ってくるのは初めて見たけど、誰かを想う気持ちや遠出する身内に対してこれをする事で無事な事が約束されるかもしれない。そういう事から始まった風習でもある。
「それじゃあロジェ。また会った時は違う貴方の一面を私に見せてよね。私、ずっと待ってるから...」
「まっ、待って! ネムさん、なんでそんな悲しそうな顔を――」
ロジェはその言葉をいい切る前に、魔女の道の限界を迎えたので魂が現世へと戻される。最後に私の目が捉えたのは、どこか悲しそうな表情を浮かべる黒い魔女の姿と、風に揺れる花達の姿だけだった。
風の音やそれを感じる五感がどんどん薄くなる。目の前の視界が真っ暗になり、意識もどんどん遠くなるが、何処かで誰かの名前を呼ぶ声が聞こえる。
―――の嘘つき。
そう誰かが呟いた声を辛捉えた瞬間、私の五感は完全になくなった。それは誰の声なのか考えながら深い闇の中へと自分が呑まれていく。
―――なんて、大っ嫌い。
――――――――
――――――
――――
――
「ハッ...! 」
ロジェは目を覚ますと、そこは自分の部屋だった。どうやら『魔女の道』の世界から完全に追い出されたようだ。
「ネムさん、なんであんな悲しそうに泣いてたんだろ...それに最後に聞こえた声って、誰?」
今でもはっきりと覚えている彼女の悲しそうな顔、あれは間違いなく何かとんでもない事実を知ってしまった反応だ。鈍感な私でも分かるくらいには悲しそうな顔をしていたのでよく覚えている。
「必ず...私が悲しそうな顔してるあなたを笑顔にしてみせる。だってあなたは、あの世界で私の探し人について知っているかもしれない大切な『友達』なんだから」
もうこれ以上誰かが私の元から離れるだなんて耐えられない。仮に幻想世界だとしても悲しいお別れをするのは二度と御免だ。幼い頃の記憶は所々欠けているので詳しくは分からないが、その悲しいお別れを体験した私は昔、大号泣をしていた覚えがある。
「あんな辛い体験なんて誰にもさせちゃいけない。それに関してはこれからだってそう。私は私の使命をこなすんだ」
そんな決意をしていると、なんだか妙に目が冴えてしまった。まだ夜中だけどこの感じなら深く睡眠を取るのは不可能だろう。
とりあえず今出来る事は...この国の人間達にマークされないように手っ取り早く自分達の住む村に帰る方法を考えるくらいかしら。このままこの環境に甘えるのは悪くないけど、いつかきっと帳尻合わせで痛い目を見るかもだし、村の位置が割れないような手段を使って安全に帰らなきゃ...
そう決断したロジェは抱きしめていた『魔女の道』の本を自室の本棚に戻し、机に座ってどうすれば安全に村へと帰れるのか本気で考え始めた。
△ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼
「あの子...いや、ロジェは、私の事をどう思ってるかしら」
ネムは一人、取り残された千花泡沫で泣き崩れていた。それはさっきやったおまじないをした時だ。その時にとある記憶が脳内へと流れ込んできたせいで動揺を隠すので精一杯だった。あの悍ましい記憶や出来事の数々は――なんなの?
「とりあえず今の私に出来ることは...あの子の成長を待つ事。あの記憶はきっと知っちゃいけない記憶。ダメ、ダメダメ、ダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメダメ........ダメ」
ネムが壊れたようにその場で独り言を呟き続ける。
「やだ、やだやだ。やだやだやだやだやだやだ。早く、忘れなきゃ。知った記憶を消さなきゃ...あんなの信じたくない。だからこそ早く忘れろ私。じゃなきゃいずれ世界が...うぷっ」
大きな情緒の変化を察したのか、花畑に居た微精霊達がネムの元へとやってくる。きっと私を心配してくれているのだろう。この場所は癒しの効果を持つ精霊達の集まる場所だ。突然の事に苦しんでる私を元気付けようと来てくれたに違いない。
「.................................ごめんねみんな。でもあの時、突然私の中に変な記憶が流れてきちゃって...少し考えさせて。私ならきっと大丈夫だから」
言葉を話せない微精霊達にそう言いつつ、ネムは少し涙を流しながら空へ向かって飛んだ。その時の千花泡沫は――何処か泣いていた気がした。
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