第三章 42 『呼び出し』
「忙しいところをこんな場所まで無理やり連れてこなさせて済まなかったな。貴公を無理やり招待したのだから多少の失言は大目に見ると約束しよう」
「いえいえ、そんなお言葉は私には勿体なさすぎますし、しなくて結構ですッ....!!! 」
丁寧に頭を下げながら、ロジェは内心で盛大に文句を垂れていた。
ねぇ、なんで皇帝とメルがいるの? 私が聞いた話だとロッキーさんと二人きりで話をしたらすぐに解放してくれるって話だったのに、これは違うじゃん! 話がっ!!!
ロジェは現在王城にいた――というより正確には、自宅の入口前に王城入口に繋がる直通の転送陣を仕掛けられており、それを踏んだ瞬間この部屋まで強制連行された形である。
しかも、この部屋には一言も話題に上がらなかった皇帝やメルまで同席しているし、丁寧に役者が揃いすぎているという最悪のおまけ付きだ。早くお家に帰りたい....
礼儀だけは最低限保ちつつ文句を垂れていると、ロッキーさんが一歩前に出た。
「突然こんな手段を取って悪かった。だが、こうしなければロジェ殿が来ない事は分かりきっていた事だ。多少の無礼は許してくれ」
「そこに関しては否定しませんね」
「……ロジェ殿も忙しいのに無理やり連れてきた件については、詫びよう」
「いえいえ。そんな謝らなくとも――私とロッキーさんの仲じゃないですか。私達ってもはや友達みたいなものでしょ? 」
どこか笑いきれてない不気味な笑みを浮かべながら、ロジェは話を続ける。
「正直ここに来る気は一切ありませんでしたけど、突然あんな事されたら行くしかないありませんからね。幾らハプニングに慣れてる私でもアレは流石に驚きますよ? あんな誰にでも分かる馬鹿みたいな仕掛けに気付かなかった私も大概ですけど、まさかあの程度の仕掛けに引っ掛かると思われてるなんてあまりにも不愉快ですね。というか連れてくるにしてももっと賢いやり方ってものが――」
「お、お姉様! 」
横から焦ったメロールの声が飛ぶ。
「そ、その辺りで挑発は止めてください。その、ロッキーがかなり怒ってます...」
「……はい」
正直なこと言えばもっと愚痴を言ってやりたかったけど、相手が怒ってるならやめておこう。というか怒らせた覚え無いんだけど――なんで怒ってんの?
ロッキーは低く唸り、こめかみを押さえていた。室内の空気がじわりと張りつめる。
「.....ぐっ。まぁいい。それよりも今回、緊急でこちらに呼び出した要件は一つだ。なぜ呼び出されているのか心当たりがあるだろう。ロジェ殿の口から言ってみせよ」
自覚なんて一つもないけどロッキーさんは何言ってんの? 私はただ馬鹿真面目に料理大会に出てただけじゃん。用件くらいそんな勿体ぶらずに言えばいいでしょ。まぁ、私の中での緊急の用件を言っていいって事なら――
「....このイベント中にあった露店のチェリーパイが人気過ぎて在庫がないから、明日以降販売出来ないって事? 」
「....は? チェリーパイ...だと? 」
「そう言いましたけど何か問題でも? スイーツマスターの私からすればそれが買えなかったってだけでも相当な緊急の用件なんですから馬鹿にしないでください! 」
ロジェは小首を傾げながら話を続ける事にした。
「というか前にも似たような事言いましたけど、用件はちゃんと最後まではっきり言って貰わないと相手に伝わりませんよ? 常に全て本当の事を喋ってるこの私を見習ってもらいたいものですね、全くっ!!! 」
その言葉を聞いて、ロッキーさんが近くにあった机に拳を強く叩きつける。
「き、きき、貴様がそれを言うなぁぁぁぁ! ぜぇ.....常に遠回しな事ばかり言い、我々を試すような事ばかりしおって...これまでの事件も全て貴様が裏で仕組んでいるという疑いすら私にはあるんだぞ! それに、今更チェリーパイなんかの話題で、こんな所まで呼び出すわけがないだろうがあああああああ!!! 」
「わわわ、私は一度も遠回しな事は言ったことありませんよ? 多分誰かと勘違いしてませんかね。それはきっと私の顔した偽物です、別人と思われるので――その、私に一々突っかかってくるのやめてくれません? ほら、一旦深呼吸しましょ? 」
「んなわけあるかぁ!! というか今はふざけてる場合じゃない、これは国家を揺るがしかねない大事件なのだぞッ! 」
「へ? そ、そうだねぇ...あれは大事件だねぇ。あははは...」
大事件...? 私からしたら毎日命懸けの大事件が起きてるから、思い当たる節が多すぎてどれの話かもはや分からないし分かりたくもない。というか如何にも厄介そうな面倒事をわざわざ私に持ってこないで貰えます?
相手から感じるあまりの迫力に思わず全く実感のこもらない相槌を返してしまった。もしかしたらここから生きて帰れないかもしれない。
それだけは避ける為に、メロールに「助けて」と軽く目配せを送るが、何故かメロールは妥当だと言わんばかりの白い目を向けてくる。どうやらこの場には私の味方は居ないらしい。流石のお姉様もこれは悲しいよ...
「えぇい――もういい! とにかく座れ!」
ロッキーは苛立ちを隠さず言った。
「今回の用件は大会での事件の詳細についてだ! 前と同じく今回も偽りの結晶を使って質問させてもらうぞ。異論はあるか? 」
あー、あの嘘発見器ね。あれ使った時の感覚が意外と癖になる何かがあるから結構好きなんだよねぇ....この国のの秘宝とか言うからもう二度と触れないと思ってたのにまた使えるだなんて――今日の私、運がいいわね。
「えぇ、構いませんよ。その程度の事なら喜んでお受け致しましょう! 」
ロジェのその一言に部屋の空気がわずかに沈み、誰もすぐには反応しなかった。恐らく偽りの結晶を前にしてそんな言葉を口にする者が今までいなかったからなのだろう。
「.......正気か?」
パルデル皇帝陛下が短く問いかける。それは感情の読めない淡々とした声だった。だがロジェはそれに萎縮することも無く、迷わず答える。
「はい。私は正気です。前回も問題ありませんでしたし、今回もやる事は同じですよね? それに私は今回何も悪い事やってませんからこうやって疑われるのももう懲り懲りなんです。ほら、疑わしきは罰しろってよく言うでしょ? 」
というか、いつも何もしてないんだけど...
「.....なら私はロジェ殿を今すぐにでも罰したいんだが、今ですらもふざけてるわけではないな? 」
「私は至って真面目だけど....ちなみに信じて貰えるかは分かりませんが、実は私は嘘をつくのが苦手だし、意外と正直に答えちゃうんです。というかこんなの使わなくとも毎回素直に答えてますし、少しくらい信用して貰いたいものですね」
ところで、なんで私は嘘発見器を使われるほどに疑われているのでしょうか? そんな信用されてないんだとしたら泣いちゃうよ私...
そんなことを考えながらロジェは結晶に手をかざす。淡く光を帯びた水晶が静かに脈打ち始めた。相変わらず色は無色だが、水晶が一層強く光り輝いているように見える。光り輝いたと同時にロジェの体内で軽く電気が走り出す。
「....言いたい事は色々とあるが、まずは一つ問おう」
部屋の空気がまた一段重くなる。周りにいる護衛の騎士ですらも怖い視線を向けてきていた。
「今回の料理大会において発生した二つの事件。カエルの乱入と犬の変化について事前に知っていたか? 」
「へ? いやいやいや、そんなの知るわけないじゃないですか。何でもかんでも私のせいにするのやめて貰えます? 」
その言葉と同時に水晶が水色に変化する。その結果を見てもロッキーさんは相変わらず機嫌が悪そうだ。一応手元にある私が作ったカツサンドでも差し出そうかな....
「....クッ。大会に潜んでいた侵入者、及びあの魔物の存在を予知していたか? 」
「知ってる訳ないでしょ」
「警備の不備を利用して、大会に混乱を引き起こす意図はあったか? 」
「いくら常識に疎い私でもそんな馬鹿な真似はしませんよ」
「……ロジェ殿の持つその未来を見通す力とやらを用いて侵入者を黙認した事実は? 」
「何度も言いますが私はそんな力持ってませんし、そもそも侵入者ってなんのことですか? 」
「............」
ついにロッキーさんが黙り込んでしまった。相手の表情が質問を重ねる毎に少しずつ険しくなってる気がする。質問はずっと続いているが、結晶はずっと水色から変わる気配はない。
「一度質問の方向性を変えよう。先日我々はこんなものを拾ったんだが、これは一体なんのつもりで仕掛けた? 」
そう言いながらロッキーさんがクシャクシャになった紙を見せてきた。ただの紙切れなら適当に受け流していたが、見覚えしかない魔法文字で書かれていたのでこれは何なのかすぐに分かった。
これ、占いの婆さんの予言じゃん....なんでこんなの持ってんの?
「....そんなものどこで拾ったんですか? 私の所有物なので返してくださいよ」
「誰の物なのかくらい我々も分かっている。ロジェ殿が先日ギルド横のゴミ箱に隠れていた事も確認が取れているからな。そこでこんな伝言を拾ったのだ。これはどういう事なのか説明して貰おうか」
ゴミ箱まで調べたんだ....人の後ろつけてまでわざわざそんな事までするとか、もしかしてこの国の騎士達って――暇なん?
「我々も予言周りで忙しかった事もあって、この伝言は完全には解明できていない。だから教えられる範囲でいいから教えてもらおうか」
「.....忙しいっていう割には丁寧にギルド横のゴミ箱なんかを漁る時間があるわけですし、実は忙しいってのも建前なだけで本当は皆さん暇だったんじゃないですか? というか、そんな馬鹿な事に時間を割いてるからその大事件? とやらが起きると思うんですけど――私何かおかしなこと言ってます? 」
その質問をすると、今にもロッキーさんが人を殺すような目線を向けてくるが見なかった事にする。少しすると、過去最大級に怒っているであろうロッキーさんの代わりに皇帝陛下が答えてくれた。
「それを頼んだのは私だ。メロールの指導の方が心配だったもんでな。なんせ彼女には先日のような無茶をして貰いたい訳じゃない。明かされたくない手の内もあるというのにこちらで余計な事をして申し訳ない」
「う、疑うのは別に構いませんよ? 実際初日の稽古のアレはやりすぎましたから、皆さんが警戒して当たり前ですもんね」
過去にあの訓練所を破壊した事実があるからって理由だけで、勝手に後ろをつけてくるのはちょっとやりすぎだと思うけどね...
「...まぁ、理由はわかりました。とりあえず話を戻しましょう。その紙は私の書いてる推理小説の一部です。恥ずかしい事に私はそういう小説を書くのが好きなので....そこに書いてある事に深い意味はありません。とりあえず返して貰っていいですか? 」
別にそんな趣味はないけど、占いの婆さんの予言の事がバレたらそっちの方が厄介だ。面倒事になるくらいなら、自分のプライドを捨ててでも無理やりすぎる謎設定を生やした方が圧倒的にマシなはず....!
しかし、水晶玉は悲しい事に赤色に変化したので、作り話な事がバレてしまった。そういえばかなり精度の高い嘘発見器なの完全に忘れてたなぁ.....
「あー!!! タンマタンマ! これは違う、違うんですよロッキーさん!!! 」
「....これはどういうつもりなのか隠さずに教えてもらおうか。何故この質問をした瞬間に嘘をついた? 」
やばい!!! ホントにどうしよう!! このままだと間違いなく面倒な事になる....それだけは避けないとダメなのよ私!!
「あ、あれ....」
「....なんのつもりだ? 見苦しい言い訳だったら承知せんぞ」
「あれですよあれ! あれは一体なんてすか! 」
もうヤケクソでロジェは騒ぐ事にした。適当に指を指した方向に何もいないことは分かっているが、もしかしたら婆さんの予言について上手く誤魔化せる気がしないのでやるしかない。僅かな可能性に掛けてみる価値はある。
「な、なんだあれは....何故メロール様のポケットが揺れている」
――え? 本当になんかあったの?
恐る恐る閉じた目を開けると、そこではメロールの服のポケットが遠目から見ても分かるくらいに揺れていた。それはまるで――生物が何かに反応して脱出しようとしているかのように...
「……え? 」
メロール本人が困惑した声を漏らすよりも早く、ポケットの布地が不自然に盛り上がる。内側から何かが暴れている様子を見た部屋の騎士達が一斉に身構え、ロッキーが叫んだ。
「メロール様、下が――」
ロッキーが言葉を言い切る前に、「パチン」という乾いた音と共にポケットの縫い目が弾ける。メロールのポケットから現れたのは―――深い緑色をした一匹の小さなカエルだった。
「「...........」」
突然姿を見せた意味不明なカエルの出現に、思わず部屋にいた全員が口を閉ざす。この場に出てくるにしても明らかに場違いすぎる客だ。多分だけどこれはたまたま迷い込んだ小さなお客さんだし、逃がしてあげた方がいいかな....
「これはカエル....ですね。小さなお客さんがこんな場所に来るなんて珍しい事もあるんだなぁ...」
「そんな馬鹿な事言ってる場合か! 貴様、一体メロール様に何を仕込んだ!! むぅん!? 」
「そそそそ、そんな事私に聞かれましても....というかたまたま迷い込んだカエルさんだし逃がしてあげません? 恐らくですけど、ただの迷子のカエルですよ!ま! い! ご! 」
「そんなわけあるかぁッ!!!」
かなり怖いロッキーさんの視線を何とか交わし、ロジェは床のカエルを覗き込む。まさかとは思うけど、メロールのペットだったりするのかな。
「....これってメロールのペットなの? 」
「!? ち、違いますっ! こんなカエルなんて私は知りませんし、お姉様のおふざけもいい加減にしてくださいっ!! 」
その言葉を聞いた瞬間、驚きすぎて固まっていたメロールが顔を真っ赤にして否定した。うーん....メロールのペットでもないとすれば――やっぱりこの子は迷子なのだろうか。
「おい、ロジェ殿。一体何をするつもりだ」
「大丈夫大丈夫。これまでの事件を偶然解決してきたこの私、ロジェにお任せください! こう見えて私、昔からゴキブリとかの動物達に抵抗があるわけじゃないので気軽に触れますし、命を奪わずに問題を解決するのは慣れてますから」
ロッキーさんの元から離れ、ロジェは迷子のカエルを外へ逃がしてあげるために移動する。その瞬間、突然カエルがぴくりと動いた。
「.....? あれ、今なんか目線が変わった? 」
カエルに触る前に念の為よく確認する。確定とは言えないが、目の前にいる小さなカエルは私が帰りに露店で買っていたシュークリームに目が向けられているようにも見える。
――まぁ、いっか。この子は外に逃がしてあげるだけだし、どこに目線を向けようが私には関係ないしね。
「よーしよし。迷子のカエルちゃん。私の手元においでぇ。ほらほらこっちですよー! 」
そう言ってロジェが手を伸ばしたその瞬間、カエルは私が露店で買っていたシュークリームに舌を伸ばした。そのカエルの動作を見て皇帝がメロールを庇い、ロッキーが陛下の前に立つ。そしてカエルと私に向かって部屋にいた騎士達全員が剣を構えた。
「...なんの余興ですか? 」
「その...お姉様。目の前のカエルが怖くないんですか? 」
「メロール様の言う通りだ。ロジェ殿には警戒心というものが無いのか...? 今の動きと言い、どう見てもこれは警戒すべき相手だろう。なんのつもりだ? 」
どこからどう見たってこれは普通のカエルじゃん。そんな丁寧に剣を向けるような生物じゃないし、何が怖いってのよ。そんなカエル相手にこんな仕打ちをしてる方が怖いよ私は。
ロジェは後ろにいたロッキーさん達に顔を向けてドヤ顔で言ってやる。
「いやだってこれ、ただの迷子のカエルでしょ?多分ですがメロールが帰りにどこかで拾ってきただけですよ。だからそんな剣を構えるような相手なわけが---」
『げろーーーーーーぉ!』
「!? 」
まるでその言葉を裏切るかのように、ロジェが発言した瞬間にカエルが巨大化を始めた。どうやら神様は本当に私の事が嫌いなようだ。発言全てを嘘にしてまで私を追い込んでくるらしい。ふっざけんじゃないわよもうッ!!
「は!? へ? 私の知ってるカエルじゃないじゃんこれ!! 」
「はぁ...ほれ見たことか....総員、防御陣形だ! 陛下と皇女様を守りつつ、全力で巨大なカエルを止めろ! 」
その言葉と同時に、部屋の外からも武装した者が流れ込んできて全員でカエルを抑えにかかる。ロジェは雪崩れ込んでくる人の流れを何とか抜け出し、安全圏に辿り着いた瞬間こう発言した。
「これ――もしかして魔物? 」
この空間で唯一この場の状況を理解していなかったロジェの間抜けな発言が聞こえたのか、ロッキーさんがキレのいい声で突っ込んでくる。
「そんな分かりきった事を言ってる場合か! こうなればロジェ殿、貴様にも加勢してもらうぞ! 」
「....なんで私なんですか? 」
「とりあえず貴様が仕込んだこのカエルについて教えろ! 対処法だけでもいい、知ってる事を全て話せ! 」
「あのですね...人には得意分野ってものがあるんです。私が何でもかんでも知ってると思ったら大間違いですし、このカエルの事なんて知りませんよ」
逆にこれのどこを見て私の仕込みだと思うの? そんな訳ないじゃん。仕込みだったらそもそも私の目の前で巨大化なんてする訳ないでしょ!
「お姉様、この期に及んで情報を出し渋ってる場合じゃありません! 道化の過錬もいい加減にしてくださいっ!! 」
「私は一つも出し渋ってなんてないけど....というか私はそんな性格悪いことしませんし、本当にこのカエルは知りませんから」
︎︎てかなんで何人もの騎士が群がってるのに、カエルはビクともしてないんだろ――この国の騎士って意外と弱いのかな?
「もういいっ! だったら情報は教えなくていいから貴様が直接倒しにいけ!我々 も助太刀するが、必要な動きなどあれば合わせられる。今すぐこの場の指揮を取れ!」
「えー.........戦えって言われても私――」
ロジェは自分の盾にするためにわざわざキルメを抱き抱えながら巨大なカエルを見上げ、少しだけ首を傾けてこう言った。
「……これは、私が出るまでもない強さの魔物ですね。きっと皆さんだけでも勝てるカエルなので、このまま頑張ってください! 」
その一言に巨大化したカエルまでもが動きを止め、部屋にいた者の空気が凍りついた。




