第三章 40 『大会⑤』
「まさか皇女が被害者全員を救い出すとは..... 偶然で片付けるには嫌な成功だな」
「作戦通りにいけばこの会場には毒ガスが充満し、これから導入する予定の『デッドフロッグ』は更なる強さを誇っていたのだけに惜しい、けけ....」
フラコス達は現在、観客席に仕込んだカメラを通じて外の路地から内部の様子を確認していた。動物化による毒ガスが会場に蔓延すれば、デッドフロッグは更なる成長を遂げていたはずだが――無いものを言っても仕方がない。
「にしてもあの皇女に入れ知恵を入れた奴が気になるところだな。犬をしっかり観察した上で、迷いなく殺すなんて手馴れの証だ。冒険者なら経験があるから迷わずやるだろうが、相手は皇女だ。あんなのは皇女ごときが出来る芸当じゃないぞ。にひひ...」
皇女の動きは明らかに魔物を殺し慣れた者のそれだった。その情報から導き出される可能性とは『第三者の入れ知恵』だ。誰かがこの展開を見越して動いているとすれば、次のデッドフロッグですら想定通りに通じない可能性がある。
未来を見通す芸当が出来る奴は、この会場に一人しか居ない。どうやら突如として現れた懸賞金三億の実力はかなり厄介なようだ。奴が裏で手を回していたと見ていいだろう。
「フラコス、これを踏まえてどう動くつもりだ? 順番的にいけばそろそろチャガチャンガって奴の料理が出るはずだ。頃合的にも会場の裾辺りに移動させられ、毒薬検査が再び行われてても良い頃合いだろう」
「そういえばそこまで進んでたな。俺的には少し忘れてた...」
「僕の仕込みは既に済ませてあるが、さっきの騒ぎのせいで警備が厳しくなるかもしれない。やるなら気付かれる前に何とかする必要があるぞ」
それはそうだ。さっきの犬の騒ぎのせいで外なり中なりの警備は厳しくなっている。超音波を使って見物客の足止めと料理への仕込みは既に済ませてあるが、デッドフロッグを審査員席に運ぶまでにバレては話にならない以上は早めに動くべきだろう。
「....そうだな。超音波のおかげでこの場から去るものは居ないと思うが、あれは精神が強すぎる奴と感覚が鈍すぎる奴には効かない代物だ。だが、俺的にはデッドフロッグを披露するまでは大会を継続させたい。つまり、どうすればいいか分かるか?ワンド。」
「けけけ...強制的に人を出れなくするとかだろ。混乱に乗じて外へと出られないように幽閉すれば誰一人として中止にする判断なんて取れないさ」
悪くは無い...悪くは無いが、得られるリターンに対してリスクが高すぎる。正直やれなくはないが、それはダメだとフラコスの脳は警告を鳴らしている。
「悪くない発想だが、俺の言いたかった事とは違う。正解は『強制的に審査員席に料理を並べる』だ。そうすりゃ事情を知らないアナウンスが自然と声を上げ、無理やりにでも大会は継続となるのさ。にひひひ.....」
今の会場は少しずつ活気が戻ってきているが、いつ中止になるかは分からない。リスクはそれなりにあるが、今の会場は全員が周囲を警戒しており、審査員席など見向きもしていない以上は成功率は高いはずだ。元々料理だって人型のウッドゴーレムに運ばせる予定だったし、ヘマしない限り何とかなる。
「了解さ。じゃあこれを仕掛け終えたらアジトまで退散するとしようか。懸賞金三億の相手に真正面から戦うつもりなんてないし、ここに居たら警備に見つかるかもしれないからな。そもそも順番的に次出るのは俺達が仕込んだアレだから疑われにくいだろう。けひひひ.....」
そう言ってワンドが懐から一つのリモコンを取り出し、ゴーレムに積んだ視点カメラを上手く利用して審査員席にデッドポイズンを混ぜた料理を運んでいく。
もしかしたら審査員席にウッドゴーレムが料理を運んでいる事がバレるかもしれないと思ったが、先程混乱が起きていたおかげで指摘される気配はない。あとはバレないことを願うばかりだ。
今一瞬、青色の目と黄色の目がこっちに警戒する眼差しを向けていた気がするが、大丈夫....だよな? にひひ...
▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽ ▲ ▽
「最近の料理大会ってこんな変わったもの出すのねぇ。そうだとしたら凄い時代だなぁ...」
ロジェは誰もいない審査員席に向かって運ばれてくる料理に注目していた。今までも運ばれてくる料理の中身は隠されていたのだが、今回は今まで見た中で一番皿が大きいし、何が入っているか全く分からない。
なんで料理を運んでくる人は目線すら変えずにどうやって物を運んでいるのかとか、観客は何故またこの場に戻ってきたのかなど、引っかかるところはいくつもあったが、ロジェは目の前にある違和感から目を逸らした。
さっきの犬の件もあったし、正直何が起きてもおかしくないって事でしょ。だからこれは見なかった事にするのがきっと正解ね!!
そんなことを考えながら現実逃避していると、何かを察したのかあーるんがウキウキの状態で話しかけてきた。
「ねーねー! これってぇ、僕達用に用意してくれたの? それともメルの稽古の為に準備したの? 僕はどっちでもいいけど、今すぐ乗り込む必要あるならいくよ! グレイちゃんも必要になるくらい強いものなの? 」
ん? 何を言ってるのかなこの子は。どうせこれもただの料理だし、わざわざ行く必要ないよ。あと私は変な物を用意なんてした覚えはないし、厄介事をなんでもかんでも私のせいにしないで貰えます?
「そんな必要ないから。ただの料理大会なんだし大人しく座ってて頂戴。そもそもあなた達が戦う必要のある魔物なんてこんなとこに出ないわよ……出てきてもどうせ出場者が手間隙かけて用意した見た目だけ派手な料理なんだから」
「なんだ、結局俺達の出る幕じゃねえのかよ。ようやく面白そうな魔物が表舞台に出てくると思ってたのになんか残念だな。アレってどう見ても俺達向けのものなのに、あんなのメロールにぶつけて大丈夫か? 」
「ほんとそれぇ。確かにこれを差し向けるのはメルにとって良い経験を得ることになるよ? けどさ、道化のなんとかにしても流石にスパルタ過ぎないかなぁ。メルにこれをぶつけるのはまだ早くない? 」
魔物...ぶつける.....?
︎︎――まぁでも、グレイ達が騒ぐ時って大体こんな感じで意味不明な事言ってるし、これもある意味いつも通りか。仮に出てくるとしてもどうせ変わった食材を使った料理でしょ。というかそうであってくださいお願いします...
「何言ってるか分かんないけど、そんな心配しなくてもメルなら大丈夫よ。あの子だってあーるんの稽古でかなり強くなってるんだから、何が起きてもきっとなんとかなるわ」
念の為入口で貰った大会に出ている料理の御品書きを見るが、二人が特別喜びそうなものは載っていない。そんなに好きな料理なら私も作ってあげたいし、次の料理は注目しておくとしよう。
現在会場はさっきの騒ぎが嘘だったかのように、離れていた観客も様子を窺いながら席へ戻ってきていた。この調子でいけば先程のような熱気が戻るのも時間の問題だろう。
ねぇなんで続いてるの?誰も止めようとしないし、この国の人達って中止って概念はないのかな....やっぱり私の中の常識が間違えてる?
そんなこんなで審査員全員が席につき、再び料理の審査が始まった。大会が復帰してから初めて出された料理はどうやら今までのものとは大きく違うようだ。
「なんで殻付きの卵? しかもそこそこ大きいし、変な模様まで付いてるわね....これって料理って言えるの? 」
「さぁな。でもここに出るって事は料理判定されてんだろ。この殻を壊したら中から料理が出るとかじゃねえかな。ほら、御伽噺とかだとよくあるだろ? 中身を割ったらそこから美味しい料理が沢山出てきましたー的な超ご都合展開」
確かに物語とかでそう言う料理は見た事はあるけど……卵を割ったら美味しそうな料理を出す演出が出来てるなら最高だよ? でもあの卵は何度見ても傷が一つもなさそうだし、この世界の魔法技術を用いてもそれは流石に無理だと思う。そういう料理なのかもしれないけど、傷一つないって事は中に料理を仕込めないでしょ。
暫くすると、審査員達が料理に手をかけようと手を動かし始めたその瞬間だった。会場の裾から何人もの警備の人間が急いで止めに入ってくる。
「審査員の皆様、お待ちください! その料理は部外者の手によって持ち込まれた可能性が高いです!卵には手を出さないよう―――に....」
警備の人が急いで止めに入るがもう遅い。審査員達は誰一人として料理に手を出していなかったが、卵に勝手に罅が入って少しずつ割れていく。そして殻の底まで罅が入り、緑色の粘液が溢れ出した。
︎︎――料理って、何だったっけ?
その光景を見て審査員席では人が料理から離れ、メロールは警備の者に全力で守られてるし、観客側は空気が完全に凍っている。
その一方で私の隣にいるあーるんが指を折って何か数えたり、グレイが「ほー」と小声で言っていた。正直ロジェにはそれが何を意味するのか全く分からない。
『まさか....あれはこの前まで街中で騒ぎになってた深い緑色のカエルか!? 巨蛙の何倍もデカいとか聞いてねえぞ!』
『さっきの犬と言い、なんでこの大会に次から次へと変な事が起きてるのよ! この大会、呪われてるんじゃないかしら?』
『関係ない者は下がれ! 皇女様だけは絶対にお守りしろ! 』
そして審査員席を中心に五匹のカエルが姿を見せた。卵の横に添えてあったスープを啜り、カエル達が全長二m程にまで成長していく。そこから成長したカエル達は一箇所に集まり、約五mほどの大きな一匹のカエルになった瞬間、その場で大きな奇声をあげた。
「げるぅぅぅぅろぉぉぉぉ!!! 」
「うわぁ.....なにこれ。なんか全身魔晶石みたいに光ってるし、これってどんなカエルよ。宝石のみたいな見た目してる事で有名なメタルスライムですら流石にここまでピカピカしてないわよ」
多分大会にあった照明を反射してるのもあるんだろうけどなんか眩しすぎて目が痛い。宝石みたいな綺麗な色してるのはいい事だけど、会場の照明のせいで眩しすぎて見れないなら意味ないじゃん。
「おーおー。すげぇの出てきたな。思ってた数倍やべーのが出てきてんじゃねえか。見た目的には魔晶石というよりもエメラルドの宝石に近いか? …残骸とか残ったりしねぇかな。あとで交渉してみるか」
「へぇーすごーい! もしかしたら食べ物を吸収して巨大化してるのかな....だとしたらここには料理が大量にあるし、戦う条件的にもクッソ面白そうじゃん! メルだけじゃ厳しいかもだし...僕が行くのは本当にダメなの? ねーねーねー! 」
そういってあーるんが私の肩を揺らしてくるが、ロジェは断固として決定を曲げるつもりはない。
「ダメよ。あのカエルが人を殺したりしてるなら話は変わるけど、今のところは食べるものを探してるだけだから誰かを襲うとかしてないでしょ?だったら警備の人が何とかするし、そもそもこの会場には実力者のロリコンさん達もいるんだから放っておいても勝手に解決するわよ」
――どうせ二人がいなくなったら、いつもの流れで私が真っ先にやられるんだし、ここで私を守ってくれないと命に関わるのよ!!!
そんな事を考えていた、その時だった。
座っていた席がほんの一瞬だけ揺れた。地震――というほどでもないが、強く感じる嫌な感覚。
何事かと思って会場を見渡すと、審査員席を中心に、あの巨大なカエルが跳ねているのが見えた。
その衝撃に耐えきれなかったのか、床の石畳には大きな皹が走り、周囲の装飾がガタガタと音を立てている。
これ、本当に大丈夫かしら。幸いにも観客は皆避難してるし、冒険者達も何人か乗り込んでるし…解決するよね?
心配事が尽きないロジェをよそに、巨大なカエルは暴れる様子もなく、審査員席の周囲を元気よく跳ね回っていた。まるで何かを探しているみたいに....
「二人に聞きたいんだけどさ、巨蛙って、あんなに大人しい魔物だったっけ? 記憶が間違いじゃなきゃ結構気性が荒かったと思うんだけど....」
「いや、本当なら気性はもっと荒いよ。普通なら人を見つけたら舌伸ばして丸呑みにしてくるからねー。カエルって意外と肉食系の魔物だもん! 」
「ふーん....じゃあなに探してるんだろあのカエル。他の冒険者達がいっぱい居るのに、全然気にしてる様子もないから少し不安ね。大丈夫かしら」
「まぁ帝都の奴らは頼りないし仕方ねえだろ。本格的にヤバくなったら俺らが行けばいいだけだしな」
そんな会話をしていると突然巨大カエルはぴたりと動きを止めた。ただ首を伸ばして鼻先をひくひくと動かしている。
突然どうしたんだろ.....なにか見つけたのかな。
次の瞬間、カエルの視線が審査員席から外れ、会場の裾――まだ表に出ていない料理が並ぶ方向へと顔を向けた。その光景を見て、審査員席の近くで戦っていた冒険者達が大声を上げているのを何とか耳で捉える。
『な、なんだ!? 』
『匂いを嗅いでる...? 』
『まさか...あのカエルは料理の匂いに反応してんのか? 』
そんな事ってある? カエルって確かに雑食っぽい見た目してるけど、匂いに反応して動くとかそんな習性は聞いた事ないよ?
巨大な体がゆっくりと向きを変えるたび、床がぎしりと軋み、その反動で感じる揺れは時間が経つにつれて少しずつ大きくなっていく。
観客席にまだ少しだけ残っていた観客の悲鳴が上がる中、警備と戦っていた冒険者達が顔を見合わせ、慌ただしく動き出した。
『おい、今すぐ裾に置いてある料理を出せ! 巨蛙を超える化物を仕留めるにはこれが一番早い! 』
その言葉を辛うじて捉えたロジェは、裾の方に目をやり、そこに置かれている料理のトレーを見た。蓋を誰かが開けていたので中身が見えるのでよく見ると、見覚えしかない料理が会場に運ばれてくる。
あれ?あの大きさといい、配膳と料理の配色といい、まさかとは思うけどアレって――私の料理...だよね?
念の為御品書きを見るが、運ばれてくるのは自分の料理だと確信した。順番的に行けば確かそろそろ私の料理が出るはずだったからだ。
本人に許可なく料理を差し出すなんて酷くない? 別に辞退でも良いけどさ、「カエルに食われたから大会を辞退しました」なんて馬鹿みたいな話を皇帝陛下に死んでも言えないんだけど...
カエルは抑えきれない欲に本能のままに従い、大きく息を吸い込んで喉を震わせる。
「げる――――――――――――ろぉぉぉぉぉぉ!!」
会場が震えるほどの大絶叫。その衝撃に耐えきれず、その場で戦っていた者の判断は一気に加速した。
『間違いなくアレだ! 今すぐもってこい! 』
『審査員席だ、あのカエルは何しでかすか分からねえし急げ! 』
数人がかりで、半ば強引に料理が持ち出される。その様子を見るが私は止めなかった。というか――止める理由がない。
正直やめてほしいけど、今さら止めに行っても、私にできることなんてないしね。
次の瞬間だった。料理が巨大カエルの目の前に置かれた途端、カエルは一切の躊躇もなくそれに食らいついた。
それを食したカエルの腹の部分が突然光り出す。耳が痛くなるような強烈な音と共にカエルの体が内側からひび割れ始めた。そして腹を中心に光っていた眩しい光が暴走するように明滅し、次の瞬間、巨大な体は霧のように崩れ落ちる。
そして過去一番の大きな悲鳴を上げながら、みるみるうちに形が崩れ、一瞬にして目に見えないほどの大きさへと変化する。最終的にカエルは自身の形を保てなくなり、そのまま霧散したように見えた。
え? なんで私の料理を食べて悲鳴なんて上げてんの....?
だが、ロジェの理解が追いつく前に、光だけが消えた
「なるほど....こうなる事を見越してお前は行くなって言ってたのか。ようやく俺に料理の内容を明かさなかった理由に納得出来た。これでお前の狙いが全部繋がったぞ! 」
「へ? 」
ロジェが間抜けな声を上げるが、グレイ達の納得したような顔は崩れなかった。それどころかむしろ感心しているように見える。私、なんもしてないよ? というか、むしろ何もしてないからこうなったんだけど...
「あー! そういうことかぁ。ロジェちゃんはカエルが暴れる事を見越して、僕達に内緒であの料理を作ってたんだね! 何もせずに事件を解決するなんて流石だよロジェちゃん! 」
「え....? うん。そうだ――え? 」
何を言ってるんだろうこの子達。多分だけどあのカエルは、私の美味しすぎる料理を食べて成仏しただけでは?
突然の出来事にグレイ達以外の人が完全に静まり返る。誰も声を出せず、ただ呆然とその場を見つめていた。誰一人として何が起きたのか理解できず、ただ料理のあった場所を見つめている。
そして暫くすると、その長い沈黙を破ったのは一人の少女の声を乗せたマイクの音だった。
「.....み、皆様! 」
何処からマイクを拾ったのか知らないが、メロールの声が突如として会場に響き渡った。その言葉と共に会場にいた全員の視線が集まった。
「チャガ・チャンガと名乗る者の料理により、この大会の危機は回避されました! 皆様、今一度大きな拍手をお願いします! 」
「…………メロール? 」
その声を聞いてロジェは、ほぼ反射的にそう呟いていた。そうなる理由が考えても考えても全く分からない。
あなたまで一体何馬鹿な事言ってんの? 審査員席の方が何があったか分かるんだから、私が何もしてないことくらい分かるでしょ? まさかとは思うけどこの子――頭に花湧いてるのかしら。
ロジェの料理はもともとこの大会の大トリだったので、ロジェの料理自体の審査はされていないが、料理大会自体はこれで終了となる。
ロジェの料理は審査される前にカエルにほとんど食われてしまったので、結果としてロジェは『審査不可』となり、事実上の強制辞退となった。
そして大混乱だらけの大会の優勝者は、ロリイーネ率いる《霜刻の凍鳥》となり、何事もなかったかのように、料理大会は幕を閉じた。




