第三章 39 『大会④』
「にひ...? どうして、こんなにも早く審査員達に薬の反応が出てる。予定だとチャガチャンガって奴の料理が出るのはまだなはず...」
「ワンド、さては盛る料理をしくじったか? こういうのは慎重にやれと言っただろ」
ワンド達は外から会場の様子を聞き、とても困惑していた。本来の予定であればチャガチャンガの料理はまだ先のはずだ。なのにこの段階で仕込んだ毒が反応するのはおかしい。作戦には大きく影響しないが、何かが変だ。
「僕は確実にあのよく分からない料理に毒を盛ったはずだ。多少焦っていたとはいえ、目の前にあった料理と違う物に盛るはずがないぞ....何故だ」
行動を思い返しても、間違える要素は一つもなかった。あの時焦っていたとはいえ目の前にはチャガ・チャンガの料理が置かれていたはずだ。料理が自我を持って移動するわけが無い――あの場で何があった。
「...とりあえずどう動く。こうなったらプランを変更し、例のアレを導入してもいいと思うがな。今の惨状を解決する方法を見つけられるはずが無いと思うが、何か嫌な予感がする。こういう時は早い内に動き出すべきだ」
「確かにありかもな。犬のアレは十分以内に元に戻らなきゃ死に至る代物だ。皇女にそれが効かずに平然としている事がそもそも変だし、気味が悪い」
今回使った薬品、通称『ミミックダコ』は基本的に一つしか解除法が存在しない違法薬物だ。ワンドも会場に仕掛けたカメラを経由し、料理に対する毒物検査が終わった事を確認した上で指を鳴らし、会場の外に出てきたので食った瞬間あのような怪現象が起きたのだ。
皇女に効かなかったのは想定外だが――彼女の身に恐怖という感情を刻めればそれで十分だ。唯一の解除方である犬殺しを強いられる恐怖をその身に刻み込めれば、それだけでも大きな収穫を得たと言っても過言ではない。動揺を誘ったのちにトドメをさせる可能性も見えてくる。
「とりあえず準備だ。少しお披露目が早い分想定通りに動くか不安だが、会場にアレを解き放つ最終準備をしよう。保険をここで出すとは思わなかったが、やれるだけの事をやるぞフラコス」
「...任された。まずは会場の奴らを逃げ出さないようにアレを使う必要があるがな」
そう言ってワンド達は次の作戦に実行を移した。
△ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼
「これは一体...どういうこと? 」
メロールは審査員席で困惑していた。突然審査員全員が白や虎色の犬ちゃんに変わっちゃうし、状況が意味が分からない。
審査員席に運ばれる前にはちゃんと毒物検査は二回、三回と入念に行われているはずだし、こんな強力な効果のあるポーションなら検査に引っ掛からないわけがない。何かが変だ。
「これは――宇宙怪人の仕業だな! 俺の出番――まさに、萌えるシチュエーションではないか!!! 」
そう言いながら、暑苦しい男が持ち込んでいた鉄仮面を装備し、叫びながら犬に対して拳を当てようとその場から走り出す。そして目の前にいた犬との距離を詰めた後に飛び込みながら攻撃の構えを取った。
「宇宙怪人め、俺の必殺技! 脛戦羅手 ――くっ.....ぐわああああああああ!!! 」
「お、お兄ちゃん!? 何があったの? 」
本当に何があったのでしょうか...この人はとても辛そうにしてるし――まさか、この犬ちゃん達には、見えない結界とか毒を放ったりするのかな。
メロールが唯一生きていた鉄仮面の男の動きを見ながら考察していると、その男が弱々しい声でこう言った。
「技を技を出す前に踏み込みを入れたが、変な踏み込みをしたせいで足をグネった....」
「「え?」」
「悔しいが――俺の出番はここまでのようだ。あとは...頑張ってくれ。プリンセス....」
「もうっ! お兄ちゃんは無理しないでっていつも言ってるでしょ!! 皇女様、また兄が迷惑を掛けてしまってごめんなさい...ごめんなさい」
付き添いの女性の方が私に何度も謝りながらペコペコしているので、メロールもその謝罪を受け入れる。
「ほら、お兄ちゃん帰るよ! 事件を解決したいのは山々だけど、お兄ちゃんが戦えないなら邪魔なだけなんだから」
「...Tomorrow is another day」
「英文は関係ないし、変にカッコつけないでっ!!!」
そう言いながら女性の方が動けなくなった鉄仮面の男を引き摺りながら会場の外へと連れていった。正直何かしたかったのかよく分からなかったが――メロールはさっきの茶番を忘れる事にした。
「....と、とりあえず目の前の状況を確認しなきゃ。てかこのわんちゃん達、まるで雪国にいそうな見た目ね....足も太いし、ここまで毛深いなら寒さにも強いはず」
何とか脳内を切りかえてメロールは、あーるんお姉様の厳しい稽古で教わったことをメロールは試す。
お姉様の教えだと想定外の出来事が起きたら、まず最初に冷静になって周りの環境を事細かく分析しろと教わった。
師匠から聞いた教えをメロールは常に意識しながら今まで過ごしてきたし、突然の実戦形式ではあるものの、メロールは今の状況にあまり驚いていない。
だってこれは、ロジェお姉様が私の成長具合を確認する試練――限界ギリギリの無茶難題を押し付け、実力を試す行為の名を『道化の過錬』というのだから。
私はその噂を完全に信じたわけじゃない。けど、情報通りならばロジェお姉様は、敵味方関係なく事件に巻き込んで相手の苦しむ姿を楽しむ悪魔のような思考の持ち主だ。だったらこの人目の多さでパニックになる事無く動けるのか私に試してきてもおかしくはない。
じゃなきゃ遠くの席にいるロジェお姉様がこの状況を見て、私にニコニコしながら手を振ってきたりするはずがない。これが何よりの証拠だ。
他の席の人はめちゃくちゃ焦ってるのに、お姉様達だけがその場から全く動かない以上、そうと見て間違いないだろう。
この程度の事件なら乗り越えられると思われている以上、お姉様の自慢の弟子として――そして、この大会以降でも対等な関係で甘味巡りをするためにも、私はお姉様の期待に応えるだけだ。
「ワン! 」
「きゃぁ! もうっ、急に吠えないでよ! びっくりするでしょ? 」
「くぅん...」
メロールはあまり動物の生態に詳しくはないが、さっきまで頭を撫でたり体を観察しても全く吠えたりしなかったのに突然吠えられてびっくりする。もしかしたら知らないうちに犬の逆鱗のような場所に触れてしまったのだろうか?
小声で「ごめんなさい」と謝りながら犬の観察を続ける。すると白色の犬の右前足の側面にドクロのような変なマークがあった。色は紫だし、よく見れば小さく時間のようなものが乗っていた。『10:25』から24、23へと右側のカウントが時間の経過と共に減ってきている。
「これってなにかの時間...? でもなんの時間だろう。知識が足りてないから私には分かりません。どうしろというのですか...」
メロールがそう呟き、頭を抱えて座り込む。すると周りに配備されていた警備の者が近寄ってきた。
「大丈夫ですか皇女様! 怪我などは...」
「私は大丈夫です。それより今はこの犬に変えられてしまった人を助けてあげるのが優先です! その件は私が引き受けるから貴方達は不審な人物がこの会場を出入りしていなかったか調べなさい! 」
「しかし――」
「早く行きなさい! きっと犯人はまだこの会場の近くにいるんだから、物事の優先順位を間違えちゃダメ。私には頼れるお姉様が付いてるからやばい事になったらきっと彼女達が助けてくれるので大丈夫。心配する必要はありませんの! 」
「...........分かりました」
どこか悔しがっていそうな声を残しながら私の周りに来た警備の者達は引き、全員そそくさと移動していく。
メロールは即座に周りにいた者に指示を出す。こういう時こそ国の責任者であるお父様自慢の娘――いや、この国の皇女として、王たる器というものを世間的に見せつけなければならないのだ。
「とりあえずわんちゃんにドクロがあるのは分かったわ。けどなんで私は変身しなかったんだろう? 」
メロールは皇族だが、毒物の耐性をつけた覚えはない。そもそも相手が本気で民間人を大虐殺するのであれば、皇族のつけている耐性など優に越した毒を使用するだろう。マナによる耐性すらも貫通出来るような強力な毒を使われれば、メロールだって今のように無事では済まないはずだ。
――なのに、なんで私は無事なの....?
そんな事を考えながらお姉様達に「ヒントをくれませんか?」の目線を向けるが、ロジェお姉様は手を振るだけで何も教えてくれそうにない。
それどころか何か次の事件を期待するかのようなワクワクしているかのような目をしているようにも見える。どうやらヒントを与えるつもりはないようだ――お姉様、私に対する厳しい仕打ちもいい加減にしてください。
「となれば変身した原因を考えないとダメか。変身した原因は何となくわかるけど...多分この饂飩のせいだよね。でも私の毒物耐性なんてたかが知れてるし...なのに、なんで私だけ変身しないの? 」
考えても理由が分からない。皇族の血的なものが有利に働いて、偶然回避した可能性もあるが、こんな明らかにやばい違法薬物を作るような犯罪者がそれ考慮しない訳が無いから違うはずだ。
そして何より、あの鬼畜なお姉様なら絶対にそんな答えにしない。もっと分かりにくい答えにするはずだ。
「...ちょっと怖いけど、もう一度だけ饂飩を食べてみるしかないかも。命の保証はないけど、やらなきゃ話は進まないわ」
そう言って麺を一つ掴んで食べるが特に変化もしなければ、体に異変が出るわけでもない普通に美味しい料理だった。どうやらメロールは完全に耐性をつけているらしい。
「だったら何故? また食べても変身しないし、わんちゃん達に食べさせても変化もしないし...カウントもあと『07:21』って書いてるし、何とかしなきゃ」
メロールは考え続け、数分経ってから1つの可能性に繋がった。
まさか、これってロジェお姉様の使ったあの変身魔法と同じ系統の効果なのでは?
そう考えればメロールに耐性が出来ていた事にも納得が行く。メロールはこの四日間、少なくとも五回はカエルに変えられ、お父様を含めて一度『コケコッコー』と鳴く不思議な兎に変えられたのだ。何度も受けたせいで体に変身系統の耐性が付いていてもおかしくはない。
なるほど、お姉様はこの事件が起きることを分かっていたから嫌がる私を何度もカエルに変えていたのですね....! 私、納得しました。お姉様の課す試練をようやく理解出来た気がします!
念の為確認するが、ロジェお姉様に考えが伝わっているのか知らないけれど、私に対してピースをしていた。今まで手を振る事しかしなかったのに違う動作をしている時点で――そういう事だろう。これはきっとお姉様が私に正解だと送ってくれたサインだ。そう考えれば全てが上手く繋がる気がする。
「そうなれば私のやる事はただ一つ。お姉様曰く、変身魔法は基本的に一度命を奪えば強制的に戻ると言っていたからもしかしたらそれで元に戻るかもしれないけど――私にはです...」
お姉様の話が本当なら、この薬品の効果だって殺せば元の姿形に戻るかもしれない。だが、それだけでは動く勇気が出なかった。
︎︎これはたまたま私が変身の耐性が付いていただけであってこの現象も同じとは限らない。仮に目の前の犬達を殺して彼らの命が戻らなければ、それこそ大問題になってしまう。
考え続けること更に数分。この結論に辿り着く前は『04:30』ほどあったのだが、今はもう『01:52』になっていた。これが何なのかは分からないけど、これが完全にゼロになった瞬間、本能的に何かが起こるのが分かっている。それまでには結論を出さなきゃ...
どうするか考え続ける。そして残りのカウントが一分を切ると、犬達の顎辺りが紫色に光り出した。
――これはもうやるしかない....か。
覚悟を決めたメロールは小さな深呼吸を挟み、右足を少し回転させて地面を強く蹴る。
そして師匠直伝の狩りの動きである『生物の喉元』に対して、近くにあった箸を貫通しない程度に軽く突き刺し、目にも止まらぬ速さで相手の息の根を止めた。
魔物相手には一度だけ自分の手で試した事はあるが、生きてる動物に対してするのは初めてなので、あまりの怖さと罪悪感で思わず目を瞑ってしまう。
そして暫くして目を開けると、人間の姿をした審査員の人がその場で倒れていた。
「や、やった...! つまりこれは成功って事....? 」
突然の出来事に観客達がざわついているが、それに構ってる暇はない。犬達が「カチッカチッ」と時計のような音を鳴らしているので、この方法で戻るのであればすぐにでも救い出す必要がある。
「もーーーっ! お姉様、私はほんっっっとうに許しませんからねーー!!」
メロールは周りにいた残り四匹の犬の喉元を泣きながら箸で突き刺し続け、審査員達の命を救った。
△ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼
「おー! メルの奴もちょっとはやるじゃん!! こんなとこで僕の教えた狩りのアレを箸を使ってやるとは思わなかったけど、まだまだフォームが甘いとはいえ良い動き出来てるし、やっぱりセンスある人って良いなぁ。僕、嫉妬しちゃいそう」
「メルの奴、ビビって動けないだろうから無理そうなら俺達で止めに行こうと思ってたのに意外とやるじゃねえか。ちょっとは見直したぜ」
「あーるんってさ、一体なんの指導してんの? 私は魔物の狩りの仕方を教えろだなんて一度も言ってないんだけど...あとグレイ、これはどうせ一発芸か何かだからそんな事はする必要ないわよ」
「一発芸....ま、まぁ確かにお前が仕組んでるってんならそう言えるかもしれねえけど、他のとこで絶対そういうこと言うなよ。確実に面倒な事になんだから! 」
「うんうん...そだねー」
一体なんのことだろう....
ロジェ達は三人仲良く席に座ってメロールの有志の一部始終を見届けていた。周りの席に座っていた冒険者やら一般人は出口に向かったり色々していたが、ロジェ的にはなんでそんな事をしているのか理解出来ていなかった。
確かに犬の首元が突然紫色に光ったりしてたけど、どこからどう見ても一発芸か何かだから外に逃げる必要なんてないのに....
そんな事を考えていると、メロールの活躍が嬉しかったのか、左隣に座っているあーるんがテンション高めに顔を近づけて話しかけてくる。どうやら弟子が活躍したのが相当嬉しかったようだ。
「ロジェちゃん、僕の指導はどう? メルの奴凄いでしょ!!!」
「.....もう一度聞くけど、普段からどんな指導してるの?」
「あれ? あれはメルが自分から希望した事だから、基礎にすらならない攻撃手段を一つ教えただけだよ? それにね、僕めちゃくちゃ嬉しいんだぁ! 僕の指導をちゃんと活かして活躍してくれたしぃ、まだまだ口出しする所は何百個とあるけど、メルもちょっとは成長したのがよく分かったし、今ならなんでも許せちゃうくらい嬉しいの!!! 」
あの子が犬相手に戦ってる時、誰よりも嬉しそうに私に彼女の動きを解説してくれた癖にそんなにも文句言うんだ...彼女を指導役に選んだ私が言うのもなんだけど、ちょっと厳しすぎない? 十分頑張ってたし、その褒め言葉を本人に言ってあげなよ。きっとメロールは喜ぶわよ。
「それにね、ロジェちゃんがこのギミックを用意してくれたおかげでメルの成長っぷりとダメなところをこうしてロジェちゃんの目の前で見せれたし、感謝でしかないよー! ほんっっっとにありがとね!!! 」
「......グレイもだけどなんの話? 私何もしてないわよ」
そう言って彼女が私に抱きついてくるが、何を言っているか分からない。私が仕組んだ? ギミック? なに寝ぼけた事を言ってるのかしらこの子。
「またまたぁ、そうやってロジェちゃんはすぐ照れ隠しをするんだからぁ! だってそうじゃなきゃメルが「これ正解ですか?」みたいな顔を向けてるのに、その度にわざわざ手を振ったりピースしたりしないでしょ? 僕達には言わなくてもバレてるから隠さなくても良いよ!!! 」
「..........せ、せっかく隠してたのに私の考えがバレちゃってたのかー。あは、あはははは.....」
メロールの視線ってそういう事だったの!? 確かにやたら目が合うとは思ってたけどさ、まさか助けを求めてるだなんて思わないじゃんっ!!! 私的にはてっきりメロールが「お姉様、今から一発芸でもやるから見ててくださいね? 」とかでも言ってると思ってたわよ!!!
だから「私は見てるよー」って意味でのピースしたり手を振ったりしてサインを送ったつもりだったんだけど、これをバカ正直に伝えるのは流石に空気読めて無さすぎてやばいよね...
――よし、この勘違いは私の墓場まで持っていくことにしよう。
「あれ?なんか顔色悪いけどどうかしたの? 」
「.....気の所為よ」
てかちょっと待って、つまりこれって一発芸大会かなにかの合図じゃなかったの.....? え、こわっ――いや、ここで私が慌てたらまた変なを誤解されかねないよね。さっきまで堂々としてたんだから落ち着きなさい私!
「本当に顔色悪いな...大丈夫か? 気分悪いとかなら外に出てリフレッシュしてもいいんだぞ? 」
「大丈夫...! ほんっっっとうに大丈夫だから気にしないでっ!!! 」
そんなこんなでグレイ達をなんとか誤魔化して席で待っていると、さっきまでの騒動が嘘かのように人が席に着席し、大会の熱が元通りになり始めた。
そして少しすると、会場の端から審査員席に向かって次の料理が運ばれてきた。どうやら終わる気は無いらしい。この前の式場護衛の時も思ったけど、明らかやばい状況なのに大会を続行するとかこの国の人達って何考えてんの?




