第三章 37 『大会②』
今年のサブイベントとして行われる帝都料理大会――どうやらそれは、単なる腕試しの場ではないらしい。
これは毎年オークションの次に大きな盛り上がりを見せる目玉イベントだが、大会に優勝した者には多額の賞金や身体強化アイテムの他に『名誉』が与えられるのだ。
今大会であれば、この国公認の実力ある料理人としての地位が付与され、その道での成功が約束されるだろう。
そんな命をかけた一品を評価するのは味覚と権威を兼ね備えた怪物達――言わば、選ばれし舌を持つ美食家達だ。彼らはそう簡単には高得点を出してはくれないし、評価が「美味い」と返ってくるだけでは意味がない。選ばれし美食家達の舌を唸らせた勝者にのみ莫大な賞金と一流の腕を持つ栄誉が与えられるのだ。
そして今年――例年を遥かに上回る異常な数の見物人がこの大会をより一層選別の場へと変えている。
そんな命を懸けた者が多く集まる大会に、場違いとしか言いようのない猫のような耳が付けた赤いローブを身につけた一人の魔女が居た。
「うわぁ...なんか今年の大会、見物人もそうだけど大会の熱がすごくない? さっき聞こえてきた無駄に話を盛った嘘くさいナレーションもそうだけど、前見に来た時はここまでの熱気ある大会じゃなかったじゃん。普段なら大会テーマがダメすぎて会場の半分が埋まったら凄いとされてるのに、今年はなんでこんな盛り上がってんのかしら」
「うーん...それって料理大会だからじゃないの? いつもみたいに絵とか彫刻とかは凄さが分かるやつが少ないから盛り上がらないってだけで、料理なら誰もが知ってる事だもん。料理がテーマなら席がほとんど埋まるのも納得かも? 」
グレイは別件で少し離れると言っていたので今は居ないが、ロジェとあーるんは『冒険者用』の観戦席で自分達の席を探していた。会場は意外と広いし、ロジェ達も一般人用や貴族や招待者用のVIP席に行こうと思えばいけるのだが、そこに行かないのは理由は至ってシンプルだ。
――グレイとあーるんが手を出して、あとで偉い人に怒られるのが目に見えてるからである。本当にいつもうちの子達がすみません...
作った料理は既に提出したし、さっき露店巡りをしている時にメルにも確認したが既に代理の人を会場に忍ばせているので、ロジェは参加者用の部屋に行く必要はないらしい。
なのであとは適当に観戦席から大会の様子を見て終わるのを待つだけだ。あわよくば自分の料理で優勝出来たらラッキーだけど、そんな都合よく世界が動くわけがないので、ロジェは全く期待はしていない。
そんなこんなで案内された席に移動していると、隣にいたはずのあーるんの姿がいつの間にか消えていた。居場所を探して視線を巡らせた瞬間、別方向から聞き覚えのある甲高い声が鳴り響く。
声のする方に向かうと、私達の席の近くで冒険者に絡んでいるのは――案の定、あーるんだった。これって人目のある大会だし、始まる前から余計な事しないで欲しいんだけど...
「おいてめぇ、なんで僕達を警戒する目で見てやがったッ"! どこの回しもんだぁ? あぁん"!? 」
「にひ!? なっ...お、俺は何も――ひぃっ! 」
あーるんが自分よりも背の高い眼鏡をかけた男の胸ぐらを左手で掴み、鋭い視線を向けながら持ち上げている。見た目的には相手は二回り...いや三回りくらい大きいのに相手の方が青ざめてるし、これではどっちの立場が上なのか分からない。
「十秒やる.....吐かねぇってんなら力づくで――」
あーるんが相手に手を挙げる前にロジェが彼女の肩を掴んで動きを止める事にした。こんな場所でこうなるなんて誰が予想出来んのよもー!
「はいそこまで。普段通りなら無闇矢鱈に人に手を出したりしないくせに、急になにしてんの? そんな事したら相手の人がびっくりしちゃうでしょ」
「....えー! だってこいつら僕達の事めちゃくちゃ警戒する目で見てたよ? こいつの目は何かに利用するつもりの目だったし、なにか起きる前に殺しといた方が良いって! 」
視線向けただけで殺すとか野蛮すぎない? 認めたくないけど、私達はこの国でそこそこ名が売れてるんだから姿を容姿を見られる事くらいザラにもあるし、有名税を払えと言ってるわけじゃないんだから一々脅しにかからなくても良いじゃん。ほっときなさいよ。
「別に今はそんなことしなくても大丈夫だって。ほら、このあとの予定もあるんだし、相手も怖がってるんだから直ぐに解放してあげなさい――相手の方も本当にごめんなさい。うちの子のせいで明るい大会なのに怖い思いをさせちゃって...彼女は決して悪気はあったとかじゃありませんし、あとでしっかり言い聞かせておきますので」
私の言葉を聞いたあーるんが数秒間考え込んでいたが、納得してくれたのか相手を優しく地面に落とした。そして不機嫌そうな声を出しながらこう言う。
「この後の予定.......なるほどね―――チッ、ロジェちゃんがそう言うなら泳がせるかぁ。おいてめぇ、 次ロジェちゃんの前にそのきっっったねえ面を見せたから命がないと思っとけよッ! 」
そう言って怯えていた男が「にひひ...」と変な笑い声を上げながら出口の方向に立ち去っていく。この会場から立ち去るその姿は、遠目から見ても分かるくらい怯えていたし、会場に入るだけでも十万タールほどお金を払ってるだけに少しだけ同情してしまう。あとでロッキーさんからクレームが入らないか心配だなぁ。怒られなきゃいいけど...
あーるんの怒声で冒険者用の席が一瞬冷えきっていたが、少しするとさっきまでの熱気が戻ってきた。
冒険者専用の席が別で設けられている最大の理由は、さっきみたいな観客同士のトラブルが毎年のように起きるからであり、そのトラブルに一般客が巻き込まれないようにするためだ。
隔離されているおかげで、他の席の人がさっきのを見ても変に騒がないのもいつも通りだし、会場にいる警備の人も席を破壊するとかの騒ぎにならない限りは止めに来ない。
「まったく...勝手な事しちゃダメでしょ? みんなこの大会を楽しみにして見に来てるんだからその空気をぶち壊すようなことしちゃ! 」
「だってぇ...あの視線は絶対悪用するつもりの目だったもん! あいつらを泳がせるってんならいいけど、無茶するような事しちゃダメだからね? そういうのはちゃんと僕に相談してからやってよ? 」
泳がせる....? どうせ彼はただの冒険者だよ。どこの誰か知らないけど犯罪者がこんな表舞台に堂々と出るわけないんだからほっといたらいいじゃん。こんなのどう見ても絡み損だよ。
「何言ってるか全く分からないけど、人目のある大会なんだし、やるなら程々にしておきなさいよ? こういう大会って基本平和な催しなんだから空気を壊すような真似しちゃいけません」
「はぁい...」
そんなこんなであーるんを宥めてからロジェの膝にキルメを乗せて席に着く。席の周りを見るがどうやらさっきの騒ぎで距離を取られているらしく、ロジェの周りには誰も座ろうとしなかった。そのおかげで私たちの席近くは誰も居ないので少し寂しさがある。
そして少しすると大会の宣言が行われ、審査員達が入場してきた。その中には案の定メロールもいるし、なんなら彼女が私に向かって堂々と手を振ってくるが、それよりも気になることがある。
――なんでこの前路地裏で見たあの暑苦しい男が審査員側で出てきてるの?
それは先日、ギルドの路地裏でたまたま遭遇したあの暑苦しい男と、その妹だった。絶対君達料理と関係ないはずなのになんで君達まで居るの?
△ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼
――あーるんが会場にいた人と絡んでいた同時刻。
「けひひ...なんとか忍び込めた。警備が来る前に終わらせねえと」
大会に使われる料理が保管されている会場のとある一室。そこにある小さな排気口を経由してワンド・ピペットは一人、その部屋の中に突入する機会を伺っていた。排気口の蓋さえ剥がせばいつでも内部に潜入できるが、そんな事してまで中に入ろうと理由はただ一つである。それは、この大会を通じて自分達の野望を達成するためだ。
「審査員として皇女が参戦するのは完全に想定外だが構わねぇし、むしろ好都合だ。その方が俺達の作った最高傑作をこの場で堂々と披露出来るんだからな」
蹄の足跡という名の金ずるに手を貸して『カメレオン』と名付けた擬態型のカエルを提供していたのもこの二人だ。
奴らがやらかしてカメレオンが外へ逃がしたり、突然何者かの手によって組織は潰されてしまった時は驚いたが、それが潰される前に必要な資金は回収済みだからワンド的にはどうだっていい。今、自分達の手元にある過去最高傑作の薬品を完成出来る程の資金さえ集まれば奴らは用済みだ。
「この薬品さえあれば、僕達は裏社会の天下を取れる。けひひ...」
この薬品はどんなに高性能の毒物監査にも引っかからないし、時間経過で毒が体内に回って死に至る代物だ。この薬品の最大の特徴としてはワンド達が指を鳴らさない限り毒の効果が出ない事だろう。如何にもな暗殺向きの薬物だ。薬物の盛大なお披露目ついでに皇女暗殺まで出来るとは運が良い。ワンドのテンションは確実に上がっていた。
『おいお前ら、一旦こっち来い。この大会の警備についての話がある。外まで出てこい』
『え? まだ交代の時間じゃないですし、ここを俺達が離れたら中を警備する者が居なくなりますよ? 良いんでしょうか』
『あー...この部屋に繋がるドアはしっかり施錠しとけば誰も入ってこられないし、別にいいだろ。ここには窓もないのに侵入する手段なんて何がある? それに外にも警備がいるんだ。話も長くは無いし、部屋の中の警備なんてあっても変わらねえよ』
どうやら中にいた警備はどこかへ行くようだ。奴らが外に出て数十秒したらこの薬を仕掛ける絶好の機会だな。
そして中の警備が居なくなって数十秒、宣言通りワンドは排気口の蓋を丁寧に外し、中へと潜入する。部屋の電気は消されているので少し暗いが、マナを吸収しているおかげで夜目が効くので問題ない。
「さて、チャガ・チャンガって名前の奴の料理はどれだ...? 」
ワンドはこの薬品による罪をチャガ・チャンガと名乗る奴らに全て押し付ける為にここに来た。
この薬品は自分達の成果だと世間に大々的に公表するつもりはない。裏社会の連中には既に薬品によるテロと薬の成果を見せると予告済だし、自分の顔を裏社会に明かせば次の日には殺されるかもしれないからだ。ワンドとフラコスは名前以外の情報を自分達の所属する組織以外に明かすつもりはない。
一応この大会に代理人を立てて自分達の仕掛けを料理として提出しているが、問われる罪状は全てそっちに行くだろう。立てた代理人も架空の名前+繋がりのある奴隷商から引っ張ってきた奴なので、正体がバレる心配はない。
「あった。チャガチャンガって奴の料理はこれか。...ってかなんだこれは、蟹の中に何が入っているのが分かるが、飾り付けに使ってるチリソースが明らかに多すぎるし、そもそもなんで蟹の殻に魚の切り身で代用した酢豚のような物を入れてるんだ? 」
ワンドは困惑していた。目の前に置かれている料理は確かに赤兜の見た目を模して作られた料理だ。甲羅の部分だけでなく、しっかりと足の部分や兜の部分も他の料理で再現しているので、普通にいけば高評価が貰える事だろう。
――なのに何故、赤い餡掛けのようなものをかけた一見酢豚のように見える何かが中に入っている。この赤い餡掛けは恐らくチリソースをベースに作ったものだろうが、そんな味の濃い餡掛けに焼いた魚の切り身と謎の物体を混ぜるなんてあまりにも論外だ。これでは蟹本来のコンセプトが台無しだろ!
一人で勝手に料理に呆れていると、突然部屋にあったドアが開いた。突然の出来事に困惑したワンドは近くにあった料理と目の前にあるよく分からない料理の場所を入れ替え、隣にあった料理の置かれていた机の下に隠れる。
『お邪魔しまーす。って警備の奴らは中には居ねえのかよ。この大会は本当に大丈夫なのか? ったく....』
堂々とドアを開けて入ってきた男の身体的特徴を見るが、今まで一度も見たことの無い男だった。こいつから感じる気配は強力だし、着流しを着て腰に刀をつけている警備員など見たことがない。恐らくこいつも自分達と同じ侵入者かなにかだろう。ワンドは絡みに行くつもりはないが、相手の動きを観察する。
『さてと、あの馬鹿の料理はどこだ?ここにいる事が盛大にバレる前にさっさとやる事をやって戻りたいんだが...』
ほう...どうやらこいつも同業者のようだな。さては僕達が流した予告に乗じて混乱を起こしにでも来たのか? まぁ勝手にやってろ。僕には関係ないし、自滅するってんなら止める気は無い。
『お、あったあった!チャガチャンガってこれだよな。てかなんだこれ...俺の作ったレシピにシャーベットなんてものはねえぞ。ったく....あいつは一人でなんてもん作ってんだ? 見た目はめちゃくちゃ良いが、これは短時間で作れる代物じゃねえだろ』
そう言いながら男は手元から一つの薬品を取りだし、数滴料理にかけていた。なんの効果があるのかは知らないが、この仕込みをするのが奴の狙いだろう。
ちなみにワンドが入れ替えた料理は、たまたま近くに置いてあった《氷嵐》の作った物だ。あの《霜刻の凍鳥》に喧嘩を売れば後々面倒な事になるが、死にたがりを止める義理なんてない。
『てかここになんか変な虫が紛れ込んでんな。それも結構近くからだが.....』
まずい。俺の存在がバレたか? ワンドは潜伏技術には自信がある。今も全力で息を殺してるし、念の為魔道具を使用してでも気配を消している。感の鋭い奴以外にバレないと思っていたが...一度動くべきか?
侵入した男が周りを見渡しながら少し考え込む。そして暫くすると何か結論を出したのか突然納得するような表情を作り、こう言った。
『....けどまっ、いっか。俺の気にすることじゃねえし、ほっきゃなんとかなんだろ。俺的にはあいつがヘマやらかさなきゃなんでもいいしな。この国の奴らの面倒まで見るつもりは無いしスルーでいいや』
そう言って男が口笛を吹きながら堂々とドアから出ていった。どうやって侵入出来たのかは知らないが、なにか秘密があるようだ。今一瞬だが、自分の体に火のような熱が走った気がする...けど、多分これは気のせいだろう。
「な、なんだったんだ....? とりあえず僕も仕事をするとして退散しなければ。あの男のせいで警備が来るかもしれないしな」
ワンドも同じように手元から薬品を取りだし、本物のチャガチャンガの料理に向かって液体をかけようとしたその時だった。耳につけていた連絡石が反応する。どうやらフラコスの方に何かあったようだ。
『にひ...こちらフラコス。おいワンド、まずい。この会場に裏社会で懸賞金三億になってる《先見術師》ことロジェがいる。下手したら既に俺達の事も何か勘づかれてるかもしれない。その証拠にあの女はさっき俺が警戒を向けてた事を仲間から聞いた上で、敢えて見逃して泳がせに来やがった』
「なん...だと......? 」
ロジェと言えばアレだ。先日サウジストという街であの有名な影の鼓動を完全壊滅させただけでなく、姿を一度も表社会に見せていなかったネオリスが本格的に動き出す前に作戦を潰しきった実力者だ。フラコスの話す内容からして、最近の裏社会で話題が尽きぬあの女の事で間違いないだろう。
その者の持つ何十年先の未来を見通すあの赤い眼と奇想天外なオリジナル魔法を駆使し、目を付けた相手の作戦全てを完膚なきまでに潰しにかかる非常に厄介な策略家だと聞いている。
自分達の所属する組織でも《先見術師》と呼び名を付け、奴らだけには目をつけられないよう警戒している要注意人物でもある。
――そんな奴が何故この大会の見物人としている。まさかとは思うが、俺達の作戦はもう...既に読まれているのか?
『ワンド、お前の仕込みが終わったらこっち来い。俺はそいつに外へと追い出されたから、会場の裏口で待ってる。ヘマだけはするなよ』
「けひ...分かった」
そう言って連絡石の通信をフラコスが切ってきたが、何にせよこれは非常に厄介だ。噂通りの女であれば俺達のこの考えに考え抜いた作戦すらも未然に防がれる可能性がある。そうなる前にさっさとここから一刻も早く退散しなければ...
そんな事を考えながらワンドは急いで薬品を目の前にある料理に数滴垂らし、排気口から外に向かって全力で逃げ出した。
あまりにも焦りすぎて自分の目の前にある料理がいつの間にか無関係の人のものにすり替わっているとは知らずに、一秒でも早く合流出来るよう慎重かつ大胆に、会場の排気口を移動していく...
会場の入場料一覧
一般席→千タール
VIP席→一万タール
冒険者→十万タール




