第三章 33 『打ち合わせ②』
――なんなんだこの不審者は。
不法に潜入した酒場会場でワンド・ピペットとフラコス・ツーステングスは、大会の参加者の姿を確認していた。二人は本能のままに魔物を改造したり、危険な薬物を作ったりする研究員であり、それなりに戦えるちょっと変わった実力者だ。探求心が尽きない限り、二人は止まる事は知らないかなり危ない研究員でもある。
そんな酒場に参加者として突如現れた『チャガ・チャンガ』と名乗る二人組の存在があまりにも異彩を放っており、ワンド達は絶賛困惑していた。
「にひひひ...名前は明らかにモブのくせに、こんな癖の強い奴が来るなんて思ってもなかった。なぁワンド」
「この国だとこういう変な姿形をした奴も一定数居るし、一概には誰かの変装だと言えないが、こんな個性豊かな奴が来るなんて実におもしろい ...けけけ」
瓶底メガネや付け髭と言った明らかにネタに走りに来た変装だが、ここまで露骨に変装感の溢れる格好をされると、逆に相手が変装だと思えない。初心者でももっとまともな変装をするし、奴らの移動手段だって露骨に背中を相手に見せないのは怪しすぎる。
――ここまで怪しさのある見た目は、亜人族の祭りでやる目立つ為の仮装とかだが、この世界にはおじモンとかいうふざけた種族が居るせいでこういったふざけた見た目をしている奴が居てもおかしくない。
「フラコス、体付き的に女と思われる方はともかく、男の方はどう思う。俺的には奴の放つ血の気配が凄いし、明らかに強者だ。あいつらは一体何者だ? 」
「確かに僕もそう思う。あの語る事の無い弱者と思われる女は見た目通り弱そうだが、男の方はかなり強そうだ...にひひ」
この二階席から見ても分かるくらいに如何にも弱そうな女はともかく、あの男の放つ気配は強者特有のものだと分かる。戦えば確実に強いし、仮にあの癖の強い変装した奴に絡みに行けば何か面倒な事に巻き込まれる気がしてならない。恐らくワンドの本能的に『絡みに行くな』と脳が警告を出しているのだ。
「だけどワンド。あれだけの気配を放つ強者があの変な格好や移動がし辛くなる瓶底眼鏡を自分からつけると思うか? 敢えて視界が見えづらい状態にして鍛える縛りプレイをしてる変態ならともかく、あんな変な格好をして目立つような事をするとは思えない。強者が大会に潜入するにしても自分から目立ちに行く必要はないからな」
確かにそうだ。あれではまるで自分達の事を調べてくださいと言っているようなものだし、軽く聞いた話だが、あの巨大な盗賊団の影の鼓動も誰もが切り捨てるような選択肢を敢えて取り続ける事で組織をあそこまで成長したと聞いた事がある。発想の逆転を取るのはリスクが高いが、奴らはそれを考慮して入念に作戦を組んで動く事で怪しまれるリスクを最大限に減らしているのである。
ふざけてるようにしか見えないアレもそういった考えがあってやっているとすれば、相当な策士だ。きっと自分達の正体がバレた時の動きや作戦を考えた上で敢えてやってると思う。じゃなきゃあそこまで怪しんでくれと言わないばかりの行動をするとは思えない。
「.....確かにそうだ。相手は裏社会の人間かもしれないし、一度拠点に戻ってあいつらについて調べる必要があるかもしれないな。けけけ...」
「でもここまで目立つ格好をしてるんだ。こんな事をするなんて調べなくても僕達みたいな裏社会の人間に違いないし、策士にしても動きがお粗末すぎて初心者の荒くれ者に見える。これで裏社会の人間じゃなない方がおかしいさ」
「...一理ある。だがあれだけ特徴的な姿をしてる奴らには個人的に興味がある。大会前だし何も面白いやつは誰一人居ないと思ってたが、良い物が見れたし、俺も来て良かったよ...けけけ」
そうしてワンド達は不穏な笑い声を上げながら、大会に出場する『チャガ・チャンガ』と名乗る面白い奴らに目をつけて、酒場を後にした。
――こいつらは俺達の計画に利用できるし、最悪計画の捨て駒に出来るかもしれない。
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――俺達の隣にいるこいつら、一体何者なんだ。
《霜刻の凍鳥》で狙撃手をしている口が上手い男、キース・カルマンは、自分達の隣で立っている不審者二人を全力で警戒していた。立ち位置としては自分達のパーティリーダーであるロリイーネを庇うような形で自分が不審者達の前に立っているが、見れば見るほど怪しい奴らだった。
こんなふざけた見た目をしている癖に、この若干背の高い方の奴から感じる気配は圧倒的強者のそれだし、体つき的に女と思われる魔力以外の気配を全く感じない如何にも弱そうな方は、場違いとしか思えない猫を抱き抱えている小さな青髪の少女と呑気に話しているのだから何がしたいのか分からなかった。
大会についての説明は既に始まっているし、キースもリーダーが参加するので、話は聞かなければならないのは分かっているが、あまりにも露骨な変装をするこの二人組が怪しすぎて頭に内容が入ってこない。こいつらは一体何がしたいんだ...?
そんな事を考えていると、同じ事を思ったのかロリイーネが小声で話しかけてくる。
「おいキース。あいつらは何者か分かるか? この大会にあんな不審者を参加させる国の奴らもどうかしてるが、相手は強い。ここにいる者達に被害を出さないようにする為にも、一応警戒をしておいてくれ」
「へい。そんな事言われなくても分かってますぜロリイーネさん。あの酒場以降変な噂しか立ってない俺達ですが、強者が弱者を守るのが当たり前なのは分かってやすし、警戒は俺に任せてロリイーネさんは話に集中してくだせえ」
その言葉を聞いたロリイーネは顔を前に向け、再び話を真面目に聞き始めた。ロリイーネとキースは自分達が冒険者となる前から付き合いを持っており、互いに足りない部分を補強しながらここまでやってきた。
例えばロリイーネは誰、よりもこの中で戦闘力に自信があり、人を先導する力は誰よりあるが、人が良すぎて相手に騙されやすい部分があったり、遠距離中心に戦える相手を少し苦手としている所がある。
自分はロリイーネに戦闘面で助けられてばかりだから、そういった部分を少しでも補えるようにする為にキースは自ら遠距離武器を中心に戦えるよう努力したし、交渉や依頼主との会話でも相手の悪意や嘘を見抜くために自ら進んで交渉に参加して相手の深層心理を見抜く術を誰よりも磨いてきた。
――全ては自分が最も尊敬する男であり、リーダーである《氷嵐》のロリイーネ・ダイスキルアという男を極雪の国以外でも名を轟かせ、誰よりも正しい姿をした真の英雄にする為に。
あの道化の過練とやらを敵味方関係なく課し、人を弄ぶような性悪女のロジェと絡んでからは、パーティとしてのブランドが下がってしかいないが、ロリイーネさんが許そうが、キースは相手にこの件のケジメを付けさせるつもりでいる。奴らを倒し、実力を示せばロリイーネさんの名は再び輝き、今まで以上に周りから舐められる事も無くなるだろう。
にしてもこいつら、何が目的なんだ...? この国に長い事居るが、チャガ・チャンガなんて変な名前は聞いた事がない。名前からして裏社会の人間と疑うのが安牌だが、そんな犯罪者が堂々と表舞台に出てくる訳ないしな...だとしたら違うのか?
さっきから相手に怪しまれない程度にずっと観察しているが、奴らはここで攻撃を仕掛ける訳でもなく、何か企んでいるようにも見えない。
それどころか女の方は何も考えずに遠くを見て諦めた顔をしながら微笑んでいるようにも見える。隣にいる小さな少女は困惑しているが、中々諦めずに離れない時点でこいつらの仲間な可能性もある。一応、部外者と判断して追い出そうとしている線もあるのでなんとも言えないが、とりあえずこの怪しい二人組は何が何を狙ってるんだ...?
『あの、何かありました? 私達の方をずっと見てますけど、そもそも接点ってありました...っけ? 』
そんな事を考えていると、不審者の女が話しかけてきた。相手の表情をじっくり観察するが、どこか変な冷や汗をかいてるし、声も少し震えているように感じる。こいつらと俺は接点は無いはずだが、何のつもりだろうか。何かを隠すにしても自分から接触するなんて有り得ないし、ここまでお粗末だったら逆に知り合いとは考え辛い。
「いや.......特にない。あまりにも変な格好してるから気になっちまった。変な視線を向けちまって悪かったな、チャガ・チャンガさん。気にしないでくれ」
『そ、そうですねこちらこそ変な質問してしまってすみません。お互い接点なんてありませんもんね! あと、一つお願いなのですが、変な視線は向けないでもらえると助かります。そんな男の人にジロジロと見られると少し恥ずかしいので…』
――いや、そんな見た目してたら誰でも見るだろ。見た目からして明らかに怪しいんだから、見るなって方が無理だ。
『それに、最近よく耳にする...えーっと、その...名前の方はちょっと忘れてしまいましたが、皆さんの良い話は聞きませんからね。ウルトラスーパー美少女であるこの私に見惚れるのは分かりますが、女性の顔や体ばかり見てるとまた変な噂が立ちますよ? 』
「......噂? 例えばどんなのだ」
そしてその女が一呼吸置いてから、悪気のない笑顔を浮かべながらこう言った
『うーん、そうですねぇ...例えばですけど――そう、巨乳好きによる巨乳を追い求めしトレジャーハンターが皆さんのパーティにいる....とかでしょうか。そういう変な噂が立つような行動は控えた方がよろしいかと』
挑発にしか聞こえない発言を聞き、反射的にキースは舌打ちをするが、すぐさま軽く謝罪を挟む。こういう時に大事なのは極力敵を作らない事だ。自分の不注意が後々響く可能性がある以上は、そういった威嚇行為は控えなければならない。
「つ、次からはそう言ったとこにも気をつける。というかチャガ・チャンガさんは、そういう面白い冗談も言えるんだな。あんたは決してそんなつもりでは無いと思うが、まるで相手を挑発してるようにしか思えねえぜ」
『いえいえ、この程度の冗談で喜んでもらえたなら何よりですし、これは今思いついた事を適当に話してるだけなので、そう真に受けないでください! 相手を馬鹿にしようだとかの悪意はこちらには一切ありませんので』
――やっぱり、こいつは要注意人物として監視する必要があるな。自意識過剰な事はともかく、この声の震え方といい、全く合わせる気のない露骨なこの目線といい、俺達に何か隠しているようにしか見えねえ。そして何より、俺の皮肉が一切効いてないどころか、それを余裕で超える皮肉で返してくるなんてこいつ、一体何者だ?
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「お姉様、魔法の力で変装してる事も、見た目も同じくらいの背の高さに変えてる事も、私は何とか理解しました。でも自分から《霜刻の凍鳥》に接触するなんて何考えてるんですか? いくらその意味不明な変装があるとは言え、ここで相手を挑発するなんてあまりにもハイリスク過ぎますよ...」
「挑発した覚えは一度もないけど、ここで接触しとけば正体を怪しまれにくいでしょ? グレイのせいで頭おかしい奴みたいに見られてるのは納得出来ないけど、この怪しすぎる見た目を逆手にとって、今のうちに軽く接触しとけば、この大会中は絶対に絡まれる事なんてないわ! 」
ロジェ達三人は壁際にもたれ掛かり、小声で話をしていた。ルール説明は一切聞いてないが、その辺りは後でメロールが教えてくれるだろうし、そもそもこんな不審者みたいな格好をしてる時点でまともに話を聞けるわけが無い。明らかに場違いな格好の不審者が居るのに、真面目にルールを聞いてる方が頭おかしいわよこんなのっ!
「でもお姉様、その...めちゃくちゃ顔に出てましたよ? 私から見てもお姉様はなにか隠してるようにしか見えませんでしたし、むしろさっきのせいで更に怪しまれてる気がします...」
いや、私のさっきの演技は完璧だったでしょ。確かに緊張はしたし、バレた時やばいなーとか考えながらな喋ってたよ? バレるかもってヒヤヒヤはしたけどさ、無駄のない完璧な演技だったじゃん。何がダメなの? あれ。
「大丈夫大丈夫。何とかデミー賞を受賞出来るレベルの神演技だから絶対に気付かれないわ。そもそもこれ自体彼らに絡まれないようにしてるだけだし――」
「だったら自分から絡みにいかないほうが賢いと思います...挑発もそうですけど、なんでそう余計な事をするんですか? 」
すると大会の話を聞いているようで何一つ聞いていないと思われるグレイが、初めてこちら側に顔を向け、人差し指を指しながらこう言った。
「ちっちっち、メルはまだまだロジェって女の事を分かっちゃいないな。こいつは何時だってめちゃくちゃな事をやる女だし、ここで敢えて接触する事で、こいつらとの間に生まれた面倒な確執を全て丸く収める事が出来るんだぜ? だからこいつは俺にさっき『今は』殴り込むなって言ったんだ。そうなんだろ? ロジェ」
――別にそんな深い考えとかないけど...ここで知らないフリして絡んどけば私達が怪しまれないかなーって思っただけであって、そんな複雑な思考回路は持ち合わせて無いのに...
けど、私的には面倒事を起こしたくないから言っただけだし、あながちその考えは間違えてるわけでもないか...ここで適当に同意しとけば、グレイ自ら手を出す事は絶対にないだろうしね。正直この接触のどこが確執の解消に繋がるか分かんないけど...乗る分には損しないし乗っちゃえ!!
「ま、まぁそんなとこかしら! 今は彼らと問題を起こしちゃ色んなところに迷惑かかるし、誰かが傷つくのは良くないからね。これは問題を平和的に終わらせる為に必要な事よ。だからメル、私の立ち回りをよく見てなさい! あとで『お姉様すごーい! 』って言わせてあげるんだから!!! 」
グレイが誰かに手を出さなければこの打ち合わせは平和に終わるはずだ。問題は私達の正体がバレる事だが、さっきから全力で背中を擦り付けて移動してるし、後ろに回り込まれる選択肢は基本取れないはずだから大丈夫なはず。
「な、なるほど...! そういう事ならお姉様の潜入技術や処世術など色々と学ばせてもらいます! それに、お姉様が予言の解決の為に動いてるって言うならその行動にも何か意味があるって事だし、私は長い目で見てますね! 」
「........最近、メルもグレイ達から悪影響を受けてるのは分かるけど、私から学ぶ事なんて何もないんだからそんな簡単に騙されちゃダメよ? 私が出来る事なんて、甘味巡りと魔法や歴史の知識を共有するぐらいしかないんだから」
それを聞いたメロールが驚いた表情で固まっているが、そもそも私は大会なんて出たくないし、メロールの我儘のせいで出てるってことを忘れないでよねっ!!!
『大会についての説明は以上だ。大会について質問のあるやつは居るか? 居るなら挙手してくれ! 』
結局何も話を聞くことなくルール説明が終わっちゃったわね。後でメルに詳しく聞く必要があるけど、この子まで知らなかったらどうしよう...別に失格でも私は良いんだけど、なんか推薦枠で通っちゃってるせいで退場とかになったら流石にメルが可哀想だから何とかしてあげないと。
「.....ちなみにメル。あなたってこの大会のルールとかって知ってるの? 私さっきまでの説明は何も聞いてなかったから分からないんだけど、知ってるなら後で教えてくれないかしら? 」
その言葉を聞きメロールは数分悩むが、深刻そうな顔をしながらこう言った。
「お姉様.......その、申し訳無いのですが...私、ルールについては事前に教わってないので何も教えられません。一応時間さえくれたらルールブックにしてお渡し出来ますけど、大会は明後日ですよね? お姉様達の料理の都合もありますし、料理を納品していいのは明日の夜からなので、その...ルールを伝えるのが間に合わないかもしれません」
――え、もしかして私の料理大会、詰んだ? どこまでの高さにしていいとか、ルールも知らずにやれって言うの!? いやムリムリ、絶対無理なんですけどっ!!!
大会のルールも分からず絶望するロジェに対してここで更なる追い打ちがかかった。
『異議を唱える者は居ないようだな。よしではこの会場に入る前に渡した封筒の中に入っている大会で使用する料理について書いた紙を俺の所へ提出してもらおう。先に伝えておくが、馬鹿みたいに高さのあるものや重さのある物以外は基本的にOKだ。さっきのルールを聞いて料理を変える必要がある者や書類の提出自体に不備がある者が入れば近くにいる係の者に伝えてくれ。』
か、紙の提出!? さっきの声を上げた男の人って酒場のど真ん中に居るんだけど、そんな人目のある場所に行ったら私の変身魔法が解けるじゃない!! 冗談じゃないわよ! あなたの方から取りに来なさいよってのーーーーーっ!




