第三章 34 『打ち合わせ③』
ロリイーネは、目の前の不審者を警戒し続けていた。必要な書類はさっさと提出したので例の二人組をずっと見ているが、奴らは頑なに壁に張り付いているし、その場から一歩も動かずにヒソヒソ話し続けている。こいつらは何がしたいんだ?
「ロリイーネさん。やっぱこいつら何か怪しいですぜ。俺達と接点が無いはずなのに向こうから話しかけてきたり、正々堂々と挑発してきます。向こうから話しかけておいてそんな態度を取るのは正直意味が分かりやせんが、警戒して損はないかと」
この疑ってくださいと言わんばかりの見た目に加えて、奇妙な行動を繰り返す...か。ますます怪しいな。
こんな特徴的な見た目ならすぐに忘れるはずがない。仮に犯罪者だとしても変装はもっと上手くやるはずだ。誰かに連絡を取ってるようにも見えないし、ますます怪しく何が目的か分からない。ここらで一度目的を割らせる必要があるかもしれない。
そんな事を考えていると、隣の不審者2人組はようやく壁から離れ、動き出した――のだが、その行動がまたもや理解が出来なかった。
こいつら、なんで...なんで、背中合わせで移動してやがる...ッ! そこまでして頑なに背中を隠す理由はなんなんだ!!!
チャガ・チャンガと名乗る二人組は、突如背中を合わせながら二人三脚の要領で移動を始めたのだ。こんな理解不能な行動を堂々とするなんて頭がおかしいと言わざるを得ない。
「あ、あの、チャガ・チャンガさん。その...何故背中合わせで移動をしているのでしょうか? そのような目立つ行動はしなくても大丈夫ですし、何か意味があったりしますかね? 」
大会の運営者の質問を聞き、男と思われる方はノリノリで口を開いた。自信ありげに話しているその声と立ち回りはもはや少しの恐怖を感じる。
「いえ、この行動に何も深い意味はありません! 俺達は正体不明の旅人にして、決して己の背中と自身の正体を明かしてはいけない秘密の料理人なのです! 決して怪しいものではありませんし、ここでテロのような事を起こすつもりはありません!! それだけは保証します!!! 」
確かにこいつらの身なりは、服の色が動物などの血の色を表すので食欲を抑える色をしている事を除けば、コック帽にエプロンを付けた清潔な調理人だ。身なりだけを見るならロリイーネも疑わなかった。旅人だとか、料理人だとか、勝手に身分を明かすのは百歩譲ってまだいい。
――だが、背中を隠さなければならない理由が料理人だからとか言われても納得なんて出来るはずがないだろ!!
「しかしですね…その、料理人だからといって背中を隠す必要なんてあるのでしょうか? 最近は物騒な話も多いですから、その理由について教えて貰ってもよろしいですか? 」
その言葉を聞いて、少ししてから女と思われる方が恥ずかしそうな顔をしながら小声でこう言った。
「わ…私達は背中に自分達の正体がバレる特徴的な模様があるんです。割と有名な料理人である以上はバレたくないというか、なんというか――で、でも私達は毒や爆弾と言った物は持ち込んでませんし、そういう物騒な物は全て入室前に没収されてますので、安心してください! 」
背中をバラせば正体がバレる料理人...だと? 俺もこの短期間に色々と調べたが、そんな変な奴は聞いた事がない。
それにこの女は確実に魔導師だろ。周りの奴らの目なら誤魔化せるかもしれないが、長年冒険者をやってきた俺が見る限りでは、こいつはかなり魔力の多い魔導師にしか見えん。強者特有の気配も無ければ、血の気配も一切しないので大して強くないのは分かっているが、何故この場で嘘をつく必要がある。
「な、なるほど...そういう事でしたら――では、我々の方で提出してもらった書類は確認しますので、席の方でお待ちください」
その言葉を聞いて、そそくさと怪しい二人組が席に戻って行った。相手の動きや仕草を改めてよく確認するが、何か悪意があって動いているようには見えない。
「ロリイーネさん、どうしやしょう。今回座ってる座席は運営に指定された席ですが、俺達の近くに座ってる以上はいつても絡みに行けますぜ。ここで待つのも悪くないですが、こいつらは誰かしらに絡まれ始めたら逃げられる可能性もあるかと」
ここまで異質な存在感を放ち続けているチャガ・チャンガに絡みに行くような奴が居るとは思えないが、ここら辺で少し探りを入れるのもありかもしれない。
――なんせこの女は、何となくだが今最も俺を怒らせている女の声と少し似ている気がするし、魔導師で正体を隠したがるのは奴の特徴と一致しているからな。その可能性は低いとしてもゼロであるとは言いきれない。
こんな大会に参加してまで俺達を怒らせに来たのであれば問答無用で手を上げたい所だが、今はこちらから手を出す気はない。何せ人目があるし、ここで暴れれば確実に被害が出る。それは俺達のような『英雄』と呼ばれたパーティがやる事じゃない。弱者のすることだ。
仮にこいつらが例の女だとすれば、隣に座ったこの男も奴の仲間だろう。猫を抱き抱えているガキはどこの誰なのかは知らないし、攻撃するつもりはないが、とりあえずこの変装している奴らに一度問い詰める必要がある。
「...あいつらの可能性がある。一度俺が探りを入れるからキース、お前は周りの被害を抑える為の準備だけしておいてくれ。派手に暴れるつもりはないが、奴らがまた変な魔物や魔法を使ってくる可能性がある。ここには戦えない奴ばかりだし、何かあったらその被害を全力で抑えるぞ」
「へいっす」
そうしてロリイーネは奴らの座っている卓に堂々とした態度で近付いき、こう質問した。
「ちょっとお話を聞かせてもらいたい、チャガ・チャンガさん。もしかして俺達と過去に接触した事があるのか? 」
△ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼
ロジェは突然ロリコンさん達に絡まれて困惑していた。
え、なんでロリコンさん達自ら私に絡んでくるの? 変装してる私とは一度も接点ないじゃん。確かに変な格好してるけどさ、別に私達はヤバいやつじゃないから絡んでこなくていいし、ここは大人しくしよ? 私に手を出したらまたグレイにコテンパンにされるし、やめときなよ...
「えぇ。もちろん知っておりますとも。この帝都でも有名なあの...えーっと、確か《鋼板の凍拳》の皆さん...ですよね? もちろん存じ上げておりますとも! どうかなさいましたか? 」
「!? お姉さ――チャガ・チャンガさん! 相手は《鋼板の凍拳》だなんて不細工な名前じゃありません!《霜刻の凍鳥》ですっ!! 冒険者にとって名前は命と同じくらい大切な事なので、知ってるなら間違えないでください! 」
「……あー。それそれ――って、ごめんなさい。これはわざとじゃないんです。本当にっ! 私ちょっと物覚えが悪いものでして...ほら、頭なら幾らでも下げますので、許してくれませんか? 」
ごめんって...名前を少し間違えたくらいでそんな目くじら立てないでよもう...ほら、名前を間違える事くらい誰にでもあるでしょ? 私は人の名前を覚えたりするのが苦手だし、どこかの英雄さんならこのミスくらい大目に見てくれてもいいじゃん。
「.......その何も考えてないような顔といい、挑発にしか見えないふざけた態度といい、ますます俺の探している奴らに見えて腹立たしいが、まずは俺達の質問に答えてもらおう。チャガ・チャンガさんは俺達と何かしらの接点があるな?」
「いや別に無いですけど...確かにさっきあなた達の所にいた人に話しかけましたが、それ以外話した事すらありませんよ。人違いでは? 」
「俺は何も喧嘩を売りに来た訳じゃない。なんせその独特な見た目が気になってな。お前ら、まさかとは思うがロジェとか名乗る奴じゃねえだろうな? 」
あちゃー...そこまでバレてるのか。私の完璧な演技力とこの『ウィースト・ファッション』の変装を見破れるとか、目が良すぎない? この魔法ってマナの気配とかもある程度消せるはずだから気配が強すぎるグレイはともかく、私はバレにくいはずなのに...どうして私だけ分かるの? おかしくない?
「その、ロジェ…? でしたっけ。そんな人は知りませんし、変な言い掛かりをするのはやめて頂きたいのですが...」
もうバレてるかもしれないが、今は全力で誤魔化すしかない。なんせバレたら相手が全力で襲いかかってくるだろうし、この場所まで壊したら本格的に借金が生まれてしまう。そうすれば優勝賞金の一億タールを全力で狙わなきゃいけなくなるし、優勝すれば私の存在が更に目立ってしまうので、今は何としてでもそれだけは避けなければ...!
『グレイ、あなたも同意しなさい。多分相手に私達の正体がバレてるわ』
『え? 別にバレてもいいじゃねえか。ここを壊さない程度に派手に暴れれば良いんだろ? 任せろ! それは俺の得意分野だ! 』
『だから、それが、ダメなのっ!! これ以上変な目立ち方したくないし、私達が大会に参加してるってバレたらまた恨まれるし、変に目を付けられちゃうでしょうが! 今はお願いだからその攻撃衝動だけは抑えて。ほら、あとでこの蟹の殻あげるから』
「...そうだぞおっさん。俺達はそんな名前の奴らは知らねえからこれ以上は絡んでくるな。俺達はおっさんの探してる奴とは関係ねえよ」
少しグレイが悩んでいたので心配したが、何とか上手く丸め込めたので無理やり協力させる。ロジェとグレイはなんだかんだずっといる以上、互いに上手い扱い方は知り尽くしている。グレイはちゃんと欲しがっている物を出せばすぐに同意してくれる意外とチョロい男なのだ。あとは何とか上手い事収まってくれれば完璧なんだけど...相手はどう出る?
「……なるほどな。次の質問だ。貴様ら、一体何を企んでる。見た目が怪しすぎて何か悪い事を企んでいるように見えてしまってな。参加した目的を聞かせてもらいたい」
「え? そんなの料理しかないですけど...これって料理大会ですよね? 逆にそれ以外あるんですか? 」
メロール曰く審査員枠も埋まってるらしいし、料理以外の選択肢なんて無いと思うんだけど...そして一々私の言葉に怒らないでよ。私何もしてないのに怒るとか...もしかして、あーるん以上に短気なの?怖いじゃん。
「そんな事は分かってる。だからこそ俺は念入りに貴様らに質問しているんだ。この大会で何をするつもりなんだとなッ! 」
いや...? だから、料理以外何もするつもりなんてないってば! まさかとは思うけど、あの例の予言の実行犯か何かだと思われてるのかな。見た目的には確かに怪しいけど、そんな事するつもりないわよ私は!!!
――こうなったら料理人設定を全力で利用してやるしかないわね...!
「.....私達は生粋の料理人です。確かに見た目はあまり馴染みのない変わった姿をしてるかもしれませんが、私達にもプライドってものがありますし、料理に命を賭ける者としてはその質問ですらも私達が当日変な事をするって疑われるみたいで納得出来ませんね」
メルが前に指を立てて相手に宣言していた時の事を思い出し、自分でもちょっとやって見たくなったので真似してみる。やってみた感想だが謎の開放感があって癖になりそうだ。
ロジェはプライドなんてものは微塵も無いし、このよく分からないキャラ設定も勝手に脳内にいる料理人のイメージを全力で演じてるんだけど、上手く出来ているのかしら...少し不安ね。
「俺は相手の見た目だけで疑うほど浅くない。だがな、紙の提出をする時もそうやって壁や誰かの背に張り付き、露骨に背中を隠す理由を濁したまま行動を続ける奴らを放っておける訳が無いだろう。それらの意味深な行動は一体どう説明する気だ? 」
なるほど...まぁ確かにこんな変な姿した奴が壁に張り付いてたら怪しいもんね。私でも通報する見た目だも―――――って違う違う! 今は反省してる場合じゃない! 背中の件だけは何としてでも全力で誤魔化し切るのよロジェ、バレたら殺されちゃうかもしれないんだからっ!!!
「悪い事は一切考えてないって言ってるのにそう思われるのは少し心外ですね。私達はただ料理の在り方を追求してるだけです。あなた達には分からないかもしれませんが、この特徴的な衣装や振る舞いも私達にとってはその一つと言えるんですよ? 」
「...ほう。料理の在り方か」
よし、とりあえずは食いついたわねっ! ぶっちゃけ適当言ってるだけだけど、話さえすり替えれば背中の件は全力で誤魔化せるかもしれないし、とりあえずやるしかないわ!
「料理ってのは味だけじゃありません。普段からの立ち姿、道具を扱う時の所作、場の空気感...そういったもの全てを使った時に初めて『料理』という一品が完成するんです。これが私の中にある職人特有の拘り...と言うのが正解なのでしょうかね」
ロジェは背中を見せないように気をつけながらその場を歩き、指でその場に渦を書くような仕草をしながら無意識に一歩、また一歩と歩き、少しずつ体の動きが大きくなっていく。メロールが何故かあわあわ焦ってるように見えるが、別にやらかすつもりなんて全くないので、そんな分かりやすい心配はしなくていいと言ってやりたいものだ。
「つまり、貴様はこう言いたいんだな? 意図的にやっているとしか思えないその奇妙な立ち居振る舞いも、自分の求めている『料理』の一部...隠し味であると」
「............え? えぇ、その通りです! パッと見た感じは皆さんはこちら側の人じゃないのによく分かりましたね」
――隠し味とは...?
「私にとっての料理大会は既に始まっております。そもそもこの集まりに関しては『これはただの大会前の打ち合わせだ』と、大抵の人はそう思うでしょう。ですが、この段階から所作や振る舞いを完璧にし、場の空気感を己の物に出来た者が有利になる...と、私は考えているのです」
大丈夫かな。その場のノリで話しまくってるけど、理屈とかめちゃくちゃになったりしてない...よね?慣れない事してるせいで めちゃくちゃ心配だよぉ。
――だけどここはしっかり決めるところよ!ここが一番かっこいい所なんだから、ちゃんと決めてやるわっ!!
「そう! なのでこの私が.....」
最後にカッコよく決めようとしたその瞬間だった。「ポンッ」と音が鳴り、すぐさま姿が見えなくなる程度の煙にロジェ達が包まれる。
「................あっ」
ロジェは感情に身を任せて半回転しながら指を相手に指そうとしたので、背中を周りの参加者に見られた事で魔法が強制解除される。それによって意味不明な衣装は解除され、ロリイーネ達の前にいつもの姿のロジェとグレイが姿を現した。
「.....は? 」
素っ頓狂な声を上げたロリイーネ達の顔を見るが、脳が理解を拒否しているかのように表情が完全に固まっていた。恐らく何が起きたのか理解出来てないのだろう。
やばいやばいやばいっ!!! 今の『は?』は絶対にキレる直前のやつだよね? これ次の瞬間でこの街の地面すらも一瞬で凍らせる事が出来るあの武器が私の頭に向けて飛んでくるやつでしょ? 絶対あんなのに当たってやるもんですか! こういう時に私が出来ることは...一つしかないわ!
「.....し、失礼しましたああああああああああ!!! 」
「お、おい待て! てめえら、一体なんのつもりで――」
ロジェは相手が突然の出来事で固まっている事を良い事に、四十五度の角度でしっかり頭を一瞬下げてから全力で逃げる事にした。逃げるついでに口笛でキルメを呼びながらグレイの腕を掴み、全力で出口に向かって走り去っていく。普通に拾い忘れてたけどメルは.......まぁ、ほっといても何とかするでしょ。皇女様だし。
絶対相手怒ってるもん! あの時理解出来てなかっただけで少ししたら鬼の形相で襲いかかってくるんだもん!! 私知ってるもんっ!!!
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「あいつら、言いたい事だけ言って逃げたな...なんの余興だ? 」
「さぁ? これじゃあ奴らの意図は全く分かりそうにありませんね」
ロリイーネとキースは奴らの行動があまりにも理解出来なかったので、もはや追いかける気力すらも起きなかった。ロリイーネの背中では本人の怒りを再現するかの如く、氷嵐斧槍から熱気が少し漏れ出している。
だが本人はただ静かに一言だけ呟いた。
「料理の所作と場の空気感...か。なるほどな」
「あれ? 今、なにか言いました? 」
「いや.........何も言ってない。とりあえず今は奴らは追わん。あれ程の噂が立つ策略家なら俺達に何か仕掛けられていてもおかしくないからな。一旦目の前にある大会に集中するぞ」




