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第三章 32 『打ち合わせ①』

「いやー! グレイが家に居てくれてほんと助かったわ! こうしてお兄さんから聞いてた荷物も無事に受け取れたし、変なのに絡まれる心配もなくて安心ね! やっぱり男の子が隣に居るだけで頼りになるし最高ね、ヒューヒュー! 」


「だからと言ってお前なぁ...何があったら路地にあるゴミ箱の中に隠れなきゃダメになるくらい相手を怒らせる事になんだよ。帰ってきた時も生ゴミの匂いが凄かったんだし、幾ら残念美人とは言えど、もっとマシな選択肢取れよな。匂い消しの石を袋いっぱいに入れたとこにお前のローブを突っ込んでもまだ臭いってどんだけ奥に潜ってたんだよ」


 ロジェは自宅に戻り、家にいたグレイと共に料理大会の打ち合わせ会場に向かっていた。《霜刻の凍鳥》に目をつけられている可能性があるが、それは最悪グレイに何とかしてもらえばいいので、ロジェはあまり気にしていない。


「そんなの私だって分かんないんだもん。アリナさんは無理やり言わされた結果、私の冗談交じりの言葉を相手が本気で捉えたせいで怒ってたらしいし、そもそも私はあの時、ボアちゃんしか持ってなかったんだからそうするしかないの! 薬品鞄(ドラッグバック)だって家に忘れてるし、あの時はあれが最善の策だったんだから! 」



 まぁ、最悪『猛進の猪(ストレート・ボア)』を使えば力づくで解決出来た気がするけど...壊されたらたまったもんじゃないからね。可愛いから壊されたくないし....



「というか、正直言ってそういうのは私が一番嫌なんだよ? ただでさえ造花を食べた女だとか、街中でヒーローショーした女とか、変な肩書きがあるんだからこれ以上変な行動はしたくないってのに...」


 そもそもアリナさんは私の伝言を一つも伝えようとしてなかったのに勝手に聞いたロリコンさん達が悪くない? 完全に自業自得じゃん! 私は何も悪くないもんっ!! ふんっだ!


「...いつまでもそんな拗ねたような口を作ってないで、少しくらいこれ持ってくれよ。てか何貰ってきたんだ? あれだけの料理系魔道具の補正があるのに加えて、ここ最近ずっと近くで料理を教えてんのに、何故か独特の味になる料理の腕を持つお前が欲しがる物なんて想像つかねえんだけど」


「独特な味ってそれ、褒めてるの...? ちなみに貰ったのは赤兜の外殻と血抜きした中身の食材よ。せっかく大会に参加するんだったら見た目にも拘りたいし、前からこれを料理としても装飾としても使ってみたいって思ってたのよ! 」


 セージから貰った赤兜はその名前の通り、全体的に赤い見た目をした武士ような兜を被っている蟹の魔物だ。

 強さも☆2だから特別強いわけじゃないし、火で外殻を炙ったり鍋に入れたりすると美味しいが、冬以外だとほとんど姿を見せないし、その時期になると繁殖して何百匹の群れが海上に姿を見せ、人を襲ってくるという非常に面倒な習性がある。


「へぇ...赤兜なんてよく十匹も譲って貰えたな。赤兜みたいな蟹料理って結構手入れが大変な食材なんだぞ? 兜も外殻も無駄に硬いんだから俺もたまに試作品の魔法生物の体に使うレベルの代物だし、もし余ったら俺にも譲ってくれよ」


「別にいいけどその前に、グレイ達は私に借金ある事忘れてるんじゃないでしょうね? あの時の酒場の修理代を諸々含めて、二億六千万タールもしてるんだから残りの一億タール、ちゃんと私に返しなさいよ? 最近私も魔法杖を買ったせいでお金にあんまり余裕ないどころか、それを買うお金すら足りなくなるんだから。この大会が終わる頃辺りにはしっかりと返してよね! 」


 それは先日『白鯨の霧』で建物の壁を壊したりしたあの騒ぎの事だ。

 あの時は無許可でロッキーさんに酒場の修理代を立て替えてもらったのたが、そのせいで影の鼓動(シャドウ・パルス)を完全壊滅させた報酬から王城の修理費など色々差し引いて残った一億六千万タールはすぐさま酒場の修理代で飛んでいき、残りの八千万タールはロジェの手持ちから引き抜かれたのである(ちなみにメル曰く、ロッキーさんは私達の反省代を兼ねてロジェ達から回収するお金を五千万ほど盛ってるらしい)。



 無許可で立て替えてもらったし、兎にした事で怒らせたのもあるから文句は言わないけど少し酷くなかろうか...? 確かに冒険者からすればちゃんとやればその額はどうとでもなるよ? 私達は冒険者クラスの実力はあるからそれくらい普通に稼げるけど、それを加味してもちょっと酷くないかな...



「.....とりあえず、その金を返すつもりはちゃんとあるから安心してくれ! こう見えて金の問題だけは俺もあいつもちゃんとしてるし、その証拠にあーるんが今日も一日外出て遊んでるじゃねえか。俺も最悪商いでもやればその程度すぐ稼げるから安心してくれよ」



 確かにそうだ。グレイは生成の天才だからポーションでも売ればすぐに大金なんて稼げるし、あーるんは趣味で魔物とか賞金首を狩ってるし、最悪部屋にある要らない素材を売れば何とかなるだろう――特に理由もなく私を魔物狩りに誘うのだけはやめて欲しいけどね...私なんかが同行しても凄いの出ないってばっ!!!



「.......それもそうね。二人は私と違ってちゃんと優秀だし、強いから時期がちょっと悪いけどお金に関してはどうとでもなるか...ちなみに言っとくけど、カツアゲとかで回収したお金は絶対ダメだからね? そうやって調達してくるのは禁止だから! ただでさえ変なのに目をつけられてんだから、これ以上問題行動を起こすのはやめてよね」


「分かってる分かってるって。要は一方的にじゃなくてちゃんと効果を説明した上で正式な取引すればいいんだろ?俺とあいつでサクッと稼いでやるからそう心配すんなって! そんな心配そうな顔しなくても問題は起こさねえから俺に任せろ!! 」



 ほんとぉ...? 信じて大丈夫なんでしょうね。何故か分からないけど、物凄く嫌な予感がしてるのは私だけかな...

 まぁグレイは基本的に生成物を使って詐欺を働く事は今までも無かったし、あーるんと違って感情に流されて行動しないし、私がちゃんと言っとけば普段から一般人にも手を出さないから大丈夫――いや、ちょっと心配ね。



「少し心配だけど、そういうならまぁいいかぁ...グレイだし。とりあえず今回の会場はあそこだけど、グレイも来るでしょ? 聞いた話だと、ルール説明してから書類渡すだけで終わるらしいけど、中で何が起きるかわかんないし、暇なら来てよ」


「あぁ、もちろん行くに決まってるだろ! というかそのつもりで来てたしな。どうせ騒ぎを起こすのは確定してるし、むしろ強い奴が居るなら俺に戦わせろ! 俺がいない間にあーるんだけ獲物を独占してたのはズルだろ? 少しは平等にしてくれ! 」



 グレイが何を言ってるのか全く分からないし、理解したくない。ここ帝都だよ? 幾ら私の運が悪いとはいえさ、そんな強い化物なんてそうポンポン出るわけないじゃない。



 グレイの発言に半分呆れながらロジェは会場に入る最後尾の列に並ぶ為、移動を始める。列はとても長く、軽く参加者を数えただけでも二十人は居ると思われる。


 ロジェ達は何度か帝都の酒場に行った事はあるけれど、今回選ばれた酒場は行った事がないし、聞いた事もなかった。どうやらこの『風の囁き亭』は貴族やらお金持ち御用達の酒場らしく、中がとても広くて清潔な事で有名らしい。入り口で手荷物検査が行われ、暗殺やテロとして使えそうな薬品などは外で没収されている。


 ――そこで、ロジェは見覚えのある青髪の男と大量の武器を持った男を発見した。


「ゲッ...! なんでロリコンさん達まで参加してんのよこの大会。こんなとこでも遭遇するとか相手はストーカーの域よこんなの! ロリコンだけでなくストーカー属性まで持ってるとか...とかって.......っ!!! 」


「おー。なんか久しぶりに見たなあいつら。てかあいつらもこれに参加するってんなら――なるほど。そういう事か。お前の狙いが分かってきたぞ!! 」



 私の狙い...? さっきからちょくちょく意味深な事言ってるけどなんの事だろう...



「とりあえず今日の所はどうすんだ? 俺達の事がバレたらぜってぇ絡んでくるぞ。俺は別にあいつらが絡んでこようが返り討ちに出来るから構わねえけど、ロジェは嫌だろ? 意味があってあいつらを泳がせてるだろうし」


「...泳がせてる事に関しては何言ってるかさっぱり分かんないけど、正体バレるのは嫌かも。だってさっきギルドに行った時ですらあれだけ視線を集めてたんだし、こんなとこで私が参加してるだなんてバレたらそれこそ終わりよ。強い奴って基本頭がおかしいからこんな場所でも容赦なく襲ってくるわよあいつらも! だから今は正面から衝突するのは不味いわ。変に騒ぎを起こしたらまたロッキーさんに叱られちゃうし」


 そう、グレイやあーるんが近くにいるからこそロジェは強い人の本当の恐ろしさを知っている。本当に強い人は自身の強さを得る代わりに、常識という人として大切な物を失う生き物なのだ。

 ロリコンさん達と直接手を合わせた覚えは無いが、この前メルと街を歩いていた時ですら見つけるや否や私に挑戦状を叩きつけてくるのだから、今回だって場所関係なく襲ってくる可能性が高い。しかも怒ってるという最悪の条件付きである。もうやだおうちに帰りたい...


「……だったら変装しなきゃだが、生憎霊火はそういうの出来ねえんだよなぁ。アレはめちゃくちゃ便利だけど、あくまでも攻撃手段だから錯覚ぐらいは出来ても、人の見た目を変えたりするのは俺でも出来ねえ。ロジェはなんか良い感じの方法ねえのか? 」



 ――別に無くはない。変装する手段はあるのだが、最後までそれを貫き通せる気がしないのよ...



「......一応変装出来る魔法はあるわよ。けど、変装が途中で解ける可能性が高いの。上手く貫き通せば絶対にバレないからやってみるのもありだけど、バレた時がやばいかも」


 そう、『ウィースト・ファッション』を使えば絶対に正体がバレずに変装する事が可能になるが、この魔法には一つだけカバーしきれない欠点がある。

 その欠点とは、体の前側は完全に完璧な変装をしてくれるが、背中側は一切見た目を変えてくれないし、背中を誰かに見られた瞬間変装が強制的に解除されるのだ。この魔法を作った人は何がしたかったのか全く分からない。


「でも今は変装しない方が不味いだろ。相手が突撃する事を考えたら今は変装するべきだ。大丈夫、最悪変装が解けて相手が襲いかかってきても俺が守ってやるから任せろ!! 」



 あらやだなんかカッコいい...! 何が襲ってきても守ってくれるとかプロポーズかな? そうだよね!? え...違う? いつもの罪な男が発動しただけ?



「.........グレイのバカっ。じゃあ、変装衣装を決めるからグレイ、変装しても目立ち過ぎない程度の自然な感じの衣装と見た目を思い浮かべてみて。この魔法はその想像した姿に変装するからしっかり頼むわ」


「なんでお前は急に顔を赤らめてんだよ...まぁ分かった。大会に居ても浮かない程度の見た目にしてやるから任せとけ! 」


 そして予定時間ギリギリまで隠れて様子見し、ロジェ達は列がなくなった事を確認した上で、中に入る直前に『ウィースト・ファッション』の効果により、前側だけ完璧な変装をし、酒場へと入っていった。



  △ ▼ △ ▼ △ ▼ △ ▼



 お姉様達...一体何処にいるんでしょうか…?



 メロールは、お姉様から勝手に預かったペットの猫と共に打ち合わせ会場の酒場にいると思われるのロジェを探していた。


 正直な事言うと、先日の訓練場で仮面の効果によって大好きなロジェお姉様の仲間であるグレイお兄様やあーるんお姉様に酷い口を聞いてしまったので、会うのは少し気まずいが、昨日までの地獄のような稽古と比べたら直接会って謝る事なんて苦じゃない。


 あーるんお姉様の稽古は、指導者が強さにストイックすぎるせいで、常に死ぬ限界ぎりぎりを攻めた命懸けの修行だ。私はマナの耐性的に☆2が限界なのに、平気で☆4や5のダンジョンに連れて行ってソロ攻略させようとするし、足の歩幅から地面の蹴り方まで足に関する使い方の徹底的な矯正、半日の間休憩なしで走らせ続ける等無茶苦茶な事もされた。


 ロジェお姉様もあーるんお姉様も死にそうになったら後ろから助太刀してくれるし、死ぬ限界ギリギリの稽古を付けてくれるので、愛のある鞭を打ってくれるのは分かってるけど、それを分かっていてもやりすぎだと思う事がある。


 でもこれは全部自分の成長の為だし、幾つもの犯罪組織を散歩感覚で壊滅出来るくらい強くて、魔法一つでその場の空気を完全に支配出来るカッコいいロジェお姉様の時間をわざわざ割いてもらってまで私の稽古を見て貰ってるのだから、メロールは折れるつもりは無い。


 そもそもあーるんお姉様を師匠にすると最初に言い出したのはロジェお姉様だ。つまりこれもロジェお姉様の課す『道化の過錬』というものなのだから、この程度の稽古なら頑張れば乗り越えられると思われている。要するに何が言いたいのかというと、メロールが先に折れる訳にはいかないのだ。


 話によればロジェお姉様は随分先の未来が見えてるらしいし、もしかしたら最初から軟弱な私をちゃんとした皇族として最低限鍛え上げるつもりで、あの時スイーツをくれたのかもしれない。だったらきっとこの指導だって私にとって何かしら意味があるはずだ。


 とにかくメロールは、大好きで尊敬するロジェお姉様の仲間であるグレイお兄様に酷い事を言ってしまったので、謝りたい気持ちが強かった。だからわざわざこの酒場まで来たのだ。


 そもそもロジェお姉様は目立つ事が嫌いなので、こういう集まりに来てない可能性もあるけれど、その時は仕方ない。また別の日にお姉様達を捕まえてからグレイお兄様に直接謝ればいいのだ。あーるんお姉様には謝る事が出来たんだし、今の自分がそれを出来ないとは思えない。


『チャガ・チャンガさん、酒場に居ませんかー? そろそろ打ち合わせが始まりますよー! 』


 チャガ・チャンガは、私がお姉様の為に考えた大会用の偽名だ。名前をこれにした理由は特にないけど、皇女が大会に推薦する者としてインパクトのある名前にしたいと思っていたら自然とこれが降ってきたので、これにしたのである。



 分かってた事だけど、やっぱりロジェお姉様は居ないのか...今日からあーるんお姉様は暫くは魔物を狩る為に泊まり込みに行くと言ってたので、グレイお兄様と一緒にここへ来ると思ってたのですが、居ないなら仕方ない...お姉様の猫ちゃんと共に帰りましょう。



「夜明けの時だ...」


 まるで私の考えに呆れたかのようにキルメが弱々しい鳴き声で鳴く。

 その鳴き声を聞いて優しく抱き抱えていたキルメの頭を撫で、酒場を後にしようとしたその時だった。


 打ち合わせ会場に向かって歩いてくる見覚えのない二人組の姿が見えた。如何にも料理人と言えるようなその全身赤色のエプロン姿に、渦のようなマークのある変わったメガネと明らかな付け髭、コック帽を着けた如何にも怪しげのある二人組はこう言った。


『到着が遅れてしまって申し訳ありません。我々はチャガ・チャンガです! 予定時間よりも到着が遅れてしまった事を深く、深く謝罪致します! 』



 え、お姉様!? なんでそんな馬鹿みたいな格好でこんな場所に来てるんですか!? その格好が明らかに異質すぎて悪目立ちしてるし、ずっと壁を這うようにして移動してる時点で怪しさMAXですっ! そんなお粗末な変装するくらいなら私の変装道具を使ってください!!



 メロールはこの時改めて思った。大好きでかつ尊敬するロジェお姉様の考えている事が一生理解出来る気がしないし、もしかしたらお姉様は建前で嫌いって言ってるだけで、実は人前で目立つ事が誰よりも好きなのではないか.....と。

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