106話 面白い切り札
ガルニエは必死に笑いを堪えていた。
だが相当気持ちが高ぶっているらしく、かえって怪しい人物のようになっている。
元々鵺という恐ろしい怪物のお面をかぶっているため、猶更不気味だ。
そんな中、彼は嬉しそうに自分の推理を語り始めた。
「ふふっ、そうですか……なるほど、これは面白いですね。
卿は既に、黒幕の正体に気付いていた。
でも証拠はないうえに、相手は相当の大物。
だから私との密談を利用して、情報把握と対応の速さから確信を持ちたかったのですね?
アデル・ドラクロワを平凡な貴族に変装させて、護衛がついていないように見せかけてまで」
「……」
ジャッドは黙ったまま、紅茶を口にした。
新しく入れたそれは思ったよりも苦みが強かったが、彼女の好みの味だった。
そのせいか、少しだけ口角が上がったように見える。
「それだけではありません。
卿はあろうことか、私との取引を優位に進めるための布石まで用意した。
教団には私の情報操作で没落した人間が、ごまんといますから。
そんな輩がこの城を自由に闊歩しているのを知れば、いくら私でも無関係ではいられません」
「……それにあくまで可能性の話だけど、下手をすればあなたの暗殺命令まで下りているかもしれないわ。
だって、あなたを恨む権力者は少なくないから。
中立とはいえ、どんな情報も持っているんですもの。
機会があれば、自分の不利な情報が流出する前に始末してしまいたいって考えるのも自然でしょう?」
ガルニエは口元を抑えるように、お面に触れた。
さっきから笑い声が漏れ出てしまっており、肩も震えている。
一体彼の何がそんなに燻ぶられているのか、アデルには一切理解できなかった。
こういう訳の分からない人間は、アデルが嫌う人種の1つだった。
だがアデルにはまだ分からないことがある。
それは、この襲撃の主犯だ。
ジャッドとガルニエは既に誰なのか分かっているようだが、アデルには目星がついていない。
いや正確には、候補となる人物が多すぎて絞り切れないのだ。
「おい、いい加減全部話せ、ジャッド。
貴様らが言う黒幕は誰を指している?
どこの馬の骨だ?」
アデルがそういうと、2人はくすくすと笑いだした。
それがとても気に食わなかったが、アデルが反応する前に2人は答え合わせをしてくれた。
その人物は、彼が予想していた犯人のうち一番の大物だった。
「犯人は、私のお兄様とお姉様……
リュカ王子とマエル王女のどちらかよ」
「あるいは、両方という可能性もありますね」
「――は?」
考えてみると、それなら色々と辻褄が合う。
城内での堂々とした襲撃、多額の依頼料がかかる暗殺者集団、行動の速さ……
全てがこの国の権力者で、城内を好きなように扱える人物であることを指している。
しかもリュカとマエルは、王位継承のためにはなんだってやってしまう非道な人間。
ジャッドが戻ってきたうえに国王から大事な公務を依頼されたとなれば、自分の立場が危うくなったと考えるのもおかしくない。
だから、自分が王位を継ぐために邪魔者であるジャッドを殺そうと動いた……
別におかしなことではない。
「これだから、政治とか王位から離れたいのよ。
何もしないでも他人の反感は買うし、周囲の顔色をずっと窺っていないといけないし。
できることなら、お兄様とお姉様に一切関わりたくなかったのに。
はぁ……」
ジャッドは人差し指をくるくる回しながら、髪の毛をいじり始めた。
多分ジャッドがリュカとマエルのことを嫌っている原因は、今回のことだけではないはず。
小さい頃からいじめられ、相手にしなくても目の敵にされ、陰口もずっと言われ続け……
優しい彼女でもここまで露骨に言うのは当然だ。
アデルが同じ立場なら、物理的に黙らせてしまうだろう。
加えて昔は彼女が弱かったから玩具にされてきたが、今は違う。
軍人として立派に成長し、頭脳も彼らを上回ろうとしている。
しかも国民や周囲からの信頼も厚く、人柄の評判も高いときた。
どんなにジャッド本人が王座にこだわらなくても、ライバル視されるのは避けられない。
それが、ジャッドの一番の悩みの種だろう。
「ですが、王家の血を引く以上それは避けられないことです。
どんなに嘆いても、呪いのようについて回ります」
「……わかっているわ、ガルニエ情報官。
だから私は、ここで決着をつけたいの」
ジャッドは持っていたティーカップを机の上に置いた。
そして前のめりになり、ガルニエがしていたように交渉の姿勢に入った。
その時の企んでいるような顔は、さすがのアデルでも寒気がした。
「――取引をしましょう?
私に、お兄様とお姉様を陥れられる情報をちょうだい。
そうすれば2人を二度と政治に関われないようにしてあげる。
もちろん、即座に城に潜む教団をあぶりだしてあなたの安全を約束する。
それに明後日の会議も、2人の王家という後ろ盾を失って私達”兵器開発派”が優位になれるわ」
「…………ふっ」
ガルニエは足を組んでソファに深く座り込んだ。
「あなたを掌で転がす」と宣言したのに、今では彼がジャッドの掌に転がされている。
普通の人間ならそれを不快に思うはずだが、彼は違う。
とても、楽しそうだった。
「卿の作戦にはいくつか落とし穴があります。
……まず、そのアデル・ドラクロワについて。
いくら親しい間柄とはいえ、あなたは彼を駒として使いました。
彼の気持ちを少しは考慮してあげては?」
「あなたに心配される必要はないわ。
私は軍人として皆を導くと決めたの。
軍人であれば、どんなに身近な人間でも手駒として扱いざるを得なくなる。
アデルはそれを十分わかっているわ」
「…………」
アデルは何も言わなかった。
確かにジャッドに利用されたことには腹が立っている。
分かっていた情報もくれなかったのだから猶更だ。
だけど、不思議と怒る気にはならなかった。
ジャッドが言った通りなのか、または彼女がそういう人間だと割り切っているのか。
アデル本人にも理解できなかったが、彼にとって大したことではないのは確かだった。
そんな気持ちがアデルの顔に出ていたのか、ガルニエは彼をじっと観察して小さく頷いた。
しかし、彼の指摘はまだ続く。
「それだけではありません。
時間がないとはいえ、不確定要素が多すぎます。
もし王子や王女が卿の予想通りに動かなかったら?
犯人の当てが全く外れていたら?
アデル・ドラクロワが襲撃者を追い払いきれなかったら?
……そうは考えなかったのですか?」
「……」
ジャッドはしばらく俯いたまま何も話さなかった。
でもただ考えをまとめていただけらしく、彼女は頭を上げると凛とした顔で全ての疑問に答え始める。
「確かに、あなたの言う通りよ。
犯人に確証がないからこそ、今回の作戦を立てたのだから。
もし予想通りに襲撃がなかったら、あなたの希望に沿った情報を対価として渡していたでしょうね。
それに暗殺者ことは全部お父様に任せるしかなかった。
……それ以外、方法がないもの」
さらに彼女は、もしアデルが力不足だったら自分はそこまでの人間だったと割り切るつもりだったらしい。
いくら何でも、それは立場的に大問題な発言だ。
ジャッドはもちろん、ガルニエすら失い兼ねなかったのだ。
グエッラがスパイ活動にも力を入れていることを考えると、ガルニエはこの国には欠かせない人材だ。
どうやら自分の身を守る手段はあるようだが、リスクは高い。
「でもリスクに見合う収穫はあった……そうは思わない?」
ジャッドは最後にそう付け加えていた。
ガルニエは紅茶を飲み干した。
その後長い間カップに残った水滴をまじまじと観察していたが、飽きたのか机の上に置いた。
そして、低い声で言い放った。
「……これだけで私が味方するとでも?
いざとなれば、私はこの国を逃げ出しますよ?」
「貴様――!」
アデルはぎろっとガルニエを睨んだ。
だが手を出そうとはしなかった。
どの道ジャッドに止められるし、そもそもそんな強引な手段で彼の考えが変わるような気がしなかった。
ここまで話してみて、アデルでもわかった。
ガルニエは、一切常識が通じない人間だと。
ジャッドはアデルを放っておいたまま、静かに答えた。
「あなたの行動基準は、情報保持の快楽と好奇心。
その中には、私がどんな人間で、顧客として面白いのかを知りたいっていう興味も含まれている。
……違うかしら?」
「――」
その時、ガルニエが放つ雰囲気が変わった気がした。
あの威圧感が消え、本気で驚いているのがお面の下から伝わってくる。
アデルが息を飲み込んだ。
その時ガルニエの感情が一気に爆発した。
「ふっ……あははっ……
ふははは!! ひっ、ひひっ……ふはっ……はは!!」
ガルニエは爆笑し始めた。
心の底からの愉悦……それを嫌でも感じるほど。
どうやらジャッドがガルニエの指摘を全部反論し、自分の本質を言い当てたことに相当ご満悦の様子。
普段毒舌で敬語を使う彼らしからぬ、盛大な笑い方だ。
多分外の見張りにも、彼の笑い声がはっきりと聞こえただろう。
ガルニエは息を切らし、苦しくなったところで笑うのをやめた。
ヒィヒィ言って明らかに過呼吸気味なのに、それでも体が震えている。
アデルはそれを見て思わず固まっていたが、ジャッドは冷静に彼を見ていた。
しばらくすると、ガルニエは少し枯れた声でボソッと呟いた。
「………………合格です」




