104話 訓練相手探し
ジャッドがアデルと一緒にガルニエと対談している頃、レイモンは基地内を歩き回っていた。
アデルがいないせいで、刀の訓練相手がいないのだ。
最初は刀を使う先輩方を頼ろうとした。
でも運悪く、全員業務で立て込んでいて無理だった。
だから頼る当てもなく、ただ散歩している状態に近かった。
宿舎の裏手に来た時、植込みの前に座り込んでいる灰色の長髪の男が見えた。
彼はじっと茂みを見つめながら、手をモソモソと動かしている。
ふと気になりレイモンは男に近づき、中腰になって声をかけた。
「セレスト、何してるんだ?」
「っ!? ……何だお前か。
あんま大声出すなよ、こいつがビックリするだろ?」
「こいつ……?」
レイモンがなんのことかとキョトンとしていると、茂みの方からガサゴソと音がした。
ゆっくりと現れたのは、なんと小さな三毛猫だった。
「みゃーん」
猫はセレストに近づくと、小さな頭を彼の手にゴツンとぶつけた。
そして甘えるように、スリスリし始める。
まるでご主人に構ってくれとねだるように。
「えっ!? こんな所に迷い込んだの!?
どうやって入ってきたんだろう?」
「ちっちゃな排水溝とかじゃねぇのか?
まだ生まれて間もないみたいだし、親とはぐれて偶然ここに来たんだろ」
そう言いながら、セレストは子猫を持ち上げて抱っこした。
その時猫のお尻辺りに小さな袋がついているのが見えた。
どうやらオスのようだ。
「珍しいなぁ、三毛猫のオスって。
確か遺伝的な問題で、三毛ってメスが殆どなんだよね?」
「らしいな。
そんでどっかでは幸運の象徴とされているんだよな。
それがこんな血生臭い所に現れるなんて……一体どんな予兆だよ?」
セレストは子猫を抱えながら立ち上がった。
流石にこの基地に置いておくのはまずいので、入り口を監視している守衛に渡すつもりらしい。
少し可哀想だったが、正直そうするしか方法はなかった。
レイモンはせめてと思って、セレストの後についていくことにした。
その時子猫と目が合い、つぶらな瞳で赤ん坊のように見つめられた。
……駄目だ、可愛すぎる。
子猫が輝いて見えるし、胸に何かがグサッと刺さった衝撃を感じる。
レイモンはずっと我慢してきた衝動を抑えられなくなり、無意識に招き猫のようなポーズをとった。
「みゃーん♪」
「…………は?」
セレストはドン引きした顔でレイモンの方を向いた。
レイモンははっと我に返り、顔を真っ赤にしてそっぽを向いた。
……やってしまった。
猫が大好きで野良猫を見かけた時に一緒に戯れる習慣があったレイモンにとって、最大の醜態だった。
しかもまだ軽く流してくれればいいものを、セレストは見たことのない表情をしている。
レイモンがそうして汗だくになっていると、セレストはふと思い出したかのようにポケットから何かを取り出した。
そしてそれを子猫に見せる。
「鰹節あるけど、いるか?」
「――」
こんな時、どう突っ込むのが正解なのだろう?
レイモンはしばらく、そのことを真剣に考えこんでしまった。
結局彼は言葉を失ったまま、セレストが子猫にご飯をあげて守衛を渡すのを見守った。
そうしてセレストがどこかに行こうとした時、レイモンはふと歩き回っていた当初の目的を思い出した。
「ちょっと待ってくれ!」
「……?」
レイモンが咄嗟に彼の前に出ると、セレストは少し不愉快そうに腕を組んだ。
どうやら気分的にあまり他人と関わりたくないらしい。
それでもレイモンは、彼を行かせようとはしなかった。
「実はさ、刀の練習相手を探してるんだ。
アデルはしばらく帰ってこないし、先輩達は忙しそうだし……
良かったら付き合ってくれないか?」
「……なんで?」
セレストは露骨に嫌そうな顔をした。
確かに練習用の的は道場にあるから、一人で練習しようと思えばできる。
でもアデルと打ち合いを何度もして分かったことだが、やはり対人でやった方が色々学べる。
このまま腕が落ちたらアデルに怒られかねないし、どうしてもセレストに頭を下げるしかなかった。
だが、セレストは拒絶した。
「嫌だ。何でお前なんかのために時間を割かないといけない?
練習なら一人でもできるだろ」
そう言ってセレストは、レイモンの横を無理やり通り過ぎようとした。
慌てて彼が得する案を考えたが、何も思い浮かばない。
アデルのように好物で釣ることはできないだろうし、そもそも彼の好きなものが分からない。
しかし別のことを思い出し、彼が真後ろに来た際にレイモンはぼそっと呟いた。
「……お前を止めるため」
「は?」
「お前が非人道的な事をした時に、お前を止めるって約束しただろ?
でも今の僕はまだ弱いし、確実に止められる保証はない。
だからアデルがいない間だけでいい、僕と模擬戦をしてくれ」
「……」
はっきり言って、この提案ではセレストにはデメリットしかない。
だがレイモンの正直な気持ちを言葉にした、正真正銘の心からの懇願だ。
レイモンは立ち止まった真顔のセレストに頭を下げ、彼の返事をじっと待ち続けた。
セレストは、長い時間が過ぎた後に大きな溜息をレイモンの頭にかけた。
「はぁあ……一週間だけだぞ?
手加減もしないからな」
「っ!? ありがとう!」
レイモンは嬉しくて、セレストの腕を引っ張って道場に向かった。
セレストは言葉通り、一切手加減してくれなかった。
竹刀で戦ったため怪我はしなかったが、30戦以上してレイモンは一切勝てなかった。
しかも1回の対戦時間は1分以内で、セレストは一切アドバイスしてくれない。
本当に、ただの模擬戦だった。
(――まだまだ、強くならないと!
このチャンスを使って、感覚でセレストの技を吸収してみせる……!)
訓練の時間が迫ってセレストが立ち去った後、レイモンはそう覚悟を決めた。




