103話 情報官との交渉
用意されたのは、来客用の待機室だった。
少し狭い空間に机とソファ、観葉植物が置かれているだけ。
煌びやかな城内では珍しい、とても質素な部屋だった。
代わりに眺めはいいが、ジャッドはわざとカーテンを閉めてしまった。
そして見張りとして立っている騎士にも離れるよう指示を出し、追っ払ってしまう。
ただでもあまり人が通らない場所であるため、この部屋の周辺は完全に無人となった。
部屋の中にも楽しそうにしているガルニエと警戒を解かないアデル、そしてジャッドだけとなった。
「ふふっ、よろしいのですか?
昨日卿の命を狙う不届き者が現れたと耳にしましたが。
いくら密談を行うとはいえ、警備が手薄では?」
「ええ、問題ないわ。
あなたの考える最悪の事態にはならないはずだから」
「そうですか……ふっ、ふふふっ」
ガルニエはこの状況をかなり楽しんでいるようで、笑いを堪えられずにいた。
下手をすると、ジャッドの真の意図をすでに察知しているかもしれない。
だとしたら、彼は相当の変人かジャッドを試したいのか……
どっちにしろ、ガルニエはジャッドとの交渉を前向きに行うつもりのようだった。
ジャッドは、ガルニエと向かい合うように座ったアデルの隣に腰を下ろした。
そして事前に侍従に用意させた紅茶を一口飲み、王女という立場を捨ててガルニエを見据えた。
彼は話が始まるのを首を長くして待っている。
「じゃあ早速、交渉を始めましょうか。
まず、今回の会議の内容に関することを聞きたいの。
現時点で、チュテレールは今どのような道を辿る未来の案が出ているのかしら?」
「……なるほど、限られた時間で書類に目を通すのが面倒なのですね。
それくらいならタダで教えましょう。
公文書に書かれていることですし、噂として流れているので情報としての価値はありません。
どうしてもと言うなら、ヴェロニックと仲良くしてくれているお礼ということで」
ガルニエは紅茶を口の部分に当てて飲み始めた。
どうやら鵺の口は開いているらしく、お面をつけた状態でも飲食できるらしい。
だがデザインのせいで、彼の口元は一切見えない。
それが余計に不気味だった。
「現在の軍がほぼ機能していないことをいいことに、官僚が色々と奇抜な案を出しています。
現在主流なのは『正面突破』と『兵器の開発』です。
最初の案は主に脳みそが空っぽ……失礼、軍事に疎いリュカ王子とマエル王女の側近が推しています。
兵器に関しては、軍関係者と一部の官僚といったところでしょうか」
そこまで聞くと、アデルが鼻で笑って話に入ってきた。
「はっ、正面突破なんざ正気の沙汰じゃない。
1回そいつらを戦場に立たせてやりたいところだ」
「同感です。
いくら何でもあの兵器、PLUTO-0001を何とかしなければ同じ轍を踏むのは明白です。
今度こそ国が再起不能になってしまいます。
ですので私は兵器開発を推していますよ」
2人の言う通りだ。
だが対抗勢力が、ジャッドの兄姉なのは納得できてしまう。
2人とも政治関することはかなり優秀だが、それ以外がてんでダメだ。
おそらく今回のことも、国の危機としてではなく自分の立場を優位にするためのものとしか考えていないだろう。
ジャッドはティーカップを持ちながら、考えを口にした。
「なるほど、お兄様お姉様の勢力とそれ以外の勢力での戦いでもあるのね。
だとしたらなんとか勝たないと、本当に国が滅んでしまうわ。
でもあなたのその言い方……もしかして私達の方が不利なのかしら?」
「ふふっ、流石です。
そこが一番の問題なのです」
ガルニエは紅茶を一口含んだ後、足を組んだ。
彼のお面の奥からは、真剣な眼差しが飛んできている気がした。
それが、事の深刻さを物語っている気がする。
「最悪なことに、肝心の『新兵器』のところで意見が割れておりまして。
グエッラの技術を盗むだの、根拠のない心霊話を頼るだの、今から研究を始めるだの……
色々な意見が飛び交っていて、中々纏まらないのです。
そのせいでこちらは一丸になることが出来ずじまいです」
「それはまずいわね……」
ここが最大の弱点だ。
少なくともある程度の大枠くらいは決めないと、無計画な案として一蹴されてしまう。
そうなれば個人の利害が絡んでいることが分かったとしても、国王は正面突破に踏み切るしかなくなる。
だとしたら今すぐにでも何か方針を決めるか、それとも――
「相手勢力の弱みが欲しいですか?」
ガルニエはジャッドの思考を的確に言い当てた。
「ここまで追い詰められた以上、相手を潰す他ありません。
私なら彼らの弱点を持っています。
……但し、ここからは対価を頂きますが」
ガルニエは前かがみになり、両肘をテーブルにつけた。
まるで商人が値踏み交渉をするように。
ジャッドは唾を飲み込み、戦場に立った気持ちで彼を見た。
しかし最初に言葉を放ったのは、アデルだった。
「解せんな。
そこまで情報を持っているのなら、何故貴様自身が行動を起こさない?
このままでは貴様も危険だというのに」
「はぁ、やはり卿はあのドラクロワ中将の子供ですね。
少し考えれば分かるものを」
「あ゙!? 何だと!?」
アデルはガルニエの挑発に乗ってしまい、彼に掴みかかろうとした。
しかしすぐにジャッドが手を前に出し、アデルの行く手を阻む。
すると今度は怒り任せにジャッドに文句を言おうとした。
ジャッドは真顔でアデルを見つめていた。
「止めて」と命令するように。
アデルはそれに気付き戸惑ったが、確かにここで手をあげても意味はない。
結局、アデルは怒りを無理やり押し殺してソファに座った。
そこでやっと、ガルニエが口を開く。
「アホにもわかるよう、はっきりと申し上げておきましょう。
私は中立な立場を保つため、自分で誰かを陥れるようなことはしません。
相手が誰であろうとも。
情報官というものは、そうして信頼を築くと同時に相手に杭を打たせるのが仕事だからです。
それに私にとって、この国の運命なんざどうでもいいことです。
いざという時は、逃げ出せばいいのですから」
「っ! こいつ……!」
アデルは再び立ち上がろうとした。
だがすぐにジャッドが彼の肩を掴み、強引に無理やり座らせる。
それでも抵抗しようとしたので言葉で必死になだめると、アデルは何とか落ち着きを取り戻した。
確かにガルニエの忠誠心はこれっぽっちもなく、彼女自身も罵倒したい気分だ。
でもここまで話をしてなんとなく分かった。
ガルニエはあらゆる情報を手に入れ、相手を転がすのを嗜好としている。
時々例外はあるようだが、それは遊び半分の気まぐれだ。
そのためなら、誰であろうとも手を貸すし敵に回すことだってある。
はっきり言って、彼はどうしてチュテレールに味方しているのか不思議に思ってしまうほどの変わり者だ。
こんな人間に、国のために尽くせとか他人を考えろといった説教は通じない。
ただこちらが疲れるだけだ。
だとしたら、彼の土俵の上で戦うしかない。
その覚悟をジャッドは既に決めていた。
「……どんな情報が欲しいの?」
「ふふっ、分かり切ったことを聞くのですね。
知られざる王家の秘密に決まっているじゃないですか。
不倫や着服などの秘密事項、国家機密……他国との機密協議でも構いません。
私ですら知らない、そんな美味しい情報のみ受け付けます」
「……」
ジャッドは眉間にしわを寄せた。
ガルニエでも知らない情報――そんなものは限られている。
それこそ、漏れてしまえば国家的危機に陥るレベルのものしかないだろう。
さて、どうするべきか……




