◆007◆ボタンを押す為にここに来た
真紅の双眸は、真っ直ぐにジルを射止め。生存本能を刺激るす殺気は、ジルの感覚の奥底で警鐘を鳴らす。
——この男は危険だと。
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「ここはどこだ?」
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テツヒトは、他の三人とは決定的に異なった。ここに来る前の記憶が薄らと残っている。
雨の記憶。
乳幼児を抱き抱える自分の姿。
スーツの男—— 歳は70を過ぎた辺りか。
顔からはその様な印象を受けるが、その身体付きはまるで、全盛期からの衰えを知らない様に真っ直ぐと地面をとらえて立っている。
街の明かりから遠ざかる様に国道を進んで行くと、山の中へと続く道に繋がり、夜通し進むと、空が明るくなる頃にそこへと辿り着く。
欧州で作戦行動ミッションを行っていた頃に見かけた巨城が、日本の山の中に突如として現れる。
道中常に、テツヒトの腕の中で眠っていた乳幼児が目を覚まして、寝起きには珍しく城を見てはしゃいでいる。
暑くて、肌にまとわりつく汗が気持ち悪く『そのスーツ暑く無いのか?』と、聞いた記憶がある。
時期は夏。
蝉の声が森の中に響く。
「俺はあの子を守る為にここに来た——」
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銃弾の音。
硝煙の匂い。
腐った死体と蠢く蛆うじ。
泣き叫ぶ人々。
命を狙う敵。
繰り返される命の奪い合い。
乗り込んだ航空機の中で、喜びに満ち溢れて啜り泣く仲間と、そんな中で戦地に後ろ髪を引かれている自分に違和感を感じる。
そんな世界では、いつの間にか色を感じる事が無くなっていた。
空港に降り立ち、タクシーに乗り込み、国が用意してくれた高層マンションの前に荷物と共に降ろされて、自分も荷物と同じなんだと思うと、喧騒の中に泣き叫ぶ様に笑った。
『テツヒト様ですね? お待ちしておりました。必要な家具や家電は全て備え付けております—— どうされました?』
テツヒトが目にする、セピア色の世界では、殺気を纏った銃火器からは濃く重たい黒の色が放たれ、血の色は際立つ鮮明な赤い色を放つ。
空はいつも灰色で、仲間達は時折り黒い色を放ったと思うと、等しくそういう奴等はテツヒトに銃口を向けた。
テツヒトを出迎えた女性は真っ赤に染まって見えて、一瞬荷物を渡す手が止まった。
『いや。何でも無い——』
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「ルナ……」
男は薄く透き通った陶器のような茶色い瞳から涙を流す。
『おはよーございます』
『どうしておまえが俺の部屋に居るんだ?』
『朝食の支度をしました』
それから、毎日。朝昼晩と食事の度にルナはテツヒトの部屋を訪れる。
戦場では無敵の傭兵だったテツヒトは、常に人の気配を感じ、寝てる隙に誰かが近付く事など、仮にそれが味方でも絶対に出来なかった。
それなのに、ルナは気付くとテツヒトの隣で眠っていたりして—— 『そうか、こいつはもう』その事を通してテツヒトは悟る。
ルナが死んでいる事に。
肌は冷たく。
呼吸は無く。
脈は感じない。
当然殺意など無く。
そこで疑問が浮かぶ。
この世界は何なのか?
ルナ——
城——
乳幼児——
記憶が繋がる。
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ガゴン!!
「絶対に今度こそ助けてみせる」
部屋から飛び出たテツヒトは、凄まじい速度でポップアップするモンスターを屠って行く。
ケイトでさえも数日は費やした、セーフポイントまでの道のりを、数時間で踏破して【泉の守護者】と対峙する。
「この世界は狂っているな」
一つ納得した様子で構えると、足を払い腕を踏み付けて、首に拳を突き付ける。
RPGの世界ではステータスが絶対だ。
どんなに足掻いても、レベル1で魔王を倒す事は出来ない。
しかし、FPS—— ファーストパーソン・シューティングだったらどうか。
そこにステータスの概念が存在したら。
実力のあるプロゲーマーと素人では、魔王を倒すまでのレベルには当然の様に差が生まれる。
使う武器にしてもそうだ。
素人が銃火器を必要とする敵でも、操作一つでナイフで敵を屠る事が出来るだろう。
テツヒトは、起き上がろうとする【泉の守護者】の首や関節。ありとあらゆる弱点を拳で連打して、遂にはエフェクトを撒き散らして倒して見せる。
「はぁ、はぁ、はぁ…… スーーーハーー。体力までリアルなんだな」
削られた体力に違和感を覚えながら、汗一つ出ていない身体を触って笑みを浮かべると、テツヒトはセーフポイントに足を踏み入れる。
「おっ! 誰か来た——」
火を囲む男女。
女の方は相変わらずのセピア色だが、男の方は眩く光を放っていた。
「俺はモクジ! よろしくな」
差し出された手を警戒しながらも、テツヒトはその手を取る。
その男の色は異常ではあったが、警戒に値しない程に無防備で、手を取った後に何かをされたとしても、瞬殺出来る確信がテツヒトにはあった。
しかし、その握手が世界を変えてしまう。
「あの、私はエヌです……」
エヌの声はテツヒトには届かず。
「グッ…… おまえ…… 何をした?」
「どうしたよ? 俺は何もしてねーぞ。おい! 大丈夫か、おまえ!」
頭の中を、何かが掻き回して、再構築して行く様を、激痛に耐えながら感じ取るテツヒト。
「色が……」
「色がどうしたんだ?」
肩を担ぎ、一人では立っていられないテツヒトをモクジが焚き火の側に作った草のベッドに寝かせる。
「色が戻った——」
鳥の鳴き声。
風の音。
水が流れる香り。
花の種子が空を舞い。
世界には色が戻る。
「ルナ——」
顔を覆い咽び泣くテツヒトに背を向け、モクジがエヌの腕を掴んで、その場を去ろうとすると。
「ありがとう——」と一言告げるテツヒト。
モクジはその声を聞いて、黙って片手を上げると、エヌを連れてセーフポイントの端へと向かった。




