◆005◆見慣れたボタン
ゲームやアニメで何度も見てきた、雑魚キャラを前にモクジの背筋は凍りつく。
今しがた、後ろで震える少女の手によって防具は消失して、上半身は裸で。武器の強さも比較にならない。
それでも、こっちは二人だと一瞬でも考えてしまったモクジは、自分で立てたフラグに後悔した。
「ヒヒヒヒ」
「キキキ」
「ヒィヒィヒヒヒヒィ」
迷路の角から、更に二体のゴブリンが現れ。
その手には【木の剣】と【木の盾】が装備されている。
「ねぇ、どうにかしてよ。大丈夫だよね?」
「任せろ…… 俺は敵が強い方が燃えるんだ!」
いつか見た、主人公の様に強がってみるが、その声は震えていた。
ゴブリンは三体揃うと、正面の逃げ場を塞ぐ様に広がって、距離を詰めると迷わずに、モクジを攻撃する。
慌てて後方に逃げるジルには、ポップアップしたてのスライムが躙り寄る。
「オラ!」
レベルが上がり向上した身体能力で【木の剣】を避けると【木の棒】で殴り付けるが、一回の攻撃で耐久値の10%が削られる。
耐久値を示唆する数字は、赤いエフェクトを撒き散らして減少させて行き。
「スライム殴っても、耐久値なんて減らなかったぞ!」
「キキ?」
モクジの言葉は、当然の様にゴブリンには通じず。
「ちょっと! こっちどうにかしてよ!」
スライムの酸攻撃から逃げ惑うジルを見て、ゴブリンは笑い出す。
「キキキキィィ!」
「何がおかしい? ふざけやがって!」
「ちょっと!」
「スライムくらい、自分で何とかしろ!」
【木の棒】を構えて、余裕の様子のゴブリンを睨み付ける。その後も何やら、ジルが叫んでいるが、モクジの集中力はジルの言葉を遮断した。
「行くぞ——」
【木の棒】が【木の剣】に触れない様に、身体能力だけで避け切り、今度は急所を狙って真っ直ぐに突き刺す。
モクジが考えた通りに、耐久値が下がる事は無く、一体のゴブリンは片目を潰され鳴き叫ぶ。
「次だ!」
忍者と称して間の抜けた修練ばかりを行っていて、それをケイトは馬鹿にしていたが、モクジの戦闘のセンスはかなりのもので。
【木の棒】の先端を器用に操り、もう一体のゴブリンの喉を連続で攻撃して潰すと、最後に身体を一回転させて、向上した運動能力を最大限に乗せて【木の棒】のしなりを最大限に活かして頭を叩き潰した。
それにより【木の棒】の耐久値は大きく下がるが、頭を潰されたゴブリンはエフェクトを撒き散らして消失した。
手に持つ【木の剣】と、攻撃を受けた際に吹き飛んだ【木の盾】も同様に。
「クソッッ!」
あわよくば、一体倒せばその武器を奪えると思っていたが、もう一つの可能性ではあった、悪い方の結果にモクジの焦りは募る。
【木の棒】の耐久値は残り少ない。
武器が無くなれば奪うという事も出来ない。
選択肢が迫られる中で、目を潰されたゴブリンが、なりふり構わずに襲って来る。
【木の剣】を避ける事は出来たが、致命傷を狙った一撃は【木の盾】に阻まれて、それと同時に耐久値は一気に下がり、丸いエフェクトを帯びて【木の棒】は消失した。
思考が止まるモクジを、ゴブリンは待つ事は無く【木の剣】の一撃がモクジの腹部を捉える。
「イッテェ……」
白い床に転がるモクジ。
身体には、青黒い痣が浮かぶ。
しかし、【木の剣】の切れ味は悪く、内出血は伺えるが、一撃で戦線離脱とまでならなかった。
見上げた先では、スライムを何とか倒して気が緩むジルの姿が。そして、その手に持つ【木の棒】に視点が合う。
「ジル! その武器をこっちに投げろ!」
「い、いやよ!」
『何を言ってるんだ? この女は?』と、怒りで思考が鈍るモクジに容赦なく【木の剣】が振り下ろされる。
「どいつもこいつも…… 少しは人の話しを聞けよ」
反転して【木の剣】を避けると、飛び起きてジルから【木の棒】を奪う。
「どうして…… これは?」
【木の棒】をモクジが握ると、淡く白い輝きを放って消失して【木の棒】は再びジルの手に収まる。
「強奪不可…… か——」
それならそれでと、スライムと戦って来た事を思い出し、今度は【木の剣】を避けると容赦なく殴る蹴るの攻撃を浴びせる。
何度殴ったか、ゴブリンは明らかに弱った様子で赤いエフェクトを撒き散らして消失した。
「何が起きたの?」
「これがRPGだ!」
どうだ見たかと、拳を突き出した先には、死闘を傍観するだけのゴブリンが。
「キキキキキキ」と、仲間が目の前で倒されたにも関わらず、玩具で遊ぶ稚児の様に無邪気に笑い—— その奥から【鉄の剣】を持つゴブリンが一体と【木の剣】を持つゴブリンが四体現れる。
「六対一とか無理ゲー過ぎるだろ……」
退路にゴブリンが居ない事が幸いで、逃げようと思えば逃げ切れるかも知れない。しかし、それは一人で逃げれば—— と、モクジは考えてジルに視線を流す。
恐怖で震えるジルは、もう声さえも出ずに床に腰を落とす。
「やるしかねーか」
—— 迷路へと飛び出したケイトは、マップを埋める作業を始めていた。
全体像から分かるマップの面積は、北海道と同等の面積で。セーフポイントなどは、地図上では点にも等しい。
それが迷路となって入り組んでいる。
あくまでもケイトの目測だが、都府県では収まらない広さはあるだろう。
「ゴブリンか——」
マッピングを進めるケイトの前にそれは現れた。【木の剣】や【木の盾】に混ざって、歪な形の【鉄の剣】を持った緑色の醜悪な小鬼が五体。
先の【泉の守護者】との戦いで、武器が奪えない事、武器同士がぶつかれば、耐久値が低い方の消耗が激しい事。
そして、耐久値は【アイテムボックス】に収納すると、失った耐久値の時間に応じて、その時間が経過すれば回復するという事を学んでいた。当然モクジには共有していない。
モクジも、いつの間にか耐久値が回復している事には気付いていたが、それが何の作用によるものなのかという事までは考えず。
ケイトは低く構えると、先頭のゴブリンを二体【木の棒】で殴り付ける。
二体は【木の棒】の一撃で、エフェクトを拡散して消失したが【木の棒】は一瞬で耐久値が0になり、若干の間を開けて消失した。
しかし、ケイトはその僅かの間を縫って、もう一体を屠る。
「素手か……」
失った武器に、ケイトは既に価値を見出せていなかった。レベルが上がるに従って、何をやっても一瞬で耐久値が下がっていたからだ。
ケイトが導き出した結論は一つ。
レベルが上がると共に、武器の質を上げる必要があるという事だ。
「ちょうど良いよ。アイテム落とすまで、倒してやるよ」
ケイトの強さは、既にこの区画では異次元のものになっていた。
【木の棒】は必要無く。
一発殴るだけで、ゴブリンは吹き飛んで消失した。
「早めに新しい武器探さないとな——」
新たにポップアップするスライムを見つめながら、ケイトに一つの考えが浮かぶ。
「さっきのゴブリンはどこから来た?」
その後も幾度かゴブリンと出会うが、ゴブリンのポップアップに遭遇する事は無く。
逃げ惑うゴブリンを追い立てていると、男女が言い争う声が。
ジルとモクジだ。
ゴブリンに囲まれて、更に奥からもゴブリンの気配がするが、二人は目の前の三体に必死の様子で。
ケイトは面倒臭そうに、その場を去ろうとするが、一つ試しておきたい事が出来た。
「ここで死んだらどうなる?」
二人の様子とレベルを考えれば、ゴブリンを倒す事は出来ないだろう事は分かった上で、通路の角から様子を見ていると、案の定【木の槍】に貫かれてエフェクトを撒き散らして、モクジは消えていった。
「絶対、おまえらを八つ裂きにしてやる!」と、漆の様に黒い双眸でケイトを睨み付ける。
「気付いていたのか? 気付いたのか?」
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