第七十三話 最上階への道
クロム・ラビリンスの再調査を前に、司たちは作戦室へ集まっていた。
大型モニターには、18階で遭遇した七体のHydraの記録が表示されている。
「……やっぱり、あの七体は強いな」
司が映像を見る。
「Hydraのレベルは75です」
アルマが答える。
「私たちは70」
「正面から戦えば、かなり厳しいでしょう」
「だな」
司は腕を組んだ。
「しかも、あの【浸食】がある」
アルマが画面を切り替える。
そこには、戦闘中に司とシルヴィアの視界にだけ表示された文字があった。
【浸食】
「この表示が出たのは、司とシルヴィアだけです」
「実際にハッキングを試みた痕跡もあります」
「でも、失敗した」
「はい」
アルマは記録を確認する。
「従来のペネトレーションツールと、非常に近い処理を行っています」
「ただし、対象へ直接接続する必要がありません」
「無線経由で侵入処理を試みているようです」
司は眉を寄せる。
「ペネトレーションツールをワイヤレスで使えるように改良した?」
「その可能性があります」
「新しい技術ってわけじゃないのか」
「少なくとも、基礎技術は既存のものです」
アルマは続ける。
「そして、現在の司たちには、その侵入処理が成立していません」
「レベル差が原因か?」
「断定はできません」
「ですが、60以上のレベルに到達した司たちには、以前の侵入方法が通用しなくなっている可能性があります」
司は頷く。
「楽観視はできないけど、少なくとも今すぐ対策不能ってわけじゃないな」
「はい」
「分かった。警戒は続けよう」
◇ ◇ ◇
「じゃあ、ドローンはどうする?」
シルヴィアが尋ねる。
「前に話してた偵察用ドローンを増やすとか」
司は少し考える。
「……いや」
アルマが答える。
「レベル1のドローンでは危険です」
「浸食される可能性があるから?」
「はい」
「制御を奪われれば、こちらの戦力がそのまま敵へ渡ります」
司は頷く。
「それなら、大量投入はなしだな」
「少なくとも、現状では推奨できません」
その時、作戦室の通信が入った。
『司、聞こえるか?』
レオンだった。
「聞こえてる」
『クロム・ラビリンスの攻略について、新しい報告がある』
「何だ?」
『天使軍兵士の中から、レベル60に到達した者が確認された』
司が顔を上げる。
「60?」
『ああ』
『現在、レベル60に到達した兵士は十二名』
シルヴィアが目を丸くする。
「十二人も?」
『まだ増える可能性がある』
司は少し考えた。
「なら、その十二人を18階へ配置できないか?」
『18階へ?』
「ああ」
「Kaliを監視してほしい」
レオンが黙る。
『なるほど』
「Hydraと無理に戦う必要はない」
「Kaliを確認したら、すぐに知らせてもらう」
『分かった』
『天使軍側で監視部隊を編成する』
「頼む」
通信が切れた。
司はクロム・ラビリンスのマップを見る。
「これで18階は任せられる」
アルマが頷く。
「私たちは、それより上を調査するわけですね」
「ああ」
その時。
レオンから、もう一度通信が入った。
『そういえば、これも持っていけ』
「これ?」
『旧式のセンサーデコイだ』
司の端末に、装備データが表示される。
【ガス式デコイバルーン】
「……風船?」
『簡単に言えば、そうだ』
『内部に特殊なガスが入っていて、センサー上では生物や機械の熱源に近い反応を出す』
「何に使うんだ?」
『敵の注意を逸らすためだ』
『ただ、かなり古い装備だからな』
『役に立つかは分からない』
司は少し考えた。
「まあ、邪魔になるものでもないか」
『使えるなら使ってくれ』
通信が切れる。
シルヴィアがデータを見る。
「風船で敵を騙すの?」
「一応、そういう装備らしい」
司はデコイバルーンを収納する。
「使い道があるかは分からないけど、持っていこう」
◇ ◇ ◇
その時。
別の通信が入った。
『司か?』
「……この声」
シルヴィアが振り返る。
『久しぶりだな』
「ミッドナイト?」
『そうだ』
司は通信端末を見る。
「どうした?」
『クロム・ラビリンスの話を聞いた』
「お前、何か知ってるのか?」
『ゲーム時代の話だがな』
『一階に、隠し部屋がある』
司が眉を上げる。
「一階に?」
『ああ』
『普通に攻略しているだけじゃ、まず気付かない』
『そこに古いテレポーターがある』
「テレポーター?」
『壊れてるけどな』
司が少し考える。
「直せるのか?」
『修理できる』
『ただし、条件が二つある』
「二つ?」
『一つ目は、同じ部屋にいる整備ロボットを起動させること』
『そいつがテレポーターを修理できる』
「じゃあ、そいつを起動すればいいんだな」
『そいつは完全に機能停止している』
『オイルを注入して再起動させる必要がある』
司は頷く。
「オイルならある」
『二つ目が問題だ』
「何だ?」
『モスコビウムが必要になる』
「……モスコビウム?」
司が聞き返す。
『ああ』
『ただ、俺はどこで手に入るか知らない』
その瞬間。
司とシルヴィアが顔を見合わせた。
「……待て」
「お兄ちゃん?」
「モスコビウムって……」
司は収納欄を開く。
「持ってるぞ」
『……何?』
「アイスハウンドを倒した時に手に入れた」
「三百個あったはずだ」
シルヴィアが笑う。
「そういえば、使い道分からなくてずっと収納してたね」
「そうだったな」
『……そんなところで手に入るのか?』
「俺たちも知らなかったよ」
『なるほどな』
『じゃあ、条件は揃ってる』
司は立ち上がった。
「なら、テレポーターを直せる」
『ああ』
『修理が終われば、一階から最上階まで直接移動できる』
「300階まで?」
『そうだ』
司はクロム・ラビリンスの最上階を見る。
「それなら、先回りできるな」
『そういうことだ』
◇ ◇ ◇
ミッドナイトが続ける。
『ただし、300階まで行けば終わりじゃない』
「ボスか?」
『ああ』
「名前は?」
『センチネル』
司は画面を見る。
『レベル300』
「……300?」
シルヴィアが固まる。
「俺たち、70だぞ」
『正面から戦ったら勝てない』
「やっぱりか」
『だが、弱点がある』
司が顔を上げる。
「聞かせてくれ」
『センチネルは、普通のボスとは少し違う』
『全身を反応装甲で覆っている』
『その装甲は、ビームの熱に反応して誤作動する』
「つまり、ビームで剥がせる?」
『そうだ』
『まず、表面の反応装甲をビームで狙え』
司はシルヴィアを見る。
「俺とシルヴィアだな」
「うん」
『二人でビームガンを集中させろ』
『反応装甲が剥がれれば、本体が露出する』
「その後は?」
『そこからが本番だ』
『センチネルの内部装甲は耐熱仕様になっている』
『だから、ビームはほとんど効かない』
司が頷く。
「なら、アルマとアウラとステラが攻撃する」
『そうだ』
『お前たちはビーム以外の武器を持っている』
『それを使え』
アルマが静かに頷いた。
「了解しました」
『さらに、もう一つある』
「まだあるのか?」
『センチネルは動けない』
『巨大な機体を複数のアンカーで固定している』
「固定砲台ってことか」
『そうだ』
『反応装甲を剥がした後、アンカーをビームで破壊しろ』
司が考える。
「装甲を剥がした後も、俺たちはビームを使う必要があるわけか」
『ああ』
『アンカーをすべて破壊すれば、センチネルの防御機構が大きく低下する』
「そこまでやって、全員で攻撃か」
『そうだ』
『レベル300という数字だけ見れば理不尽だ』
『だが、倒せない相手ではない』
司はセンチネルのデータを見る。
「攻略法があるなら、やれる」
『そういうことだ』
ミッドナイトが続ける。
『そして、300階を突破すれば、かなりの経験値が入る』
「どれくらい?」
『正確には分からない』
『だが、ゲーム時代の経験則なら……』
ミッドナイトが少し笑う。
『レベル上限まで、一気に届く可能性がある』
司は自分のレベルを見る。
70。
現在のレベル上限は100。
「……なるほど」
「センチネルを倒せば、レベル100まで届くかもしれないわけだ」
『ああ』
司はクロム・ラビリンスのマップを見る。
「面白いな」
シルヴィアが笑う。
「勝てるかな?」
「やってみないと分からない」
司は立ち上がった。
「でも、やる価値はある」
◇ ◇ ◇
その日のうちに、司たちはクロム・ラビリンス一階へ向かった。
一階。
ミッドナイトから聞いた隠し部屋を探す。
「ここか?」
司が壁を調べる。
「何もありませんね」
アルマが周囲を確認する。
「ゲーム時代は、特定の場所を調べると隠し部屋が開いたはずだ」
ミッドナイトの通信を聞きながら、司が壁の一部を押す。
ガコン。
壁が横へ開いた。
「……あった」
隠し部屋。
その奥には、一台の古いロボットが座り込んでいた。
「これが修理ロボットか」
「……動かないね」
シルヴィアが近付く。
司がオイルを取り出す。
「注いでみるか」
機体の給油口へオイルを注入する。
しばらくして。
ピッ。
古い電子音が鳴った。
「システム……再起動……」
ロボットの目が光る。
「長期間の機能停止を確認」
「修理対象……クロム・ラビリンス転送装置」
「やっぱりこいつだ」
司が笑う。
「修理できるか?」
「部品……不足」
「モスコビウムを使用可能」
司がモスコビウムを取り出す。
「これか?」
「確認」
ロボットがモスコビウムを受け取る。
「修理開始」
機械音が響く。
しばらくして。
「修理完了」
隠し部屋の奥。
古いテレポーターが淡い光を放ち始めた。
「……本当に直った」
シルヴィアが驚く。
司が端末を確認する。
転送先。
【300F】
「300階……」
司は画面を見る。
「これなら、本当に先回りできる」
アルマが頷く。
「はい」
司はテレポーターを見る。
「よし」
「行くぞ」
◇ ◇ ◇
同時刻。
クロム・ラビリンス18階。
天使軍のレベル60部隊が、周囲を警戒していた。
「異常なし」
「Hydraも動いていない」
「Kaliの姿も確認できません」
十二名の兵士が、一定の間隔を保って配置されている。
彼らの任務は一つ。
Kaliを監視すること。
そして、発見した場合は即時に司たちへ報告する。
無理に戦う必要はない。
『司隊長へ』
通信が入る。
「どうした?」
『18階、異常ありません』
『Kaliも確認できません』
「了解」
司は通信を切る。
シルヴィアがテレポーターを見る。
「じゃあ、行こう」
「ああ」
司たちはテレポーターの前に立った。
転送先は300階。
「……行くぞ」
光が強くなる。
次の瞬間。
司たちの姿が消えた。




