第七十一話 変わった迷宮
クロム・ラビリンス一階。
司は、訓練状況を映した端末を見ていた。
画面には、天使軍の兵士たちがゴーレムを相手に戦っている様子が映っている。
マシンガンの一斉射撃。
ゴーレムが倒れる。
次の部隊が前へ出る。
また倒す。
「……順調だな。」
司が呟く。
アルマが隣から報告する。
「想定以上です。」
「一階の周回だけで、低レベル兵士の育成速度がかなり上がっています。」
「すでにレベル30を超えた兵士もいます。」
「もう30か。」
司が少し驚く。
「実戦より安全に経験値を稼げるのが大きいですね。」
「敵のレベルも一定ですし、装備さえ整っていれば安定して戦えます。」
レオンも頷く。
「現在は複数部隊を交代させながら訓練しています。」
「このまま続ければ、後方部隊の平均レベルも大きく上げられるでしょう。」
司は画面を見る。
「これなら、レベル60まで持っていけそうだな。」
「はい。」
レオンが答える。
「今後は、一定以上のレベルまで育成した兵士を各拠点へ配置する計画です。」
「戦争が続くなら、兵士の底上げは必要だからな。」
司は端末を閉じた。
「こっちも準備を進めよう。」
◇ ◇ ◇
数日後。
天使軍基地の格納庫。
黒いフレームが一体、作業台の上に置かれていた。
クラッド・オブラグナロク。
その前に、ミッドナイトが立っている。
「……本当に換装するのか?」
司が尋ねる。
「ああ。」
ミッドナイトはフレームを見上げる。
「決めた。」
「エデンへ戻るんだろ?」
「そうだ。」
ミッドナイトは小さく笑った。
「いつまでも逃げてるわけにもいかないからな。」
作業員が自立コアの接続準備を始める。
やがて、ミッドナイトのコアがクラッド・オブラグナロクのフレームへ接続された。
淡い光が全身を走る。
各部のシステムが順番に起動していく。
「……懐かしいな。」
ミッドナイトが呟く。
「感覚は?」
司が尋ねる。
「悪くない。」
ミッドナイトが手を握る。
「前の身体より、こっちのほうが馴染む。」
「そうか。」
ミッドナイトはしばらく自分の新しい身体を確認する。
そして。
「じゃあ、行く。」
「気をつけろよ。」
「ああ。」
ミッドナイトはクラッド・オブラグナロクのフレームで輸送シャトルへ向かう。
シルヴィアが手を振る。
「エデンに着いたら連絡してね。」
「分かった。」
「無理しないでください。」
アルマも声を掛ける。
「お前らもな。」
ミッドナイトはそう言って、シャトルへ乗り込んだ。
やがて。
輸送シャトルが格納庫から離れていく。
ミッドナイトはエデンへ戻っていった。
◇ ◇ ◇
そして。
司たちもクロム・ラビリンスへ向かった。
第一階層。
第二階層。
その先も、司が正解ルートを先導して進んでいく。
今回は前回よりも迷いが少ない。
「こっちだ。」
「はい。」
アウラが続く。
ステラも眠そうに歩いている。
「……眠い。」
「寝るなよ。」
「……寝てない。」
「目を閉じてるだろ。」
「……歩いてるから大丈夫。」
「そういう問題じゃない。」
シルヴィアが笑う。
「でも、前より慣れてきたね。」
「ああ。」
司も頷いた。
「一度通った場所なら、覚えやすい。」
そして。
十二階。
十三階。
十四階。
十五階。
十六階。
十七階。
さらに進む。
階段を下りる。
「……十八階。」
アルマが表示を確認した。
「到達しました。」
司は周囲を見る。
「ここが十八階か。」
前の階層までとは、雰囲気が違う。
通路が広い。
壁には見慣れない装置が埋め込まれている。
「……何だ、これ。」
司が足を止める。
「今までの階層にはありませんでしたね。」
アルマが周囲を調べる。
「構造も少し違います。」
シルヴィアが奥を見る。
「何かいるよ。」
「敵か?」
「分からない。」
司は武器を構えた。
慎重に奥へ進む。
そして。
広い空間へ出た。
「……何だ、あれ。」
シルヴィアが呟く。
そこには、一体の機体が立っていた。
紫色の装甲。
翼を思わせる形状。
そして、メタトロンフレーム。
その周囲には。
一体。
二体。
三体。
四体。
五体。
六体。
七体。
巨大な機体が並んでいる。
それぞれの身体から、複数の首が伸びていた。
まるでドラゴンの頭部を無数に取り付けたような異様な姿。
「……七体。」
アルマが数える。
紫色のメタトロンフレームが端末を操作していた。
「やはり……。」
小さく呟く。
「このアプローチではアクセス不可能か。」
画面を確認する。
「……どうなってる?」
司が目を細める。
「誰だ?」
紫色のメタトロンフレームが振り返った。
一瞬だけ、司たちを見る。
だが。
ほとんど興味を示さない。
「……あなたたち。」
それだけだった。
すぐに端末へ視線を戻す。
「今は構っている余裕がない。」
「おい。」
司が一歩前へ出る。
「ここで何をしてる?」
返事はない。
その横に立っていた機体の一体が、ゆっくりと動いた。
端末に表示が出る。
【Hydra】
Lv75
「レベル75……。」
アルマが呟く。
別の機体にも同じ表示。
さらに、その隣にも。
「七体とも、レベル75です。」
司は武器を構えた。
「……こっちは70だぞ。」
紫色のメタトロンフレームが、ようやく司を見る。
「そう。」
それだけ。
再び端末へ視線を戻す。
「……もう一度試す。」
「待て!」
司が叫ぶ。
だが。
「Hydra。」
短い声。
七体の機体が同時に動いた。
「来る!」
シルヴィアが叫ぶ。
Hydraの複数の首が、一斉に司たちへ向いた。
◇ ◇ ◇
戦闘が始まった。
Hydraは七体。
だが。
その動きは異様なほど揃っていた。
一体が右へ動けば、他の機体もほぼ同じタイミングで動く。
「……連動してる?」
シルヴィアが驚く。
アルマが大型チェインガンを撃つ。
弾丸がHydraの装甲へ叩き込まれる。
「硬い!」
一体の首が伸びる。
巨大な顎が迫る。
「避けろ!」
司が叫ぶ。
シルヴィアが飛び退く。
別の首が追撃する。
司が横へ回避し、反撃する。
装甲に傷が入る。
だが、浅い。
「七体はきついな……!」
アウラが雪玉を放つ。
ステラも続く。
「……多い。」
「それは見れば分かる!」
シルヴィアのビームが一体の胴体へ直撃する。
「当たった!」
その瞬間。
七体のHydraが、一斉に停止した。
「……?」
司が警戒する。
次の瞬間。
七体の機体から淡い光が走った。
「何だ?」
アルマが端末を確認する。
「司!」
「ん?」
「攻撃ではありません!」
「じゃあ何だ?」
「外部からのアクセス処理です!」
「……アクセス?」
司の視界に、一瞬だけ文字が浮かんだ。
【浸食】
「……っ!」
「お兄ちゃん!」
シルヴィアも声を上げる。
「今、何か出た!」
シルヴィアの視界にも。
【浸食】
一瞬。
それだけだった。
文字は消える。
「俺にも出た。」
司が自分の状態を確認する。
「何された?」
「分かりません!」
アルマが即座に解析する。
「ですが、通常の攻撃ではありません。」
「外部からコアへ干渉しようとしていた形跡があります。」
「解除できるか?」
「現時点では、侵入そのものは確認できません。」
アルマが続ける。
「ただし、詳細はこの場では判断できません。」
司はHydraを見る。
七体とも動いている。
だが。
追ってこない。
「……撤退する。」
シルヴィアが振り返る。
「いいの?」
「ああ。」
司は即答した。
「今の状態じゃ、戦う意味がない。」
「それに、あいつらは追ってこない。」
アルマも頷く。
「賛成です。」
アウラがHydraを見る。
「……Kaliは?」
「もう奥へ行ったみたいです。」
司が見る。
紫色のメタトロンフレームの姿は、すでに遠くなっていた。
アウラが小さく呟く。
「……Kali。」
司も、その名前を聞いて記憶を辿る。
デソラでヴァルキリーフレームを尋問した時に聞き出した名前。
Black arch。
Kali。
Parrot。
あの時、司たちが問い詰めた謎の勢力の「救世主」と呼ばれる存在。
「……あいつが、Kaliか。」
司は紫色のメタトロンフレームを見る。
だが、Kaliはもう司たちを見ていなかった。
「追うぞ。」
司が言う。
アルマが止める。
「司。」
「今はやめたほうがいいでしょう。」
司は一瞬だけ迷った。
そして。
「……分かった。」
司たちは来た道を戻った。
Hydraたちは追ってこなかった。
最後まで。
Kaliも、振り返らなかった。
◇ ◇ ◇
クロム・ラビリンスの外。
司たちは装甲車の中へ戻った。
「……まず、簡易検査する。」
司が座席に腰を下ろす。
アルマが端末を接続する。
「司、右腕を動かしてください。」
「こうか?」
「問題ありません。」
続いてシルヴィア。
「シルヴィア、指を動かして。」
「うん。」
「反応速度、正常。」
アルマが二人の状態を確認する。
「現在、明確な異常は確認できません。」
「浸食の文字は?」
「一瞬だけ表示されたことは確認されています。」
「ですが、現時点では継続的な侵入処理は確認できません。」
司は少し考える。
「……念のため、ガレージまで戻る。」
「そこで詳しく検査してもらおう。」
「はい。」
その時。
司が通信を開いた。
「レオン。」
『どうした?』
「緊急事態だ。」
司は簡潔に説明する。
十八階で遭遇した紫色のメタトロンフレーム。
七体のHydra。
そして、司とシルヴィアに一瞬だけ表示された【浸食】。
『……分かった。』
レオンの声が変わる。
『クロム・ラビリンスで訓練中の部隊を、すぐに撤退させる。』
「頼む。」
『お前たちも直接ガレージへ戻れ。』
「分かった。」
通信を切る。
◇ ◇ ◇
クロム・ラビリンス一階。
訓練中だった兵士たちの端末に、一斉に通信が入った。
『全訓練部隊へ通達。』
『直ちに訓練を中止し、クロム・ラビリンスから撤退してください。』
兵士たちが顔を見合わせる。
「何だ?」
「緊急命令?」
「全員、撤退だ!」
部隊が一斉に動き始める。
ゴーレムとの戦闘を中断。
武器を回収。
負傷者を確認。
そして。
全員が迷宮の外へ出ていく。
「何があったんだ?」
「分からない。」
「司さんたちが何か見つけたらしい。」
「だったら、急いだほうがいいな。」
兵士たちは訓練を中止し、アルカディアへ戻っていった。
◇ ◇ ◇
天使軍基地。
ガレージ。
司たちが戻ると、レオンと整備班が待っていた。
「詳しく検査する。」
レオンが言う。
「簡易検査では問題がなくても、コアに異常が残っている可能性がある。」
司とシルヴィアは整備台へ向かった。
アルマも検査装置を準備する。
「外部接続を切ります。」
「コア単体の状態を確認します。」
装置が起動する。
しばらくして。
「……異常なし。」
アルマが報告する。
「司、シルヴィアともに、現在確認できる範囲では異常ありません。」
司は息を吐いた。
「なら、助かったな。」
「ただし。」
アルマが続ける。
「今回のアクセス処理については、まだ分からないことが多すぎます。」
「次に同じ攻撃を受けた場合、結果が変わる可能性もあります。」
「……そうか。」
司は腕を組む。
「Hydraについては?」
アルマが戦闘記録を表示する。
「こちらも調べています。」
「七体の動作記録を比較したところ、非常に高い同期性が確認されました。」
「攻撃。」
「回避。」
「移動。」
「すべての個体が、ほぼ同じパターンで動いていました。」
司は考える。
「量産型か。」
「その可能性が高いです。」
アルマが頷く。
「同一設計のコアを使用した量産型ドローンと考えるのが自然でしょう。」
「だから、あれだけ動きが揃っていた。」
「はい。」
司は黙って考える。
「……厄介だな。」
「一体なら、まだ対処できます。」
「でも七体いる。」
アルマが続ける。
「そして、量産型であるなら、七体だけとは限りません。」
司は画面を見る。
Hydra。
Lv75。
七体。
「……あれを上回るレベルまで育てるか。」
「あるいは。」
アルマが言う。
「数で上回る必要があります。」
司は少し考える。
一階で訓練を続けている兵士たち。
今はまだ、低レベル。
だが。
育成方法は確立し始めている。
「……両方だな。」
司が言った。
「レベルも上げる。」
「数も増やす。」
アルマが頷く。
「そのほうが安全でしょう。」
シルヴィアも頷いた。
「次に会ったときは、負けないようにしないとね。」
「ああ。」
司はクロム・ラビリンスの記録を見る。
十八階。
そこで出会った、紫色のメタトロンフレーム。
そして七体のHydra。
「……Kaliは、あそこで何をしてたんだ。」
誰にも答えは分からない。
ただ一つ。
司たちが知らなかったものが、クロム・ラビリンスの奥に存在している。
そして。
それは、司たちが知っている迷宮とは明らかに違っていた。




