第六十七話 消えた足跡
エデン。
前回の騒動から、しばらく時間が経っていた。
司たちは、Parrotが侵入していた端末の前に集まっていた。
「まずは、こいつが何をしていたのか調べる。」
司が端末を操作する。
「管理者権限を取得したところまでは分かってる。」
「その後、警備システムを操作しています。」
アルマがログを確認する。
「ただ……途中で記録が途切れています。」
「消された?」
「はい。」
「Parrotが?」
「おそらく。」
司は画面を見つめる。
「じゃあ、復元できないのか?」
「一部なら可能です。」
アルマがデータを解析する。
「削除処理そのものが途中で中断されています。」
「中断?」
「はい。」
「何かあったようです。」
◇ ◇ ◇
復元されたログ。
そこには、いくつかの不自然な操作履歴が残っていた。
「削除コマンド……。」
アルマが読み上げる。
「一部のログを指定して削除しようとしている。」
「でも、途中で失敗してるな。」
司が画面を見る。
「コマンド入力にミスがあります。」
「……Parrot、焦ってたのか?」
「可能性があります。」
「その直後に、Penetration Toolの接続が切断されています。」
司が眉をひそめる。
「逃げた?」
「おそらく。」
アルマが頷く。
「こちらが接近したため、途中で作業を中断したのでしょう。」
司は少し考える。
「完璧じゃないんだな。」
「そうですね。」
「ログを消そうとして、失敗した。」
「結果として、途中までの記録が残った。」
司は小さく息を吐いた。
「……これなら、少しは追えるかもしれない。」
だが。
アルマの表情が変わった。
「司。」
「ん?」
「別の記録があります。」
「別?」
「金融システムです。」
◇ ◇ ◇
画面が切り替わる。
そこには、エデンの金融システムに対する大量のアクセス記録が表示されていた。
「……多いな。」
司が呟く。
「これ、全部Parrotか?」
「違います。」
アルマが即答した。
「侵入経路が異なります。」
「時間も?」
「一致しません。」
「つまり……。」
「Parrotとは別の侵入者がいる可能性が高いです。」
司は画面を見つめた。
金融システムへの侵入。
しかも一件ではない。
複数の地点から、異なる経路でアクセスが試みられている。
「目的は?」
「不明です。」
「金を盗むため?」
「その可能性はあります。」
「情報を探してる?」
「それも否定できません。」
アルマが次の画面を開く。
「ただし、すでに一部で不正送金が発生しています。」
司の表情が変わった。
「いくらだ?」
「確認できているだけで……数百億ダラーです。」
「数百億……?」
シルヴィアが目を見開く。
「そんなに?」
「はい。」
アルマが淡々と答える。
「複数の惑星へ送金されています。」
「エデンだけじゃないのか。」
「さらに問題があります。」
画面に、複数の送金経路が表示される。
一つ。
二つ。
三つ。
そこからさらに枝分かれしていく。
「……なんだこれ。」
「各惑星の金融機関を経由しています。」
「その後、別の口座へ。」
「さらに別の惑星へ。」
「一部は企業間決済にも使われています。」
司は絶句した。
「追跡できないのか?」
「現時点では困難です。」
「最初の送金先までは追えます。」
「しかし、その先で資金が細かく分散しています。」
「数百億ダラーが、宇宙中に散ってるってことか。」
「はい。」
司は頭を抱えた。
「……面倒なことになったな。」
シルヴィアも画面を見る。
「これ、もう犯人を見つけても、お金は戻せないんじゃ……。」
「その可能性は高いでしょう。」
アルマが答えた。
「少なくとも、すぐに全額を回収するのは困難です。」
司は黙った。
Parrot。
金融システムへの侵入者。
少なくとも二つの事件が、エデンで同時に起きている。
「……Parrotが全部やってるわけじゃない。」
「はい。」
アルマが頷く。
「別の誰かが、別の目的で動いている可能性が高いです。」
◇ ◇ ◇
その時。
エデン側の兵士が部屋へ入ってきた。
「司さん。」
「どうした?」
「例のステルス機についてです。」
「Parrot?」
「はい。」
兵士は端末を見せる。
「現在も市内にいる可能性があります。」
「見つけられないのか?」
「通常の監視では困難です。」
司は少し考えた。
そして、レオンへ通信を繋ぐ。
「レオン。」
『司か。どうした?』
「ステルス機を見つける方法について聞きたい。」
『Parrotか?』
「ああ。」
レオンは少し考える。
『ステルスは、存在そのものを消しているわけじゃない。』
「どういうことだ?」
『熱は出る。空気も動く。足跡も残る。電磁波も完全には消せない。』
『光学迷彩なら、反射の違いも出る。』
「つまり、複数のセンサーを組み合わせれば……。」
『絞り込める可能性がある。』
「なるほど。」
『一つのセンサーだけでは無理だ。』
『熱源、音、空気圧、電磁反応、反射率。』
『複数の情報を重ねて、そこに何かいると判断する。』
「分かった。」
司は頷いた。
「エデン側に伝えておく。」
『急いだほうがいい。』
「分かってる。」
通信が切れる。
司は兵士を見る。
「センサーを組み合わせて探せるようにできるか?」
「可能です。」
「なら、準備してくれ。」
「了解しました。」
兵士が部屋を出ていく。
シルヴィアが司を見る。
「これなら、次は捕まえられるかな。」
「分からない。」
司は答えた。
「でも、何もできないよりはいい。」
◇ ◇ ◇
数時間後。
エデン港。
Parrotは、再びステルス状態で移動していた。
「……まずい。」
周囲の状況を確認する。
警備が増えている。
ドローンも多い。
「まだ追ってくるのかよ……。」
Parrotは港湾施設の端末へ近付こうとする。
だが。
「……?」
足を止めた。
前方。
何もないはずの場所に、兵士が銃を向けている。
「……まさか。」
別の方向。
そこにも兵士。
さらに後ろ。
また一人。
「囲まれた……?」
Parrotの呼吸が乱れる。
兵士の一人が叫んだ。
「そこにいるのは分かってる!」
「熱源を確認!」
「右側、空気の乱れ!」
「移動した!」
「前方です!」
Parrotが後退する。
「嘘だろ……。」
一人。
二人。
十人。
気付けば、完全に包囲されていた。
「ステルスだからって、エデンをなめるなよ。」
兵士が言う。
「お前が見えなくても、存在まで消えたわけじゃない。」
Parrotは歯を食いしばる。
「……くそっ。」
手元のPenetration Toolを見る。
「これで、どこかの端末に――。」
その時。
遠くから。
ドンッ!!
巨大な爆発音が響いた。
「何!?」
港の奥で炎が上がる。
「爆発発生!」
「港湾区画で火災!」
「負傷者を確認!」
兵士たちが一斉に振り返る。
「救護班を向かわせろ!」
「輸送船を止めろ!」
「消火班、急げ!」
一瞬。
包囲が崩れた。
「……今だ。」
Parrotが走る。
「待て!」
兵士が気付く。
だが、爆発によって港湾区画の避難誘導が始まっていた。
一般作業員や整備兵が、指定された避難通路へ流れ込んでいく。
Parrotはその人の流れへ紛れ込む。
「どこだ!?」
「センサーを追え!」
「反応が多すぎる!」
爆発現場から漏れ出した熱と煙。
大量の人間が発生させる熱源。
飛び交う無線。
港湾設備から発生する電磁ノイズ。
複数のセンサー情報が一気に乱れる。
Parrotは避難通路を抜け、整備区画へ向かった。
そこには、緊急退避用の小型整備シャトルが停まっていた。
「……これなら。」
Parrotは機体を確認する。
乗員登録は整備班のもの。
しかも、港湾区画の緊急退避命令によって、複数の整備シャトルが出入りすることになっている。
「……誰が乗ってるかなんて、今は確認してる暇ないよな。」
Parrotは周囲を確認する。
整備兵たちは爆発現場への対応に追われていた。
その隙に、シャトルの後部ハッチが開く。
避難用の作業員が次々と乗り込んでいる。
Parrotはその列の最後尾へ紛れ込んだ。
ステルス状態のまま、誰にも触れられないよう距離を取って乗り込む。
ハッチが閉じる。
「……入れた。」
シャトル内部。
緊急退避用のため、乗員確認は簡略化されている。
Parrotは人目につかない最後部へ移動した。
そして、そこでステルスを解除する。
「……ふぅ。」
ようやく息を吐く。
だが、まだ終わっていない。
このままでは、ただの避難シャトルとして港へ戻される可能性がある。
ParrotはPenetration Toolを取り出す。
「少しだけ……。」
近くの整備端末へ接続する。
管理システムへ侵入し、シャトルの行き先情報を書き換える。
『退避先――第七外縁ドック』
「これでいい。」
本来の避難先とは別のドックを指定する。
さらに、乗員情報には手を付けない。
余計な改変をすれば、逆に不自然になる。
シャトルが離床する。
Parrotは窓の外を見る。
エデン港が遠ざかっていく。
「……助かった。」
だが。
その顔には、まだ緊張が残っていた。
「次は……どこへ行けばいいんだ。」
シャトルは、そのままエデンの都市圏から離れていく。
◇ ◇ ◇
港では、消火活動が続いていた。
司たちも現場へ駆けつける。
「何が起きた?」
「輸送船の一隻が爆発しました。」
兵士が答える。
「原因は?」
「現在調査中です。」
司は周囲を見る。
「Parrotは?」
兵士が首を振る。
「……逃げられました。」
司は黙った。
爆発。
避難誘導。
混乱した港湾システム。
そして、その隙を利用した逃走。
司はしばらく港を見つめる。
「……そうか。」
シルヴィアが隣に立つ。
「お兄ちゃん……。」
司は小さく息を吐いた。
そして。
「やられたな……。」




