第六十六話 追う者、逃げる者
アルカディアを出発したシャトルは、再びエデンへ向かっていた。
ネメシアへの航路が閉ざされている以上、今できることは情報を集めることだった。
「エデンに戻るの、二回目だね」
シルヴィアが窓の外を見ながら言う。
「ああ」
司も前方を見る。
「今度は、前より色々分かるかもしれない」
「ペネトレーションツールについても、ですか?」
アウラが尋ねる。
「そうだな」
「エデン自身が侵入を受けてるって話も気になります」
アルマが続ける。
「誰が、何の目的で侵入しているのか。まだ分かっていません」
「それを調べる」
司は頷いた。
「それと、ネメシアへの道が開いたら、エンペラードローンの件も調べる」
「うん」
シルヴィアが頷く。
「デソラを襲った機体だもんね」
司は何も答えなかった。
デソラ。
自分たちの故郷。
その記憶は、今でも消えていない。
◇ ◇ ◇
エデンの港へ到着する。
シャトルを降りると、以前と同じように厳重な警備が待っていた。
「街へ入る方は、身分証を提示してください」
警備兵が言う。
司たちは身分証を提示する。
「武器の持ち込みは禁止されています。確認しますので、所持品を見せてください」
司は一瞬だけ、シルヴィアたちを見る。
「分かった」
全員が外装スキンを適用した装備を見せる。
司の手にあるのは、ただの黒い工具箱。
アルマが持っているのは、どこにでもありそうな黒いタブレットケース。
シルヴィアのセプターワンドも、外見だけなら武器には見えない。
警備兵は一つずつ確認していく。
工具箱。
タブレットケース。
その他の荷物。
「……問題ありません」
警備兵が端末を操作する。
「武器の持ち込みは確認されませんでした」
司は内心で息を吐いた。
外装スキンがちゃんと機能している。
「街への入場を許可します」
「ありがとう」
司たちはそのまま通過する。
警備兵から離れたところで、シルヴィアが小声で言った。
「……本当にバレなかったね」
「ああ」
司は自分の工具箱を見る。
「外見だけなら、普通の道具にしか見えないからな」
「便利ですね」
アルマが黒いタブレットケースを見る。
「これなら、エデンの規則にも引っかかりません」
「ただし、街中で展開するなよ」
「分かっています」
「絶対だからな」
「合理的です」
「その返事、信用していいのか?」
シルヴィアが笑う。
「大丈夫だよ、お兄ちゃん」
「お前まで言うな」
司は苦笑した。
その時。
警備兵の一人がアルマへ声を掛けた。
「……少しよろしいですか」
アルマが振り返る。
「はい」
警備兵が慎重に尋ねる。
「彼女のフレームについてです」
「以前、複数の惑星で、同型のヴァルキリーフレームがエンペラードローンやエグゼキューター・ドラゴンを破壊したという報告が上がっています」
「その関連で、同型機の入港には特別な確認が必要になっています」
司がアルマを見る。
「そういうことか」
アルマは頷いた。
「確認をお願いします」
警備兵は近くの端末を操作する。
しばらくして。
「確認が取れました」
警備兵が言う。
「入港を許可します」
アルマが戻ってくる。
「問題ありません」
「早かったな」
「必要な確認だけです」
「そうか」
司たちはそのまま街へ向かった。
◇ ◇ ◇
エデンの街は、以前と変わらないように見えた。
店が並び、人々が行き交っている。
だが、監視ドローンは以前より増えている。
「……警備が厳しくなってるな」
司が空を見る。
「先日の事件の影響でしょう」
アルマが答える。
「そうだろうな」
その時。
「……あれ?」
アルマが少し離れた場所を見る。
人混みの中。
一瞬だけ、何かが動いたように見えた。
「どうした?」
「いえ……」
アルマは視線を戻す。
「気のせいかもしれません」
その数十メートル先。
誰もいないはずの路地に、わずかな空間の歪みが生じた。
次の瞬間。
人影が現れる。
黒い装甲。
細身の機体。
背部には特殊な装置。
「……メタトロンフレーム」
男――Parrotは、周囲を見回した。
「見られた……?」
小さく呟く。
その顔には明らかな焦りが浮かんでいる。
彼の機体には、ステルス機能が搭載されていた。
周囲の景色に機体を溶け込ませ、存在そのものを隠す機能。
だが、今は解除されている。
Parrotは近くの端末を見る。
「……まずい」
急いで端末へ接続する。
ペネトレーションツールを起動。
だが。
「……入れない?」
何度試しても、アクセスが弾かれる。
「なんで……!」
その時。
「お前……」
背後から声がした。
Parrotが振り返る。
そこにいたのは。
「……ミッドナイト」
「よう」
Parrotの目が見開かれる。
「……くそっ、プレイヤーか!」
「……!」
司たちが少し離れた場所から振り返る。
「今の声……」
ミッドナイトも目を見開いた。
「俺を知ってるのか?」
Parrotは答えなかった。
むしろ、さらに焦った。
「まずい……」
そして。
「どけ!」
ミッドナイトを押しのける。
「おい!」
ミッドナイトがよろめく。
Parrotはそのまま人混みへ飛び込んだ。
「待て!」
ミッドナイトが叫ぶ。
司たちも追う。
だが。
人混みの中で、Parrotの姿が消えた。
「どこだ!?」
シルヴィアが周囲を見る。
「ステルス機能を再使用した可能性があります」
アルマが答える。
「くそ……」
司は周囲を見回す。
だが、もう見つからない。
「Parrot……」
ミッドナイトが呟く。
「お前、あいつを知ってるのか?」
「いや」
ミッドナイトは首を振った。
「名前を聞いたこともない」
「でも、プレイヤーだと分かった」
「ああ」
司は目を細める。
「じゃあ、あいつも俺たちと同じ……」
「そういうことだろうな」
◇ ◇ ◇
「ミッドナイト」
司が言う。
「お前、あいつに会ったことはないんだな?」
「ない」
「本当に?」
「ああ」
ミッドナイトは答える。
「ただ、あいつが俺を見た瞬間の反応は気になった」
「何か知ってる可能性は?」
「分からない」
ミッドナイトは周囲を見る。
「でも、あいつが何かを調べてたのは間違いない」
「端末にアクセスしようとしてた」
アルマが言う。
「しかも、ペネトレーションツールを使用していました」
司の表情が変わる。
「やっぱりか」
ミッドナイトも黙る。
「……俺たちが探してたものを、あいつが持ってる」
「そういうことになるな」
司は考え込む。
「でも、目的までは分からない」
「なら、追うしかないですね」
アルマが言った。
「そうだな」
司は頷いた。
「今度見つけたら、逃がさない」
◇ ◇ ◇
その後。
司たちは街の別の区画へ移動した。
Parrotが何を狙っていたのかを確認するため、周辺の端末や監視記録を調べる。
すると。
「……これ」
アルマが端末を確認する。
「何かありました?」
アウラが尋ねる。
「アクセス記録です」
「Parrotの?」
「可能性があります」
画面には、不自然な接続記録が残っていた。
ただし、途中で途切れている。
「侵入に失敗した?」
「そう考えるのが自然でしょう」
司が画面を見る。
「最初の端末では失敗してたからな」
「でも、こっちは……」
アルマが別の記録を表示する。
「別の端末へ接続を試みています」
「まだやってるのか」
「はい」
司は立ち上がる。
「行くぞ」
◇ ◇ ◇
別区画。
Parrotは再び姿を現していた。
今度は、別の端末の前。
「……今度こそ」
ペネトレーションツールを接続する。
端末の表示が乱れる。
「……入った」
Parrotが息を吐く。
画面に、次々とシステム情報が表示されていく。
そして。
「管理者権限……取れた」
Parrotの表情がわずかに緩む。
「これで、この街の警備システムを直接動かせる」
だが。
「そこまでだ」
「……!」
Parrotが振り返る。
司たちが立っていた。
「またお前か!」
Parrotの顔が青ざめる。
「なんで……!」
「今度は逃がさない」
司が一歩踏み出す。
Parrotは後ろへ下がる。
「くそっ……!」
ペネトレーションツールを引き抜く。
その瞬間。
街中の警備システムが一斉に異常を起こした。
「何だ!?」
警報が鳴る。
監視ドローンが一斉に旋回する。
「侵入者を確認」
機械音声が響く。
「対象を排除します」
「……待て!」
司が叫ぶ。
警備兵たちが銃を構える。
しかし、その銃口はParrotではなく――。
司たちへ向いた。
「何!?」
シルヴィアが叫ぶ。
「警備兵がこっちを狙ってる!」
「システムを書き換えたのか!」
司が叫ぶ。
「違う!」
アルマが即座に否定する。
「一時的に制御系を乗っ取られています!」
「殺すな!」
司が叫ぶ。
「警備兵だ!」
アルマが大型チェインガンを構える。
だが、撃たない。
「どうする!?」
シルヴィアが叫ぶ。
「逃げる!」
司が答える。
「警備兵を傷つけるな!」
司たちは一斉に走り出す。
背後から警備ドローンが追ってくる。
警備兵たちも追跡してくる。
Parrotは、その混乱の中で再びステルス機能を起動した。
「……消えた!」
アウラが叫ぶ。
「またステルスか!」
司が周囲を見る。
だが、Parrotの姿はもうどこにもない。
「くそ……!」
司は拳を握る。
「逃げられた」
アルマが端末を確認する。
「警備システムの制御は、すでに復旧しています」
「被害は?」
「現時点では確認できません」
「……ならいい」
司は息を吐く。
「でも、あいつはペネトレーションツールを持ってる」
「はい」
アルマが頷く。
「そして、警備システムまで一時的に侵食できる」
シルヴィアが周囲を見る。
「怖いね……」
「ああ」
司も頷いた。
「でも、まだ分からない」
「何がですか?」
アウラが尋ねる。
「Parrotが何を探してるのか」
司は遠くを見る。
「それが分からない限り、あいつを敵だと決めつけることもできない」
アルマが静かに頷く。
「現時点では、目的不明です」
「そういうことだ」
司は小さく息を吐いた。
「……これじゃ、いたちごっこだ」
しばらく沈黙する。
そして。
「でも」
司は顔を上げた。
「次は、逃がさない」
エデンの街には、再び平静が戻り始めていた。
だが。
そのどこかに、Parrotはまだ潜んでいる。
そして司たちは知らない。
Parrotが何を探していたのか。
なぜペネトレーションツールを持っているのか。
そして。
なぜ、彼がエデンへ来ていたのか。
その答えは、まだ街のどこかに隠されていた。




