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第六十五話 揺れる世界

アルカディア。


ネメシアへの航路が封鎖されてから、数日が経っていた。


司たちは基地内の休憩スペースで、ニュース映像を見ていた。


『天使軍と悪魔軍の間で、複数の前線における限定的な停戦が継続しています』


画面には、両軍の兵士が一定の距離を保ちながら物資を受け渡している映像が流れている。


「……本当に休戦してる」


シルヴィアが驚いたように呟く。


「ああ」


司も画面を見る。


『両軍は、正体不明のヴァルキリーフレームに関する情報共有を継続』


『さらに、一部の資源輸送についても限定的な再開が行われています』


「少しずつ進んでるな」


司が呟く。


アルマが頷く。


「完全な和平ではありません」


「分かってる」


画面には、別の前線の映像が映し出される。


『一部地域では、捕虜交換についても協議が始まっています』


『ただし、軍事物資や重要技術の輸出入には依然として制限が残っています』


「戦争そのものが終わったわけじゃないんだね」


シルヴィアが言う。


「ああ」


司は画面を見つめる。


「でも、前よりはマシだ」


その時だった。


ニュースの画面が切り替わった。


『続いて、エデン周辺宙域で緊張が高まっているとの情報です』


司が顔を上げる。


『エデンの管理下にある複数の惑星で、独立を求める動きが確認されています』


「独立?」


シルヴィアが目を丸くする。


『現在、独立を宣言した惑星はありません』


『ただし、一部の惑星では住民による抗議活動や自治権拡大を求める動きが活発化しており、エデン側も警戒を強めています』


司は少し眉をひそめた。


「まだ戦争にはなってないのか」


「現時点では、そうですね」


アルマが答える。


『また、エデン周辺宙域では正体不明の艦艇が確認され、エデン軍が警戒態勢を強化しています』


『オルビス連合との関係については、現在調査中とのことです』


「オルビスが動いてる?」


シルヴィアが尋ねる。


「可能性はあるだろうな」


司が答えた。


その時、後ろから声がした。


「見てたか」


レオンだった。


「ああ」


司が振り返る。


「どうなってる?」


「まだ何も決まっていない」


レオンは画面を見ながら答えた。


「独立を求める惑星が増えているのは事実だ」


「だが、エデン側もすぐに軍事行動へ移るつもりはないらしい」


「意外だな」


「当然だ」


レオンが言う。


「今のエデンには、オルビス連合との戦争がある」


「そこで新たに惑星を相手に戦争を始めれば、戦線が広がりすぎる」


「だから、まずは外交と経済で抑えようとしている」


「なるほど」


司は画面を見る。


「でも、オルビスが後ろから支援してる可能性は?」


「ある」


レオンが頷く。


「独立を求める惑星の一部で、オルビスとの交易が増えている」


「武器の流入が疑われている地域もある」


「ただし、それだけでオルビスが独立運動を仕掛けているとは断定できない」


「もともとエデンに不満を持っていた惑星が、オルビスと繋がろうとしているだけかもしれない」


「そこは分けて考えないとな」


司が頷く。


「そういうことだ」


レオンは続けた。


「ただ、エデンにとっては厄介だ」


「一つの惑星が独立すれば、他の惑星も同じことを考える可能性がある」


「しかも、オルビス側に新しい交易先や資源供給先が増えれば、エデンの経済圏も少しずつ削られる」


「だからエデンは簡単には認められない」


「ああ」


レオンは腕を組んだ。


「だが、今すぐ大規模な戦争を始めるほど余裕があるわけでもない」


「だから、まずは圧力をかけながら様子を見る」


「そういう段階だ」


◇ ◇ ◇


「それで、エデン周辺の宙域は?」


司が尋ねる。


「今、一番危ないのはそっちだ」


レオンが端末を操作する。


「オルビス連合の艦艇が、エデンの管理宙域に近づいている」


「侵攻してるのか?」


「そこまではいってない」


「ただ、互いに軍艦を出して監視している」


画面には、二つの艦隊が一定の距離を保ちながら対峙している映像が映し出された。


「まだ撃ってはいない」


「でも、ちょっとした事故や挑発で衝突が始まる可能性はある」


「……時間の問題かもしれないな」


司が呟く。


「そうなる可能性はある」


レオンも否定しなかった。


「ただ、エデン側も今回は慎重になっている」


「オルビスの首相を暗殺した件があるからな」


「……ああ」


司が画面を見る。


「同じことは、もうできないだろうな」


「少なくとも、表立ってはやらないだろう」


レオンが答える。


「オルビス連合の首相暗殺で何が起きた?」


「連合が崩れるどころか、逆に結束した」


「その上、今回のエデン攻撃まで起きた」


「エデンからすれば、同じ手段を使えば二の舞になる」


「だから、今は暗殺よりも外交、経済、軍事的な圧力を使う可能性が高い」


「なるほどな」


司は頷いた。


「つまり、エデンもリスクを避けてる」


「ああ」


レオンは画面を閉じた。


「だからこそ、今のエデン周辺は微妙な状態なんだ」


「戦争にはなっていない」


「でも、いつ衝突してもおかしくない」


「それが一番怖いな」


シルヴィアが小さく呟く。


「うん」


司も頷いた。


◇ ◇ ◇


「それで、天使軍と悪魔軍はどうなってる?」


司が尋ねる。


「今のところ、限定的な休戦は維持されている」


「資源輸出も?」


「一部再開した」


「経済制裁も?」


「一部緩和された」


レオンは答える。


「ただし、軍事物資や重要技術は対象外だ」


「当然だな」


「それに、前線の全部が止まっているわけじゃない」


「局地的な衝突もまだある」


「なるほど」


レオンは画面を閉じた。


「だから、勘違いするな」


「これで和平が成立したわけじゃない」


「今回の問題が片付けば、戦争が再開する可能性もある」


シルヴィアが少し寂しそうな顔をする。


「……せっかく、少し平和になったのに」


「敵同士だからな」


レオンは淡々と答えた。


「今は共通の脅威があるから協力している」


「それがなくなれば、互いに抱えている問題は残る」


司は頷く。


「それでも、今までよりは前に進んでる」


「ああ」


レオンも頷いた。


「それだけは間違いない」


◇ ◇ ◇


その日の午後。


司たちは、アルカディアの大型ショッピングモールを訪れていた。


「……なんで買い物?」


アウラが不思議そうに尋ねる。


「ずっと基地にいると気が滅入るからだろ」


司が答える。


「それに、必要なものもある」


「何を買うの?」


シルヴィアが楽しそうに尋ねる。


「武器スキン」


司は即答した。


「武器スキン?」


「見た目だけを変えるやつだ」


アウラが首を傾げる。


「……武器なのに?」


「そう」


司は少しだけ面倒そうに答える。


「性能は変わらない。だから、俺は前からあまり必要だと思ってなかった」


「でも、かわいいですよ」


シルヴィアが言う。


「そういう問題じゃない」


「前に私のも買ってもらったじゃん」


「……そうだったな」


司は思い出す。


以前、シルヴィアがレオンに買ってもらった武器スキン。


当時の司は、


「見た目が変わるだけなら、性能には関係ないだろ」


と思っていた。


だが。


アルマが口を開く。


「エデンでは武器の持ち込みが禁止されています」


「……ああ」


「武器スキンによって外見を偽装できるなら、持ち込み規制を回避できる可能性があります」


司が足を止めた。


「偽装か」


「はい」


「……それなら話は変わるな」


司は武器スキンの売り場を見る。


「性能が変わらなくても、外見を変えることで使える場面がある」


「そういうことです」


「じゃあ、買っておくか」


シルヴィアが笑う。


「ほらね」


「……お前は最初から見た目目的だっただろ」


「うん!」


「否定しないのかよ」


◇ ◇ ◇


武器スキンの売り場。


アウラが一つの展示品を手に取る。


「……これ」


白銀の杖。


先端には雪の結晶を模した装飾が付いている。


「スノーフラワー・ワンド」


説明には、


『全武器対応・外装スキン』


と書かれている。


「これなら……」


アウラが小さく笑う。


「普通の杖に見えます」


「確かにな」


司も頷く。


「エデンで持ち歩いても、武器には見えにくい」


「これにします」


アウラが選ぶ。


その隣で、ステラが別の商品を見ていた。


「……これ」


司が見る。


そこには、大きなテディベアのぬいぐるみが置かれていた。


「テディベア・キャリー」


『全武器対応・外装スキン』


「……ぬいぐるみ?」


シルヴィアが目を輝かせる。


「かわいい!」


ステラはクマを抱きしめる。


「……これがいい」


「武器だぞ」


「……クマ」


「分かったよ」


ステラは満足そうにクマを抱えた。


司は苦笑する。


「中に武器が入ってるって知らなければ、普通のぬいぐるみだな」


「……うん」


「それなら、エデンでも偽装には使えそうだ」


そして。


司自身も売り場を見ていく。


「俺は……これだな」


手に取ったのは、黒い工具箱だった。


「工具箱?」


シルヴィアが首を傾げる。


「ああ」


司が説明を見る。


『全武器対応・外装スキン』


「戦闘時には、蓋が開いて内部から武器が展開する」


「……本当に工具箱だ」


「俺にはこれで十分だ」


「お兄ちゃんらしいね」


「そうか?」


「うん」


アルマは少し離れたところで、売り場の商品を確認していた。


「アルマは選ばないのか?」


司が尋ねる。


「私には必要ありません」


「でも、エデンへ行くなら武器を隠す必要があるぞ」


「それなら、私にも必要ですね」


アルマはすぐに売り場へ戻った。


しばらく商品を見比べる。


そして、一つの黒いケースを手に取った。


「……これにします」


「タブレットケース?」


シルヴィアが覗き込む。


薄型の黒いケース。


余計な装飾はなく、業務用端末でも入っていそうな外見だった。


「はい」


アルマが説明を確認する。


『全武器対応・外装スキン』


「戦闘時にはケースが展開し、内部から装備中の武器が展開されます」


「大型チェインガンでも?」


司が尋ねる。


「対応しています」


アルマは淡々と答える。


「これなら、通常時は業務用端末を持っているように見えます」


「アルマらしいな」


「合理的です」


「確かに」


司も納得する。


「俺の工具箱より、さらに武器っぽく見えないな」


「その分、偽装効果は高いでしょう」


「……まあ、そうだな」


アルマはタブレットケースを抱えた。


「これで問題ありません」


そこへレオンがやってきた。


「決まったか?」


「ああ」


司が四人分のスキンを見る。


工具箱。


スノーフラワー・ワンド。


テディベア。


そして、タブレットケース。


「ただ、これ全部ってなると――」


「俺が買う」


レオンが即答した。


「え?」


「前にもシルヴィアの分を買っただろ」


「いや、でも――」


「必要なんだろ?」


「……まあ」


「なら問題ない」


レオンは四人分のスキンをまとめて購入する。


「ありがとうございます」


アウラが頭を下げる。


「……ありがとう」


ステラもクマを抱えたまま言う。


「ありがとうございます、レオンさん」


アルマも軽く頭を下げる。


シルヴィアが笑う。


「前も買ってもらったのに……」


「気にするな」


レオンは笑った。


「それより、エデンへ行くことになったら役に立つだろ」


司は自分の工具箱を見る。


「……確かに」


以前は無駄だと思っていた武器スキン。


だが今は、その意味が分かる。


性能を変えずに、存在だけを隠す。


それは時として、武器そのものより重要だった。


◇ ◇ ◇


ショッピングモールを出る頃には、空が少し暗くなっていた。


司たちは基地へ戻る。


「今日は少し楽しかったね」


シルヴィアが言う。


「そうだな」


司も答える。


アウラはスノーフラワー・ワンドを大切そうに抱えている。


ステラはテディベアを抱えたまま、すでに眠そうに目を細めていた。


「……眠い」


「またか」


「……歩いたから」


「理由になってるのか、それ」


ステラは答えず、シルヴィアの肩へ寄りかかった。


「寝るなよ」


「……少しだけ」


アルマが淡々と言う。


「いつものことです」


「まあ、そうだけどな」


その時。


基地へ戻った司たちを、レオンが呼び止めた。


「司」


「ん?」


「エデンについて、新しい情報が入った」


司の表情が変わる。


「何だ?」


「以前話した、エデン内部への侵入の件だ」


「ああ」


「その後、少し分かったことがある」


レオンは端末を操作する。


「エデン自身が、何が起きたのか把握できていない可能性がある」


司の表情が変わった。


「……自分たちが、どこまで侵入されていたのか分からない?」


「ああ」


レオンは頷く。


「誰が操作されていたのかだけじゃない」


「いつから侵入されていたのか」


「どの命令が改変されたのか」


「そこまで含めて、全容を掴めていない可能性がある」


司は黙った。


「それなら、公表できないのも分かるな」


「ああ」


レオンは端末を閉じる。


「エデン自身が、自分たちのシステムを信用できない状態だからな」


司はしばらく考えた。


「……かなり厄介だな」


「だからこそ、ネメシアへ行けるようになるまで、こちらから調べるしかない」


「ああ」


レオンが頷く。


「そのためにも、エデンへ行く準備をしておけ」


司は工具箱型の武器スキンを見る。


アウラは白銀の杖を。


ステラはテディベアを。


アルマは黒いタブレットケースを。


「……今度は、こいつらが役に立つかもな」


「そうですね」


アルマが頷いた。


司たちは、それぞれの装備を確認しながら、次の行動に備える。


ネメシアへの道は、まだ閉ざされている。


ならば。


次に向かう場所は――エデンだった。


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