第六十四話 揺らぐ楽園
アルカディア。
司たちは、デソラから戻った翌日には、天使軍の施設へ呼び出されていた。
「まず、デソラの件から聞かせてくれ」
レオンが資料を確認する。
「調査隊が何組も行方不明になっていた件だ」
「それについては、原因が分かった」
司は、捕らえたヴァルキリーフレームを見る。
「こいつらが、調査隊を撃破していた」
「……やっぱりか」
レオンの表情が険しくなる。
「本人たちに確認したのか?」
「直接聞いた」
アルマが記録を表示する。
「デソラの地下施設へ侵入した兵士を、ヴァルキリーフレーム側が排除したと証言しています」
「理由は?」
「侵入者だったから、だそうです」
「命令を受けていたのか?」
「そこまでは分かりません」
司が答える。
「少なくとも、こいつらは『救世主』から調査隊を排除しろと命令された、とは言っていない」
レオンは少し考え込んだ。
「なるほどな」
そして、捕らえられたヴァルキリーフレームを見る。
「こいつらは天使軍に引き渡す」
「分かった」
「デソラでの事件について、正式に調査する必要がある」
「……俺たちは?」
「お前たちは別の仕事がある」
レオンは次の資料を表示した。
「ネメシアだ」
画面には惑星周辺の航路図が映し出されている。
「今、ネメシア周辺で戦闘が再開した」
「また?」
シルヴィアが驚く。
「ああ」
「じゃあ、しばらく行けないの?」
「少なくとも、今の状況では難しい」
レオンが航路を指す。
「宙域の一部が戦闘区域になっている。輸送船も迂回している状態だ」
司は画面を見る。
「……タイミングが悪いな」
「むしろ、今は無理に行かない方がいい」
レオンはそう言って、別の資料を開いた。
「それより、もっと大きな話がある」
◇ ◇ ◇
画面に二つの軍の紋章が表示された。
天使軍。
そして、悪魔軍。
司は眉をひそめる。
「悪魔軍?」
「ああ」
レオンが頷く。
「今、限定的な休戦が始まっている」
「休戦?」
シルヴィアが目を丸くする。
「天使軍と悪魔軍が?」
「そうだ」
「どうして?」
レオンは少しだけ沈黙した。
「お前たちがデソラを調べている間に、いくつかのことが分かった」
「一つは、エンペラードローンだ」
画面に、その機体の映像が表示される。
「エンペラードローンは、エデン製であることがほぼ確定した」
司の表情が変わる。
「……やっぱりか」
「ただし、エデン政府が製造を命令した証拠はない」
レオンは強調する。
「製造設備と設計情報がエデン由来だった。それ以上はまだ分からない」
「なるほど」
「そして、もう一つ」
画面が切り替わる。
そこには、ヴァルキリーフレームの映像が映っていた。
「正体不明のヴァルキリーフレームが、天使軍を攻撃している」
司は黙る。
「悪魔軍側でも、同じような攻撃が確認された」
「……両方?」
アルマが尋ねる。
「ああ」
「つまり、天使軍と悪魔軍が戦っている間に、別の勢力が両方を攻撃している?」
「その可能性が高い」
レオンは腕を組んだ。
「だから、今は互いに戦っている場合じゃないという判断になった」
「それで休戦か」
「限定的にな」
レオンの声は低い。
「勘違いするな。悪魔軍を信用したわけじゃない」
「分かってる」
司は頷いた。
「今だけ、共通の問題を優先してるんだな」
「その通りだ」
レオンは画面を切り替える。
「一部の前線では停戦して、情報交換を始めている」
「敵のヴァルキリーフレームについて?」
「それだけじゃない」
「エンペラードローンについてもだ」
司は腕を組んだ。
「……かなり大きな話になってるな」
「ああ」
レオンは少しだけ息を吐く。
「ただし、これで戦争が終わるわけじゃない」
「今回の件が片付けば、また戦争が再開する可能性もある」
シルヴィアが少し驚いた顔をする。
「そんな……」
「敵同士だからな」
レオンは淡々と答える。
「今は共通の脅威を放置したまま消耗する意味がない。それだけだ」
「なるほど」
司は頷く。
「だから、休戦は目的じゃなくて手段なんだな」
「そういうことだ」
◇ ◇ ◇
「そして、もう一つ問題がある」
レオンが画面を切り替えた。
今度はエデンの映像だった。
「エデン?」
「ああ」
「何かあったのか?」
「表向きには、敵性工作員の摘発だ」
画面には、拘束された複数の人物が映っている。
「エデン内部に潜入していたスパイや工作員を摘発した」
「かなり捕まってるな」
「ああ」
「その後、軍事裁判を経て処分された」
「処分……?」
「詳細は公開されていない」
司は画面を見る。
「普通のスパイ事件じゃないのか?」
「表向きはな」
レオンの声が低くなる。
「裏では、もっと大きな問題が発覚している」
司の表情が変わった。
「……ペネトレーションツールか?」
「その通りだ」
一瞬、部屋が静かになった。
「エデン内部でも、ペネトレーションツールによる侵入が確認された」
「どこまで?」
「それが分かっていない」
レオンは資料を表示する。
「政府と軍の中枢にあるコアの一部で、不正なアクセスと制御記録の改竄が確認された」
「つまり……」
司は画面を見る。
「上層部が操作されていた可能性がある?」
「ああ」
「可能性ってことは、全員がそうだったわけじゃない?」
「そこまでは確認できていない」
レオンが首を振る。
「誰が侵入されていたのか」
「いつからだったのか」
「どの命令が改竄されていたのか」
「何が本物で、何が偽物なのか」
「まだ全部分かっていない」
司は黙り込んだ。
「……最悪だな」
「だから、エデンは公表していない」
「隠してるのか」
「そうだ」
レオンはエデンの映像を見つめる。
「エデンは今まで、侵略されない国家として存在してきた」
「どんな惑星から攻撃されても負けない」
「内部に敵を入れない」
「重要なシステムを外部から破られない」
「そういう信用そのものが、エデンの抑止力になっている」
司は黙って聞いている。
「それなのに」
レオンが続ける。
「『政府中枢のコアが外部から操作されていました』なんて公表してみろ」
「……神話が崩れる」
「そういうことだ」
レオンは頷いた。
「軍事だけじゃない」
「エデンは巨大な金融機関も抱えている」
「そこまで信用を失えば、経済そのものに影響が出る」
「だから、表では敵性工作員を摘発した事件として処理している」
「そして、裏では必死に侵入経路を調べている」
司は腕を組んだ。
「エデンが黒幕って証拠にはならないな」
「もちろんだ」
レオンは即答する。
「むしろ、エデン自身も侵入されていた可能性がある」
「それなら……」
司は考え込む。
天使軍。
悪魔軍。
エデン。
そして、ヴァルキリーフレーム。
「全部、同じ相手に攻撃されてる可能性もあるのか」
「まだ分からない」
レオンは答えた。
「だが、無視できる状況ではなくなった」
◇ ◇ ◇
「経済面でも変化が始まっている」
レオンが続ける。
「天使軍は、悪魔軍への経済制裁を一部緩和する方向で動いている」
「もう?」
「必要だからな」
「悪魔軍も、資源輸出を一部再開する」
「ただし、軍事物資や重要技術については別だ」
「完全に元へ戻すわけじゃない」
「そういうことだ」
司は少し考える。
「情報と物資だけ、最低限通す」
「それくらいの関係か」
「ああ」
レオンは苦笑した。
「それでも、現場の兵士の中には面白くない連中も多い」
「当然だろうな」
「昨日まで撃ち合っていた相手だ」
「今日から仲良くしましょう、とはならない」
司も苦笑する。
「まあ、そうだな」
レオンは最後に一枚の資料を表示した。
そこには、複数の事件が並んでいる。
エンペラードローン。
ヴァルキリーフレーム。
ペネトレーションツール。
エデン内部への侵入。
天使軍への攻撃。
悪魔軍への攻撃。
「どれも、まだ一つには繋がっていない」
レオンが言う。
「だが、無関係とも言い切れない」
司は資料を見つめる。
「……世界の方が、俺たちがデソラを調べている間に勝手に動いてたわけか」
「そういうことだ」
レオンが頷く。
「だから、ネメシアへ行けない今は、情報を集めるしかない」
司は画面を見る。
「なら、次はエデンの内部情報か」
「それも含めてだ」
「分かった」
司は立ち上がった。
「デソラのことも、ペネトレーションツールのことも、まだ終わってない」
「それに、あの三人もいる」
Black arch。
Kali。
Parrot。
そして、彼らを救世主と呼ぶヴァルキリーフレームたち。
「……まだ、何も分かってないな」
司は小さく呟いた。
ネメシアへの道は閉ざされている。
天使軍と悪魔軍は、一時的に銃を下ろしている。
エデンは、自らの内部で起きた侵入事件を隠している。
そして、そのすべての裏側にいるかもしれない、正体不明の勢力。
戦争は終わっていない。
ただ、戦場の形が変わり始めていた。




