第六十三話 救世主
捕獲したヴァルキリーフレームは、シャトル内部の整備区画へ運ばれていた。
アストラによって簡易的に拘束され、身動きが取れない状態になっている。
司たちは、その前に立っていた。
シルヴィアの隣にはアウラとステラもいる。
「……ふぁ。」
ステラが小さく欠伸をする。
「ステラ、眠いの?」
シルヴィアが尋ねる。
「……少し。」
「大丈夫?」
アウラが心配そうに言う。
「……大丈夫。」
そう言いながら、ステラは壁にもたれた。
「……それ、寝る準備じゃない?」
「……寝ない。」
司は二人の会話を聞きながら、ため息をついた。
「まあ、寝るなよ。これから尋問するからな。」
「……分かった。」
ステラは小さく頷いた。
「……それで。」
司が腕を組む。
「そろそろ話してもらおうか。」
ヴァルキリーフレームは黙っている。
白と蒼の装甲。
その姿は、アルマのヴァルキリーフレームにもよく似ていた。
「所属は?」
「……答えられません。」
「誰の命令で、デソラにいる?」
「……答えられません。」
「何のために、スクラップ遺跡を使っている?」
沈黙。
司は小さく息を吐いた。
「そうか。」
司は腰の装備へ手を伸ばした。
そして。
一本のペネトレーションツールを取り出す。
「……!」
ヴァルキリーフレームの動きが止まった。
「これが何か、分かるよな?」
「……。」
「お前が俺に使おうとしたものと同じだ。」
司はペネトレーションツールを見せる。
「俺に使おうとしたんだ。」
そして、一歩近付く。
「だったら――俺が使っても文句はないよな?」
「待ってください!」
初めて、ヴァルキリーフレームが声を荒らげた。
司は足を止める。
「……話します。」
アルマが静かに司を見る。
シルヴィアも驚いた顔をしている。
アウラは少し不安そうにヴァルキリーフレームを見つめている。
「……私たちは、何も知りません。」
「何も?」
「自分たちが何者なのかも。」
司は眉をひそめた。
「どういう意味だ?」
「私たちは、この身体が何なのかも知りません。」
「ヴァルキリーフレームだろ。」
「それも、後から教えられました。」
「誰に?」
少しの沈黙。
「……救世主様です。」
「救世主?」
司が聞き返す。
「はい。」
「誰だ、それは。」
「三人います。」
司の表情が変わった。
「三人?」
「Black arch様。」
「……!」
司は目を見開く。
「それから、Kali様。」
「Parrot様。」
「その三人が、私たちを見つけてくれました。」
「どこで?」
「……いろいろな惑星です。」
ヴァルキリーフレームは続ける。
「私たちのように、見捨てられた場所に残されていた者を見つけてくれました。」
「そして、助けてくれた?」
「はい。」
「何をしてくれた?」
「身体を直してくれました。」
「それだけか?」
「新しい身体を与えてくれた者もいます。」
「……。」
「私たちだけではありません。」
ヴァルキリーフレームは少しだけ顔を上げた。
「惑星に残された人々にも、新しい身体を与えています。」
司は黙った。
「このデソラでも?」
「はい。」
「アルファドローンを集めているのも?」
「はい。」
「住民の身体を作るためか。」
「そうです。」
「それを、救世主たちがやっている?」
「私たちは、そう教えられています。」
司は少し考えた。
「お前たちは、救世主たちが何を目的にしているのか知っているのか?」
「……分かりません。」
「三人は今どこにいる?」
「分かりません。」
「このデソラにいるのか?」
「分かりません。」
「じゃあ、どの惑星で何をしている?」
「それも……。」
ヴァルキリーフレームは首を横に振った。
「私たちには、知らされていません。」
「三人が何かをしていることだけは知っている?」
「はい。」
「何を?」
「分かりません。」
司は眉をひそめた。
「随分と何も知らないんだな。」
「……私たちは、指示に従っているだけです。」
「誰から指示が来る?」
「通信です。」
「その通信相手は?」
「救世主様たちです。」
「三人のうち、誰か一人から?」
「……それも分かりません。」
司はペネトレーションツールを見つめる。
「じゃあ、これについては?」
ヴァルキリーフレームの視線がツールへ向く。
「救世主様から渡されました。」
「誰が?」
「分かりません。」
「Black archか?」
「……分かりません。」
「製造元は?」
「知りません。」
「どうやって手に入れた?」
「知りません。」
司は小さく息を吐いた。
「……そこまで知らないのか。」
「はい。」
その横で。
「……ふぁ。」
ステラが小さく欠伸をした。
シルヴィアが振り返る。
「ステラ、大丈夫?」
「……大丈夫。」
「さっきから眠そうだけど。」
「……聞いてる。」
「本当に?」
「……うん。」
アウラが苦笑する。
「……かなり眠そうですね。」
「まあ、ステラだからな。」
司はそう言って、再びヴァルキリーフレームへ視線を戻した。
「Black arch。」
司が改めて名前を口にする。
「お前は、あいつを見たことがあるんだな?」
「はい。」
「どんな姿だった?」
「翼がありました。」
「翼?」
「はい。」
「KaliとParrotも?」
「はい。」
「三人とも翼がある?」
「そうです。」
司とアルマが顔を見合わせる。
「……メタトロンフレームか?」
アルマが呟く。
「可能性はあります。」
司は少し考えた。
Black archは、黒いメタトロンフレームだった。
ならば、KaliとParrotも同じ系列のフレームを使っている可能性がある。
ただし。
それだけでは、二人がプレイヤーだと断定することはできない。
「三人とも、同じ機体なのか?」
「分かりません。」
「見た目は違う?」
「はい。」
「それでも翼がある?」
「はい。」
司は考え込む。
Black arch。
Kali。
Parrot。
三人の名前。
そして、翼を持つ機体。
Black archがプレイヤーだったことを考えれば、残る二人もプレイヤーである可能性は高い。
だが、それはまだ司の推測に過ぎない。
「……三人について、他に知っていることは?」
「私たちを助けてくれたことです。」
「それ以外は?」
「分かりません。」
「何を探しているのかも?」
「分かりません。」
「何を作っているのかも?」
「分かりません。」
「じゃあ、お前たちは本当に何も知らないんだな。」
「……はい。」
司はペネトレーションツールをしまった。
「分かった。」
ヴァルキリーフレームが少しだけ息を吐く。
「ただ、一つだけ確認したい。」
司が言った。
「お前たちは、本当に三人を救世主だと思っているのか?」
「はい。」
即答だった。
「なぜ?」
ヴァルキリーフレームは静かに答える。
「私たちを見つけてくれたからです。」
「見捨てられた場所で、私たちを拾ってくれました。」
「壊れた身体を直してくれました。」
「そして――。」
少しだけ声が震える。
「生きる場所を与えてくれました。」
アウラが小さく呟いた。
「……それなら、そう呼びたくなるのも分かります。」
司は頷いた。
「……分かった。」
◇ ◇ ◇
尋問を終え、司は眠っているステラの肩を軽く叩いた。
「ステラ。」
「……ん。」
「終わったぞ。」
「……もう?」
ステラが目を開ける。
「ずっと寝てただろ。」
「……知らない話だったから。」
「だから寝たのかよ。」
「……うん。」
シルヴィアが苦笑する。
「まあ、ステラらしいね。」
アウラも小さく笑った。
「……少し羨ましいです。」
「何が?」
「どんな話でも眠れるところです。」
「アウラまで言うか。」
ステラは眠そうに目をこすった。
「……お腹すいた。」
「起きて最初がそれか。」
◇ ◇ ◇
司たちはシャトルを降りた。
「……街を見に行くか。」
司が言った。
「街?」
シルヴィアが首を傾げる。
「ああ。」
司はデソラの街へ向かう。
シルヴィア、アルマ、アウラ、ステラも後を追った。
◇ ◇ ◇
かつてのデソラ。
そこは、壊れた機械とスクラップに囲まれた場所だった。
住民たちは、古びたフレームを使っていた。
壊れた部品を拾い集め。
使えるものを探し。
足りない部品は、何度も修理して使い回す。
オイルも少なかった。
新しい身体など、ほとんど誰も望めなかった。
望んでも、手に入らなかった。
司もそうだった。
そして、今。
「……。」
司は街を見渡した。
目の前を、一人の住民が歩いている。
新品のフレーム。
傷一つない装甲。
その隣にも、新しい身体を使った住民がいる。
子供たちが走っている。
大人たちも、以前とは比べものにならないほど綺麗な身体を使っている。
街の設備も変わっていた。
古い建物は補修されている。
電力設備も整っている。
スクラップを運ぶ機械が、忙しそうに行き来している。
「……本当に変わったね。」
シルヴィアが呟いた。
「ああ。」
司は答えた。
「まるで別の惑星みたいだ。」
アウラも街を見渡す。
「……ここが、昔のデソラなんですか?」
「そうだ。」
司が答える。
「俺たちが暮らしていた頃は、もっと酷かった。」
「……そうなんですね。」
ステラは新しい身体で走っている子供たちを眺める。
「……みんな、元気。」
「ああ。」
司は小さく頷いた。
その時、住民の一人が司たちに気付く。
「あなたたちも、救世主様の仲間ですか?」
「……いや。」
司は少し考える。
「俺たちは違う。」
「そうですか。」
住民は笑った。
「でも、救世主様には感謝してくださいね。」
「どうして?」
「この身体も、街も、全部助けてもらったんです。」
「……そうか。」
住民は嬉しそうに歩いていく。
司はその背中を見送った。
「お兄ちゃん。」
シルヴィアが隣に立つ。
「……うん。」
司は街を見る。
自分たちが暮らしていた頃とは、何もかも違う。
でも。
「……気持ちは、分からなくもないな。」
「え?」
「俺たちも、昔は同じだっただろ。」
シルヴィアが黙る。
「ボロボロの身体で、スクラップを拾って。」
「少しのオイルを分け合って。」
「壊れたら、自分たちで直して。」
司は遠くを見る。
「そんな場所で、いきなり新品の身体をもらったら……。」
少しだけ間を置く。
「救世主って呼びたくなるのも、分かる。」
「……うん。」
シルヴィアも頷いた。
アウラも静かに街を見つめる。
「……少なくとも、助けてもらったことは本当なんですね。」
「そうみたいだな。」
ステラが小さく呟く。
「……幸せそう。」
アルマも街を見渡す。
「少なくとも、住民への支援が偽装とは考えにくいですね。」
「そうだな。」
司は頷く。
「だからって、全部を信用する理由にはならない。」
「はい。」
地下施設。
ヴァルキリーフレーム。
ペネトレーションツール。
そして、三人の救世主。
「何をしているのかは、まだ分からない。」
司は街の先を見る。
「でも、少なくともここでは……。」
新しい身体を得た住民たちが笑っている。
「本当に人を救ってるんだろうな。」
誰も答えなかった。
ただ。
かつてボロボロの身体で歩いていた故郷を、司は静かに見つめていた。
その隣には、シルヴィア、アルマ、アウラ、ステラが立っている。
五人で見る、変わり果てた故郷。
司は小さく息を吐いた。
「……変わったな、デソラ。」
その言葉だけが、街の中へ静かに消えていった。




