第五十九話 戦火のネメシア
ネメシアへ向かうシャトルの窓から、司は外を見ていた。
以前とは、景色が違う。
宙域のあちこちに、無数のデブリが浮かんでいる。
破壊された艦艇。
砕けた装甲。
大型の機械部品。
正体も分からない残骸まで、無数に漂っていた。
「……ひどいな」
シルヴィアが呟く。
「これじゃ、まともに飛べない」
アストラが淡々と報告する。
「前方宙域に大量の障害物を確認しました」
「速度を落とす」
司が操縦席を見る。
「回避しながら進むしかないな」
シャトルが大きく迂回する。
残骸の間を縫うように進む。
ときどき、小さな破片が機体へ衝突した。
「……戦争のせいか」
アルマが窓の外を見る。
「エデンとオルビス連合の戦闘によるものと思われます」
「エデン側の惑星も、オルビス側の惑星も、こんな状態になってるんだろうな」
司はそう呟いた。
少し前までは、ただの航路だった。
今は、戦場の残骸が漂う危険宙域になっている。
「出航するタイミングが少し違ってたら……」
シルヴィアが言葉を止める。
司も答えなかった。
もし戦闘の直後にこの宙域を通っていたら。
もしミサイルや艦艇の残骸に巻き込まれていたら。
考えるまでもない。
「……紙一重だったな」
司が呟く。
「レオンたちが外交を続けてくれてたから、俺たちはここまで巻き込まれずに済んでるんだろうな」
アルマが頷く。
「戦闘を避けられているのは、外交努力によるところが大きいと思われます」
「そうだな」
司は窓の外を見る。
「ありがたい話だ」
やがて。
「ネメシアへ入ります」
アストラの声。
シャトルが大気圏へ入る。
そして。
司たちは、以前とはまるで違うネメシアの街を目にした。
◇ ◇ ◇
以前訪れたときは、普通に人が歩いていた。
店も開いていた。
シルヴィアとアウラが買い物をしていたショッピングモールもあった。
だが。
「……」
司は言葉を失った。
建物の一部が崩れている。
道路には瓦礫が散乱している。
壁面には大きな亀裂が走っている。
そして。
「あれ……」
シルヴィアが指を差した。
そこにあったはずのショッピングモールがない。
建物の大部分が吹き飛んでいた。
「……この前、ここで買い物したよね」
「うん」
アウラが小さく答える。
「……なくなってる」
シルヴィアは黙り込んだ。
司も何も言えなかった。
ほんの少し前まで、普通に人が暮らしていた場所。
そこが今は瓦礫になっている。
「戦争って……こういうことなんだな」
シルヴィアが呟いた。
司は返事をしなかった。
◇ ◇ ◇
入航手続きを終えようとしたときだった。
「待ってください」
オルビス兵が近付いてきた。
「……?」
司が振り返る。
「こちらの方について確認したいことがあります」
兵士がアルマを見る。
「アルマ?」
「はい」
「少し時間をいただきます」
以前とは明らかに違う。
歓迎されている感じがない。
むしろ。
警戒されている。
「何か問題でも?」
司が尋ねる。
「確認が必要なだけです」
そう言いながらも、兵士たちはアルマから視線を外さない。
まるで、危険物を見るように。
「……分かった」
司たちは指示に従った。
それから。
三時間。
「長すぎないか?」
司が疲れた声を出す。
「申し訳ありません」
兵士はそれ以上を答えない。
やがて、一枚の写真を見せられた。
「この機体を知っていますか?」
そこに映っていたのは。
「……ヴァルキリーフレーム?」
アルマと同じ姿。
司は写真を見る。
「知らない」
「アルマさんは?」
「知りません」
アルマも即答する。
当然だった。
司がデソラの地下で拾ったフレーム。
アルマ自身が製造したわけでも、選んだわけでもない。
「本当に?」
「本当に知らない」
司が答える。
「俺たちが知っているのは、デソラの地下でこのフレームを見つけたってことだけだ」
兵士は黙って写真を回収した。
「分かりました」
それだけだった。
結局、司たちは解放された。
だが。
三時間も拘束された。
「……疲れた」
シルヴィアが肩を落とす。
「同感です」
アルマも珍しく疲労を口にした。
「一度休もう」
司が言った。
「そうしよう」
◇ ◇ ◇
近くの家電店に入る。
冷たい飲み物を買い、店内のベンチで一息つく。
そのとき。
壁際の大型テレビから、ニュースが流れてきた。
『続いて、昨日撮影された映像です』
司が顔を上げる。
画面には、宇宙空間が映っていた。
『こちらはネメシアから遠く離れた宙域で撮影されたものです』
破壊された機体が映る。
「……エンペラードローン」
続いて。
銀色のドラゴン。
「エグゼキューター・ドラゴン……」
どちらも破壊されている。
そして、その前に立つ機体。
「……」
司の顔から疲れが消えた。
「ヴァルキリーフレーム……」
画面が切り替わる。
一体。
二体。
十体。
そして。
「……三十?」
同じ機体が、次々と映し出されていく。
『現在までに確認されているだけでも、およそ三十体のヴァルキリーフレームが確認されています』
司は画面から目を離せなかった。
三十体。
その数字を聞いた瞬間、脳裏に別の光景が浮かんだ。
デソラの地下施設。
そこに山のように積まれていた、無数のヴァルキリーフレーム。
壊れていたものも多かった。
だが、あれだけの数があった。
「……まさか」
司が呟く。
「あの時のフレームが……?」
シルヴィアが司を見る。
「お兄ちゃん?」
「いや……まだ分からない」
司は画面へ視線を戻した。
今回映っている機体と、デソラで見つけた機体。
外見は同じだ。
だが。
「同じ機体だからって、同じ場所から来たとは限らない」
「そうですね」
アルマが頷く。
「製造元も、製造時期も確認できていません」
「……だよな」
それでも。
あの地下にあった大量の機体を思い出すと、嫌な予感がした。
もし、あれがまだ使える状態だったのなら。
誰かが回収していたのなら。
そして。
それが今回の三十体に繋がっているのだとしたら。
「……厄介な話になってきたな」
司は小さく呟いた。
『天使軍は、この機体との関係を否定しています』
『悪魔軍も関与を否定』
『エデン政府も、軍が保有する機体ではないと発表』
『オルビス連合側も、関係を否定しています』
司は眉をひそめる。
「……誰も知らないってか」
ニュースでは、各勢力が互いに責任を押し付けていた。
「エデンの機体じゃないのか」
「天使軍が隠してるんじゃないか」
「悪魔軍の新兵器では?」
そんな憶測が飛び交っている。
「……見苦しいな」
司が呟く。
「みんな、自分たちじゃないって言ってる」
アルマが静かに答える。
「当然の反応とも考えられます」
「まあ、そうだけどな」
司は画面を見る。
「でも、これで分かった」
「何がですか?」
「ネメシアで、俺たちが拘束された理由だ」
シルヴィアが気付く。
「アルマと同じだから……」
「そういうことだろうな」
司はアルマを見る。
ヴァルキリーフレーム。
それは、デソラの地下で見つけたもの。
司たちにとっても、正体の分からない機体だった。
「……そういえば」
司が呟く。
「アルマのコアも、誰が作ったのか分かってなかったな」
アルマは黙っている。
「フレームも分からない」
「コアも分からない」
司は少し考える。
だが。
「それでも」
司はアルマを見る。
「アルマはもう俺たちの仲間だ」
アルマの表情は変わらない。
「それは、変わらない」
司はテレビへ視線を戻す。
「……ただ」
少し間を置く。
「だからって、その機体やコアを作った奴まで信用するかは話が別だ」
アルマが司を見る。
「……はい」
小さく頷いた。
◇ ◇ ◇
店を出たところで、司の端末が鳴った。
「レオンか」
『司か?』
「今、ネメシアにいる」
『……やっぱり来たか』
「三時間拘束された」
『三時間?』
レオンの声が少し低くなる。
「アルマのフレームについて聞かれた」
『……そうか』
司はニュースのことを伝えた。
ヴァルキリーフレームが約三十体確認されたこと。
エンペラードローンとエグゼキューター・ドラゴンを破壊していたこと。
そして、どの勢力も所有を認めていないこと。
『なるほどな』
レオンが黙る。
「封鎖区域を調べたい」
『今の状況でか?』
「何か分かるかもしれない」
『……正直、難しい』
「分かってる」
『ネメシアは今、いつ攻撃されてもおかしくない』
司は周囲を見る。
遠くから、サイレンが聞こえている。
「じゃあ、どうする?」
『一度、アルカディアへ戻れ』
「戻る?」
『今のお前たちがネメシアに残っても、調査どころじゃない』
レオンの声は冷静だった。
『封鎖区域については、俺の方でも調べてみる』
「……分かった」
司は少し考えた。
「ネメシアの調査は、一旦諦めるしかないか」
『それがいい』
「じゃあ、アルカディアへ戻る」
『待ってくれ』
「ん?」
『戻ったら、少し話したい』
「何を?」
『デソラのことだ』
司の足が止まった。
「……デソラ?」
『ああ』
「何で今、デソラなんだ?」
『ヴァルキリーフレームがデソラの地下で見つかったんだろ?』
「そうだけど」
『だったら、ネメシアだけに拘る必要はない』
レオンが続ける。
『今のネメシアじゃ調査が難しいなら、別の手掛かりを追えばいい』
司は黙った。
デソラ。
何もない惑星。
自分が生まれた場所。
そして、その地下で見つけたヴァルキリーフレーム。
「……デソラを調べるしかないか」
『俺も、その方がいいと思う』
通信が切れる。
司はしばらく、ネメシアの街を見つめていた。
壊れた建物。
瓦礫。
遠くから聞こえる警報。
「……一旦、戻るか」
シルヴィアが頷く。
「うん」
アウラも小さく頷く。
ステラは眠そうに目をこすった。
「……帰ろう」
司たちはシャトルへ向かった。
ネメシアの調査は、ここで一旦中断する。
代わりに。
次に向かう場所は、司自身の故郷。
デソラだった。




