第四話 武器屋に武器がない
ガレージを出る頃には、夕日は地平線へ半ば沈みかけていた。
赤黒い空が、鉄屑の街ラスティを静かに照らしている。
「急ごう。」
司は歩き出した。
「修理屋なら、まだ閉まってないはずだ。」
シルヴィアが隣へ並ぶ。
「夜でも開いてるの?」
「この星じゃ修理屋は生命線だからな。」
「壊れたら動けなくなる住民も多い。営業時間なんてあってないようなものさ。」
「そっか。」
二人は街へ足を踏み入れた。
その瞬間、通りを歩いていた住民たちが足を止める。
「あれ……。」
「誰だ?」
「見たことない機体だぞ。」
黒い装甲。
赤いライン。
鋭い頭部。
細身ながら圧倒的な存在感を放つデモンフレームは、この星ではあまりにも異質だった。
「遺跡から出てきたのか?」
「そんな機体、この星にあったか?」
ざわめきが広がる。
シルヴィアは少しだけ司へ近付いた。
「みんな見てる……。」
「まあな。」
司は苦笑する。
「ジャンクフレームとは別人だから。」
そのまま街外れの修理屋へ向かう。
古びた扉を開くと、小さなベルが鳴った。
「いらっしゃ──」
店主の老人は顔を上げ、そのまま固まった。
「…………。」
ゆっくりと立ち上がり、司の身体を眺める。
「初めて見る機体だ。」
「そんなボディ、この星には存在しねぇ。」
「遺跡で見つけたのか?」
「そんなところ。」
司は曖昧に笑った。
本題は別にある。
「買い取りをお願いしたい。」
リュックを作業台へ下ろす。
ガラガラと大量の金属片が転がった。
店主は一つ手に取る。
そして目を見開いた。
「アルファドローン……。」
もう一つ。
さらにもう一つ。
「なんだこれは……。」
保存状態が良すぎる。
装甲は割れておらず、内部フレームもほとんど歪んでいない。
「こんな綺麗なアルファ素材……。」
店主は何度も見直した。
「修理屋を何十年もやってるが、こんなの初めて見た。」
「これなら、そのまま部品として使える。」
手早く計算を終える。
「全部で千四百ダラーだ。」
「ありがとう。」
司はダラーチップを受け取る。
財布を確認する。
アルファドローンが落としたダラーも合わせれば、まだかなり余裕があった。
「十分だな。」
目的の物くらいなら問題なく買える。
「何か探してるのか?」
店主が尋ねる。
「武器。」
その言葉に店主は首を横へ振った。
「悪いな。」
「武器は一本もねぇ。」
「この星じゃ入荷した瞬間に売れる。」
やはり。
ゲームと同じだった。
本当なら、水鉄砲でもあれば十分だった。
あれでも武器カテゴリー。
最低ランクのビームガンへ変換する触媒にはなる。
だが、この星では武器そのものが貴重品だ。
店内を見回した、その時だった。
店内を見回した、その時だった。
棚の下へ積み上げられた段ボール箱が目に入る。
『輪ゴム』
五百本入り
百ダラー
司は思わず笑った。
「まだ残ってたのか。」
店主が首を傾げる。
「知ってるのか?」
「まあ。」
箱の中には、事務用品の輪ゴムがぎっしり詰まっていた。
「人類の住居跡から大量に見つかる。」
「書類をまとめるためのゴムらしい。」
「誰も使わねぇから埃被ってる。」
司は箱を数える。
一箱。
二箱。
三箱。
「この三箱ください。」
店主は固まった。
「…………。」
「三箱?」
「はい。」
「輪ゴムだぞ?」
「そう。」
「三箱。」
店主は眉をひそめる。
「お前……。」
「正気か?」
「書類でもまとめる気か?」
シルヴィアまで困ったような顔になる。
「お兄ちゃん?」
「それでいい。」
司は真面目な顔で頷いた。
「必要なんだ。」
「必要って……。」
店主は頭を掻く。
「輪ゴム三箱買う奴なんて初めて見たぞ。」
「全部で三百ダラー。」
司は迷わず支払う。
「毎度。」
店主は最後まで納得できない顔のまま、三箱の輪ゴムを荷車へ載せた。
修理屋を出ると、シルヴィアが小さく笑う。
「ふふっ。」
「どうした?」
「輪ゴムを千五百本も買う人なんて、お兄ちゃんくらいだよ。」
「俺も現実じゃ初めてだ。」
司は苦笑する。
ゲームでは有名なネタアイテムだった。
指で飛ばせる。
そのたった一つの理由だけで、なぜか開発が『武器カテゴリー』へ分類してしまった伝説のバグアイテム。
正式サービスでは修正されると思われていたが、最後まで直ることはなかった。
「……あの頃の開発、本当に何を考えてたんだ。」
思わず独り言が漏れる。
シルヴィアは意味が分からず首を傾げる。
「?」
「いや、何でもない。」
かさばる箱を工具袋へどうにか押し込み、二人は初心者ガレージへの帰り道を歩き始めた。
誰の目にも価値のないガラクタ。
輪ゴムが武器になる世界だ。
ならば。
ゲームにいないはずの敵が、空から降ってくる世界でもある。
だが、司だけは知っている。
この千五百本の輪ゴムこそが、最初の本物の武器へと生まれ変わるための、唯一の触媒なのだから。




