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第五十七話 七人の犠牲

アルカディア。


ネメシアから戻った司たちは、天使軍基地へ戻っていた。


装甲車を降りた司たちを、レオンが待っていた。


「……帰ってきたか。」


「何かあったのか?」


司はすぐに気付いた。


レオンの表情が硬い。


「ネメシアで事件が起きた。」


「事件?」


「警備を担当していた軍人の一人が、突然暴走した。」


「暴走って……。」


シルヴィアが不安そうに呟く。


「民間人が巻き込まれた。」


レオンは一度言葉を切った。


「死傷者は七名だ。」


「……七人。」


司の表情が変わる。


「軍人のレベルは?」


「21だ。」


「レベル21……。」


司は考える。


そこまで高いわけではない。


だが、一般市民にとっては十分危険な戦力だ。


「原因は?」


「まだ分かっていない。」


レオンが首を振る。


「突然、味方に対して攻撃を始めたらしい。」


「コアに異常が起きたのか?」


「それも調査中だ。」


司は黙った。


そして。


「……俺からも話がある。」


「何だ?」


「ネメシアを出る直前、変な機体を見た。」


レオンが司を見る。


「変な機体?」


「名前は、Black arch。」


司は端末に記録されていた情報を表示する。


【Black arch】


【Lv.67】


「……レベル67?」


「そう。」


レオンの顔が険しくなる。


「監視カメラに映っていた人物と同じかは分からない。」


司は続けた。


「でも、あれは間違いなくプレイヤーだ。」


「どうしてそう言い切れる?」


「名前表示。レベル。そして、あいつが持っていたもの。」


「何を?」


「ペネトレーションツールだ。」


「……。」


レオンが黙り込む。


アルマも端末を操作している。


「それなら、こちらの調査結果と一致する可能性があります。」


「調査結果?」


司が聞き返す。


レオンが頷いた。


「実は、俺たちもペネトレーションツールについて調べていた。」


「何か分かったのか?」


「エデンが作ったものだ。」


司の目が細くなる。


「やっぱりか。」


「ただし。」


レオンが続ける。


「使い道が少し違った。」


「違う?」


「エデンでは、敵対派閥や犯罪者への対処に使われていたらしい。」


アルマが補足する。


「国内での使用を前提とした装置だったようです。」


「国外には?」


「ほとんど持ち出されていません。」


レオンが答える。


「理由は単純だ。」


「外交問題になるから?」


「それもある。」


レオンは頷く。


「もう一つは、性能だ。」


「レベル5未満のコアにしか効果がない。」


「……5未満?」


司が聞き返す。


「そうだ。」


レオンが説明する。


「そんなものを国外へ持ち出したところで、対象になるコアが限られる。」


「しかも敵対国で使えば、発覚した時点で大問題になる。」


「わざわざリスクを背負ってまで使う理由がない。」


司は腕を組んだ。


「つまり、エデンにとっては国内用の装置だった。」


「その認識でいい。」


「じゃあ……。」


司はネメシアで起きた事件を思い出す。


「レベル21の軍人が暴走した件とは、普通なら繋がらない。」


「そうなる。」


レオンは頷いた。


「だからこそ、今問題になっている。」


「天使軍と悪魔軍の中で?」


「それだけじゃない。」


レオンが苦い顔をする。


「エデンに対してもだ。」


司は黙った。


「敵対していない俺たちに、なぜペネトレーションツールが使われたのか。」


「当然、そういう疑問が出る。」


「エデン側は?」


「否定している。」


レオンは端末を操作する。


「ペネトレーションツールを開発した事実そのものは認めている。」


「だが、天使軍や悪魔軍で確認されたものは、エデン製ではないと言っている。」


「……どうやって?」


「装置を解体すれば分かるそうだ。」


アルマが画面を確認する。


「エデン製のペネトレーションツールには、共通規格が存在します。」


「使用される部品や構造も、ある程度統一されている。」


レオンが続ける。


「例えば、ローズクォーツ。」


「金。」


「BC8構造。」


「銅。」


「そういった高級部品や特殊構造は使われていない。」


「……。」


司は眉をひそめる。


「逆に、今回のものには?」


「使われている。」


「しかも複数。」


アルマが答える。


「エデン製とは明確に異なります。」


レオンは苦笑した。


「エデン側の担当者も、かなり困った顔で言っていたらしい。」


「何て?」


「『うちを疑うのは分かる。だが、恥ずかしい話だが、そこまで精密なものは作れない』。」


「……正直だな。」


「さらに。」


レオンが続ける。


「今回確認されたペネトレーションツールは、エデン製よりはるかに高性能らしい。」


司の表情が変わる。


「エデンが作ったものを改良した程度じゃない?」


「少なくとも、現在の技術資料では説明できない。」


「じゃあ、誰が作ったんだ?」


「それが分からない。」


しばらく沈黙が続いた。


司はBlack archの姿を思い出す。


Lv.67。


メタトロン・フレーム。


そして、ペネトレーションツール。


「……ネメシアで暴走した軍人。」


司が呟く。


「レベル21だったな。」


「ああ。」


「エデン製のペネトレーションツールなら、効果範囲外だ。」


「そうなる。」


司は腕を組んだ。


「じゃあ、Black archが持っていたものが使われた?」


「可能性の一つだ。」


アルマが答える。


「ただし、現時点では証拠がありません。」


「……そうだな。」


司は頷いた。


「Black arch本人が事件に関わったとは限らない。」


「監視カメラに映っていた人物と同一かどうかも分かっていません。」


「そもそも、ペネトレーションツールが使われたとも決まっていない。」


レオンも続ける。


「軍人自身のコアに異常が発生した可能性もある。」


「ネメシアの施設側に原因がある可能性も捨てられない。」


「あるいは、第三者が別の方法で干渉した可能性もある。」


司は黙った。


一つの情報から、いくつもの可能性が浮かび上がる。


だが、どれも決定的な証拠がない。


「……結局、何も分からないな。」


「現状はそうだ。」


レオンが答える。


「分かっているのは、ネメシアで軍人が暴走し、民間人に七名の死傷者が出たこと。」


「そして、その直前までネメシアにLv.67のプレイヤーがいた。」


「そいつがペネトレーションツールを持っていた。」


「それだけだ。」


司は窓の外へ視線を向ける。


「それだけ、か。」


確かに、それ以上のことは分からない。


Black archが何者なのか。


なぜネメシアにいたのか。


何のためにペネトレーションツールを持っていたのか。


暴走した軍人に何が起きたのか。


そして、その事件とBlack archが関係しているのか。


現時点では、何一つ断定できない。


ただ。


「……気になるな。」


司は小さく呟いた。


「はい。」


アルマも頷く。


「調査すべき事項は増えました。」


レオンが端末を閉じる。


「ネメシアには、まだ調べられていない封鎖区域もある。」


「そこを調べれば、何か分かるかもしれない。」


「逆に、何も分からないかもしれない。」


司が言う。


「その通りだ。」


レオンは苦笑した。


「だから、今は可能性を一つに絞るべきじゃない。」


「証拠が出るまで、全部候補に残しておく。」


司は頷いた。


「……分かった。」


Black arch。


ペネトレーションツール。


ネメシアの暴走事件。


そして、まだ明らかになっていない封鎖区域。


いくつもの点が存在している。


だが。


今の司には、それらを一本の線で結ぶことはできなかった。


それでも。


ネメシアで起きたことを、このまま放置するわけにはいかない。


「……もう一度、調べる必要がありそうだな。」


司が呟く。


「そうだな。」


レオンが答えた。


アルカディアの街は、何も知らないように動いている。


人が歩き。


車が走り。


店の明かりが灯っている。


その一方で。


ネメシアでは、まだ何かが起きているのかもしれない。


あるいは。


もう、何も起きていないのかもしれない。


今はまだ。


誰にも分からなかった。


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