第五十六話 黒い機体
惑星ネメシア。
エンペラードローンの製造施設を調べ始めて、しばらく。
司たちは、立ち入りを許可された区画を一通り確認していた。
「……やっぱり、ほとんど残ってないな。」
司が古びた設備を眺める。
壊れた端末。
停止した搬送装置。
空になった保管庫。
残っているのは、施設がかつて存在していたという痕跡ばかりだった。
「エデン製の設備であることは、間違いありません。」
アルマが端末を確認する。
「ですが、製造記録や管理記録の大部分は失われています。」
「つまり。」
司がため息をつく。
「エデンが作ってたってことを再確認しただけか。」
「現状では、その通りです。」
司は封鎖された区画を見る。
その奥には、まだ何か残っている可能性がある。
だが。
「……そこは入れないんだよな。」
「はい。」
「なら、仕方ないか。」
これ以上踏み込めば、オルビス連合との問題になりかねない。
司たちは調査を切り上げることにした。
◇ ◇ ◇
その後。
施設を出た司たちは、市街地へ向かった。
「……結構発展してるな。」
司が街並みを眺める。
ネメシアはエデンほど巨大ではない。
だが、十分に発展していた。
高層建築。
整備された道路。
自動運行する交通機関。
そして。
「わあ……!」
シルヴィアが足を止めた。
目の前に、大型ショッピングモールが建っている。
「お兄ちゃん、ここ見たい!」
「……調査はもう終わったぞ。」
「じゃあ、いいよね?」
「まあ……。」
司が苦笑する。
「観光客ってことになってるしな。」
「やった!」
シルヴィアが駆け出す。
その後ろから、アウラも小走りで付いていく。
「……私も、少し見てみたいです。」
「アウラまでか。」
「はい……。」
ステラはその場に立ったまま、眠そうに目をこすっていた。
「ステラは?」
「……眠い。」
「そうかよ。」
司はため息をつきながら、二人の後を追った。
◇ ◇ ◇
「お兄ちゃん、これかわいい!」
「こっちも……。」
「アウラ、これ似合いそう。」
「えっ……私ですか?」
ショッピングモールでは、シルヴィアとアウラが楽しそうに店を見て回っていた。
戦闘装備とは関係のない服。
装飾品。
小物。
シルヴィアは次々と手に取っていく。
アウラも最初は遠慮していたが、次第に興味を持ち始めていた。
「……これ、ステラに似合いそうです。」
「じゃあ買おうよ。」
「えっ?」
「お土産。」
「……いいんでしょうか。」
「いいだろ。」
司が後ろから答える。
「せっかく来たんだからな。」
「ありがとうございます。」
アウラが嬉しそうに笑った。
一方。
「……眠い。」
ベンチに座ったステラは、袋を持つこともなく目を閉じていた。
「お前は本当に変わらないな。」
「……眠いから。」
「はいはい。」
司は苦笑した。
それからしばらくして。
「お兄ちゃん!」
シルヴィアが大量の袋を抱えて戻ってきた。
「……買いすぎじゃないか?」
「だって、かわいいのいっぱいあったんだもん。」
その隣では、アウラもいくつかの袋を抱えている。
「……私も、少しだけ買いました。」
司は袋を見る。
「それ、少しだけって量か?」
「……ごめんなさい。」
「いや、別にいいけど。」
司は笑った。
「ちゃんと持てるならな。」
「はい。」
アウラが嬉しそうに頷いた。
その時。
司の端末が鳴った。
「……レオンからだ。」
◇ ◇ ◇
通信を繋ぐ。
「司か。」
「レオン。」
「ネメシアの調査はどうだった?」
「施設自体はほとんど残骸だった。」
司はこれまでの経緯を説明する。
エンペラードローンの製造設備がエデン製だったこと。
しかし、重要な記録は残っていなかったこと。
封鎖区域には入れなかったこと。
そして。
「エグゼキューター・ドラゴンについても聞いた。」
「そうか。」
レオンの声が少し重くなる。
「そっちが今、一番問題だ。」
「やっぱりか。」
「ああ。」
オルビス連合は、ネメシアで逆解析したエグゼキューター・ドラゴンを、ネメシアだけで運用するつもりではない。
「加盟国へのライセンス販売を進めている。」
「ライセンス販売?」
「各惑星が独自に製造できるようにするつもりらしい。」
アルマが静かに聞く。
「標準化するということですか。」
「そうだ。」
レオンが答える。
「オルビス連合全体で、機体の規格や製造方法を統一する標準化協定まで進めようとしている。」
司は黙った。
一惑星の新兵器なら、まだ話は違う。
だが。
「オルビス全体に広がれば、意味が変わるな。」
「その通りだ。」
エグゼキューター・ドラゴンは、オルビス連合の共通戦力になろうとしている。
エデンへの対抗手段。
そして、抑止力。
少なくとも、表向きの理由はそうなっている。
「それで、天使軍はどうするんだ?」
司が尋ねる。
「今まで通り、簡単には動けない。」
レオンが答えた。
「オルビス連合は、これまで何度も天使軍と悪魔軍の間に入って、限定的な停戦交渉をしてきた。」
「捕虜交換や航路の安全確保、小規模な衝突の停止。」
「そういう交渉を積み重ねてきた。」
「だから、単純な敵対勢力として扱うこともできない。」
「だが、エグゼキューター・ドラゴンが出てきたことで、その前提も崩れ始めている。」
司は腕を組む。
「……戦争が広がる可能性があるってことか。」
「そういうことだ。」
◇ ◇ ◇
レオンは、さらに話を続けた。
「それだけじゃない。」
「最近、エデンに反旗を翻す惑星が増えている。」
「もともとエデンに資源を吸い上げられてきた惑星も多い。」
「今まで我慢していたところが、オルビス連合の存在をきっかけに動き始めている。」
「その一つが、ヘレボルスだ。」
「ヘレボルス?」
「ああ。」
レオンが説明する。
「以前から中立を維持していた惑星だ。」
「ただ、オルビス連合への加盟を求める動きが強くなっている。」
司は少し考える。
「エデンが圧力をかけてる可能性は?」
「十分にある。」
レオンの答えは早かった。
「ヘレボルスはエデンにとって、安全保障上かなり重要な惑星だ。」
「中立でいてくれないと困る。」
「だから、エデンが加盟を阻止しようとして圧力をかけた可能性はある。」
「そして、そのヘレボルスが……。」
「エデンに攻撃されたと主張している。」
司の表情が変わる。
「……タイミングが良すぎないか?」
「俺もそう思っている。」
レオンは少し間を置いた。
「だから、ファルスフラッグの可能性も考えている。」
「ヘレボルス側が自分たちで攻撃を仕掛けて、それをエデンの仕業に見せている?」
「可能性としてはな。」
「オルビス加盟の世論を作るために。」
「ああ。」
だが。
「ただし、エデンが本当に攻撃した可能性もある。」
レオンは続ける。
「今のところ、決定的な証拠はない。」
司は息を吐いた。
「……また分からない話が増えたな。」
「今の情勢は、そんなものだ。」
◇ ◇ ◇
「それと。」
レオンが言った。
「お前たちのほうはどうなんだ?」
「俺たち?」
「ネメシアへ向かう途中で、エンペラードローンと遭遇したと聞いた。」
「ああ。」
司が答える。
「撃破した。」
「……本当に?」
レオンの声が止まる。
「本当だ。」
「エンペラードローンを?」
「そう。」
しばらく沈黙が続いた。
「……司。」
「ん?」
「あれにダメージを与えられる兵士は、アルカディアでも数えるほどしかいない。」
「撃破したなんて話は、俺は聞いたことがない。」
司は少し驚いた。
「そんなに強いのか?」
「お前たち、分かってないのか?」
レオンが呆れたように言う。
「エンペラードローンは、普通の兵士が単独で戦える相手じゃない。」
「レベル差なんて、本来は五も開けば単独では絶望的だ。」
「装備や相性で例外はあるが、それでも基本は変わらない。」
「アルカディアは、兵士の数と本土防御に特化することで、無理やりあれに耐えていた。」
「多数の兵士。」
「防衛設備。」
「固定兵器。」
「都市そのものの防御機構。」
「それを全部使って、ようやく対抗できる。」
司は黙って聞いていた。
「だから、撃破したと聞いた時は驚いた。」
「……レイヴンが強かっただけだろ。」
「それでもだ。」
レオンが答える。
「少なくとも、今のアルカディアには、お前たちのように単独でエンペラードローンを仕留められる戦力はほとんどいない。」
司は窓の外を見る。
「……そうか。」
自分たちが、いつの間にかそれほどの場所まで来ていた。
その事実を、少しだけ実感する。
◇ ◇ ◇
「だから、司。」
レオンの声が変わった。
「そろそろ戻ってこい。」
「……分かった。」
「ネメシアでの調査を止めろと言っているわけじゃない。」
「ただ、これ以上は踏み込むな。」
司が黙る。
「お前たちは正式な外交団じゃない。」
「表向きは観光客だ。」
「だからこそ、そこから先は天使軍として問題になる。」
レオンの言葉は、警告だった。
「エデンを敵に回したくない。」
「今の天使軍に、オルビスとの問題まで抱える余裕はない。」
「お前たち個人の調査で、外交問題に発展させるわけにはいかない。」
司はしばらく考えた。
「……分かった。」
「なら、アルカディアへ戻ってくれ。」
「了解。」
通信が切れる。
司は端末を閉じた。
「……戻るか。」
「はい。」
アルマが頷く。
シルヴィアは大量の袋を抱えながら笑った。
「じゃあ、帰る前にもう一回だけ見てもいい?」
「まだ見るのかよ。」
「だって、お土産いっぱい買っちゃったし。」
「買ったなら帰るぞ。」
「はーい。」
アウラも小さく笑う。
「……楽しかったです。」
ステラは袋を一つ持っている。
「……眠い。」
「お前は最後までそれか。」
司は苦笑した。
◇ ◇ ◇
シャトル。
全員が乗り込む。
買い物袋は収納スペースへ。
シルヴィアは自分の買ったものを確認している。
アウラも、その隣で小さな袋を眺めていた。
「これ、ステラに似合うかな……。」
「……あとで見る。」
ステラは座席に座ったまま、眠そうに答える。
「ふふ。」
シルヴィアが笑った。
その様子を見て、司も小さく息を吐く。
ネメシアでの調査は、結局ほとんど成果がなかった。
それでも。
買い物をして。
少し騒いで。
こうして帰る。
普通の旅行の帰りのようだった。
「出発準備が完了しました。」
アストラの声が響く。
「アルカディアへの航路を設定します。」
「頼む。」
シャトルがゆっくりと動き始める。
司は窓の外を見た。
ネメシアの街が遠ざかっていく。
高層建築。
交通網。
明るい看板。
人々が行き交う街。
一見すれば、何の変哲もない惑星。
だが。
「……。」
司は目を細める。
(この惑星。)
(やっぱり、何かある。)
エンペラードローン。
エグゼキューター・ドラゴン。
消えた記録。
封鎖された区画。
そして、これまでに起きた数々の異変。
デソラ。
アルカディア。
ペネトレーションツール。
全部が頭の中を巡っていた。
その時。
シャトルが離床する。
司の視界の端に、何かが映った。
「……?」
遠く。
施設の一角。
一体のメタトロン・フレームが立っていた。
黒い機体。
その瞬間、司の視界に自動解析の表示が浮かぶ。
【Black arch】
【Lv.67】
「…………。」
司の視線が止まる。
そして。
端末が、機体の所持品を検知した。
「……ペネトレーションツール?」
司の顔から血の気が引いた。
その瞬間。
これまでの出来事が、一気に脳裏を駆け抜ける。
デソラでの出来事。
アルカディアでの異変。
エンペラードローン。
ペネトレーションツール。
そして、今。
ネメシアで見た、あの機体。
「アストラ!」
「はい。」
「シャトルの発信を止めてくれ!」
「……。」
アストラが答える。
「申し訳ありません。」
「すでに離床しています。」
「戻してくれ!」
司が叫ぶ。
「今すぐ止めろ!」
シルヴィアが振り返る。
「お兄ちゃん!?」
司は窓の外を見る。
だが、ネメシアはもう遠ざかっている。
「……まずい。」
アルマが尋ねる。
「何が見えたのですか?」
「ペネトレーションツールを持ってた。」
アルマの表情が変わる。
「……Black archですか。」
「ああ。」
司は拳を握る。
「嫌な予感がする。」
「今、止めないと……。」
言葉が詰まる。
「……ネメシアも、取り返しのつかないことになる。」
「司。」
アストラが淡々と告げる。
「現在、帰還航路へ移行しています。」
「停止には航路変更が必要です。」
「分かってる!」
司が叫ぶ。
「それでも止めろ!」
しかし。
シャトルは止まらない。
ネメシアが、どんどん遠ざかっていく。
司は窓の外を睨み続ける。
「……くそ。」
Black arch。
レベル67。
ペネトレーションツール。
何者なのか。
何をするつもりなのか。
まだ何も分からない。
ただ一つ。
今、この瞬間に離れてしまったことだけが、ひどく嫌な予感を残していた。
シャトルはそのまま。
惑星ネメシアを離れ。
アルカディアへ向かっていった。




