第五十四話 崩れた仲裁
アルカディア。
避難区域では、今日も多くの人々が行き交っていた。
シャトルの修理を待つ司たちは、基地内の会議室に集まっていた。
「……それで、ネメシアについてなんだが。」
レオンが端末を操作する。
「以前説明した通り、現在はオルビス連合の管理下にある。」
「ただ、天使軍とオルビス連合の関係は、そこまで単純じゃない。」
司が顔を上げる。
「どういうことだ?」
「天使軍は以前から、オルビス連合とエデンの間を仲裁していた。」
「前から?」
シルヴィアが尋ねる。
「ああ。」
レオンが頷く。
「今回の戦争が始まる前から、両者の間では何度も交渉が行われていた。」
「天使軍は、その調整役だった。」
「じゃあ、今回の攻撃で……。」
「完全に崩れた。」
レオンの声が重くなる。
「オルビス連合が、予告なしにエデンを攻撃した。」
「しかも民間人まで巻き込んだ。」
「それまで天使軍が積み重ねてきた仲裁も、そこで止まった。」
アルマが尋ねる。
「オルビス連合側は、民間人への被害を予測していなかった?」
「そうらしい。」
レオンが答える。
「エデンが都市部への攻撃を防ぐために、武器を持ち込めない規則を利用した。」
「だから民間シャトルを使った。」
「ただ、実際にどこまで被害が広がるかは想定していなかったようだ。」
司は黙っている。
「……予想してなかった、か。」
「それでも、起きたことは変わらない。」
「そうだ。」
レオンが頷く。
「天使軍としても、オルビス連合を完全に擁護することはできない。」
「だが、エデン側だけを正しいとすることもできない。」
「だから、もう仲裁できる状況じゃない。」
司は椅子に背を預けた。
「両方とも、引けなくなったんだな。」
「そういうことだ。」
◇ ◇ ◇
「それと、ネメシアについて一つ訂正がある。」
レオンが画面を切り替える。
エンペラードローンが組み立てられていた施設の映像だった。
「この施設について、追加の解析が終わった。」
司が画面を見る。
「エンペラードローンのことか。」
「ああ。」
レオンは施設内部の映像を拡大する。
「まず、施設そのものがオルビス連合の占領後に作られたものではない。」
「建造時期を調べた結果、エデンがネメシアを管理していた時代から存在していたことが分かった。」
「製造設備も同じだ。」
「さらに、残っていた設備規格や管理記録を照合した。」
アルマが画面を見る。
「エデン側の設備規格ですね。」
「そうだ。」
レオンが頷く。
「だから、あのエンペラードローンを製造していたのはエデンで間違いない。」
シルヴィアが息を呑む。
「……エデンが。」
司はしばらく、何も言わなかった。
画面に映るエンペラードローン。
デソラを破壊した機体。
自分たちの故郷を焼き、両親を奪った機体。
その製造元が、たった今、確定した。
司は無意識に拳を握っていた。
「……エデン。」
低い声で、もう一度だけ呟く。
だが。
そこで感情に任せることはしなかった。
まだ分かっていないことがある。
「……じゃあ、誰が作らせたんだ?」
司は感情を抑えるように、話を先へ進めた。
「そこまでは分からない。」
「エデン政府か?」
「それも分からない。」
レオンは首を横に振った。
「エデンは一つの組織で動いているわけじゃない。」
「政府がすべての軍事施設を直接管理しているわけでもない。」
「軍にも複数の組織がある。」
「研究機関や軍需企業との関係もある。」
「だから、エデン製だと分かったからといって、エデン全体の意思だったとは言えない。」
司は腕を組む。
「製造した場所は分かった。」
「でも、誰が命令したのかは分からない。」
「そういうことだ。」
アルマが静かに言う。
「むしろ、そこからが調査の本題ですね。」
「ああ。」
レオンが頷いた。
「ネメシアへ行く価値は、さらに高くなった。」
司は画面を見る。
「……なら、行くしかないな。」
◇ ◇ ◇
その日の午後。
シャトルの修理状況を確認するため、司たちは格納庫へ向かった。
アストラが機体の下で作業を続けている。
その少し離れた場所では、数人の整備兵が休憩していた。
「……あれ?」
シルヴィアが足を止める。
「何飲んでるの?」
整備兵の手には、小さな容器があった。
「これですか?」
「おいしいオイルですよ。」
「……オイル?」
司が眉をひそめる。
「飲み物なのか?」
「そうですよ。」
整備兵が当然のように答える。
「一口どうです?」
「いや、俺はいい。」
司が断った。
その横で。
ステラが容器を見つめていた。
「……おいしい?」
「ええ。かなり。」
「……飲む。」
ステラが容器を受け取る。
一口。
「……おいしい。」
「だろ?」
整備兵が嬉しそうに笑う。
ステラはもう一口飲んだ。
そして。
「……もう一杯。」
「お前、それ飲みすぎるなよ。」
司が呆れたように言う。
「それ、ファットバードが太った原因だろ?」
「確かにそうですけど……。」
整備兵が苦笑する。
「でも、本当にうまいんですよ。」
「アルカディアにもオイルは大量にありますけどね。」
「こんなに飲みやすいものはありません。」
「変なクセもないし、喉越しもいい。」
「……そんなに違うのか?」
司が容器を見る。
「はい。」
別の整備兵も頷く。
「これはかなり精製されてるんです。」
「飲み物として作られたオイルですから。」
「なるほどな……。」
司が妙に納得していると。
「……何を飲んでいる?」
レオンが格納庫へ入ってきた。
「オイルです。」
整備兵が答える。
「オイル?」
レオンが怪訝な顔をする。
「本当に飲むのか?」
「試します?」
「……そこまで言うなら。」
レオンが容器を受け取る。
一口。
「…………。」
無言。
もう一口。
「……なるほど。」
司が横目で見る。
「気に入ったか?」
「いや。」
レオンはそう答えながら、もう一口飲んだ。
「……これは悪くない。」
「でしょう?」
整備兵が笑う。
レオンは容器を見つめる。
「アルカディアにもオイルは大量にある。」
「だが、ここまで上品で飲みやすいものはないな。」
「レオンさん、もう一杯いきます?」
「……いや。」
少し間を置いて。
「……後で少し分けてもらえないか?」
司が吹き出す。
「こっそり?」
「……できれば。」
「なんでだよ。」
「正式に頼むと、いろいろ面倒だろう。」
「そこまでして欲しいのか?」
「……。」
レオンは答えなかった。
ただ、手元の容器を見ていた。
その横で。
「……もう一杯。」
ステラが容器を差し出す。
「お前もか!」
格納庫に整備兵たちの笑い声が響いた。
◇ ◇ ◇
「それで、レオン。」
司が改めて尋ねる。
「何か新しい通信でも入ったのか?」
「そうだ。」
レオンが端末を操作する。
「エデンからだ。」
司たちが振り返る。
「天使軍に対して、正式な仲裁要請が来ている。」
「仲裁?」
シルヴィアが驚く。
「オルビス連合との戦闘を止めるための協議をしたいらしい。」
司は少し考えた。
「……エデンから和平を求めてきたのか。」
「まだ和平が成立したわけじゃない。」
レオンが釘を刺す。
「エデン側が協議を求めてきただけだ。」
「天使軍としても、これから内容を確認する。」
「それに、軍事協力についても打診がある。」
アルマが尋ねる。
「オルビス連合への対抗措置として?」
「その可能性が高い。」
司は腕を組む。
「オルビスは天使軍や悪魔軍との連携を求めてる。」
「エデンは、それを阻止したい。」
「当然の動きだな。」
レオンが頷く。
「だが、もう一つ気になることがある。」
「何だ?」
「エデンが和平を求めている一方で、ネメシアではエンペラードローンが製造されていた。」
「しかも、その製造元はエデンで確定した。」
「……。」
司は黙る。
レオンが続ける。
「だからこそ、判断が難しい。」
「エデン政府が本当に何も知らなかったのか。」
「あるいは、一部の組織だけが動いていたのか。」
「今の段階では分からない。」
司は小さく息を吐いた。
「結局、また分からないことだらけだな。」
「そういうことだ。」
シルヴィアがシャトルを見る。
「でも、ネメシアに行けば何か分かるかもしれない。」
「ああ。」
司も頷く。
「少なくとも、ここで考えてるだけじゃ何も進まない。」
アウラが小さく手を上げる。
「……ネメシアに行けば、あの機体についてもっと調べられるんですよね?」
「そうだ。」
「……なら、私も行きます。」
ステラが隣で呟く。
「……ステラも。」
「お前らも当然だろ。」
司が苦笑する。
アルマも頷いた。
「調査対象としても、優先度は高いでしょう。」
アストラが作業を終える。
「長距離航行用の調整が完了しました。」
司が振り返る。
「もう?」
「はい。」
アストラは淡々と答える。
「出発準備が整いました。」
司はシャトルを見る。
アルカディアを離れる準備は整った。
次の目的地はネメシア。
そこには、エデンが残した施設がある。
そして。
デソラを破壊したものと同じ機体が、そこで作られていた。
「……行こう。」
司が言った。
「今度は、ちゃんと確かめる。」
誰が作ったのか。
何のために作られたのか。
そして。
なぜ、あの機体がデソラに現れたのか。
まだ答えはない。
だが。
その答えに近づくための場所は、もう分かっていた。
惑星ネメシア。
司たちは、そこへ向かう準備を始めた。




