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第五十三話 避難民

アルカディアが見えてきた。


青白い惑星の軌道上には、いつもより多くの船が集まっている。


「……なんだ、あれ?」


司が窓の外を見る。


「船、多くない?」


シルヴィアも外を見る。


「本当だ……」


アウラが不安そうに尋ねる。


「……何かあったんでしょうか?」


「分からないな」


アストラが操縦席から報告する。


「アルカディアの周辺宙域に、通常時を大きく上回る数の船舶を確認しています」


「避難船か?」


「可能性があります」


シャトルがアルカディアの港へ近づく。


やがて、その光景がはっきりと見えてきた。


港の周囲には、普段なら見ないような船が並んでいた。


大型輸送船。


民間シャトル。


貨物船。


そして、傷ついた船も多い。


「……すごい数だな」


司が呟く。


着陸すると、さらにその理由が分かった。


港の一角が、臨時の避難区域になっている。


簡易テント。


仮設の医療施設。


配給所。


そこには、多くの人々が集まっていた。


子供を抱える者。


荷物を一つだけ持っている者。


怪我をしている者。


誰もが疲れた表情をしている。


「……こんなに」


シルヴィアが言葉を失う。


アウラも周囲を見る。


「……エデンから逃げてきた人たちですか?」


「それだけじゃないだろう」


アルマが避難区域を見る。


「周辺の惑星からも避難してきているようです」


司は黙って避難民を見る。


昨日までなら、エデンの街で普通に暮らしていたかもしれない人々。


それが今は、アルカディアへ逃げてきている。


「戦争って……こんなに広がるのか」


誰に言うでもなく、司が呟いた。


◇ ◇ ◇


シャトルを降りると、アストラがすぐに機体を確認し始めた。


「アストラ?」


「シャトルの損傷を確認します」


外装を調べ、各部を順番に確認していく。


しばらくして、アストラが振り返った。


「問題を確認しました」


「やっぱり壊れてるか」


「はい。エデンからの緊急離脱時に、外装の一部と姿勢制御系に損傷があります」


「飛べるのか?」


「現在の状態での再発進は推奨しません」


司がため息をつく。


「すぐには使えないってことか」


「はい」


アストラは淡々と答える。


「部品が確保できれば、修理は可能です」


「分かった。頼む」


「了解しました」


アストラは再びシャトルの点検へ戻っていく。


その時、基地側からレオンが歩いてきた。


「戻ったか」


「レオン。エデンの件、こっちにも伝わってるんだな」


「ああ。かなりの騒ぎになっている」


レオンは避難区域を見る。


「アルカディアは現在、エデン周辺と周辺惑星からの避難民を受け入れている」


「だから、あんなに……」


「まだ増える可能性がある」


司は黙った。


「それで、何が分かった?」


「いくつかある。だが、まず中へ来てくれ」


◇ ◇ ◇


基地内部。


大型モニターには、エデンで起きた事件が映し出されていた。


民間シャトルによる市街地への突入。


破壊された建物。


逃げ惑う人々。


そして、緊急警報。


「……酷いな」


司が呟く。


「さらに問題がある」


レオンが画面を切り替える。


そこには、エンペラー・ゼニスの三人の子供たちの映像が表示されていた。


「ゼニスの子供?」


シルヴィアが首を傾げる。


「オルビス連合が狙っている」


レオンが答える。


「ただ、まだ実際に手を出したわけじゃない」


「じゃあ、どうして狙ってるって分かるんだ?」


「オルビス連合が動画を公開した」


画面が切り替わる。


そこには、複数の映像が並んでいた。


どれも内容は違う。


だが、共通しているものがあった。


ゼニスの子供たちをどう殺すか。


それを具体的に示す内容だった。


アウラが顔を強張らせる。


「……これを、公開したんですか?」


「ああ」


レオンが頷く。


「軍内部では、単なる脅迫とは考えていない」


「本気で殺すつもりってことか?」


「その可能性が高い」


レオンは三人の子供の映像を見る。


「オルビス連合側の首相が殺された以上、エデン側も誰かを殺して報復する可能性がある」


「それがゼニスの子供たち?」


「そうだ」


司は黙って画面を見る。


三人。


その全員が狙われている。


「……嫌な話だな」


シルヴィアが小さく呟く。


「子供まで戦争に巻き込むなんて……」


「戦争が大きくなれば、そういうことも起こる」


レオンの声は重かった。


◇ ◇ ◇


「もう一つある」


レオンが画面を切り替えた。


今度は、オルビス連合が公開した声明だった。


『天使軍、悪魔軍に告ぐ』


映像の中で、オルビス連合の代表が語っている。


『お前たちは、何のために戦っている?』


『ペネトレーションツールによる事件を知っているはずだ』


司の表情が変わる。


「ペネトレーションツール……」


『我々は、この戦争が偶然続いているとは考えていない』


『ペネトレーションツールを利用し、天使軍と悪魔軍の双方に疑心暗鬼を生ませる』


『そして戦争を長引かせる』


『戦争が続けば、両軍は武器を買う。資源を買う。補給物資を買う』


『誰が利益を得る?』


映像の中の男が、真っ直ぐにカメラを見る。


『エデンだ』


シルヴィアが眉を寄せる。


『エデンは戦争を終わらせる必要がない』


『天使軍からも、悪魔軍からも利益を得続けることができる』


『我々は、すべての証拠を持っているわけではない』


『だが、疑う理由は十分にある』


『天使軍よ』


『悪魔軍よ』


『目を覚ませ』


映像が終わった。


部屋が静かになる。


「……これ、どう思う?」


司が聞く。


レオンは腕を組んだ。


「証拠はない」


「だよな」


「オルビス連合側の主張に過ぎない」


アルマが静かに続ける。


「ですが、完全に無視することもできません」


「そういうことだ」


レオンが頷く。


「だから軍内部でも意見が割れている」


「エデンが本当にやってると思ってる奴もいる?」


「いる」


「逆に、オルビス連合のプロパガンダだと思ってる奴も?」


「ああ」


司は黙った。


以前に聞いた話を思い出す。


天使軍にも、悪魔軍にも、それぞれの正義があった。


今回も同じなのかもしれない。


「……また、簡単には決められないな」


司が呟いた。


だが、頭の片隅では別のことを考えていた。


エデンで聞いた話。


ペネトレーションツールの違法製造施設が、今月だけで二つ摘発された。


そして、エデンでは製造そのものは禁止されていない。


「……エデン、か」


司が小さく呟く。


シルヴィアが振り返る。


「お兄ちゃん?」


「いや……ミッドナイトが言ってたことを思い出しただけだ」


「オルビス連合の主張と、繋がるかもしれないってこと?」


「分からない。でも、無視できる話でもない」


アルマが二人を見る。


「確かに、関連性を疑う理由はあります」


「でも、証拠はない」


司が答える。


「だから、今の段階じゃ決めつけられない」


レオンが頷いた。


「その通りだ」


司は画面を見る。


エデン。


ペネトレーションツール。


そして、戦争を長引かせるというオルビス連合の主張。


まだ、それぞれが一本の線で繋がっているとは言えない。


だが、完全な無関係とも言い切れなかった。


◇ ◇ ◇


レオンが新しい資料を表示する。


「だからこそ、別の情報が重要になる」


画面に一つの惑星が映し出された。


「惑星ネメシア」


「ネメシア?」


「ああ」


レオンが説明する。


「もともとはエデンの遠征地だった」


「だった?」


「オルビス連合が奪った」


現在、ネメシアはオルビス連合の支配下にある。


「オルビス連合には、他にも複数の惑星がある」


「全部エデンと戦ってるのか?」


「そうとも限らない」


レオンが首を横に振る。


「オルビス連合側でも、惑星ごとに立場が違う」


「エデンに対して強硬な惑星もあれば、停戦や交渉を求めている惑星もある」


「天使軍寄りの惑星もあれば、悪魔軍寄りの惑星もある」


「どちらの軍とも敵対していない中立的な惑星もある」


「つまり、オルビス連合だから全員が同じ考えってわけじゃないんだな」


「そうだ。エデンとの戦争を続けたい惑星もあれば、エデンとの関係を修復したい惑星もある。連合としてまとまってはいるが、内部の意見まで一つになっているわけじゃない」


「そういうことだ」


レオンがネメシアの映像を拡大する。


「そして、この惑星をオルビス連合が奪った時に、あるものを発見した」


「何を?」


「映像が残っている」


画面が切り替わる。


そこには巨大な工場が映っていた。


瓦礫の中。


半壊した格納庫。


そして、その中央に巨大な機体がある。


まだ完成していない。


装甲の一部が外され、内部構造がむき出しになっている。


しかし、その形だけははっきりと分かった。


司が立ち上がる。


「……これ」


シルヴィアも画面を見る。


「……嘘」


二人の表情が変わった。


頭部。


巨大な腕。


特徴的な装甲。


見覚えがある。


何度も見た。


忘れられるはずがない。


「……エンペラードローン」


司が呟く。


「間違いない」


シルヴィアの声が震える。


「これ……デソラを襲ったやつだよね」


司は画面を見つめた。


「……ああ」


低い声だった。


「俺たちの故郷を壊した機体だ」


レオンが頷く。


「映像を解析した限り、デソラとアルカディアを襲ったエンペラードローンと同型だ」


「同型……」


司は眉をひそめた。


「じゃあ、あいつは一体だけの特別な機体じゃなかったのか?」


「そう考えるのが自然だろうな」


「……量産されてる、ってことか」


司の声が低くなる。


レオンはすぐには答えなかった。


「そこまでは分からない」


「ネメシアで組み立てられていたのは事実だ」


「だが、何機作られたのか。誰が作ったのか。完成した機体が他にも存在するのか。それはまだ不明だ」


司は画面を見る。


「……一体じゃない」


その言葉が、重く残った。


「誰が作ってたんだ?」


「それが分からない」


「エデンか?」


「ネメシアは元エデンの遠征地だ。だから、エデンが残していった可能性もある」


「オルビス連合が作った可能性は?」


「それも否定できない」


レオンは映像を見る。


「オルビス連合が占領した時点で、組み立て途中だったことだけは確認されている」


司は拳を握った。


「……調べるしかないな」


シルヴィアが隣に立つ。


「うん」


アウラも映像を見る。


「……あの機体が、また作られているなら……」


アルマが静かに続ける。


「製造された経緯を調べる必要があります」


ステラは画面を見つめていた。


「……あれ、嫌い」


司がステラを見る。


「そうだな」


レオンが口を開く。


「ただし、ネメシアは現在オルビス連合の支配地域だ」


「つまり敵地か」


「いや、ネメシアの中でも、司たちが向かう区域は中立だ」


「中立?」


「ああ。オルビス連合に占領された惑星ではあるが、天使軍にも悪魔軍にも属していない地域が残っている」


「そこなら行けるのか?」


「交渉次第ではな。ただし、アルカディアからかなり遠い。現在のシャトルでは、修理が終わっても長距離航行には不安がある」


「簡単には行けないな」


「だが、敵地へ潜入するよりは可能性がある」


「それに、お前たちのシャトルも今は修理が必要だ」


司は少しだけ考える。


「それでも行く」


シルヴィアが頷く。


「私も行くよ」


「……私も」


アウラが続く。


ステラも短く言った。


「……行く」


アルマは静かに頷いた。


「調査する価値はあります」


レオンが息を吐く。


「分かった。修理が終わり次第、準備を始めよう」


その時、通信が入った。


『レオン、避難区域でまた受け入れ要請が来ています』


レオンが振り返る。


「分かった。すぐに向かう」


通信を切る。


司はその背中を見送った。


アルカディアにも、すでに戦争の影が落ちている。


そしてその先には、ネメシアがある。


デソラを襲ったものと同じ機体が、そこで組み立てられていた。


「……今度は、こっちから調べに行く」


司はそう呟いた。


シャトルは修理を待っている。


次の目的地は、オルビス連合の支配する惑星ネメシア。


そこに何があるのか。


まだ、誰にも分からなかった。


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