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第五十話 楽園

シャトルの窓から、巨大な惑星が見えていた。


青と白の雲に覆われた美しい惑星。


その姿だけを見れば、戦争とは無縁の場所に見える。


「……あれがエデン?」


シルヴィアが窓の外を眺める。


「たぶん、そうだな」


司も惑星を見つめた。


アウラも隣から外を見る。


「……きれいですね。」


「そうだな。」


その後ろでは、ステラが眠そうに目をこすっている。


「……眠い。」


アルマがステラを見る。


「着くまで寝ていても構いません。」


「……うん。」


ステラはそのまま目を閉じた。


やがてシャトルは大気圏へ入り、そのまま巨大な港へと向かっていく。


港には無数の輸送船が停泊していた。


その中には、天使軍の船もあれば、見慣れない黒い装甲を持った船もある。


そして港には兵士の姿もあった。


「……天使軍?」


シルヴィアが呟く。


だが、その隣には別の兵士が立っていた。


装備こそ違う。


しかし、司にはそれがどこの軍なのか分からなかった。


アウラが二人の兵士を見比べる。


「……同じ場所にいるんですね。」


「ああ。」


司が答える。


その時、通信が入った。


『司、聞こえるか?』


「レオンか」


『ああ。エデンへの入港は問題ない』


司が返事をすると、レオンは続けた。


『エデンは天使軍にも悪魔軍にも属さない中立惑星だ』


「中立?」


『そうだ。両軍が唯一、正式に入港を許可されている場所でもある』


司は港を見渡した。


天使軍の兵士。


そして、先ほど見かけた別の兵士。


敵同士であるはずなのに、互いに銃を向ける様子はない。


それどころか――。


「……あの二人、話してない?」


シルヴィアが指差す。


確かに、二人の兵士は並んで立ちながら、何か世間話をしているようだった。


「本当に普通に話してる……。」


シルヴィアが驚く。


アルマも二人を観察する。


「少なくとも、敵対しているようには見えません。」


『エデンでは協定によって、戦闘行為が完全に禁止されている』


レオンの声が続く。


『天使軍も悪魔軍も、エデンでは絶対に戦争をしてはいけない』


「敵同士なのに?」


『そういうことだ』


アウラが小さく呟く。


「……不思議な場所ですね。」


司はもう一度、港を見る。


戦争をしている二つの軍隊。


その兵士たちが、同じ港で補給をしている。


『エデンは本来、天使軍と悪魔軍の双方が欲しがっている惑星だ』


「なら、どうしてどちらも取らない?」


『取れないんだ』


レオンの声が少し低くなる。


『エデンの軍事力は、天使軍と悪魔軍の両方を上回っている』


「……両方?」


『ああ。エデンがどちらか一方の陣営につけば、敵対した側は戦争に負ける――そう言われるほどにな』


司は黙って港を眺めた。


シルヴィアが少し驚いた顔をする。


「そんなに強いんだ……。」


「そういうことらしい。」


『だからエデンは、その軍事力を抑止力として中立を維持している』


「なるほどな」


アルマが静かに続ける。


「どちらかに味方すれば、均衡が崩れる。」


「ああ。」


司が頷く。


『そして、もう一つ理由がある』


「商売か?」


『その通りだ』


レオンが答える。


『エデンは天使軍にも悪魔軍にも物資を売っている。武器、弾薬、燃料、その他の戦争物資までな』


「……両方に売るのか」


『両方に売るから儲かる』


司は少しだけ呆れた。


戦争を止めるだけの力を持ちながら、戦争に必要な物資を両軍に売っている。


それがエデンという惑星らしい。


「なんというか……すごい商売だね。」


シルヴィアが苦笑する。


「敵同士に同じ商品を売るわけですか。」


アルマも淡々と呟く。


「需要がなくなることもありません。」


「そこまで冷静に言われると、余計にすごく聞こえるな……。」


司が苦笑する。


『まあ、そういう場所だ。表向きは平和な惑星に見えるだろうが、実際には両軍の兵士も避難民も集まっている。情報を集める連中も多い』


「情報屋もいるってことか」


『いるだろうな。だから、街で何か調べるなら気をつけろ』


「分かった」


アウラが少し不安そうに尋ねる。


「……知らない人から、いろいろ聞かれることもあるんでしょうか。」


『その可能性はある』


「……気をつけます。」


ステラが目を閉じたまま呟く。


「……知らない人、怖い。」


「お前は寝てろ。」


司が言う。


「……うん。」


ステラは素直に目を閉じた。


レオンはそこで一度、言葉を切った。


『それと、もう一つ報告がある』


「何だ?」


『フォージ・アーカイブの調査が終わった』


司の表情が変わる。


「何か分かったのか?」


『ああ』


レオンの声は静かだった。


『やっぱり、ペネトレーションツールが出てきた』


司は黙った。


遥か昔の戦争について、アストラから聞いた話。


そして、その戦争で使われた侵入装置。


それと同じ名前のものが、現在のフォージ・アーカイブにも記録されていた。


「……やっぱり、か」


『まだ詳しいことまでは分かっていない。ただ、無関係とは考えにくい』


「そうだな」


シルヴィアも司を見る。


「また、ペネトレーションツールなんだ……。」


「ああ。」


司の表情は険しい。


『俺は引き続き調べる』


そこでレオンの声が少し変わった。


『それと……天使軍の内部で、破壊工作が行われている可能性がある』


「破壊工作?」


『誰かが意図的に設備や物資に手を加えている』


「内部の人間ってことか?」


『まだ断定できない。だが、フォージ・アーカイブから見つかったペネトレーションツールも、破壊工作に使われた可能性がある』


「ペネトレーションツールが?」


『ああ。あれは本来、システムへ侵入するためのものだ。設備や兵器の制御系に入り込み、内部から機能を停止させることもできる』


司は眉をひそめた。


「つまり、誰かがペネトレーションツールを使って、天使軍の設備を壊している可能性があるのか」


『その可能性はある。だが、誰が、何の目的で使っているのかまでは分かっていない』


レオンはそう答えた。


『だから、俺はそっちを調べる。ペネトレーションツールが破壊工作に使われているのか、それとも別の目的があるのかも含めてな』


「分かった。頼む」


『ああ。そっちも気をつけろ』


通信が切れた。


◇ ◇ ◇


シャトルはエデンの港へ着陸した。


扉が開く。


司たちは外へ出た。


そこには、先ほどまで画面越しに見ていた光景が広がっていた。


天使軍の兵士が物資を運んでいる。


そのすぐ近くでは、別の軍の兵士が同じように補給を受けている。


「……本当に戦ってないね」


シルヴィアが周囲を見渡す。


「ああ」


司も答える。


アウラも周囲を見渡す。


「……静かですね。」


「そうだな。」


ステラは司の隣で眠そうに立っていた。


「……眠い。」


アルマがステラを見る。


「歩けますか?」


「……歩ける。」


「では、行きましょう。」


「……うん。」


すると、少し離れた場所から声が聞こえた。


「最近、前線はどうだ?」


「最悪だよ。そっちは?」


「こっちも似たようなもんだ」


敵同士の兵士が、普通に話している。


シルヴィアが目を丸くする。


「本当に普通に話してる……。」


「変な場所だな……」


司が呟く。


「うん……」


シルヴィアも頷いた。


アウラは二人の兵士をしばらく見ていた。


「……戦争中なのに、ここでは普通に話せるんですね。」


「それだけ、エデンのルールが徹底されてるってことだろうな。」


アルマが静かに答えた。


「戦闘行為を禁止するだけの力もあるのでしょう。」


「なるほど……。」


アウラは納得したように頷いた。


港を抜けると、街が見えてきた。


大きな建物。


商店。


飲食店。


人の行き交う通り。


戦争中の惑星とは思えない光景だった。


シルヴィアが周囲を見回す。


「なんだか、本当に普通の街みたい。」


「そうだな。」


司も辺りを見渡す。


アウラは店先に並ぶ商品を眺めた。


「……いろんなものがありますね。」


「軍用品だけじゃないみたいだな。」


アルマが答える。


「民間向けの施設も多いようです。」


ステラが小さく呟く。


「……お店。」


「興味あるのか?」


司が聞く。


「……少し。」


「まあ、後で時間があればな。」


「……うん。」


だが、ここには目的がある。


ペネトレーションツール。


そして、天使軍と悪魔軍についての情報。


「まずは街で情報を集めるぞ」


司が言った。


「うん」


シルヴィアが頷く。


アウラも頷く。


「……はい。」


アルマも静かに続く。


「情報源は多いほどいいでしょう。」


「そうだな」


司たちは街へ向かって歩き始めた。


平和な楽園。


そう呼ばれる惑星の中へ。


その平和が、何によって保たれているのか。


そして――。


天使軍と悪魔軍が、なぜ戦っているのか。


司たちはまだ、その答えを知らなかった。


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