第四十九話 消えたボス
五つのリミットキーを使ったことで、司たちのレベル上限は100まで引き上げられた。
司はステータスを確認する。
「これで、上限は100か」
レベル50になったことで、ペネトレーションツールについても知ることができた。
だが、分かったこと以上に謎は増えている。
誰が今のペネトレーションツールを作ったのか。
なぜ不完全な状態で残っているのか。
考えても答えは出ない。
「……今は攻略を進めるか」
司は端末を閉じた。
「うん。そうしよう、お兄ちゃん」
シルヴィアも頷く。
アウラも小さく頷いた。
「……はい。」
その横で、ステラは眠そうに目をこすっている。
「……行く。」
「お前、まだ眠いのか?」
司が聞く。
「……少し。」
アルマがステラを見る。
「昨日から寝不足ですから。」
「そうだったな。」
司は苦笑した。
◇ ◇ ◇
司たちはフリーズ・サンクタムの第三ルートへ向かった。
このルートのボスは、ファットバード。
ところが――。
「……あれ?」
シルヴィアが立ち止まった。
「お兄ちゃん、ボスがいないよ?」
「本当だな」
ボス部屋まで進んでも、ファットバードの姿はどこにもない。
アルマが周囲を確認する。
「反応もありません。」
アウラも周囲を見回す。
「……本当に、いませんね。」
「じゃあ、どうするの?」
「俺に聞かれてもな……」
ステラが壁にもたれながら呟く。
「……待つ?」
「それしかないか。」
そのまま待っていると、突然、目の前に宝箱が出現した。
「えっ?」
シルヴィアが目を丸くする。
「宝箱?」
アルマが確認する。
「クリア報酬のようです。」
「でも、ボス倒してないよ?」
「そこが問題だな」
司たちは宝箱を開けた。
◇ ◇ ◇
中に入っていたのは、いくつかの報酬だった。
【ファットバードフレーム】
説明文には、
『太って飛べなくなったスノーバードのフレーム』
とある。
「……なんだこれ」
司が首を傾げる。
アウラも説明文を覗き込む。
「……太って、飛べなくなったんですか?」
「そう書いてあるな。」
続いて、
【ガラクタ×3000個】
「多すぎるだろ」
シルヴィアが苦笑する。
「三千個って……使い切れるのかな?」
「使い道はあるだろうけどな。」
そして最後に、
【おいしいオイル×3000個】
司は説明文を読む。
『ファットバードが太った原因となったオイル。あまりにもおいしいため、ファットバードは燃料タンクが破裂寸前になるまで飲み続けた』
「……」
司は黙り込んだ。
シルヴィアも説明文を覗き込む。
「ええ……そんな理由で太ったの……?」
アウラも少し困った顔をする。
「……食べすぎは、よくないですね。」
「そもそもオイルを飲むなよ。」
司が突っ込む。
「しかも、そのボス自体がいないんだよな」
「じゃあ、オイルを飲みすぎていなくなったのかな?」
「そんなわけないだろ」
「だよね」
シルヴィアは苦笑した。
ステラが宝箱の中を覗き込む。
「……オイル、いっぱい。」
「お前も飲むなよ。」
「……飲まない。」
「ならいい。」
アルマが小さく息を吐いた。
「この報酬内容とボス不在の因果関係は不明ですね。」
「そこを真面目に考えるのか……。」
司は呆れながらも、報酬を回収した。
◇ ◇ ◇
試しに、もう一度第三ルートへ入る。
やはりファットバードは出てこない。
それでも最後には宝箱が出現する。
何度繰り返しても同じだった。
「誰かが書き換えたのか……?」
司は宝箱の中身を見つめる。
だが、確かめる方法はない。
アルマが静かに言う。
「レオンへ報告しますか?」
司は少し考えた。
「……いや、まだいい。」
「ペネトレーションツールの件だけでも、情報が多すぎる。」
「これ以上、混乱させても仕方ない。」
「ただ、記録だけはしておいてくれ。」
「エデンで何か分かるかもしれない。」
「了解しました。」
アルマが静かに記録を開始する。
アウラがその画面を覗き込む。
「……忘れないように、ですね。」
「ああ。」
司は頷く。
「こういう妙なことは、後になって意味が分かるかもしれないからな。」
「……はい。」
結局、司たちは報酬だけ回収した。
◇ ◇ ◇
周回によって経験値も入る。
司のレベルは、あっという間に60まで上がった。
「もう60か」
司がステータスを確認する。
「上限は100になったのに、ノルドでは60までなの?」
シルヴィアが尋ねる。
「ああ。ここでは、これ以上は上げられないみたいだ。」
「せっかく100になったのにね。」
「まあ、次へ行けばいい。」
アルマが頷く。
「なら、次の惑星へ移動したほうがいいでしょう。」
「そうだな。」
次の目的地はイグニス。
天使軍と悪魔軍が実際に戦っている最前線だ。
アウラが少し不安そうに尋ねる。
「……イグニスって、そんなに危険なんですか?」
「最前線だからな。」
司が答える。
「できれば、準備してから行きたい。」
「……分かりました。」
だが、レオンはその前に別の惑星へ向かうことを提案した。
「先にエデンへ行ったほうがいい」
「エデン?」
シルヴィアが聞き返す。
「ノルドやイグニスについて、何か情報が得られるかもしれない。それに、ペネトレーションツールについてもな」
「なるほどな」
司は頷いた。
「じゃあ、まずはエデンだ」
ステラが小さく呟く。
「……エデン。」
「知ってるのか?」
「……名前だけ。」
「そうか。」
◇ ◇ ◇
ノルドへ戻ると、出発を前に整備兵たちが慌ただしく動き回っていた。
司たちがシャトルへ向かおうとすると、ヴィオラがアウラとステラを連れてやってくる。
「ちょっと待ちなさい!」
「どうした?」
「どうしたじゃないわよ!」
ヴィオラは二人をぎゅっと抱き寄せる。
「この子たちを連れて、また危険なところへ行くんでしょう!?」
「まあ、そうなるな」
「嫌よ!」
ヴィオラは即答した。
「この前だって怪我したじゃない!」
アウラが申し訳なさそうにする。
「……ごめんなさい。」
「あなたが謝ることじゃないの!」
ヴィオラはさらに強く抱きしめる。
「それに、イグニスって天使軍と悪魔軍が戦ってる最前線なんでしょう?」
「だから、まずエデンへ行くんだよ。」
「それでも危ないじゃない!」
ステラはヴィオラに抱きしめられたまま、眠そうに呟く。
「……苦しい。」
「え?」
ヴィオラが腕を緩める。
「ご、ごめんね!」
アルマが淡々と言う。
「ステラが潰れています。」
「もっと早く言いなさいよ!」
「本人が言いました。」
「そうだけど!」
司は思わず苦笑する。
ヴィオラは改めて二人を見る。
「私の娘たちを危険な場所へ連れていくなんて……!」
「娘じゃないだろ。」
「娘よ!」
即答だった。
「私にとっては娘なの!」
「……はいはい。」
司が流すと、ヴィオラは今度は兵士たちのほうへ向いた。
「それより、スノーラビーのフレームって余ってる?」
「え?」
「ベータドローンも!」
ヴィオラは司を見る。
「司、余ってるんでしょ?」
「ああ。かなりあるぞ。」
司はヴィオラに渡す。
「シルヴィアちゃん、ありがとう!」
「えっ? あ、うん……?」
シルヴィアが困った顔で司を見る。
「お兄ちゃんが用意したんだけど……」
「またまた!」
ヴィオラは笑顔でシルヴィアの手を握る。
「こんなにたくさん用意してくれて、本当にありがとう!」
「だから俺だって……」
司の声は届かなかった。
「えっと……どういたしまして?」
シルヴィアもどう返していいのか分からず、苦笑する。
アウラが小さく首を傾げる。
「……司さんが用意したんですよね?」
「そうなんだよ。」
司が答える。
「なのに、なぜかシルヴィアが感謝される。」
「……不思議ですね。」
「俺もそう思う。」
ヴィオラは二人の会話を聞いていなかった。
司は諦めた。
「もういい……」
◇ ◇ ◇
大量のフレームを使い、ノルドの兵士たちはスノーラビーの製造を始めた。
完成した数は三千体。
さらに、その全てにビームガンが装備された。
「三千体……」
司は並んだスノーラビーを見つめる。
「これなら、ノルドの防衛にも使えるな。」
「うん。これだけいたら安心だね。」
シルヴィアも頷く。
アウラもスノーラビーの列を見る。
「……これなら、みんなを守れそうですね。」
「そうだな。」
ステラは三千体のスノーラビーを眺める。
「……多い。」
「多いな。」
司も頷く。
ヴィオラは満足そうにアウラとステラを見る。
「ほら、あなたたち。これならお母さんも安心よ。」
「だから、お母さんじゃないって。」
司が突っ込む。
「何言ってるの?」
ヴィオラは真顔になった。
「私はこの子たちのお母さんよ。」
「……。」
司はもう何も言わなかった。
アウラが困ったように笑う。
「……ヴィオラさん。」
「なあに?」
「その……ありがとうございます。」
ヴィオラの顔が一気に明るくなる。
「アウラ……!」
「でも、お母さんは……。」
「お母さんよ!」
「……はい。」
アウラはそれ以上、否定しなかった。
ステラは小さく欠伸をした。
「……眠い。」
「もう少し寝ていてください。」
アルマが言う。
「……うん。」
◇ ◇ ◇
やがて出発の時間になった。
司たちはシャトルへ乗り込む。
「じゃあ、行ってくる。」
「行ってきます!」
シルヴィアも手を振る。
アルマ、アウラ、ステラも続いてシャトルへ乗り込んだ。
その時――。
「待って!」
ヴィオラが叫んだ。
「私も行く!」
「は?」
司が振り返る。
「私も一緒に行く!」
ヴィオラがシャトルへ駆け寄る。
しかし、その腕を整備兵が掴んだ。
「ヴィオラさん、ダメです!」
「離して!」
「ダメです!」
「私の娘たちが行くのよ!」
「分かっています!」
「だったら私も行く!」
ヴィオラは必死に抵抗する。
だが、整備兵たちに両脇を抱えられ、その場から動けない。
「いやー! アウラー! ステラー!」
アウラがシャトルの中から手を振る。
「……ヴィオラさん、行ってきます。」
「アウラぁ!」
ステラも小さく手を上げる。
「……行ってくる。」
「ステラぁ!」
シャトルのハッチが閉まる。
「お母さんはここにいるからね!」
「だからお母さんじゃないって……」
司の声は、もう届かなかった。
シャトルがゆっくりと離れていく。
ヴィオラは涙を流しながら、空へ向かって叫ぶ。
「娘たちよー!」
「母はいつでも待ってるぞー!」
整備兵たちに押さえられたまま、ヴィオラは最後まで手を振り続けた。
シャトルが遠ざかっていく。
やがて、その姿が見えなくなる。
ヴィオラは涙を拭いながら、小さく呟いた。
「……気をつけてね。」
そして、ノルドを後にしたシャトルは、次の目的地――エデンへ向かった。




