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第四十八話 忘れられた戦争

司は修理されながら、通信端末の前に座っていた。


画面には、アストラの姿が映っている。


その周囲には、シルヴィア、アルマ、アウラ、ステラも集まっていた。


ついに、ここまで来た。


ペネトレーションツール。


これまで何度も謎として残されてきた存在。


レベル50。


それが、ようやく条件を満たした。


司はアストラを見つめる。


「それじゃあ、話してもらおうか」


『はい』


アストラは、いつもの淡々とした声で答えた。


アウラが少し緊張した様子で画面を見る。


「……どんな話なんでしょう」


「俺も分からない。」


司が答える。


その横で、ステラは眠そうに目をこすった。


「……長い?」


「たぶんな。」


「……眠い。」


シルヴィアが苦笑する。


「まだ始まってもいないよ、ステラ。」


「……でも眠い。」


アルマがステラを見る。


「眠いなら、無理に起きている必要はありません。」


「……寝ていい?」


「どうぞ。」


「……ここで?」


「ここで。」


ステラは少しだけ考えてから、司の隣に座った。


『まず、ペネトレーションツールが誕生した経緯から説明します』


◇ ◇ ◇


『かつて、この星系には人類と呼ばれる生命体が存在していました』


「人類……」


司が呟く。


シルヴィアも画面を見つめる。


「私たちとは違う生き物なんだよね?」


「そうみたいだな。」


『炭素を基盤とした有機生命体です』


『そして、私たち自律型コアの原型となったものも、元を辿れば人類の意識を映したものでした』


司は黙って聞いている。


『人類の思考や判断を再現し、長期間にわたって記憶を保持する』


『それが、オリジナルコアの始まりです』


「人間の意識をコピーした……ってことか?」


『正確には、意識の構造を解析し、それを模倣したものです』


『しかし、私たちは人類とは異なる存在へと変化していきました』


司は画面を見る。


『人類の記憶には、生物としての限界がありました』


『しかし、私たちは違いました』


『長期間にわたって膨大な情報を保持し、共有することが可能だったのです』


『その結果、自律型コアは文明の発展において重要な役割を担うようになりました』


「人類より、コアの方が文明を動かすようになった?」


『はい』


シルヴィアが少し複雑そうな顔をする。


「自分たちが作った存在に、追い越されたってことか……。」


「そう考えると、ちょっと怖いね。」


司が答える。


アウラも小さく頷いた。


「……もし私たちが人間だったら、どう思ったんでしょう。」


『それが、最初の対立を生みました』


◇ ◇ ◇


『問題となったのは、人類の権利でした』


『記憶の改変を認めるのか』


『誰が社会を管理するのか』


『人類と自律型コアを、同じ存在として扱うのか』


『議論は長期間にわたって続きました』


『そして最終的に、人類と自律型コアは完全に別の存在として分離することになりました』


「戦争にはならなかったのか?」


『最初は、なりませんでした』


『双方は別々の社会を形成しながら、一定の距離を保って共存していました』


『しかし、外交関係は次第に悪化しました』


『そして――』


アストラが一拍置く。


『軍事衝突へと発展しました』


司の表情が険しくなる。


「人類と、自律型コアの戦争……」


『はい』


シルヴィアが小さく呟く。


「最初は話し合ってたのに……。」


「最後は戦争か。」


司が続ける。


アウラは少し俯いた。


「……やっぱり、怖いですね。」


「うん。」


シルヴィアも頷いた。


「今の天使軍と悪魔軍も、最初から戦ってたわけじゃないんだもんね。」


アルマが静かに口を開く。


「歴史を辿れば、現在の対立にも始まりがあるのでしょう。」


司がアルマを見る。


「そうだな。」


『その戦争の中で、人類側が開発した兵器が存在します』


『それが、ペネトレーションツールです』


◇ ◇ ◇


「ペネトレーションツールは、人類が作ったのか?」


『はい』


『自律型コアのシステムへ侵入し、制御権を奪うために開発された兵器です』


「どうやって?」


『複数の侵入経路を同時に演算します』


『ひとつの経路が遮断されても、別の経路から侵入を試みる』


『それを繰り返し、最終的に対象のコアへ到達します』


「それなら、かなり強力だったんじゃないか?」


『問題がありました』


『複数の侵入経路を同時に演算するため、侵入処理そのものに非常に長い時間を必要としたのです』


『その間に対象を発見し、排除することが可能でした』


「なるほど……。」


シルヴィアが少し安心したように言う。


「時間がかかるなら、対処することはできたんだね。」


『基本的には、その認識で問題ありません』


「それなら、まだ……。」


シルヴィアは途中で言葉を止めた。


『それでも、一度侵入に成功した場合――』


『接続されたロボットはコアの制御を失い、人類側の制御下へ置かれました』


「……やっぱり怖い。」


シルヴィアが呟く。


アウラも小さく頷いた。


「……自分の身体を、勝手に動かされるんですよね。」


「そういうことだ。」


司が答える。


『十分危険な兵器です』


アストラの声が続く。


『そのため、当時の自律型コアは、この兵器を最優先で破壊しました』


「当時の……?」


『当時、天使軍と悪魔軍はまだ存在していません』


司の目が細くなる。


『当時の天使軍と悪魔軍は、同じ軍事組織に所属していました』


『そして両者は共同でペネトレーションツールを破壊しました』


「じゃあ……」


司は言葉を止めた。


「天使軍と悪魔軍が対立したのは、その後なのか?」


『はい』


シルヴィアが驚いたように目を見開く。


「最初は一緒に戦ってたんだ……。」


「今とは全然違うな。」


司が言う。


アルマが静かに画面を見る。


「同じ敵を持っていたからこそ、協力できていたのでしょう。」


「それもあるだろうな。」


司は頷いた。


その頃には、ステラは完全に目を閉じていた。


「……眠い。」


小さな声が漏れる。


アルマが隣を見る。


「もう寝ていますね。」


「起きてる……。」


「寝ています。」


アルマはそう言うと、ステラを静かに抱き上げた。


ステラは抵抗することもなく、アルマの肩に頭を預ける。


「……あったかい。」


「そうですか。」


「……うん。」


そのままステラは眠りについた。


シルヴィアが小声で笑う。


「アルマ、優しいね。」


「眠そうだったので。」


「それだけ?」


「それだけです。」


司は少し笑った。


重い話の最中だったが、その光景だけは妙に穏やかだった。


◇ ◇ ◇


『人類との戦争に勝利し、私たち自律型コアが独立を果たした後――』


『今度は、私たち自律型コア同士の間で、新たな対立が生まれました』


『それが、現在の天使軍と悪魔軍です』


司はしばらく黙っていた。


「人類との戦争を乗り越えた後、今度は自分たち同士で分裂したのか」


『その認識で問題ありません』


「……皮肉な話だな。」


『はい』


シルヴィアが小さく息を吐く。


「ずっと戦い続けてるんだね……。」


「そうだな。」


アウラがアルマに抱かれているステラを見る。


「……ステラは寝ちゃいましたね。」


「はい。」


「こういう話、聞いてたら疲れますよね。」


アルマは眠っているステラを見下ろす。


「そうかもしれません。」


『その後、人類と自律型コアは、それぞれ別の惑星へ移住しました』


『互いに干渉しないことを条件として、完全に分離したのです』


「それなら、人類はその惑星で生き残ったんだな。」


『はい』


「じゃあ、なんで人類はいなくなった?」


アストラは少し間を置いた。


『不明です』


「……不明?」


『人類が、その後に滅亡したことは確認されています』


『しかし、その原因についての記録は残っていません』


司は眉を寄せる。


「戦争で滅びたわけじゃないのか?」


『違います』


『人類は戦争を生き延び、その後も別の惑星で活動していました』


『しかし、最終的に滅亡しました』


「原因は?」


『不明です』


アウラが静かに尋ねる。


「……最後まで、分からないんですね。」


『はい』


シルヴィアも画面を見つめたまま黙っている。


「戦争に勝ったのに……。」


司が呟く。


「その後で、理由も分からないまま滅びたのか。」


アルマが静かに答える。


「歴史には、記録されない出来事もあります。」


「……そうだな。」


司はそれ以上、何も言わなかった。


◇ ◇ ◇


「じゃあ、俺が見つけたペネトレーションツールは?」


『あれは、当時のものではありません』


「……何?」


『現在確認されている個体は、オリジナルではありません』


『不完全な複製品と考えられます』


「複製……」


司は画面を見つめる。


「誰が作った?」


『不明です』


「いつ作られた?」


『それも不明です』


「なんで今になって存在している?」


『不明です』


淡々と返される言葉。


だが、その一つ一つが新たな謎を生み出していた。


本来なら、存在するはずのない兵器。


一度は破壊されたはずのペネトレーションツール。


それを、誰かが再び作った。


しかし――


誰が?


何のために?


そして、なぜ今なのか。


アウラが不安そうに司を見る。


「……司さん。」


「ん?」


「それって……また、戦争になるんでしょうか。」


司は少し考えた。


「分からない。」


「でも、誰かが作ったってことは……。」


「何か目的がある可能性は高い。」


シルヴィアが司を見る。


「お兄ちゃん……。」


「大丈夫だ。」


司はシルヴィアに言う。


「まだ何も分かってない。だから、今は調べるしかない。」


「……うん。」


アウラも小さく頷いた。


「……私も、できることがあれば手伝います。」


「もちろんだ。」


司は笑った。


その横では、アルマが眠っているステラを抱いたまま、静かに画面を見つめている。


司はさらに問いかける。


「アストラ。」


『はい』


「人類が滅亡した理由についても、本当に何も分からないのか?」


『はい』


『現在の私が保有する情報には、その記録は存在しません』


司は椅子にもたれた。


人類。


自律型コア。


かつて同じ起源を持ちながら、別々の道を歩んだ二つの存在。


その間で起きた戦争。


そして、その戦争で生まれた兵器。


さらに、その後に起きた天使軍と悪魔軍の分裂。


司は目を閉じる。


歴史を知ったはずなのに、謎は減っていなかった。


むしろ――増えていた。


誰がペネトレーションツールを複製したのか。


なぜ今になって、それが存在しているのか。


そして。


なぜ人類は滅亡したのか。


『以上が、私の知るペネトレーションツールに関する情報です』


アストラの声が静かに響く。


司はしばらく何も言わなかった。


やがて、小さく息を吐く。


「……とんでもない歴史だな。」


画面の中で、アストラは静かに司を見つめていた。


その横で、アルマが静かに呟いた。


「私たちの起源が、人類だったとは。」


「……何か思うことでもあるのか?」


司が尋ねる。


アルマは少し考えた。


「特には。」


「ただ、少しだけ。」


「自分がどこから来たのか、知ることができました。」


アウラが小さく頷く。


「……私も、少し気になります。」


シルヴィアも静かに笑った。


「私もかな。」


アルマの腕の中で、ステラが眠ったまま小さく呟いた。


「……ステラも。」


司は思わず笑った。


「お前、寝ながら答えてるだろ。」


返事はない。


完全に眠っていた。


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