第四十七話 氷の番犬
装甲車は、再びフリーズ・サンクタムへ向かっていた。
以前訪れたときに発見した、あの隠し部屋。
強すぎる敵がいると判断して、一度は引き返した場所だ。
だが、今の司たちは違う。
レベルは全員50。
新しいフレームを手に入れたアウラとステラも加わり、装備も以前とは比べものにならない。
「今回は、ちゃんと勝てるかな」
助手席のシルヴィアが言う。
「やってみないと分からない」
司は即答した。
ゲームの知識では、あの部屋にいる敵の名前だけは知っている。
だが、実際に戦ったことはない。
攻略法も覚えていなかった。
つまり、今回は完全な初見だ。
◇ ◇ ◇
隠し部屋の扉を開く。
冷気が一気に吹き抜けた。
その奥から、三体の巨大な獣が姿を現した。
「……アイスハウンド」
司が呟く。
白銀の毛並み。
鋭い牙。
そして、こちらを睨みつける青白い眼。
「三体か……」
アルマが大型チェインガンを構える。
次の瞬間。
三体が同時に駆け出した。
「速い!」
シルヴィアが叫ぶ。
司はとっさに装甲車の陰へ飛び込んだ。
「全員、車の後ろへ!」
アルマ、アウラ、ステラも装甲車の反対側へ回り込む。
直後。
アイスハウンドが装甲車へ突っ込んだ。
轟音。
巨大な爪が装甲を削り、車体が大きく揺れる。
「うわっ!」
「装甲車が……!」
だが、車体そのものは耐えた。
司は車体の陰から様子を窺う。
一体のアイスハウンドが装甲車を回り込もうとして、急激に向きを変えようとする。
その動きが――遅い。
「……なるほど」
司が呟く。
「こいつ、直線は速いけど……」
アイスハウンドの巨体が大きく膨らむように旋回する。
「旋回性能が最悪だ!」
「なら、装甲車を盾にできる」
アルマが冷静に言った。
「回り込んできたところを狙えばいい」
「じゃあ、これを使えば!」
シルヴィアも理解した。
「装甲車を盾にして、回り込んできたところを狙う!」
「そういうことだ!」
司たちは装甲車を中心に移動し始めた。
アイスハウンドが突進する。
全員が車体の反対側へ逃げる。
アイスハウンドが急停止し、向きを変える。
その隙にアルマが撃つ。
シルヴィアもビームを放つ。
「効いてる!」
だが、三体同時では簡単にはいかない。
一体を相手にしている間に、別の一体が装甲車の側面から回り込んでくる。
「三体同時は厄介です」
アルマが呟く。
「一体ずつなら、もっと楽に戦えるのに」
司も頷く。
「一体なら、この戦法でどうにかなる。でも三体同時だと――」
そのとき。
一体のアイスハウンドが大きく口を開いた。
「来る!」
アウラが叫ぶ。
「アイスブレス!」
青白い冷気が、床を這うように広がった。
「避けろ!」
司が叫んだ。
シルヴィアが後ろへ飛ぶ。
アルマも冷静に距離を取る。
アウラとステラも装甲車の陰へ逃げ込む。
だが、冷気は床を這うように装甲車の脇へ回り込んできた。
「なっ……!」
司が飛び退く。
しかし、間に合わない。
足元に冷気がまとわりついた。
「しまっ――」
足が完全に凍りつく。
動けない。
「お兄ちゃん!」
シルヴィアの声。
アイスハウンドが迫る。
「アイスブレスを受けたら、足が止まる!」
司が叫ぶ。
「こいつの一番危険な攻撃だ!」
だが、警告した直後だった。
別のアイスハウンドが飛び込んできた。
巨大な顎が司の脚を咥える。
「ぐっ……!」
次の瞬間、強烈な衝撃。
脚部が砕け、司の身体が床へ叩きつけられた。
シルヴィアが駆け寄ろうとした。
「来るな!」
司は叫んだ。
だが、司自身はもう戦えない。
アルマは一瞬だけ司を見る。
そして、すぐにアイスハウンドへ視線を戻した。
「司はもう動けない」
アルマが言う。
「なら、私たちで倒すしかない」
「司は私が援護します。シルヴィア、アウラ、ステラは装甲車を盾にして戦ってください」
「分かった!」
「はい!」
「……任せて」
四人が一斉に構える。
アイスハウンドが再び突進する。
シルヴィアたちは装甲車を盾にして回避する。
アルマが撃つ。
シルヴィアのビームが走る。
アウラとステラはスノーディスペンサーガンから雪玉を連射する。
だが、三体のアイスハウンドは速い。
雪玉をかわしながら接近してくる。
「当たらない!」
ステラが淡々と言った。
「だったら、大きくする!」
アウラが銃をチャージする。
巨大な雪玉が形成された。
「撃ちます!」
巨大雪玉が発射される。
アイスハウンドの一体が真正面から受け止めた。
轟音。
巨大な雪玉が砕け散る。
「駄目だったか――」
アルマが言いかけた、そのとき。
砕けた雪玉の破片が床一面に散らばった。
一体のアイスハウンドが踏み込む。
「……?」
足が滑った。
巨体が大きく傾く。
「……雪玉の破片!」
シルヴィアが気付いた。
「これ、当たり判定が残ってる!」
アルマが破片へ視線を向ける。
「なるほど」
そして、すぐに銃口を向けた。
「それなら、使える」
「今だ!」
大型チェインガンが火を噴いた。
シルヴィアのビームも同時に直撃する。
アウラとステラも雪玉を連射した。
転倒しかけたアイスハウンドへ、全員の攻撃が集中した。
大きく体勢を崩したアイスハウンドが床へ倒れた。
「一体!」
アルマが叫ぶ。
残り二体。
司がいない分、火力も戦力も落ちている。
だが、四人は装甲車を中心に動き続けた。
アイスハウンドが突進する。
避ける。
向きを変える。
その瞬間を狙う。
アウラとステラは雪玉を床へ撒き、移動経路を狭めていく。
「そこ!」
シルヴィアのビームが直撃する。
アルマの攻撃が続く。
一体が大きくよろめく。
「あと一体!」
最後のアイスハウンドが唸り声を上げる。
そして、再び口を開いた。
「アイスブレス!」
青白い冷気が広がる。
「装甲車の後ろ!」
アルマが叫ぶ。
四人が一斉に車体の陰へ隠れる。
冷気が床を走る。
だが、今度は全員が回避した。
アイスハウンドが旋回する。
遅い。
「今!」
シルヴィアのビーム。
アルマのチェインガン。
アウラとステラの雪玉。
すべてが同時に命中した。
最後の一体が崩れ落ちた。
静寂が戻った。
「……勝った」
アウラが呟く。
「うん」
ステラも頷いた。
司は床に座り込んでいた。
「……勝ったのはいいけど、誰か手を貸してくれ」
「お兄ちゃん……!」
シルヴィアが青ざめた顔で駆け寄る。
「大丈夫。帰ったらすぐ修理するから」
「それは分かってる。今は立てないんだよ」
「ご、ごめん!」
シルヴィアとアルマが左右から司の身体を支える。
「頼む。ゆっくりでいい」
「うん。無理しないでね」
司は二人に支えられながら、どうにか立ち上がった。
◇ ◇ ◇
奥にあった宝箱を開く。
中には大量のアイテムが収められていた。
「リミットキー……五個」
司が確認する。
しかも。
「Lv100まで上昇するタイプか」
さらに。
「モスコビウム、三百個」
そして装備品。
「フォックスイヤー……二つ」
「こっちは、もこもこファーケープ……二つ」
司は眉をひそめた。
「……知らない」
どれもゲーム内で見た記憶がない。
Penetration Toolと同じように、既存の知識では説明できないアイテムだった。
慎重に性能を確認する。
フォックスイヤー。
移動性能――三〇〇%上昇。
「……何だこれ」
さらに、もこもこファーケープ。
防御性能――二倍。
「こっちもおかしい」
そして装備可能者を確認する。
アウラ。
ステラ。
「……二人専用?」
「私たちだけ?」
アウラが首を傾げる。
「そうみたいだ」
司は二人に装備させることにした。
すると、二人の頭には狐耳が付き、肩には大きな毛皮のケープが掛かった。
「……」
「……」
アウラとステラが並ぶ。
まるで姉妹のようだった。
◇ ◇ ◇
基地へ戻る。
装甲車から降りた瞬間、ヴィオラが駆け寄ってきた。
「どうしたの、その身体!」
司の破損した脚を見て、ヴィオラの表情が変わる。
「大丈夫。修理すれば――」
「大丈夫じゃないでしょ!」
珍しく本気で心配している。
だが、その後ろからアウラとステラが歩いてくる。
「ヴィオラ」
「ん?」
ヴィオラが振り返る。
「…………」
二人の姿を見た瞬間、固まった。
「…………かわいい」
数秒後。
「かわいいいいいいいいいいっ!」
ヴィオラが二人へ飛びつく。
「狐耳! ふわふわ! 私の娘達がさらに可愛くなってる!」
「ヴィオラ、苦しい」
「……離して」
「駄目! 絶対駄目! こんな可愛い子たちを外に出すなんて!」
「戦闘には行く」
アウラが淡々と答える。
「行かないで!」
「行く」
ステラも即答する。
「私の娘達を連れていかないで!」
ヴィオラが司を見る。
「こんな可愛い子たちを戦わせるなんて、この人でなし! サディスト!」
「なんで俺が悪いんだよ!」
司は反論する気力もなく、シルヴィアとアルマに両脇を抱えられた。
「ほら、お兄ちゃん。修理するよ」
「無理しないで」
「……頼む」
二人に運ばれていく司。
その背後では、ヴィオラがアウラとステラを抱きしめ続けていた。
◇ ◇ ◇
修理台の上。
司は損傷した脚部を修理されながら、通信端末を起動した。
接続先はシャトル。
そこにいるアストラへ通信を繋ぐ。
「アストラ」
『はい。司様』
司は画面を見つめた。
レベル50。
ようやく条件を満たした。
「レベル50になった今、約束通りペネトレーションツールについて話してもらうぞ」
『…………』
一瞬。
アストラの通信画面が静止した。
そして。
『承知しました』
その返答を聞き、司は目を細めた。
ついに。
ずっと分からなかったものの正体へ、手が届こうとしていた。




