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第五十一話 逃げた者

エデンの港にシャトルを停めた司たちは、街へ向かおうとしていた。


だが、港の出口へ向かったところで、兵士に呼び止められる。


「すみません。街へ入るなら、武器を預けてください」


「武器を?」


「はい。エデンの街中への武器の持ち込みは禁止されています」


司は自分たちの装備を確認する。


「……全部?」


「全部です」


「厳しいな」


「安全のためです」


さらに兵士は続ける。


「軍用ガレージへの出入りも原則禁止です。重傷者の搬送など、例外はありますが」


「なるほど」


司が街を見る。


大きな建物が並び、人々が歩いている。


その上空を、小型のドローンが何機も飛んでいた。


「……あれは?」


「監視用です。エデンでは普通ですよ」


「監視か」


「街の安全を守るためです」


アウラが空を見上げる。


「……ずっと、見ているんですね」


「そういうことだな」


アルマも周囲を確認する。


「監視範囲は、かなり広いようです」


「安全のためとはいえ、徹底してるな」


司は少しだけ空を見上げた。


平和な街。


だが、その平和は徹底的に管理されている。


◇ ◇ ◇


街に入ると、港とはまるで別の世界だった。


武器を持った兵士の姿はない。


店が並び、食事をする人々がいて、通りには活気がある。


シルヴィアが辺りを見回す。


「本当に戦争中なのかな……」


「そう見えないな」


司も周囲を見る。


アウラも人々の様子を眺めていた。


「……普通の街みたいです」


「うん。私もそう思う」


ステラは司の隣を歩きながら、小さく欠伸をした。


「……眠い」


「まだ寝るのか?」


「……少し」


アルマがステラを見る。


「昨日から寝不足ですから」


「じゃあ、無理するなよ」


「……うん」


そのときだった。


「……ん?」


どこかで聞いたことのある声がした。


司が振り返る。


だが、人混みの中には見覚えのある姿はない。


「気のせいか」


そう呟いて歩き出す。


その先に、一軒の酒場があった。


扉を開ける。


「いらっしゃいませ」


カウンターの奥から声がする。


司は足を止めた。


「……お前」


男も目を見開く。


「……司?」


しばらく、二人とも何も言わなかった。


そして男が苦笑する。


「久しぶりだな」


「ミッドナイト……?」


目の前にいたのは、かつてゲームで一緒に遊んでいた仲間だった。


「まさか、お前がエデンにいるとはな」


「俺も驚いてるよ」


ミッドナイトはグラスを拭きながら笑った。


「ここで何してるんだ?」


「見れば分かるだろ。店員だよ」


「……お前が?」


「俺だって働くくらいするさ」


ミッドナイトは少しだけ視線を落とした。


「ただ……これが俺の限界なんだ」


「限界?」


「ああ」


ミッドナイトは小さく息を吐く。


「ゲームだったら、何も考えずにダンジョンへ行けたんだけどな」


「……」


「死んでも、やり直せたから」


その言葉で、司は黙った。


シルヴィアも、少しだけ表情を曇らせる。


アウラはミッドナイトを見る。


「……死んだら、本当に終わりですからね」


「そうだ」


ミッドナイトは頷いた。


「でも、ここじゃ違う」


ミッドナイトは自分の手を見る。


「死んだら終わりだ」


「……そうだな」


「だから、怖くなった」


ミッドナイトは苦笑した。


「俺は逃げたんだ」


◇ ◇ ◇


「お前、ゲームではレベル上限まで行ってたよな」


司が言う。


「そうだな」


「確か、プレイヤーで唯一だったはずだ」


「まあな」


ミッドナイトは苦笑する。


「だから、こっちでも強いと思われてるみたいだけど……」


「違うのか?」


「強いよ。たぶん」


「たぶん?」


「戦えるかどうかは別だ」


ミッドナイトはグラスを置いた。


「実際に死ぬかもしれないと思ったら、体が動かなくなった」


司は何も言わなかった。


ミッドナイトは逃げた。


だが、その代わりにエデンに長く滞在している。


そして、この場所には多くの情報が集まっていた。


「それでも、ここにいるからこそ分かったことはある」


「例えば?」


「エデンが本当に安全な理由だ」


ミッドナイトは声を少し落とした。


「ここには、天使軍も悪魔軍も入ってくる」


「それなのに戦争にならない」


「そうだ」


ミッドナイトは周囲を確認する。


「ただな。両軍とも、ここにスパイや工作員を入れてる」


「……やっぱりか」


アルマが静かに口を挟む。


「それなら、監視ドローンが多い理由も分かります」


「ああ」


ミッドナイトは頷く。


「エデンの中にも、両軍の人間がいる」


「じゃあ、安全じゃないんじゃないか?」


「逆だ」


ミッドナイトは即答した。


「だからこそ、ここが一番安全なんだ」


「どういう意味だ?」


「エデンの中で勝手に戦えば、すぐ捕まる。工作活動も同じだ」


ミッドナイトは苦笑する。


「だから両軍とも、エデンでは派手に動けない」


アウラが小さく頷く。


「……撃ち合えないから、ですか」


「そういうことだ」


「……それなら、少し安心します」


「ただし、完全に安全ってわけじゃない」


ミッドナイトが言う。


「エデンのルールを破れば、敵も味方も関係なく捕まる」


ステラがぼそっと呟く。


「……怖い」


「怖いくらいでちょうどいいさ」


ミッドナイトは苦笑した。


「外なら?」


「前線も、後方も関係ない」


ミッドナイトは声を落とした。


「どこにいても、敵の工作員がいる可能性がある」


司は黙った。


天使軍の内部で起きている破壊工作。


そして、悪魔軍でも起きている可能性。


それなら、エデンが唯一の安全地帯だという話にも筋が通る。


◇ ◇ ◇


「そういえば、エデンの王って知ってるか?」


ミッドナイトが聞いた。


「エンペラー・ゼニスだろ?」


「ああ」


ミッドナイトは少しだけ眉をひそめる。


「いろんな噂がある」


「噂?」


「軍事費が異常に増えてるとか、天使軍や悪魔軍の資源や金融にまで影響力を持ってるとか」


「本当なのか?」


「知らない」


ミッドナイトは即答した。


「俺が聞いたのは噂だけだ」


「銀行の話もあるな」


「エデン最大の銀行だ」


ミッドナイトは頷いた。


「俺たちが使ってるドルも、結局はエデンの大銀行と繋がってるらしい」


「……なるほどな」


司は考える。


エデンは中立。


天使軍と悪魔軍の両方に物資を売る。


そして巨大な金融機関まで持っている。


「本当にただの中立国なのか?」


「それは俺にも分からない」


ミッドナイトはそう答えた。


「だから、ゼニスが黒幕だとか、そういう話は信じるなよ」


「分かってる」


「噂は噂だ」


シルヴィアが少し考える。


「でも、噂がこんなに多いってことは、それだけエデンが大きな国ってことなんだろうね」


「そういうことだ」


アルマも静かに続ける。


「影響力が大きければ、それだけ情報も集まります」


「まあ、俺たちは深入りしないほうがいい」


司が言う。


「そのほうがいいな」


◇ ◇ ◇


「それと、もう一つ」


ミッドナイトが司を見る。


「お前、宝石とか持ってないよな?」


「……持ってるけど」


「絶対に見せるな」


即答だった。


「え?」


「エデンでは宝石の価値が高い」


「そうなのか?」


「ああ。現実世界の資産価値がある」


ミッドナイトは真剣な顔になる。


「大量に持ってると知られたら、狙われるぞ」


「売るのもダメか?」


「絶対に売るな」


「少量なら?」


「代わりにガラクタを売れ。記録が残っても、ダンジョンで拾ったものだと言い訳できるからな」


司は黙る。


「分かった」


「エデンは安全だけど、欲に関しては別だからな」


ミッドナイトは苦笑した。


「人間もコアも、金が絡むと面倒だ」


アウラが少し不安そうに司を見る。


「……司さん、宝石を持っているんですか?」


「ああ。いくつかな」


「……気をつけたほうがいいですね」


「そうだな」


ステラは眠そうに呟く。


「……ガラクタなら安全?」


「たぶんな」


「……なら、そっち」


司は思わず苦笑した。


「そういう問題でもないけどな」


◇ ◇ ◇


「そういえば」


司が話を戻す。


「ペネトレーションツールについて何か知らないか?」


ミッドナイトの手が止まった。


「……どこで、その名前を聞いた?」


「知ってるのか?」


「知ってるというか……噂だ」


ミッドナイトは少し迷ってから話した。


「ペネトレーションツールは、エデンで作られてるって話がある」


「エデンで?」


「ああ」


「確かな情報か?」


「いや」


ミッドナイトは首を振る。


「軍関係者から聞いた話だ。それも、酔ったときにぽろっと言ってた程度だ」


「……随分怪しいな」


「だろ?」


ミッドナイトは苦笑する。


「しかもな。エデンでは、許可なしでペネトレーションツールを製造するのは禁止されてる」


司が眉をひそめた。


「許可があれば?」


「……製造できるってことになる」


「つまり、エデンには製造技術がある?」


「少なくとも、そう考えることはできる」


ミッドナイトは続ける。


「しかも今月だけで、二つの施設が摘発されたらしい」


「二つも?」


「ああ」


「何をしてた?」


「ペネトレーションツールの違法製造」


司は黙った。


「ただし、捕まった理由は『許可なく製造したから』だ」


「……」


「だから、エデンが裏で作ってるって証拠にはならない」


「そうだな」


ミッドナイトはグラスを拭きながら言った。


「でも、変だろ?」


司は答えなかった。


エデンでは、ペネトレーションツールの製造そのものは禁止されていない。


禁止されているのは、許可なく製造すること。


そして、今月だけで二つの施設が摘発されている。


偶然なのか。


それとも――。


アウラが小さく呟く。


「……許可を出している人たちは、何を知っているんでしょう」


「それが分からない」


ミッドナイトは答えた。


「だから噂のままなんだ」


アルマが静かに言う。


「証拠がない以上、判断はできませんね」


「そういうことだ」


司は頷いた。


「今は記録しておくしかないな」


◇ ◇ ◇


「もう一つ、気になる話がある」


ミッドナイトが言った。


「ペネトレーションツールによる被害は、天使軍だけじゃない」


「悪魔軍も?」


「ああ。両方だ」


「前線で?」


「昔からある」


ミッドナイトは頷く。


「前線で起きたものは、戦闘中の事故とか、精神的なダメージとして処理されることが多かったらしい」


「PTSDみたいなものか」


「そういう扱いだな」


「じゃあ、最近の事件は?」


「そこが問題なんだ」


ミッドナイトの表情が変わった。


「最近は、後方の施設や補給拠点まで狙われ始めてる」


「……」


「前線じゃない」


「軍事施設の内部に入り込んでる?」


「そういうことだ」


司は腕を組む。


フォージ・アーカイブ。


天使軍の設備。


そして、悪魔軍でも起きている可能性のある異常。


すべてが繋がっているのか。


それとも、別々の事件なのか。


まだ何も分からない。


シルヴィアが不安そうに口を開く。


「……どっちの軍でも起きてるなら、かなり大きな問題なんじゃない?」


「そうだな」


アルマも頷く。


「少なくとも、一つの組織だけの問題ではありません」


アウラが司を見る。


「……司さんたちは、これからどうするんですか?」


「まずは情報を集める。焦って動くのは危険だ」


「……はい」


ステラは椅子に座ったまま、眠そうに目をこする。


「……難しい話」


「お前は寝ててもいいぞ」


「……うん」


ステラは目を閉じる。


ミッドナイトが苦笑した。


「相変わらずだな」


「まあな」


司も苦笑する。


少しだけ、重かった空気が和らいだ。


ミッドナイトは小さく息を吐いた。


「だから俺は、ここから出たくない」


「……」


「エデンの外には、敵がいる」


「エデンの中にもいるだろ」


司が言うと、ミッドナイトは苦笑した。


「そうだな」


そして、静かに続ける。


「でも、ここでは撃ち合えない」


店の外では、今日もドローンが空を飛んでいる。


平和な街。


その平和が、何によって守られているのか。


司には、まだ分からなかった。


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