第四十二話 癖の強い技術者
ノルドの天使軍基地。
司たちは、雪に覆われた基地の内部へ足を踏み入れていた。
外は吹雪いている。
しかし、基地内部は暖房が効いており、外とは別世界のように暖かい。
「暖かい……」
シルヴィアが小さく息を吐く。
「これなら長時間いても平気そうだな」
司は周囲を見渡した。
規模は小さい。
兵士も少ない。
それでも、整備設備や補給物資は一通り揃っている。
その時。
「――かわいいっ!」
突然、基地の奥から声が響いた。
「え?」
シルヴィアが振り返る。
一体の女性型ロボットが、ものすごい勢いでこちらへ走ってくる。
「な、何?」
シルヴィアが後ずさる。
女性型ロボットは目の前で急停止した。
「かわいい!」
「え?」
「ものすごくかわいい!」
両手を握りしめ、シルヴィアを見つめている。
「あなた、名前は!?」
「シルヴィア……」
「シルヴィア!」
女性型ロボットの目が輝いた。
「素敵な名前!」
「えっと……」
シルヴィアがさらに一歩下がる。
司が間に入った。
「おい。近い」
「邪魔」
即答だった。
「…………」
司の眉が動く。
「なんだこいつ」
「私は女の子に用があるの!」
「いや、俺たち全員で来てるんだが」
「ヤロウは黙ってて!」
「…………」
司は絶句した。
そこへ基地の兵士が慌てて駆け寄ってくる。
「申し訳ありません!」
「うちの技術主任が……!」
「技術主任?」
司が女性型ロボットを見る。
「私はヴィオラ」
女性型ロボットは胸を張った。
「この基地の技術主任よ!」
「……そうか」
司はため息をつく。
「それなら最初に名乗れ」
「ヤロウに名乗る必要なんて――」
「ヴィオラ!」
兵士が慌てて止めた。
「いい加減にしてください!」
ヴィオラは不満そうに司を見る。
「ふん」
そして、アルマへ視線を移した。
「……でも、そっちのお姉さんは綺麗ね」
「ほほほほほ……!」
ヴィオラがアルマへ近付く。
「綺麗なフレーム……」
「関節構造も素晴らしい……!」
「お姉さん」
ヴィオラが囁く。
「美味しいオイルがあるのだけど、いかがです?」
「……結構です」
アルマは即答した。
司は頭を抱えた。
「……セクハラ親父みたいだな」
「誰が親父よ!」
「今の言動を見ればそうだろ」
「失礼ね!」
ヴィオラが怒鳴る。
シルヴィアは司の後ろへ隠れた。
「お兄ちゃん……」
「大丈夫だ」
司が庇う。
ヴィオラはシルヴィアを見る。
「……かわいい」
「近付くな」
「触らせて」
「断る」
「少しだけ」
「断る」
「手だけでも」
「断る」
「頭だけでも」
「断る」
「なんでよ!」
「怖がってるだろ」
司がシルヴィアを見る。
シルヴィアは小さく頷いた。
「うん……ちょっと怖い」
「ほら」
「…………」
ヴィオラはしばらく黙った。
やがて、渋々といった様子で一歩下がる。
「……仕方ない」
「今日は我慢する」
「最初からそうしろ」
司は疲れたように息を吐いた。
◇ ◇ ◇
司はヴィオラを見ながら、以前の記憶を思い出していた。
確かに、ゲームにもこんな技術者がいた。
特殊なロボットフレームを集めていた変わり者。
ただし、司の知る限り、その趣味はかなり偏っていた。
司はちらりとヴィオラを見る。
「……なるほどな」
「何が?」
「いや、なんでもない」
◇ ◇ ◇
「それで」
ヴィオラが端末を操作する。
「フリーズ・サンクタムについて知りたいんでしょ?」
「ああ」
司も本題へ戻る。
「遺跡の情報が欲しい」
「フリーズ・サンクタムね」
ヴィオラが画面を開く。
「経験値もドロップも悪くないわ」
「なら、使える場所じゃないか?」
「でも敵が弱すぎるの」
「……それが悪いのか?」
「アルカディアの方が効率がいい」
「ああ……」
司は納得した。
「わざわざここまで来て育成するほどじゃないってことか」
「そういうこと」
「俺たちにはちょうどいいな」
「物好きね」
「まあな」
司は笑った。
「アルカディアでは、好きに遺跡へ入れないからな」
◇ ◇ ◇
「ところで」
ヴィオラが突然、シルヴィアを見る。
「あなた」
「え?」
「自立型コア、欲しくない?」
司が反応した。
「自立型コア?」
「そう」
ヴィオラが端末を操作する。
その隣では、スノーラビーによく似た小型機が端末を操作していた。
「こいつは私の助手」
「スノーラビー……?」
司が目を丸くする。
「似てるけど、別物よ」
ヴィオラが得意げに言う。
「完全自立型のコアを搭載してるの」
司は機体を見る。
自分で端末を操作している。
命令に従うだけのドローンとは明らかに違う。
「……こいつ、単独で判断して動けるのか?」
「ある程度はね」
「それなら――」
司は考える。
「仲間を増やせる可能性がある?」
「そういうこと」
ヴィオラが頷く。
「ただし、簡単には譲らないわよ」
「何が必要だ?」
ヴィオラはシルヴィアを見る。
「まず、この子を触らせて」
「断る」
即答だった。
「シルヴィアが嫌がってる」
シルヴィアも首を横に振る。
「ごめんなさい……」
「……仕方ない」
ヴィオラは渋々引き下がった。
「じゃあ、追加メモリー」
「それと、ダイヤモンド」
「持ってるなら少し分けて」
司は考える。
「それだけでいいのか?」
「ええ」
「でも、この基地じゃ簡単に手に入らないんだろ?」
ヴィオラが苦笑する。
「前線に兵士が送られてるからね」
「三年くらい、まともに補充されてない」
司は黙った。
三年。
この基地がどれだけ後回しにされているのか、その数字だけでも分かる。
「……ここも大変なんだな」
「否定はしない」
ヴィオラは肩をすくめた。
「でも、腐ってても仕方ないでしょ」
「私は私で、できることをやってるだけ」
司は持っていたダイヤモンドを確認する。
「これなら足りるか?」
「十分」
「追加メモリーもある」
「なら問題ないわ」
司は少し考える。
そして、アルファ・ドローンのフレームを取り出した。
「これも使えるか?」
ヴィオラがフレームを見る。
「…………」
「アルファ・ドローンのコアだ」
「材料の一つに――」
「は?」
ヴィオラの声が低くなった。
「これだけで作れって?」
「いや、材料の一つとして――」
「こんなん一個で自立型コアが作れるわけないでしょうが!」
「いや、そこまで怒るか?」
「当たり前でしょう!」
ヴィオラが端末を叩く。
「フリーズ・サンクタムにスノーマンがいる」
「そいつのコアと素材を持ってきて」
「そうしたら作ってあげる!」
司は目を瞬かせた。
「スノーマン?」
「そう」
「フリーズ・サンクタムにしか出ない」
ヴィオラは腕を組んだ。
「三年間、誰も取りに行けてない」
「それを持ってきて」
「そうしたら、自立型コアを作る」
司は頷いた。
「分かった」
ヴィオラの表情が明るくなる。
「それじゃ――」
シルヴィアを見る。
「最高にかわいい女の子型ロボットを作ってあげる!」
「……別に性別はどうでもいいんだが」
「は?」
ヴィオラの目が冷たく光る。
「ヤロウに興味ない」
「この世から消えろ!」
「なんでだよ!」
基地の兵士たちが一斉に顔を伏せた。
司は頭を抱える。
「……本当に面倒くさいな、こいつ」
その横で、シルヴィアが小さく呟いた。
「でも……ちょっとだけ面白い人かも」
「お兄ちゃん」
「ん?」
「絶対、触らせちゃ駄目だよ」
「分かってる」
司は頷いた。
そして、フリーズ・サンクタムの情報を確認する。
「スノーマンの素材か」
どうせ遺跡へ行くつもりだった。
目的が一つ増えただけだ。
「まあいい」
司は立ち上がった。
「狩りのついでに取ってくるか」
「決まりね!」
ヴィオラが満足そうに笑う。
「最高にかわいいロボットを作ってあげる!」
「……はいはい」
司はため息をついた。
こうして司たちは、フリーズ・サンクタムへ向かうことになった。




