第三十七話 侵食の正体
ガレージの修理区画。
二体の警備ロボは、修理台に固定されていた。
四肢を失っているものの、コアや主要な機構は無事だった。
アルマが端末を操作している。
「解析結果が出ました。」
司が画面を覗き込む。
「何か分かったか?」
「侵食状態について、いくつか判明しました。」
アルマがデータを表示する。
「侵食は、コアへの接続を試みていました。」
「コアに?」
「はい。」
画面には、複雑なデータの流れが表示されている。
「内部データを書き換えようとしていた形跡があります。」
司の表情が険しくなる。
「つまり……乗っ取ろうとしてたのか?」
「可能性はあります。」
アルマは続ける。
「ただし、完全には成功していません。」
「機体内部の各パーツには、独立したプロテクトが存在します。」
「侵食は、それらを突破できていませんでした。」
司は警備ロボを見る。
「じゃあ、どうして止まった?」
「四肢の破壊です。」
「四肢?」
「はい。」
アルマが画面を切り替える。
「侵食は各パーツを経由し、最終的にコアへ接続しようとしていました。」
「しかし、司さんたちが四肢を破壊したことで、接続経路が切断された。」
「その結果、侵食処理が不完全な状態で停止しています。」
司は少し驚いた。
「……俺たちが手足を壊したから、逆に助かったのか。」
「そのようです。」
司は、昨日の出来事を思い出す。
修理台の上で動いた頭部。
明滅したランプ。
そして、途切れ途切れに発せられた警告。
「……危なかったな。」
司は警備ロボを見つめた。
「あと少し遅かったら、コアまで侵食されてたってことか。」
「その可能性は否定できません。」
◇ ◇ ◇
レオンが別の端末を操作する。
「問題は、何がこいつらを侵食したのかだ。」
「警備ロボは、何かと戦っていたんですよね?」
司が尋ねる。
「ああ。」
レオンが監視記録を呼び出した。
「最後に残っていた映像だ。」
モニターに、ネビュラ・ヴォルト内部の映像が映し出される。
二体の警備ロボが、何かへ向かって銃撃している。
爆発。
火花。
激しく揺れる映像。
「敵の姿がほとんど見えないな。」
司が呟く。
「記録装置も損傷していた。」
レオンが答える。
「この直後、二体からの通信が途絶えた。」
映像が大きく乱れる。
そして――。
一瞬だけ。
何かが画面を横切った。
黒い装甲。
人型のシルエット。
背中には、巨大な翼のようなパーツ。
司の目が止まる。
「……待て。」
「今の、もう一回。」
アルマが映像を巻き戻す。
再生。
黒い機体が画面を横切る。
今度は、ほんの一瞬だけ全身が映った。
司の表情が変わる。
「……これ。」
シルヴィアが司を見る。
「知ってるの?」
「ああ。」
司は画面を凝視した。
「メタトロンフレーム。」
アルマが尋ねる。
「既知の機体ですか?」
「俺が知ってる限りではな。」
司は言葉を選ぶ。
「ただの軍用機じゃない。」
「特殊なプレイヤー向け装備だった。」
レオンが眉をひそめる。
「プレイヤー向け?」
「ああ。」
司は頷く。
「ゲームの中で、金を払って特別な装備を使えるサービスがあった。」
「その中でも、あれはかなり高価な部類だった。」
シルヴィアが画面を見つめる。
「……でも、お兄ちゃんのフレームにも少し似てない?」
司は一瞬、黙った。
改めて映像を見直す。
黒い装甲。
人型のシルエット。
背中に展開された巨大な翼状ユニット。
確かに、デモンフレームと似た部分がある。
だが、細部はまるで違う。
デモンフレームが悪魔を思わせる禍々しさを持つのに対し、メタトロンフレームは黒い装甲を纏いながらも、不思議なほど静謐だった。
装甲の隙間から覗く発光部。
頭部を包むような流線型の装甲。
背中から伸びる巨大な翼。
それらが一体となった姿は、戦闘兵器というよりも――。
「……天使みたい。」
シルヴィアが呟いた。
司も否定しなかった。
むしろ、そうとしか表現できない。
黒い装甲でありながら、その姿には禍々しさよりも神々しさがあった。
「……似てるな。」
司が呟く。
「デモンフレームに。」
一拍置いて、画面を見つめる。
「でも、方向性は正反対だ。」
「デモンフレームが『悪魔』なら……あれは『天使』だ。」
レオンが腕を組む。
「そんな機体が、ネビュラ・ヴォルトにいた。」
「ああ。」
司は映像をもう一度再生する。
黒い機体が画面を横切る。
一瞬だけ、翼が光を反射する。
「だから、あれを見て最初に思ったのは――」
司は言葉を選んだ。
「同じゲームのプレイヤーが使っているんじゃないか、ってことだ。」
シルヴィアが不安そうに尋ねる。
「……プレイヤー?」
「ああ。」
司は頷く。
「俺が知っている限り、あれは普通の敵が使えるような装備じゃない。」
レオンが尋ねる。
「つまり、その機体を使っている奴がいるなら……。」
「俺と同じように、この世界へ来たプレイヤーかもしれない。」
司は答えた。
「少なくとも、その可能性はある。」
シルヴィアが少しだけ表情を緩める。
「同じプレイヤーなら、味方なんじゃないの?」
司は答えなかった。
同じゲームのプレイヤーだったとしても、それだけで味方とは限らない。
そもそも。
なぜ警備ロボを襲った?
なぜ侵食する必要があった?
そして――。
なぜネビュラ・ヴォルトにいた?
司は画面に映る黒い機体を見つめる。
「……分からない。」
「同じゲームのプレイヤーかもしれない。」
「でも、敵かもしれない。」
アルマが静かに続ける。
「そして、侵食現象との関係も不明です。」
司は頷いた。
「そうだな。」
Penetration Tool。
侵食。
警備ロボ。
そして、メタトロンフレーム。
偶然で片付けるには、あまりにも多くの点が繋がり始めている。




