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第三十三話 名前と記憶

第三十三話 名前と記憶


ガレージ。


グレイブ・ファクトリーから戻った司たちは、休息を取っていた。


その時だった。


整備区画の奥から、声が聞こえる。


「……ここ、どこだ?」


「知らない天井……って言えばいいのか?」


司が振り返る。


「起きたか!」


修理台の上。


三つのボディがゆっくりと起き上がっていた。


「おげれつ大百科」


「田中ひろし」


「暗黒姫」


三人とも、まだ身体のあちこちに修理跡が残っている。


それでも、自分の足で立てる程度には回復していた。


「お前ら、無事だったんだな。」


「定刻で帰ります」が声を掛ける。


「まあ……無事というか。」


おげれつ大百科が自分の腕を動かす。


「動くようにはなった。」


田中ひろしも身体を確認する。


「前よりはマシ。」


暗黒姫は、自分の身体を見下ろした。


「……こんな姿で戻ってくるとは思わなかった。」


司は三人を見ながら笑う。


「それにしても……。」


「何でそんな名前にしたんだ?」


三人が顔を見合わせる。


「そこ聞く?」


「普通にネタだろ。」


おげれつ大百科が即答した。


「俺も。」


田中ひろしも頷く。


しかし。


「俺はちょっと違う。」


「え?」


「田中ひろしは、本名。」


一瞬、沈黙が落ちた。


「……本名?」


「うん。」


田中ひろしは気まずそうに頭を掻く。


「Machine War Story始めたの、小学生の頃だったから。」


「名前入力しろって言われて、自分の名前入れた。」


「そのまま変えることなく使ってた。」


司は思わず笑った。


「それは……変えにくいな。」


「だろ?」


田中ひろしも苦笑する。


そして。


司は暗黒姫を見る。


「じゃあ、暗黒姫は?」


「……それは聞かないで。」


即答だった。


「え?」


「黒歴史だから。」


暗黒姫は顔を覆う。


「昔、ネカマやってた時の名前。」


「ネカマ?」


シルヴィアが首を傾げる。


司が苦笑する。


「男が女のふりをすること。」


「なるほど……。」


「だから今は、その名前で呼ばないで。」


暗黒姫――いや、本人はそう名乗ることすら嫌そうにしている。


「本名で呼んで。」


「東雲八雲。」


「……本名も結構すごい名前だな。」


「言わないで!」


八雲が即座に顔を赤くする。


「こっちは普通なの!」


「いや、まあ……暗黒姫よりは普通か。」


「比較対象がおかしいんだよ!」


司は苦笑した。


「じゃあ、八雲さんで。」


「それでお願い。」


ようやく東雲八雲は安心したように息を吐いた。


◇ ◇ ◇


しばらくして。


三人は司たちを見回していた。


「……ところで。」


おげれつ大百科が口を開く。


「お前らもプレイヤーなのか?」


司が少し黙る。


「ああ。」


「俺もそうだった。」


田中ひろしが驚く。


「じゃあ、シルヴィアさんとアルマも?」


司は二人を見る。


「いや。」


「この二人は違う。」


「……え?」


三人の視線がシルヴィアとアルマへ向く。


シルヴィアが戸惑ったように答える。


「私?」


「うん。」


「私は……デソラで生まれたけど。」


三人の表情が固まった。


「デソラ?」


「そう。」


「私もデソラ出身です。」


アルマも続ける。


「……待って。」


おげれつ大百科が司を見る。


「じゃあ、この二人はプレイヤーが知ってるキャラクターじゃないのか?」


「違う。」


司は答える。


「少なくとも、俺が知っているデータには存在していなかった。」


三人は言葉を失った。


「でも……。」


田中ひろしが呟く。


「デソラの住民って、みんな一括りだったよな。」


「ああ。」


司は頷く。


「俺もそう認識してた。」


おげれつ大百科が驚いたように聞き返す。


「シルヴィアも?」


「ああ。」


司は苦笑する。


「シルヴィアは、デソラ住民の一人として扱われていた。」


「個人として認識するような情報はなかった。」


「じゃあ、アルマは?」


司は少し考えた。


「アルマは、それとも違う。」


「記録そのものが存在しなかった。」


アルマが静かに頷く。


「私は、最初からこの世界に存在していました。」


住民ですらない。


プレイヤーが知る世界の外側にいた存在。


その事実は、シルヴィアの時よりも一段重い驚きを三人へ与えていた。


三人は互いに顔を見合わせる。


それなのに。


今、目の前には。


自分たちと同じように生きている人間と、意志を持つ存在がいる。


「……じゃあ。」


東雲八雲がシルヴィアを見る。


「俺たちが知らなかった人間が、こんなに普通に生きてたってこと?」


「そういうことになるな。」


司は答えた。


そして。


ふと、スクラップ遺跡を思い出す。


地下で見つけたアルマのコア。


あれも、自分の知識には存在しなかった。


ヴァルキリーも。


この世界で起きていることは、かつて知っていた設定だけでは説明できない。


司は静かに呟いた。


「……俺たちが知っていたものは、この世界のほんの一部だったのかもしれないな。」


誰も答えなかった。


だが。


以前より少しだけ。


五人の距離は縮まっていた。


それでも――。


彼らが歩いてきた道は、同じではない。


世界を知っている者。


そこに生きていた者。


そして。


失われていた記憶を取り戻した者。


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