第三十二話 初心者講座
アルカディアのガレージ。
おげれつ大百科たち三人は、まだ眠ったままだった。
修理を終えた「定刻で帰ります」と「保険未加入」を前に、司は真剣な顔で口を開く。
「まず装備だけど――」
「待ってください」
「はい?」
「情報が多すぎます」
二人の顔は、すでに疲れ切っていた。
司は少し黙る。
「……まだ三分の一くらいしか話してないぞ?」
「それが問題なんですよ!」
「武器の強化、スキル構成、素材の集め方、経験値効率……」
「何から覚えればいいのか分かりません」
司は腕を組んだ。
確かに。
自分にとっては当たり前の知識でも、二人にとっては初めて聞くことばかりだ。
「……そうか。」
司は少し考える。
「なら、まずはレベル上げから始めるか。」
「レベル上げ?」
「ああ。」
「アルカディアなら、ちょうどいい場所がある。」
◇ ◇ ◇
司はガレージの端末でアルカディアの遺跡一覧を確認した。
フォージ・アーカイブを含め、全部で十二か所。
「十二もあるのか……」
定刻で帰りますが驚く。
「そんなに?」
「ああ。」
司は一覧を眺めながら候補を絞っていく。
「まず、オイル・クレイドル。」
名前を見た瞬間、司は少し残念そうな顔をした。
「ここ、かなり稼げるんだけどな……。」
「稼げる?」
「敵もほとんど攻撃してこない。」
「安全で、経験値もドロップもいい。初心者には理想的な場所だった。」
司はため息をつく。
「……使えないのは痛いな。」
レオンが横から口を挟んだ。
「オイル・クレイドルなら、今も天使軍が使っている。」
「地下から大量のオイルが採れるからな。」
「やっぱりか。」
司は肩を落とす。
「軍が使ってるなら、仕方ないな……。」
次の遺跡を確認する。
「クロム・ラビリンス。」
司は即座に首を横へ振った。
「ここは初心者には厳しい。」
「敵も強いし、構造も面倒だ。」
さらに候補を確認していく。
「ここは採掘施設。」
「こっちは敵が強すぎる。」
「ここも駄目だな。」
一つずつ候補を消していく。
そして。
「……グレイブ・ファクトリー。」
司の指が止まった。
「ここならいい。」
「敵の強さもほどほど。」
「ドロップも悪くない。」
「何より、戦い方を覚えるにはちょうどいい。」
二人が顔を見合わせる。
「そこなら……」
「俺たちでも?」
「ああ。」
司は頷いた。
「俺たちも、ちょうどレベルを上げる必要がある。」
シルヴィアが笑う。
「じゃあ、一緒に行こうよ。」
アルマも頷いた。
「五人編成になります。」
司は少しだけ考える。
「……五人か。」
人数としては、ちょうどいい。
◇ ◇ ◇
出発前。
司はアイテムバッグから三つのリミットキーを取り出した。
「そういえば、これ。」
シルヴィアが振り返る。
「あの時の?」
「ああ。」
司は苦笑した。
「使う暇がなかったからな。」
「エンペラードローンが来たもんね。」
「そうそう。」
司はキーを手に取る。
「今のうちに使っておく。」
淡い光が三人を包む。
【LEVEL LIMIT UNLOCKED】
司はステータスを確認した。
「これで三十一以上に上げられる。」
「経験値も無駄にならない。」
シルヴィアとアルマも、それぞれキーを使用する。
これで三人とも、レベル三十の壁を越えられる。
「よし。」
司は装甲車へ乗り込んだ。
「行こう。」
◇ ◇ ◇
グレイブ・ファクトリー。
装甲車が遺跡内部へ入った瞬間、敵が群がってきた。
丸い胴体を引きずるように這う、小さな機体。
体表から黒い液体が絶えず滴り落ちている。
「ゾンビラビー……。」
司は目を細めた。
見慣れた敵のはずだった。
だが。
「来たぞ!」
定刻で帰りますが武器を構える。
「まず右!」
司の声が飛ぶ。
「次、左!」
「その敵は後回し!」
「ドロップは全部拾って!」
二人は必死についていく。
シルヴィアがビームを放ち、アルマがラージチェインガンで敵を吹き飛ばす。
司は敵の出現位置を先読みするように動いていく。
その時だった。
一体のゾンビラビーが、誰にも攻撃されていないのに崩れ落ちた。
「……え?」
定刻で帰りますが目を丸くする。
「なんで、戦ってないのに壊れたんですか?」
司は倒れた個体を見る。
「オイル漏れ……か。」
「本当に漏れてるな。」
シルヴィアが黒い液体を見つめる。
「これ、触ったら危ない?」
「たぶん触らない方がいい。」
司は少し考える。
「……前に見た時は、こんな挙動じゃなかった。」
この世界では、知っている敵でさえ同じとは限らない。
「敵の状態も、ちゃんと見ながら戦え。」
「分かりました!」
続いて、丸い球体が転がってきた。
発光ラインが点滅する。
だが――。
爆発しない。
「不発……?」
定刻で帰りますが首を傾げる。
「不発するボムボムだ。」
司が答える。
「見た目だけで判断するな。」
「動かない奴もいる。」
「はい!」
戦闘は一方的だった。
司たちにとっては、ほとんど苦戦する要素がない。
しかし二人は必死だった。
「次!」
「右です!」
「分かりました!」
「そのドロップ拾って!」
「はい!」
司の指示に従い、二人は走り続ける。
その時。
司の視界に表示が浮かんだ。
【LEVEL UP】
ほぼ同時に、シルヴィアとアルマにも同じ表示が浮かぶ。
【LEVEL UP】
【LEVEL UP】
「上がったね。」
シルヴィアが自分のステータスを確認する。
「俺もだ。」
司もステータスを開く。
アルマも確認する。
「私もレベルアップを確認しました。」
三人が、ほぼ同時にレベルアップしていた。
「パーティー経験値の共有か。」
司が呟く。
「おそらく。」
定刻で帰りますが自分のステータスを確認する。
「……俺たちは?」
「まだだ。」
司は二人を見る。
「必要経験値が違うんだろう。」
「そうですか……。」
保険未加入が少し残念そうに呟く。
「でも、もう少しだ。」
司は前方を指差す。
「このまま続ければ、お前たちも上がる。」
「はい!」
二人は再び武器を構えた。
先ほどまでより、二人の動きにはわずかな余裕があった。
数字一つ。
それでも、自分が強くなったことを実感できる。
やがて最奥へ到着する。
巨大な影が現れた。
ゾンビラビー。
その身体からは、通常個体とは比べ物にならない量のオイルが流れ落ちている。
「……ボスもこれか。」
司は呆れた。
ゾンビラビーは攻撃するどころか、足を引きずりながら逃げていく。
「追わなくていい。」
「放っておけば勝手に倒れる。」
数分後。
ゾンビラビーは、その場で力尽きた。
大量のドロップが床へ散らばる。
「弱いのに、ドロップだけは一人前だな……。」
司は苦笑した。
その横で。
「……あ。」
定刻で帰りますが自分のステータスを見つめていた。
「どうした?」
「レベル……上がりました。」
ほぼ同時に。
【LEVEL UP】
保険未加入の視界にも表示が浮かぶ。
「俺も!」
「おお。」
司が笑う。
「これで全員上がったな。」
定刻で帰りますは自分の手を握った。
「……本当に上がった。」
「たった一つですけど、ちゃんと強くなってるんですよね?」
「ああ。」
「レベルが上がれば、基礎能力も上がる。」
「じゃあ……。」
保険未加入が倒れたゾンビラビーを見る。
「さっきより、少しは戦えるようになった?」
「少しはな。」
司は頷く。
「ただし、レベル一つで無茶はするなよ。」
「分かってます。」
二人は頷いた。
その直後。
「はぁ……。」
「はぁ……はぁ……。」
二人の息が上がっていた。
司は振り返る。
「大丈夫か?」
「……大丈夫です。」
定刻で帰りますは答える。
だが、声には余裕がない。
「もう少しだけ、続けよう。」
「ここ、かなり効率がいいから。」
「……はい。」
◇ ◇ ◇
しばらくして。
グレイブ・ファクトリーから戻った五人。
二人はガレージの椅子へ倒れ込んだ。
「……疲れた。」
「もう動けない……。」
司は首を傾げる。
「そんなに?」
「そんなにです!」
定刻で帰りますが即答した。
「司さん、敵が出てくる場所を全部知ってるみたいに指示するじゃないですか……。」
「次に何が出るかも、どこを狙えばいいかも分かってる。」
保険未加入も力なく頷く。
「俺たちは、言われた通りに動くので精一杯でした。」
司は黙った。
自分にとっては、敵の配置も立ち回りも自然に頭へ浮かぶ。
だが二人にとっては、初めて見る場所だ。
見たことのない敵。
知らない地形。
覚えたばかりの武器。
そこへ自分たちの速度についてこいと言われれば、疲れて当然だった。
「……悪かった。」
司が口を開く。
「え?」
「ちょっと急ぎすぎた。」
定刻で帰りますは首を振る。
「いや、司さんが悪いわけじゃないです。」
「むしろ、すごく助かってます。」
そう言いながらも、二人の視線が司たちへ向く。
レベル。
装備。
戦闘経験。
何もかもが違う。
二人も今日、初めてレベルアップを経験した。
数字の上では確かに強くなった。
それでも。
二人には、その差がほとんど縮まっていないように感じられた。
「でも……。」
保険未加入が小さく呟いた。
「俺たち、ここにいる意味あるんですかね。」
司の表情が止まる。
「……どういう意味だ?」
「司さんたちだけで、あんな敵を簡単に倒せる。」
「俺たちは後ろについていくだけ。」
定刻で帰りますも苦笑する。
「さっきだって、私たちが何かする前に司さんたちが全部片付けてましたし。」
「それなら……。」
一瞬、言葉を選ぶ。
「俺たち、いなくてもいいんじゃないですか?」
司は何も言えなかった。
シルヴィアも困ったように二人を見る。
アルマだけが淡々と告げる。
「現時点で、戦力差は大きいです。」
「アルマ……。」
「ですが、成長によって縮まる可能性があります。」
二人は黙り込んだ。
司は少し考えた。
自分たちがここまで来られたのは、知識と経験があったからだ。
二人には、それがない。
なら、同じ速度を求める方がおかしい。
「……三人が目を覚ましたら。」
司は口を開く。
「しばらく、グレイブ・ファクトリーを周回するといい。」
「ここなら敵の強さも分かりやすいし、ドロップも悪くない。」
「俺がいなくても回れるようになるまで、ゆっくり覚えればいい。」
定刻で帰りますが攻略データを受け取る。
「……司さんは?」
「俺たちは別の場所を探す。」
「まだ、やることがあるからな。」
二人は少し安心したように顔を見合わせた。
「分かりました。」
「ありがとうございます。」
司は頷いた。
五人で組めば、確かに効率はいい。
けれど、強さも知識も経験も違う。
無理に同じ速度で進ませる必要はない。
「焦らなくていい。」
司は二人へ告げた。
「生き残ってれば、そのうち追いつく。」
二人は小さく頷いた。
まだ、以前のように気軽に話せる距離ではない。
それでも。
完全に離れたわけでもなかった。
それぞれが、それぞれの速度で進み始めた。




