第一話 初心者ガレージ
スクラップ遺跡は、村から歩いて三十分ほどの場所にあった。
乾いた風が吹くたび、地面を覆う鉄粉が舞い上がる。
半ば地中へ沈んだ巨大施設。
錆び付いた鉄骨。
崩れ落ちた煙突。
数百年前、人類が残した施設は今では巨大な墓場のようだった。
「……あった。」
司は足を止める。
遺跡の脇。
崩れたコンテナや瓦礫に埋もれるように、小さな建物が姿を現した。
灰色のシャッター。
色褪せた看板。
誰も気にも留めない廃ガレージ。
だが、司には違って見えた。
「ここだ。」
震える手で端末を押し当てる。
何をしているのか、自分でも分からない。
それでも身体が覚えていた。
ピッ。
乾いた電子音。
長年沈黙していたシャッターが、小さく震える。
ギギギギ……
砂埃を舞い上げながら、ゆっくりと開いていく。
「開いた……。」
中は驚くほど綺麗だった。
白い照明。
磨き上げられた床。
壁一面に並ぶ工具。
中央には整備台。
奥には巨大な円筒型の装置が静かに待機している。
外の荒廃した世界が嘘のようだった。
「サービス終了まで、一度も変わらなかった場所……。」
懐かしさが込み上げる。
何千回も見た景色。
画面越しではなく、自分の目で見る日が来るとは思わなかった。
「まずはシルヴィアだ。」
整備台へ静かに寝かせる。
すると機械音が鳴った。
【Emergency Maintenance Start】
細いアームが伸び、シルヴィアのボディへ接続される。
次々と警告表示が流れた。
【Emergency Power Supply Connected】
【コア保護モードへ移行】
【生命維持機能 安定】
胸のランプが赤から黄色へ変わる。
司はその場へ崩れ落ちた。
「……助かった。」
まだ直ったわけじゃない。
それでも、時間切れの恐怖だけは消えた。
「お兄……ちゃん……。」
小さくスピーカーが鳴る。
「シルヴィア!」
「……ここ?」
「喋るな。」
司は笑う。
「今は休め。」
「……うん。」
安心したように、再び目を閉じる。
その寝顔を見届けると、ようやく周囲を見回す余裕ができた。
「変わってない。」
工具。
整備台。
そして奥にある巨大な装置。
変換装置。
ゲームでは何度も利用した設備だった。
「試してみるか。」
しかし。
材料がない。
司は苦笑する。
「そうだった。」
初心者はまず、アルファドローンを倒して素材を集める。
そこから全部始まる。
その時だった。
視界の隅へ、小さなウィンドウが表示された。
【Garage Authority Confirmed】
【ようこそ、初心者ガレージへ】
【チュートリアルを開始しますか?】
「……出た。」
思わず笑ってしまう。
ゲームなら誰も読まないメッセージ。
だが今は違う。
「開始。」
ただ。
一番上の行だけ、見覚えのない文字が混じっていた気がした。
気のせいかもしれない。
返事をすると、ガレージ中央の床へ青い光が投影された。
その先には、一つの矢印。
遺跡の入口へ向かって伸びている。
【推奨目標】
【アルファドローンを討伐してください】
【推奨討伐数:10】
「十体か。」
確かに最初はそれくらいだった。
すると壁のラックが開く。
一本の錆びた鉄パイプが、ゆっくりと前へ押し出された。
【初心者装備】
【鉄パイプ】
【攻撃力 1】
【耐久 ∞】
「懐かしいな……。」
初心者全員が笑った武器。
"攻撃力1"
伝説のネタ装備。
「でも。」
司は鉄パイプを握る。
ずしりと重みが伝わる。
画面越しでは感じなかった、本物の重量。
「今の俺には、これでも十分だ。」
入口へ向かって歩き出す。
その背中へ、かすかな声が届く。
「……お兄ちゃん。」
振り返る。
整備台の上で、シルヴィアが小さく笑っていた。
「気を付けてね。」
「ああ。」
「すぐ帰る。」
司は遺跡へ足を踏み入れた。
ゲームでは誰もが通った最初のダンジョン。
しかし今は違う。
ここは、妹の未来を取り戻すための戦場だった。




