プロローグ 後編 ここは、知っているはずの世界
頭の奥で、何かが弾けた。
世界が白く染まる。
瓦礫も、煙も、腕の中のシルヴィアも消え去り、代わりに見覚えのある部屋が現れた。
狭い六畳間。
机の上には飲みかけのエナジードリンク。
薄暗い部屋の中、モニターだけが静かに光っている。
画面には、一つのタイトル。
『Machine War Story』
サービス終了まで、残り数分。
チャット欄には、最後まで残ったプレイヤーたちの挨拶が流れていた。
『今までありがとう』
『またどこかで会おう』
一人、また一人とログアウトしていく。
最後に残ったのは、自分だけだった。
「……終わるのか。」
何年も遊び続けた世界。
βテストからサービス終了まで付き合った、人生そのものと言っていいゲーム。
やがて画面は静かに暗転する。
【Machine War Story】
【Service End】
その文字を最後に、記憶は途切れていた。
「……そうか。」
現実へ意識が戻る。
腕の中には、傷ついたシルヴィア。
冷たい金属の感触が、ここが夢ではないことを教えていた。
「俺は……どうなった?」
答えは返ってこない。
その代わり――。
頭の奥へ、膨大な知識が流れ込んできた。
惑星。
遺跡。
敵。
地形。
かつて画面越しに見ていた情報が、現実の知識として蘇ってくる。
「……ガレージ。」
思わず、その言葉が口をついた。
スクラップ遺跡のすぐ近く。
初心者用のガレージ。
何度も利用した、安全な拠点。
「あそこなら……!」
息を呑む。
あそこなら、シルヴィアを整備台へ寝かせられる。
非常用電源を安定させられるかもしれない。
助かる。
まだ助かる可能性がある。
「行こう。」
司はシルヴィアを背負い直した。
その時だった。
何気なく空を見上げる。
そこには、もう何もいなかった。
あれほど空を覆っていたドラゴンは、いつの間にか姿を消していた。
ただ、司の視界だけには、赤い文字が焼き付いて離れない。
【WARNING】
【EMPEROR DRONE】
【Lv.45】
「……エンペラードローン。」
そんな敵は知らない。
サービス終了まで遊び続けた自分でも、一度も見たことがない。
知っているはずの世界。
知っているはずの敵。
なのに、目の前にいるものは記憶のどこにも存在しない。
「……違う。」
司は呟く。
ここにあるのは、かつて知っていた世界そのものではない。
自分の知識が通用する保証もない。
攻略情報も、敵の強さも、遺跡の構造も。
すべてが同じだとは限らない。
それでも。
今は考えている暇はない。
「待ってろ、シルヴィア。」
「絶対に助ける。」
司は妹を抱きかかえ、スクラップ遺跡へ向かって走り出した。
今はただ、その小さな命を繋ぐためだけに。




