第十一話 動き出した亡霊
カツン。
カツン。
乾いた金属音が地下通路へ響く。
司は瓦礫の陰から、ゆっくりと銃口を向けた。
暗闇から現れた"それ"を見た瞬間、思わず息を呑む。
人型だった。
しかし、その姿はあまりにも痛々しい。
全身の装甲は焼け焦げ、所々が剥がれ落ちている。
露出した内部フレームからは、青白い火花が散っていた。
胸部装甲は半ば失われ、むき出しのコアが不規則に明滅している。
頭部も大きく損傷し、光っているのは片目だけ。
それでも。
ギギ……。
ギギギ……。
壊れた人形のように、一歩ずつこちらへ歩いてくる。
「……ヴァルキリー」
司は思わず呟いた。
「知ってるの?」
シルヴィアが小さく尋ねる。
「ああ。名前だけはな」
司は目の前の機体から視線を離さない。
ヴァルキリー。
かつて存在だけが確認された、正体不明の機体。
司自身も、その姿をまともに見たことはなかった。
分かっているのは、未完成の設計データが残されていたこと。
それだけだ。
「こんな姿だったのか……」
ギギ……。
ヴァルキリーがゆっくりと頭を動かした。
露出したコアから、また火花が散る。
その姿は、何百年も動き続けた亡霊そのものだった。
その時。
通路の奥から、一体のアルファドローンが歩いてきた。
ギコ。
ギコ。
いつものように、ヴァルキリーへ警戒することもなく横を通り過ぎようとする。
次の瞬間。
ガキンッ!!
ヴァルキリーの腕が閃いた。
隠し持っていたブレードがアルファドローンを真っ二つに切り裂く。
「……!」
司の目が見開かれる。
アルファドローンはその場へ崩れ落ち、動かなくなった。
「お兄ちゃん?」
「……おかしい」
司は即座に答えた。
敵同士が攻撃する。
そんな光景を、司は一度も見たことがなかった。
どれだけ敵が密集していても、互いを攻撃することはない。
だが、目の前のヴァルキリーは違った。
「こいつ……アルファドローンを敵として認識してる」
司は銃口をヴァルキリーへ向ける。
「つまり、俺たちと同じだ」
シルヴィアが息を呑む。
「同じ……?」
「敵を見分けてる」
司はヴァルキリーを睨む。
「問題は、何を基準にしてるのか分からないことだ」
あの機体が何者なのか。
なぜ地下にいるのか。
なぜ今まで誰にも見つからなかったのか。
分からないことだらけだった。
「外から来た存在かもしれない」
シルヴィアが不安そうに尋ねる。
「外から……?」
「あるいは――」
司は言葉を止めた。
別の可能性が頭をよぎる。
この世界そのものに、まだ知らない何かが隠されているのかもしれない。
「……今は考えるな」
司はヴァルキリーへ呼び掛ける。
「聞こえるなら返事をしてくれ!」
「俺はプレイヤーだ!」
「戦うつもりはない!」
声が地下通路へ響く。
返事はない。
ヴァルキリーは俯いたまま、微動だにしない。
「……壊れてるだけなのか」
司が銃口をわずかに下げかけた。
その瞬間。
ギギッ……
ヴァルキリーの頭部がゆっくりと持ち上がる。
赤い片目が司を捉えた。
ギィン――
右腕の装甲が展開する。
内側から、細身のブレードがせり出した。
「っ!」
司の表情が変わる。
「シルヴィア!」
叫ぶのと同時だった。
ヴァルキリーが地面を蹴る。
一瞬で距離が縮まる。
バチッ!
仕掛けていたスタントラップが起動した。
細いワイヤーがヴァルキリーの脚へ絡み付き、青白い電流が走る。
【Reaction Down】
機体の動きが明らかに鈍った。
「効いた!」
「今だ!」
二人は同時に飛び出す。
Quality MAXのビームガンが火を噴いた。
青白い閃光がヴァルキリーの胸部へ直撃する。
しかし。
バシュッ!
装甲の一部を吹き飛ばしただけだった。
「硬い!」
司が舌打ちする。
ガーディアン・アルファとは比べものにならない。
しかも、速い。
動きが鈍っているはずなのに、一瞬でも判断を誤れば斬られる。
ヴァルキリーがブレードを振るう。
司は紙一重で身をかわした。
すれ違いざま、ナイフを抜く。
狙うのは、露出したコア。
ギャリィン!!
刃がコアを掠め、火花が散る。
大きな亀裂が走った。
「シルヴィア!」
「うん!」
シルヴィアが即座に照準を合わせる。
引き金を引いた。
青白いビームが一直線にコアを貫く。
眩い閃光。
ヴァルキリーの身体が大きく揺れる。
ギ……。
ギギ……。
最後に、赤い片目が二人を捉えた。
そして。
ドサリ。
ヴァルキリーは静かに崩れ落ちた。
地下に静寂が戻る。
司はしばらく銃を下ろさなかった。
「……終わった?」
シルヴィアが恐る恐る尋ねる。
「ああ」
そう答えながらも、司の表情は晴れない。
視線は、倒れたヴァルキリーへ向けられていた。
「でも……分からないことが増えた」
地下に存在した未知の施設。
誰にも知られていなかったヴァルキリー。
そして、敵同士が戦うという異常な光景。
何より。
司の知っている世界には、こんな機体はいなかった。
「……ここは、本当に俺の知っている世界なのか?」
その問いに、答える者はいなかった。




