第九話 灯りと、退路。
ガーディアン・アルファの周回は、単調な作業だった。
戦って。
宝箱を開けて。
追加メモリーを注ぎ込んで。
また戦う。
最初は苦戦したボスも、今では動きを見ただけで次の攻撃が分かる。
一周目より二周目。
二周目より三周目。
討伐時間は少しずつ短くなっていった。
「右!」
司の声と同時に、シルヴィアが横へ飛ぶ。
息の合ったコンビネーションで、ガーディアン・アルファを崩していく。
ガコン。ガコン。ガコン。
六つの宝箱が、もう見慣れた光景になっていた。
五周目。
十周目。
十五周目。
そして。
十七周目。
「来るぞ!」
ガーディアン・アルファの拳が振り下ろされる。
司はいつも通り横へ跳んだ。
その瞬間だった。
ズドォォン!!
鈍い衝撃音が遺跡中へ響く。
「……え?」
崩れたのは床ではない。
壁だった。
同じ場所へ十六回も叩きつけられ続けた壁は、ついに限界を迎えたらしい。
砂煙が晴れていく。
その奥には、暗い通路が続いていた。
冷たい風が、崩れた壁の隙間から吹き抜けてきた。
長い間、閉じ込められていた空気の匂いがする。
壁面には、うっすらと苔むした配管が這っている。
この遺跡が作られた当初から、ずっとここにあったものらしい。
天井の一部は崩れ、覗き込んでも闇の奥までは見通せなかった。
誰も踏み入れた形跡のない、地下へ続く一本道。
司は言葉を失う。
「そんな……。」
ゲームには存在しない。
マップにも表示されない。
攻略サイトでも見たことがない。
完全な未知だった。
シルヴィアがおそるおそる覗き込む。
「下に続いてる……。」
冷たい空気がゆっくりと流れ込んでくる。
暗闇の向こうは何も見えない。
「行ってみようよ。」
しかし、司はすぐには足を踏み出さなかった。
「……いや、まだだ。」
「え?」
シルヴィアが振り返る。
「エンペラードローンも、この通路も、ゲームには存在しなかった。」
「知らない相手に準備なしで挑む理由はない。」
シルヴィアは一瞬、唇を尖らせた。
「でも、私たちなら大丈夫だよ。」
「今までだって、ちゃんと乗り越えてきたじゃない。」
「乗り越えてこれたのは、準備してきたからだ。」
司は静かに続けた。
「足りないのは筋力じゃない。情報だ。」
「……灯りと、退路。」
司はそう呟くと、ガレージへ向かって歩き出した。
シルヴィアは驚いたように目を瞬かせた。
「レベル上げるんじゃないの……?」
「もう十分強い。」
司は振り返らずに答えた。
「灯りがあれば、少なくとも何もないよりはマシになる。」
シルヴィアは小さく頷くと、司の後を追った。
「……うん。お兄ちゃんについていく。」
ガレージへ戻る二人の足音が、静かな遺跡へ響いていく。
◇
司は迷わず棚を漁り始めた。
小型のライト。
予備のバッテリー。
そして、来た道を示すための発煙筒。
命綱代わりのワイヤーも、忘れずに巻き取る。
一つずつ確認しながら、バッグへ詰めていく。
シルヴィアもそれを見て、小さく息を呑んだ。
「本当に、慎重なんだね。」
「当たり前だ。」
司は最後にライトの光量を確かめる。
「帰れなくなったら、意味がない。」
暗い通路だけが、二人の帰りを待つように静かに口を開けていた。




