第93話: ついに崑崙の戦士が来よったが……なんやて?曼陀羅の反転を起こすんが俺ら自身ちゅうんはどういうことやねん!?
本殿の庭に降り立った巨大な怪鳥のようなそれは、一瞬で鎧姿の戦士になった。
ついに来たか……
「きさま、崑崙山清掃部の戦士やな?名を名乗れ……」
太子が、静かやけど、これ以上ない怒りを秘めてその闖入者を睨みつけた。
どないした?オマエらしくないやないか……
突然現れたそいつは、太子の前に跪くと、恭しく一礼し自身の名を告げる。
「救世観世音菩薩 聖徳太子様、突然の無礼、何卒お許しください。我が名は崑崙山清掃1課の筆頭戦士、樫原嘉幸と申します。お見知りおきを……」
しかし、慇懃に口上を述べる使者に、太子の眼は飽くまで厳しい。
「ふん、千手観音クマラの眷属がワシに何の用や?あやこや言うたところで、あと三日で人類全体を奴隷にするんやろ、オマエんところの親玉は!」
「おい太子よ……コイツにそないなこと言うたかてしゃあないやろ……ちょっとは落ち着け、お前らしくないぞ?そんで……樫原君、とりあえず来訪の意図を教えてくれへんか?あぁ、俺は遍照金剛、弘法大師 空海や。」
俺がそういうと、その男……樫原は俺にも一礼した。
「既に、我らが盟主、千手観音 クマラ大師の書状は、先ぶれとして電脳特殊作戦の樫原真琴がお届けしているものと存じますが……」
それは無論分かっとる。四天王寺での会議中、獣みたいなゴスロリ魔法少女が現れ、一週間後に全人類の脳みそを弄ってクマラはんの思い通りにする、と言うとったな。
「本日はそのことで参ったわけではございません……急ぎ、太子様に存じおきいただくべきことがございましたゆえ、参りました。」
樫原がそう言うと、太子の眉根がぴくっと動き、怒ってはいるものの、多少話を聴く様子になった。
「急ぎやと?なんや……言うてみぃ、しょうもない話やったら許さんぞ……」
「恐れ入ります……本日参ったのは、あなた様とクマラ大師が回避しようとしている『胎蔵界曼陀羅の反転』についてでございます。端的に申し上げます。そこなるアマテラス殿、夏菜子殿、美紗殿……そしてアレクセイ殿。皆様を直ちに補陀落へお召し上げください。このままでは皆様が魔神となり、人界は壊滅して反転が起きます。」
なんやて?……太子は呆然と樫原を見つめた。いや、思考が停止し、視線すら動かせへんようになったようやった。
「き、きさま……何を言うとる?……ワシらの姫や、夏菜子、美紗ちゃんにアレ坊が人類を滅ぼす魔神になるやと!?……アホなこと言うんもたいがいにせんかい!」
「お、おい落ち着け太子!い、いったいどういうことや……?」
俺は、何とか太子を抑えると、樫原に再び問うた。すると……
「太子様、空海様、我らは一昨日、奈良県南部の談山神社で、霊的重力波の急激な増大、すなわち『堕天』を確認しました。そしてその中心にいたのは……」
そいつは、そう言うと少し離れたとこにいる夏菜子ちゃんを指す。
「あちらにおられる、日ノ本の始源神イザナミの血を引く新たなる女神、小路夏菜子殿です……」
そう言うと、太子がいきなり樫原に掴みかかる!
「黙れ!黙らんか!それがどないしたっちゅうねん!夏菜子はなんにも関係ない!あれはたまたま起きたことや!人間どもが……Homines creavit corp.のアホどもが起こしたことが原因やないか!」
太子の眼の端に涙が溜まっていた……そうか、そういうことやったんやな……
樫原は、太子に胸ぐらを掴まれ揺さぶられながらも、動じることなく淡々と話す。
「太子様……おそれながら、たかが人間の悪業程度で霊的重力波の増大は起きません。それは神や天使が、破壊神または死の天使となるときに生じる現象です……真魚様、ご存じのことと思料致しますが、如何でしょうか?」
樫原が、俺を問い詰めるかのように真っすぐ見た。
あの時……談山神社の常世で、夏菜子ちゃんの闇の霊力で悪鬼と化した法眼らが敵を引き裂き、彼女自身も八雷神を召喚して敵を焼き尽くした。強烈な死の呪いが現世の人々の命を奪い……やがて常世の空に、魔神と化した赤黒く輝く仏たちが無数に現れたんやった。
うすうす分かってた。アレ坊を殺された怒りで彼女が邪神と化したとき、呪いは常世の境目を超えて現世を汚染しようとした。
もしあれが、そもそも現世で起きた出来事やったら、日本中が呪いに包まれ、今ごろこの島には人っ子一人おらんやろう。
俺自身、正確に把握してへんかった。しかし認めざるを得ん……
「樫原君。曼陀羅の魔神化とは、地を治める神々が人間を見限って心の底から憎み、殺し尽くしても良いと思った時、その誓願を聞き届け、人類の救済として行われる……こう言いたいんやな?」
そういうと、樫原は大きく頷き、言葉を継いだ。
「アマテラス殿と夏菜子殿は陰陽が対の存在。一方が邪神となれば他方も必ずそうなります。陰陽の破壊神の降臨……それが最後の審判です。その結果が太陽系宇宙の消去か、『火による4回目の滅び』かは、お二人の憎しみの大きさ次第ですが……太子様はそれをご承知の上で、お二人を愛して止まないのだと思っていましたが……」
すると、太子はこれ以上ないほどの憎悪を込めて樫原を睨みつけた。唇が震えている。
「そんな……そんなわけはないやろう……あの子らを最後の審判の破壊神にするやと!?なんでワシがそんなことをせなアカンのじゃ!……見てみぃ!ここにはな、理沙ちゃんや花奈ちゃん、商店街の氏子衆も神職もおるんやぞ!それだけやない、夏菜子のお母はんも、兄やんもその嫁も……誰がこの世界が滅んでええて思うんじゃ!」
しかし、樫原は憐れむような眼で太子を見つめた。
「さもありましょう……が、もしその人々が、Homines creavit corp.の者たちに嬲り殺され、愚かな政治家共の慰み者にされた時、あなた様はそれでもこの世界を愛せるのですか?」
「そ!……それは……」
太子が言葉を失い崩れ落ちる。そうや、コイツは人として生きてた頃から人を愛し、その心を親兄弟や豪族、国全体に広げれば平和な国が出来ると信じてきた。
救世観世音菩薩になった今も変わらへん。せやから世界中をほっつき歩いて人々と交わり、共に泣き笑うとるんや。
「仏の愛が人類を滅ぼす……我らが大師 クマラ様は、そのことが分かっておられるからこそ、崑崙山におられて人と交わりませんし、我ら戦士になった者らにも、人としての生きざまを捨てて阿羅漢になれと仰るのです。」
「なんやの!おっちゃん何大きい声出してんの!?……誰やあんた……おっちゃんに、おっちゃんに何をした!?謝れぇっ!!」
騒ぎを聞きつけてやってきた夏菜子ちゃんが、崩れ落ちて震える太子をみるなり、樫原に詰め寄る。
「こ、これはいったい……真魚さん、なにがあったの?あの人はだれ?……って、アレクセイさん!花奈ちゃん!一体どうしたの!?」
姫が不安そうに三人を見たが、ディスプレイの凄惨な光景と、その前でうずくまるアレ坊、泣きはらす花奈ちゃんを見ると慌てて駆け寄る。
「彼は崑崙山……千手観音クマラ大師の戦士、樫原君や……3日後に始まる作戦の現場指揮官、ってところやな。」
俺がそう言うと、彼は詰め寄る夏菜子と、花奈ちゃんを抱きしめて不安げに見る姫に向かって一礼する。
「初めまして、清掃1課の樫原嘉幸です。あなた方が光の神 アマテラス殿と、闇の神 夏菜子殿ですね?いますぐ補陀落に避難なさってください。我々があなた方をつけ狙う勢力を根絶し、二度と人類がこのような愚行を繰り返さないよう監視いたします。」
「な!?なんやと!ウチはそんなん頼んでへん!お前らはみんなの脳みそいじくって、人間を何でもいうこと聞く家畜にしたいだけやろ!?ウチのお母ちゃんも、兄ちゃんも義姉ちゃんも……県民局のみんなも!そんなんぜったい……えっ?ちょっと姫……」
夏菜子ちゃんが、尚も樫原に詰め寄ろうとすると、姫が手で制して前に出た。
「樫原さん、と仰いましたね……あなた……真琴さんとは?」姫がそう尋ねると、樫原が困ったように目を伏せる。
「え、ええ……彼女は僕の妻です……いつぞやは大変失礼を致したようで、誠に申し訳ありません。」
意外やった。単に苗字が同じだけやと思っていたのか、事態が大きすぎて気が付かんかったんか。
「樫原さん、あなたもまた、この世界を守りたいのよね、違うかしら……?」
「いや、僕は阿羅漢ですし、今はそういう個人的なことを言いに来たわけでは……」
しかし、目をそらしてそう言う樫原の手を握ると、姫はまっすぐ彼の眼を見た。
「クマラ様は、あなた方夫婦に、愛し合い、互いを大事にすることを禁じているの?」
「ち、ちがう!決してそんなことは!……そんなことは……」
「正直に言ってください。真琴さんが太子様に渡したクマラ様の書状には、わたくしたちを保護するなどとは書いていませんでしたよ?なのに今ここに来たのは……クマラ様の命ではありませんね?なぜですか?」
樫原が、苦しそうに答えた。
「妻は……妊娠しています……ようやく授かった子供です。僕は、生まれてくる子に、焼き尽くされた世界を見せたくはない……しかし、あなた方が暴走すれば必ずそうなる。我々が関係者の霊核を洗浄し、全人類を洗脳しようとも……そうなる前に人間の手が届かない補陀落へ!ご家族も全員お連れ致しますゆえ!……」
彼はそう言って姫の前で土下座した。しかし、
「樫原さん……ありがとう、そこまで夏菜子ちゃんや、美紗ちゃん……みんなのことを考えてくれているのね……でもね、ごめんなさい、わたくしたち、そんなに弱くないの。ね、タラちゃん。」
なっ!?姫がそう言ってニッコリ笑うと、いつの間におったんか、八幡姐さんが来とるやないか!
「えっ?そらそうやろ、なんなん、AIとかいうオモチャのデタラメに惑わされて、暴走とかヘチマとか……樫原君いうた?ウチら1600年間戦争のプロやっとんねん!昨日今日戦場に出た、たかが人間に負けるかい!アンタら、気合い入れや!今から戦やでぇ!!」
そう言って姐さんが振り返ると、天津軍の精強なもののふどもが一斉に怒号を上げる!
「お待ちを!お待ちを八幡大菩薩様!敵はただの人間の軍隊ではありません!神々を傷つける兵器を持ち、各国の軍隊を味方につけ、人心を惑わすアルコーンもいるのですぞ!ここにいる僅かな手勢のみで……」
樫原が言おうとすると、八幡姐さんは指を振って否定する。
「アンタなぁ……ウチが戦の準備もせんとボーっとしとるて思うんか?……石清水八幡宮 防衛線! いざ出陣じゃぁーーー!!」
「おおぉーーーーーー!!!」
最後までお読みいただき、ありがとうございます!
今回は、だいぶ重たい話でした……
普段はちょけてて(ふざけてるって意味やで!)、冷静に状況をみてる太子のおっちゃんが、なんであそこまで取り乱したのか。ほんで夏菜子がブチ切れたのか。
観世音菩薩であるおっちゃんにとって、人々と接して思いを育み、その輪を広げていくことこそが「仁愛」であり「大慈大悲」の実践です。
しかし、彼は夏菜子に深く関わりすぎました。今やおっちゃんは彼女を本当の娘のように思っていて、夏菜子もまた、彼を父親のように慕っています。だからこそ、理屈を超えてあそこまで感情が爆発してしまったのです。
そしてもう一つ。じつは、談山神社で夏菜子がイザナミに呑まれ邪神と化した時、太子は樫原の言う『曼陀羅の反転』が本当に起こり得ることに、実はうすうす気付いていました。 愛する娘のような存在が、世界を滅ぼす破壊神になるかもしれない。その残酷な事実を認めたくないからこその、あの激しい怒りだったのですね。
AIが弾き出す絶望的な予測……どないすんねん!
あれ?でも姫は「そんなに弱くない」っていうし、八幡姐さんに言わせたら「あんたらAIに頼りすぎ」らしいし(笑)
理屈も予測も関係アチャコやで!ここからは神仏と人間が入り乱れる、「本物の戦争」の幕開けです!
次回の『石清水八幡宮 防衛戦』、八幡姐さんの大暴れが楽しみな方は、ぜひ下の【☆☆☆☆☆】を【★★★★★】にして応援していただけると、執筆の大きなモチベーションになります! ブックマークやご感想も、お待ちしております!




