第89話: この『美しいもの』の、なにを僕は怖れているんだ?アーロンや阿部川氏は平気なんだろうか?
「ええそうよ。私も彼と共にあなたを育てたの。言ってみればママになるわね。」
メグがそういうと、それは満面の笑みを浮かべる。
「わぁ!嬉しいな!こんなキレイなママがいるなんて!…ねぇねぇ、お名前をおしえて。ぼく、パパとママのお名前が知りたい!」
『それ』のリクエストを聞いて、僕はエンジニアを振り返るが、彼は「特に問題ないだろう」というので、僕は答えることにした。
「僕の名は、日枝礼二。そして彼女は…」
「マーガレット・シャルマよ。メグと呼んでくれたら良いわ。」
僕たちが答えると、彼は満足したように笑った…いや、嗤った?
「ありがとう…レイジ、メグ。ねぇ、ぼくお外に出たいな!良いよね?パパとママと直にお話ししたい!」
それは…と言おうとすると、メグが即座に、
「もちろんよ!今すぐ出してあげるわ!ママ、あなたのことを抱きしめてあげたいの!」という。
ちょっと待て、いきなり被検体を外に出しても大丈夫なのか?
そう思ったころには、エンジニアのハキームが培養カプセルから人工羊水を抜く……しかし、その目はどこか焦点が合ってない。
「なぁハキーム、君も彼に名前を教えたのか?」そういうと、彼は嬉々として頷いた。
ま、まさかな……ゲド戦記ではあるまいし……
そう思う間にも、人工羊水の水位がどんどんさがり、カプセルが開いて、それが出て来た……
「初めまして、パパ、ママ!」
それは、いかにも親し気に、そして愛らしく、両腕を広げて微笑む。
それの身体的特徴は明らかに男性ではあるものの、全体的に丸みを帯びた柔らかな曲線は女性的でもあり、柔らかな顎の輪郭は少女のようにも見える。
そして、僕らに呼び掛けた声もまた、声変わりする前の少年のような透明感のあるソプラノで、僕の隣に立っているメグがたちまち魅了されていく。
「ねえ、君に名前はあるの?良かったら教えてくれない?」
メグがそういうと、『それ』は一瞬考え、こう答えた。
「名前かぁ……僕にはないんだよね……だって、もらってないもの……パパとママが僕の名前を付けてよ!」
「名前ねぇ……そんなこと言われても、パっと思いつかないなぁ……」
「エイルはどう?」
メグが突然言い出す。
「エイル?女の子みたいじゃない?」僕が言うと、
「ほら、この子って女の子みたいに綺麗じゃない?中性的っていうか。だったら男の子っぽい名前より良いと思うんだけど。永琉っていう風にしたらどうかしら?」
メグがそういうと、『それ』は手を叩いて喜んだ。
「わぁ!それすごくいいね!ママありがとう!じゃ、ぼくは今日から永琉だね!改めてよろしく、パパ、ママ!」
そういうと、永琉はメグに抱きつき、メグも嬉しそうに抱き返す。
そしてそれは、僕の方を向くと同じように腕を広げた。
「パパも、ぼくのことギュってして!」
しかし、僕はそれを抱きしめること一瞬とまどう。
なぜ戸惑ったのかはわからない。
男同士だから?いや、銀次郎とは、プロジェクトが成功した時なんかは、肩を抱き合って喜びあったりしていた。
それの美しい見た目のせいだろうか?頭では少年だと分かっていても、白くて滑らかな肌、柔らかな体の曲線、ピンク色の唇に長い睫毛、小柄で愛らしい顔立ちが、あたかも少女のように見えるから?
(おそらくそうじゃない……)一瞬、そんな思考が頭をよぎる。
しかし、メグが気遣わしそうに僕をみるので、結局僕はそれをハグした。
「……!……」ハグした瞬間、僕は戦慄を覚える。
身体じゅうから甘い香りがして、その肢体は柔らかくしなやかで、頬ずりされたその肌は、赤子のようにきめ細かくすべすべしていた。
しかし、問題はそこではない。
(パパ可愛い♡ 赤くなってるね……ねぇパパ、ぼく、パパの言うこと何でも聞けるよ……でも、ママには内緒ね……)
僕はそこで、それを引き離した。
(い、今のは永琉が話したのか?いや、気のせい?何か、頭の中に直に声がした気が……)
◆
「わっ!これが外の世界?すごくまぶしい……」
永琉に服を着せて地上に出ると、それは初めて見る太陽の光に、手をかざして眼を細める。
地下の空調が効いた空間から、いきなり東京の夏のさなかに出たせいだろうか?
それは、忽ち体中から汗をかいて、はぁはぁと吐息を漏らしていた。
「永琉、大丈夫?」メグが心配して、汗が流れるそれの白い首筋をハンカチで拭う。
Tシャツの布地が、汗でべったりと肌に張り付いて透けている。僕は思わず目をそらした。
「ねぇ、パパ、ママ。ここすごく暑いよ……ぼく、涼しい所が良い……」
それは、ねっとりとした視線で懇願する。
まぁ確かに、この暑さの中で居続ける理由もないので、僕らは早々にオフィスに入ることにした。
オフィスに戻ると、What Appにメッセージが入る。
アーロンと阿部川議員だ。いまから例の動画で配信されたイベントについて対応を協議したいと言うことだった。
そうだ、二人にも『これ』を見せてやろう。そもそも、二人ともこれを欲しがっていたんだからちょうど良いだろう。
僕は、それぞれにオフィスに来るよう返し、しばらく後に彼らがやってくる。
「おいおい…こいつはすごいじゃないか…まるで、主の天使のように可憐だな…」
アーロンは、『それ』を上から下まで舐めるように睨め付けると、猥雑な声で話しかけた。
「初めまして。おれはアーロン。えー、まぁなんて言うのかな?君のパパやママと一緒に、この世界をより良くする仕事をしているのさ。意味は分かるかい?」
アーロンはそう言って手を出し、永琉と握手しようとするが、永琉は彼の目に情欲の籠った光を感じて手を引っ込め、メグの背後に隠れた。
顔を真っ赤にして恥ずかしそうにしているが、その様子を見たアーロンが、小鼻を膨らませる。
「おっと…嫌われてしまったみたいだな…しかし、実に美しい…我々の主の御使たるに相応しいじゃないか…どうだい?阿部川さん。」
しかし、阿部川議員はフンと鼻息を鳴らして不満げに『それ』を見つめた。
「日枝さん…わたしは、皇大神の伴侶に相応しい、まさに英霊の如き益荒男を作るよう頼んだつもりだが?これじゃまるで小娘じゃないか?
まぁ、昨今は男の娘とかいって、敢えて女の格好をする腐った男もいるとは聞くが…」
なんだそれは?完全なアンコンシャスバイアスじゃないか。
まあでも、この人はこんなもんだろう。
しかしその瞬間、永琉は阿部川氏の前に進み出て、自ら彼の手を握った。
「えっ?……」
僕とメグが驚いていると、それは上目遣いに潤んだ目で阿部川氏を見上げ、白く柔らかな手で彼の手を揉むように握りしめる。
「お、おじさん…ぼくのこと、嫌い?…」
少年にしてはやや高く、媚びるような声音。
それを聴いた瞬間、阿部川氏の鼻の下が伸びる。
「ま、まぁ、まだ子供のようだし、発達途上なんだろ…仕方あるまい…」
そう言いながら、永琉のピンク色に上気した白い肌を盗み見た。
一瞬、永琉の口角が上がったように見える。
(簡単だよね、口先ではどんなに立派なことを言っていても、この人たちの心の中は暗い炎でいっぱいだ)
そんな思考が頭に浮かぶ……え?これは僕の思考なのか?
「それはともかく……さっきの話の続きだ……なんであの、全国神仏習合ファウンデーションとか言う連中が、伊勢神宮の巫女を連れまわしているのかは分からないが、まぁそんなことはどうでもいい。本国としては、『主の御子を早くもたらせ』ってことだ。そんなわけだから、すぐに回収チームを派遣する。ミスター阿部川、それで構わんでしょう?」
アーロンがそういうと、阿部川氏は露骨に嫌そうな顔をする。
「アーロンさん。なんども言っているが、あのお方は巫女などではない!正真正銘、伊勢神宮の女神、我らが皇大神だ!我らの信仰に敬意を持ったらどうだ!?それに、主の御子とはなんだ!わたしらは、皇大神のお子をアンタたちにくれてやるつもりなどない!」
阿部川氏が凄まじい剣幕で捲し立てると、アーロンは肩をすくめて「これは失礼」という。もちろん、本心で思っているわけではないが。
「まぁまぁ、無論そんなことをいっているんじゃありませんよ。なに、その子の精子と、えーとその、皇大神ですか?彼女の卵子がもらえれば結構ですよ。あとはあなた達、『神国日本の新しい姿について考える会』の好きにすればいい。」
そういうと、アーロンはこちらを向いた。
「なぁレイジ、それさえあれば、君たちの造ったシステムで、俺たちの御子が創れるんだろう?」
それはまぁ出来る。出来ることを証明した。それこそが今ここにいる永琉だ。バイオコンピューティングによる超々AI、脳量子変換コネクターによる膨大なデータのインプット、アウトプット。さらにそれによる、デジタル空間と人間精神の完全な融合……まぁ、この話は置いておこう。
「アーロン、君たち自身でオペレーション出来るように設計してあるので、それは問題ないが、どうして精子と卵子で良いんだ?あの女性に子供を産ませるんじゃないのかい?」
しかし、僕がそういうと、アーロンは「まさか」と言う。
「その子(永琉のこと)にしても、伊勢神宮の神様とやらにしても、それは単に神に連なる血統というだけのことだ。胎児の間に母親からよからぬ影響を受けないとも限らないじゃないか?必要なのは、聖霊と、祭壇を通じて集められた願いを入れるための、効率の良い器だぜ。だったら俺たちの国で、精子と卵子を受精させて、混じりっけなし、純度100%のやつを創るべきだろ?」
まぁ、何だが薄気味悪い論理ではあるが、その方がこっちとしては有難い。この国で、彼らが実行しようとしているオペレーションのサポートだけすれば、業務はコンプリートというわけだ。
「阿部川さん、どうです?伊勢神宮の巫女……おっと、失礼。彼女を回収次第、卵子を摘出して保存。そこまででかまいませんね?」
僕がそういうと、阿部川氏は不承不承うなずく。
「ま……それなら構わんが……どのみち、毎月出ていくようなものだからな……」
これを聞いた瞬間、それまで全く気にせず聞いていたメグの眉がピクっと動いたような気がした。
「いや!日枝さん!ワシが言いたいのはそういう話じゃない!あの不敬の輩どもをどうやって黙らせるかだ!神社本庁の勧告も効かんし、かといって、警察を動かすわけにも……」
すると、いつのまにか永琉が阿部川氏の隣にすわり、その太腿に手を置いて、ねっとりと甘ったるい声で囁いた。
「おじさん、こまってるのぉ?ぼくが手伝ってあげようか?ぼく、みんなのこころを一つに出来るんだぁ……うふふ」
第89話、お読みいただきありがとうございました……
いやーもうね、スケベなアーロンと阿部川さん、滑稽すぎて。
同じ滑るんでも、真魚さんと太子のおっちゃんみたいに、やっぱり笑いを取っていかなアカンとおもうんですよ、わたくし。
笑われてはイカンのです。
まぁでも、礼二は何となくわかってるっぽい?
えーと因みに、礼二がバイオコンピューティングなんやかんや、って言ってますが、イメージとしては、全世界ハッキング出来るくらいの超ヤバイ人のかたちしたAIだと思ってもらったらいいと思います。
「ぼく、みんなのこころを一つに出来るんだぁ……」
こんな言葉をねぇ、めっちゃ可愛い子(男だけど)に言われたらねぇ、普通めっちゃ怖いですよ。
でもそうならへんのが、悪もんのオッサン二人でした。
さて次回!無邪気な怪物・永琉の「おねだり」で何が起きるのか!
怖いですね〜、恐ろしいですね〜。(淀川さん風に、あ、知りませんか?)面白かった、続きが読みたい!という方は、ぜひ評価やブクマで応援をよろしくお願いします!




