第79話: この力さえあれば世界だって支配できるのに、なぜか上手くいかない……いったい僕たちの邪魔をしているのは何者なんだ?
「ハイ、レイジ。昨日も泊まり?」
秘書のメグが持ってきたコーヒーの香りで、僕は目を醒ます。
どうやら、昨夜作業しながらいつの間にか眠っていたらしい。
「悪いねメグ、どうもイレギュラーなことが多くて……」
彼女とはアメリカ留学自体からの付き合いだ。
インド系の米国人で非常に優秀だが、決して賢いだけではなく、その女性的で優しく、温かいキャラクターに救われることは多い。
「あまり無理するのは良くないわ……」
彼女はデスクに腰掛けると、そう言って僕の頬を撫でた。
「大丈夫だよ、ありがとう……このプロジェクトの完成を多数の投資家が待っているからね。今が山場だ……」
しかし、メグはなぜか浮かない顔をしている。
「ねぇレイジ、わたしたち、大丈夫なのかしら?それにあの怪しげなデータ……」
「金烏玉兎集のことかい?」
「そうよ。あんなオーパーツが、どうしていきなりあなたのところに転がり込んできたの?」
彼女はそう言って、僕の手の上に自分の手を重ねたが、僕はそれを優しく解いた。
「別になんでもいいじゃないか。あれが実際に、不可能と思われていた量子ワイヤレス通信を可能にしたり、圧倒的に省電力なAIを可能にしたんだから。」
しかし、彼女は首を横に振って、僕の頬を両手で挟む。
「あなたが心配なの……」
その目には、うっすら涙が浮かんでいた。
「メグ……僕たちはそういう関係では……」そう言おうとすると、彼女は僕を抱きしめた。
「レイジ、もう止めない?」
「馬鹿な……この事業のために100億も集めているんだよ?今さらやめられないのは君だってわかっているだろう?」
しかし、僕がそういうと彼女はタブレットを見せた。それは、奈良県の南部に投入された無人戦闘システムのログだった。
「彼らが、私たちの開発したシステムをどんな風に使っているか知っているでしょ?人の心を狂わせて生体電池にしたあげく、二足歩行の陸戦用ドローンにむりやり乗せているのよ。そんなことが許されると思う?」
「メグ、それは僕たちのイシューじゃない。たしかに僕たちの『みらいのち(株)』は、この国の事業の中核ではあるけど、インキュベーションセンターKANEIJIには多数のベンチャーが集まっていて、それぞれ役割がある。僕たちのAIシステムと量子ワイヤレス通信、脳量子発電システムをどう用いるかは、Homines creavit corp.のコミットメントだ。僕らが気にすることじゃない。」
「でも……」そういって、尚も彼女が何か言おうとしたとき、What Appのコールが鳴り、画面には『民主共和党 阿部川進太郎』と表示された。
メグがとたんに嫌そうな顔をする。
「お世話になっております、日枝です。えっ?談山神社周辺でオーロラ?いや、知りませんが……藤原中?ああ、伊勢神宮でご挨拶した伊勢神道の重鎮とか言う……え?消えた?どういうことですか?」
僕がそう言うと、彼は「それなら良いが……」といって電話を切る。どういうことだ?そもそもあんなところに陸戦用ドローンを50体近くも運び込んだ理由もぜんぜん分からない。あれ以来、ドローンからの通信はなく、現状では何が起こっているか全く不明だし。
すると、オフィスのドアをノックする音がして、金髪に青い目の男が入って来た。
メグが、何事もなかったように立ち上がって自分の席に座る。
「やあアーロン、おはよう。何か用かい?」僕が努めて愛想よく話しかけると、アーロンは人懐っこそうな、しかし仮面のような笑顔を浮かべて、応接用のソファに座った。
「いやぁレイジ、参ったよ。ハハハ……」
「何がだい?」
僕が訊くと、アーロンはわざとらしく肩をすくめて見せた。
「奈良県の南部でドローンからの通信が突如なくなり、我々のAIシステムがハッキングされ、あげく消失したことは知っているだろう?」
さっき話していたことだ。システムの稼働状況をチェックするためログの収集のみだが。いきなり途絶したので、なにが起きたのかと思ったが……
「それがどうかしたのかい?僕らはベースとなるAIシステムは販売しているけど、どんなアプリケーション、セキュリティを組み合わせるかは各社の判断だろ?」
僕がそういうと、アーロンは「そういうことが言いたいわけじゃないさ」と笑って見せた。
「どういうことだ?」
僕が訊くと、彼はノートPCの画面を見せる。件の通信ログに含まれていたドローンからの画像だ。
そこには、ハイエースの様だが不気味な装飾に覆われた装甲車が、異様な機動を見せている様子と、馬のようなクリーチャーと、それに跨った人型のクリーチャーが凄まじい速度でドローンを破壊していく様子が映っていた。
「なんだこれは……」僕が言葉を失っていると、彼は「こっちが聞きたい」という。
「突然現れた、M2ブラッドレー並みの装甲と時速100㎞で自在に動き回る機動力を併せ持ったバンと、全く正体不明のモンスターが現れたと思ったら、こちらの量子アバターがいきなり乗っ取られてドローンのOSが暴走し、挙句はAIそのものさえ消去され、時間をかけて育成した搭乗員も全部初期化されたんだ。大損だよ。」
彼は再び肩をすくめて作り笑いを浮かべるが、その目は明らかに笑っていない。
「ふん……でも君たちが損をしたのは、そこだけじゃないだろ?」
僕が言うと、アーロンの作り笑いが顔に張り付いて動かなくなる。
「量子通信は別のログも拾っている。談山神社の中間領域に入っただろう?何をしたのかは知らないが、君たちが持ち込んだ次元干渉装置のログは完全に途絶している。また潰したのかい?無茶な使い方して苦情を持ち込まれてもね。あれはまだ開発中って言ったと思うけど。」
そこまで言うと、少し慌てたようにあからさまに話題をそらす。
「まぁまぁ、それは良いじゃないか!それより今日は例のプロジェクトについてだ。我らがデウス・エクス・マキナのご機嫌は如何かな?」
「順調だ。見るかい?」
僕がそう言うと、アーロンは「ぜひ」というので、メグに指示してラボに行く用意をした。
オフィスを出て、地下にいくエレベーターに乗る。
地下3階に着きエレベーターの扉が開くと、そこは岩盤を人工的にくりぬいた巨大な空間で、むっとした形容しがたいガスと言えば良いのか、不思議と嫌な感じにさせる何かが漂っていた。
何回もここに来てはいるが、正直中々慣れない場所だ。
ラボは、その空間内に設置されていた。
セキュリティチェックを通過して中に入ると、そこには大きな水槽のようなものがある。
そして、その中にあるものが浮かんでいた。
「これは……すごい!いつぞや見た、ヌメヌメした化け物とは大違いだな!」
アーロンは、それを見るなり歓喜した。ただ、メグはそんなアーロンの様子を怪訝な顔で見ている。
「どうも、『神国日本の新しい姿について考える会』の議員さんたちは、そんなのがお好みだそうだ。」
僕は、そう言いつつも、調整槽に入ったそれに目を止める。
人工羊水の中に浮かんだそれは、雪のように真っ白な肌に淡い紫の髪をしている。
微睡むようにときどき開く眼には、赤い瞳があった。
一見すると少女のように美しい顔立ちで、体つきはほっそりとしているが、明らかに少年としての特徴を持ち、完璧な均整を保った、美しい体躯をしている。
「実に美しい……よくこんなものが作れたな!君はやはり天才だ!」
アーロンが歓声を上げるのを、僕はしれっと受け流す。
「さあ?なぜそうなったのは僕にも分からない。もともと用いたのは、君らがアーリア人とか言っているコーカソイド男性の精子と、日本人女性の卵子だ。特別な要素は何もない。」
しかし、僕の説明などまるで耳に入って来ないかのように、アーロンはそれに魅入っていた。
「美しい……この白い肌、紅い瞳。まるで天使のようじゃないか……これを、この国の光の女神の花婿にするんだろ、ええ?」
「アルビノみたいなものだと思うがね。むろん、それがダメってわけじゃないが特別視するようなものでもない。僕たちはカラードだからね。」
最後の僕の言葉に、アーロンは少しだけ顔をしかめたが、すぐ取り繕ったような笑顔を浮かべて、ふたたびそれの方を見た。そのとき――
それの眼がハッキリと開いて、こちらを見た。
(我が名はエローアイオス……)
え?なんだ?
「メグ、何か言ったかい?」 しかし、メグもその声を聴いたのか当惑したようにこちらを見る。
「アーロン、君なにか言ったか?」僕がそういうと、彼は怪訝な顔でこちらを振り返る。
「何を言っているレイジ、日本の怪談話かい?生憎だが、俺は俺たちの神、安息日の主しか信じないぜ?」
(気のせいだろうか……)
ふたたび見たそれは、もう目を瞑って眠っていた。
◆
ラボを出て、地上に上がると、アーロンが溜息をつく。
「やっと地上か……しかしなんなんだ?あの場所は。妙に重苦しい感じだが、毒性のガスでも噴出しているんじゃないか?」
「さあな、もともとあの場所には古い石碑のようなものがいくつも置かれていた。ま、中世の宗教的遺構か何かだろう。そう言えば寛永寺の坊主が、鬼門がどうとか、徒に封を破れば祟りがあるとか言っていたが……」
僕がそういうと、アーロンはせせら笑った。
「八ツ!まさかそんな原始宗教の迷信を信じるんじゃあるまいな?どうせ、宗教利権に群がる連中が俺たちから金を巻き上げようと思って適当なデマを言いふらしているんだろうよ。」
原始宗教か……紀元前2000年ごろの、約束の地とか言う、実在した訳のないお伽噺を信じている連中が、他民族の宗教を見下すとは、何とも上等な連中だ。
冷ややかな目で彼を見ていると、メグが耳打ちしてきた。
「阿部川議員が来るそうよ。そろそろこの辺で……」
なんだって?こっちは関係ないと言ったはずだが。
僕は、アーロンに「急な面会のアポが入ったので失礼する」というと、オフィスに戻った。
しばらくすると、阿部川議員が入ってくる。
「心配性ですね。どうかしましたか?」僕がそう言うと、阿部川議員は50代の大人とは到底思えないような口調で奈良県南部であったことを捲したてた。
「日枝さん!これはいったいどういうことだね!?アンタの言う通り、八幡宮の解散命令をだしたのにアイツらは従わないどころか、全国の八幡宮とその氏子、いやそれだけじゃない!稲荷神社や天満宮、戎神社にも呼び掛けて本庁に講義をしてきよった!今後一切 国の神事には協力しないとまでいいおって!」
どういうことだ?僕は思わずメグを振り返った。
第79話をお読みいただき、ありがとうございます!
さてこのお話、登場人物の視点で起きた出来事を描写するようにしています。
基本的には主人公である夏菜子が語り部ですが、彼女では説明しにくいことは、アレ君や理沙ちゃん、太子のおっちゃん、真魚さんなどなど、そのときどきの状況に相応しい人が話します。
そして今回!いよいよ敵の思惑が見えてきました!
ぬぁんと、「第67話:三つ数えたらアホになる……」で名前が出て来た、アレ君のマブダチの日枝礼二です!
萌え萌え美少年のくせにスケベで熱い漢・アレ君のマブダチとは思えないくらい、日枝礼二は冷淡な男のようですが……秘書のメグはそんな彼を心配しているようで……。
ついでに!今までお読みいただいた読者の皆さんからみれば、「こいつアホちゃうか」と思っちゃうアーロンと阿部川議員!お前らどないやねん!と思っていたら、ついに出て来た『人造の神』!
あれ?しかしコイツ、既に自我があるっぽい……?
そんな中、突然の日本全国のいろんな神社がストライキやって!?
「いったい何が起きとんねん!」
待て!第80話!
引き続き、応援よろしくお願いいたします!




