第77話: 『修身斉家治国平天下』とか、『格物致知』とか。あんま漢字ばっか並べられても困るんだけど?
なんか、理沙っちが眼鏡を掛けてタブレットを操作してる。調べものかな?
「太子様、あなたが仰るのは、米国の哲学者、ケネス・アール・ウィルバー・ジュニアの『インテグラル理論』ですわね?フラットランド化というのは、そのインテグラルの概念である『All Quadrants, All Levels(すべての象限、すべてのレベル)』において、個人と集団の内面的世界が、外面的世界に折りたたまれる唯物主義のことではありませんか?」
理沙っちがそう言うと、アレ君が感動したみたいになってる。
「理沙さん……あんだすげぇな。オラ、高野山でその話きいでも、最初は何のこどだかてんでわげ分かんなかっただ。」
アレ君がそういうと、理沙っち、ちょっと顔が赤くなって眼鏡の端を上げてんだけど……あれ?なんか夏菜、アレ君のTシャツの袖引っ張ってる?てか、なんでこの二人こんなにくっついてんの?
「アレ君……なぁ、アレ君……ウチかて頑張ってるやんな?」
夏菜どした?耳までまっかっかで、なんでそんなに甘えた声出してんの?そんなキャラかよ?
「え……?これって……これって!?ガッ!?まさかそういうことなの?ちょっとそれ尊すぎる!ねぇ美紗さん、ちょっとティッシュ貸してくれない?」
おいおい、こっちはこっちでなんか悶えてるし。ってか、太子のおじさんと真魚さんドン引きしてるし。
「美紗ちゃん、あのー……理沙ちゃんって、なんか変な病気もってたっけ?若いのに気の毒やけど……ちょっと気色悪いっていうんか……あ、人それぞれやから差別したらアカンねんで。にしても、やっぱり天は二物を与えへんねんなぁ……」
ごめんおじさん、そうなの。理沙っちは病気なんだよ。腐女子っていう。
「た、太子様……失礼いたしました……あ、そう言えば、こちらの殿方が高橋・銀次郎・アレクセイさんですわね。お初にお目にかかります。」
「あ!いやその!こぢらこそ!いんやぁ~こらまだなんどもベッピンさんでねが!おっぱいもでけぇ~!痛た……夏菜子さ、すまね!許しでけろ……今のはちょっとしだ言葉のあやだべ……」
え?なに?そういうことなの!?
「ちょっとアレくんさ~」
「は?なんだべ美紗さん?しだどもその狐の耳さ、マジでめんけぇな~」
「いやそうじゃなくてさ、いつの間に夏菜とできてんだよ?しかも、あーしに無許可で!っていうかさ、何気にあーしもアレ君のこと狙ってたのに、二重に残念っていうかぁ~」
って言ってたら、八幡さんが、あーしと、夏菜と、理沙っちの頭を順番に扇子で叩いた。いってっ!
「あんたらな、ややこしい四角関係を広げるんはやめなさい。ほんでアレ君、浮気はアカンって。何で理沙ちゃんと美紗ちゃん見て鼻の下伸ばしてんねん。ホンマに清盛といい、男っちゅうんはアホやで。」
「す、すみません……神功皇后さま……ちょっと夏菜子さんが可愛かったり、アレクセイさんとの恋や、美紗さんとの百合が尊かったりするもので……」
ギクッ!!な、なにが百合だよ理沙っち!そんなんじゃないって!!
「ちょっと真面目にお話しします……『All Quadrants, All Levels』とは、この世界のあらゆる事象は、それを観測する個の人間の意志、そしてその集団の文化、個別の物質や科学技術、そして社会インフラや制度という四つの側面によって成る、という概念です。ところが、産業革命以降の科学の進歩に伴うインフラや医療の更新、化石燃料使用による際限なき成長は、人間の価値基準を変えてしまった。欲望は際限なく膨らませることが出来る、それが良いことだ、となり、その制度としての完成物が金融資本主義、というとこでしょうか?」
う、うぅ~ん?なんか難しいけど、太子のおじさんは大きく頷いた。
「あたりや、なかなか頼もしいな、ええ?ところで理沙ちゃん、ほな、その三毒の結晶の如き、現代の社会構造を逆転させるんはなんやと思う?」
おじさんが尋ねると、理沙っちはしばらく真面目な顔で考え込んでたけど、ふと頭を上げた。
「それは、『無知の知』あるいは、『格物致知』ではありませんか?」
理沙っちがそういうと、太子のおじさんも、小角さんも、満足そうに頷いた。
「『大学』に、修身斉家治国平天下といい、格物致知という。『其の意を誠にせんと欲する者は、先ず其の知を致す。知を致すは物に格るに在り。知至りて后意誠なり。意誠にして后心正し。』理沙ちゃん、分かるな?」
え?なに?わっかんねーよ!呪文?真魚さんがお経あげてるみたいな。
「夏菜、わかる?」
「え、えーと、大学で習った気がするようなしないような……」
「なんや夏菜子、親鸞の教えを学ぶ大学を出とる割には情けないな。」
おじさんがいうと、夏菜は「えへへ~」て誤魔化した。すると、
「心正しくして后身修まる。身修まりて后家斉う。家斉いて后国治まる。国治まりて后天下平らかなり。」
って、理沙っちが続けた。
すげぇー……ただの腐女子じゃないんだ……
「つまり、太子様はこう仰りたいのですね?個人としての人間精神の成長が無ければ、その集団たる社会の成長もなく、その結果として、それらの反映である文明の持続可能性もあり得ない、と。」
そしたら、おじさんが無言で頷いた。
「イースター島って知っとるか?かつてイースター島には王国があり、王を頂点とした貴族社会があった。せやけど、イースター島の繁栄が絶頂になった時に、その食糧生産を支える漁場での漁獲高が減少し始めた。でも、変化は急に起きたわけやない。ゆっくり起きた。そやから、それに備えることが出来たはずや。にもかかわらず、イースター島は急速に滅んだ。彼らがなんで死んだのか?きわめて明白や。モアイの造りすぎや。」
「またまたー!おじさん、モアイの造りすぎで終わりって、意味わかんないって!あんなん何のために作るんよ!」
でも、あーしが言うと、おじさんが何か言う前に、理沙っちが鋭い目で「同じですわ」って言った。え?……
「何にも変わりません。現代人のわたし達がやっているのは、モアイの代わりに、それが高級車になったり、高層マンションになったり、これ(スマホ)になったりしているだけです。今から2000年後の知的生命体が見たら、『猿が進化したこの生き物は、なんでこんな無意味なことをしたんだろう?自分たちが生き残るための資源を使い尽くして』というでしょう。」
「理沙ちゃん、そこまでにしとき。この本質的な問題を直視することは、現代人にはなかなか耐え難い。ま、アレ坊は分っとるようやが……」
「いや……太子様、理沙さん、理屈は分ったはんで、それでどさしてフラットランド修復するだ?もう一回一人一人の人間さ、再教育すべ?とうてい間に合わねえべ。そのー、千手観音さんだっけか?そいづらの作戦開始まで、あと4日しかないべ。」
そうだよ!なんか難しい話いっぱいしてるけどさ、四天王寺にいた樫原真琴ってやべー奴の話だと、あと4日でそいつらが地球人全員洗脳して奴隷にすんだよね?
あれ?理沙っちどしたん?なんかマジな顔でブツブツ言ってるけど?
「顕在意識に働きかけて自己一致を促すには時間が間に合わない……なら、潜在意識の底にある大いなる自己を非言語的メソッドで励起すれば、あるいは……」
「理沙っち、なにブツブツいってんの?また例の腐女子的なヤツ?」
でも、顔を上げてあーしを見た理沙っちの顔、アニオタでも腐女子でもない、エリート官僚になってる!?ちょっ!怖いんですけど!
「真魚様、小角様。少々お聞きしたいのですが、一時的に人の意識を高次領域にジャンプさせる方法は無いでしょうか?例えばダルウィーシュの回転ダンス、ネイティブアメリカンのスウェットロッジとかビジョンクエストのような……」
なんのことかぜんっぜん!わかんないけど、真魚さんと小角のおじさんは、ビックリしてうんうん頷いてる!えっ!理沙っちってただのオタクじゃないの!?
「驚いた……回転ダンスやビジョンクエストの名前だけのうて、その意味も知っとるんか……理沙ちゃん、あんたは一体何もんや?」
真魚さんが言うと、理沙っちは少し照れくさそうにはにかんで、眼鏡をクイっと上げる。
「大したことではありませんわ……わたしは、文化財部 文化観光振興係のしがない職員です。お二人と比べたら……」
なんだよ理沙!カワイーじゃん!いっつもこんな感じでいればいいのに!
「いやいや理沙ちゃん。謙遜せんでええ……いや、正直ここまで博学とは思わんかったし、そこに考えが至るとも思わんかった……とはいえ、これはなかなか難事やのう……」
「なんでやねん、太子よ。オレらついさっきやったやんけ。ここで四天王供かましたやろ?アレを地球規模やったらええだけやろ?」
あ、でもアレ君が首ふってるよ?ダメなんじゃね?
「真魚さん、それは無理だべ。あれさ、姫と夏菜子さの陰陽の霊力と、アンダら二人の法力があっだから可能だったべ。それでも効果範囲はせいぜい半径10㎞だべ。」
「なんやアレ坊。そんなもん金烏玉兎集ver2を使うて、呪力付きのライブ配信やったらええだけちゃうんか?」
「真魚さん、簡単に言うけんど、それするには電力を呪力に変換せねばなんねでねえぇが?ものすげぇー変換効率悪いべ?原発5基分くらいの電力いるべさ。関電管内の電力需要の20%くらいだべ?どさして集めんだ?」
「あの、実際にどのような儀式であったか、わたしは見ていないので何とも申せませんが、動画配信だけではダメなのでしょうか?」
理沙っちがそういうと、太子のおじさん、「アカン」っていう。なんかさぁ、アカンってすごくない?それだけでダメっぷりめっちゃ伝わるよね。
「理沙ちゃん、ああいうもんはな、ただ視覚的な画像だけで伝わるもんちゃうんや。その場にいて、そこに臨在するエネルギーを受けて、初めて伝わるもんなんや。」
え?臨在するってなに?もうちょっと優しーことばで言ってくんないかなぁー……あっ!でもこれってさぁ……
「そうですか……なかなか簡単にはいかないものなのですね……あら?美紗さんどうしたの?何か妙案でも……」
「あのさー!理沙っちもアレ君も、真魚さんも難しく考えすぎだって!そんなのさ、フェスやればいーんだよ!琵琶湖でやってるカミナリロックフェスみたいなやつ!そんでそれ、全世界中に配信すんの!楽勝じゃね?イェーイ!」
あーしが言うと、全員が振り返った。
「フェスの全世界配信だって??」
本日も更新をお読みいただき、ありがとうございます!
今回は少しだけディープなお話でした。発達論や東洋の古典思想、そしてイースター島のモアイの話……実はこれ、米国の人類学者、ジャレド・ダイヤモンドの著作の中にある話で、文明というものが、実は極めて不安定な気象や海流などの自然条件の上に成立しており、それを無視してエゴを満足させることに終始しているといつか突然滅んでしまう……そんな事例の代表として出てきます。
それを回避するのは、人間たち自身が自分を見直す必要がある。でも間に合いそうにない…そんな重苦しい雰囲気の中、突然飛び出した美紗ちゃんの「フェスやればいいんじゃね?」
一体どういう話でしょう?
ここ、談山神社での困難な戦いを終え、次話からは西宮へ向かう船旅がスタートします。
千手観音クマラの作戦開始まであと4日!
引き続き、彼女たちのドタバタ劇と世界の行方を見守っていただけたら嬉しいです!




