第71話: 「オペレーション・フォールン・グリゴール(Operation Fallen Grigori)」 ある兵士の独白
「ハイ、テッド、こんなうんざりするような任務はさっさと終わらせて、コザで一杯やろうぜ。」
同僚のトニーが声をかけてきた。
まぁ、そうだ。
オーダーは、「悪魔崇拝を復活させようとしている新興宗教の拠点の掃討」とかで、テロリストを極秘裏に処理せよ、とのことらしい。
それが、嘘が本当かは知らない。
似たような任務は、世界中いろんな場所でやってきた。
アフガン、ミャンマー、イラン、ガザ、シリア、ウクライナ…いちいち覚えちゃいない。
シールズの頃からPMCに移籍後も含め、どれだけやったか?
覚えていたところで意味もない。
それがオレの日常だ。
オレがドッグタグ(認識票)の裏に挟んだ写真を見ていると、トニーが言った。
「ヴィッキーか。いくつになった?」
「11歳だ。来年はジュニアハイスクールだからな。金はいくらあっても良い。」
こんなことをやってるのも、全部娘のためだ。
オレは他の稼ぎ方なんて知らないのだから。
「けどよ。」トニーが言う。
「今回の任務は、さすがにやばくないか?日本は同盟国だろ?しかも目標は民間人、若い娘と男だとよ。」
「おいトニー、ずいぶん今更じゃないか?ガザじゃ命乞いする若い看護師の娘の頭を……」
オレが言いかけると、トニーは無言で「よせ」と言う仕草をした。
「あれは……クライアントからの強い要望で……だいたい連中は本当のテロ組織だぜ?」
「だったらこれも同じさ。そろそろ時間だ…おしゃべりはこのくらいにしよう。」
そのとき、インカムに通信が入った。
「各員に通達。現在、日本時間で0400。オペレーション・フォールン・グリゴール(Operation Fallen Grigori)開始。野郎ども。今日の仕事はちょっとしたゴミ掃除だ。さっさと終わらせてテキーラをあおろう。」
「了解」
オレは短く答え、最新鋭の四眼式暗視ゴーグル(ナイトビジョン)を降ろした。
「対象エリアの電力網の遮断、ドローンによる携帯通信のジャミング完了。これより作戦エリアへ侵入する」
作戦時間は、夜明けまでの約60分。ターゲットの数は多いが、ただの民間人だ。おれたちは対象を処理してボディを回収すればいい。
オレは貨物用のトラックに偽装した装甲車から出ると、暗闇の中に入っていった。
◆
装甲車を降りると、おれたちは不気味な石造の傍を通り抜けて一本道を進んでいった。
「GPSによると、この一本道を進んでいくと、対象のいるホテルとシュラインがあるようだ。徒歩で3分。迷いようがないな。」
オレが言うと、トニーがその石像を見て、怯えたような顔をしている。
「おいトニー、どうした?さっさと行くぞ。」
「あ、いやすまん……オレが日系ってのはお前も知ってるだろうが……グランマの家で昔、これに似た気味悪い像を見てな……」
分隊長であるオレは、トニーを急き立てて道を侵入していく。
するとまたトニーが急に後ろを振り返った。
「おいトニー……ミッションに集中しろ。」
「す、済まない……いま、『セキヘイハチジン シモン』って妙な声が聞こえて……」
「時間が余っているからと言って、気が緩み過ぎだぞ?アフガンを思い出せ。」
オレはそう言うと、全員にハンドサインを送り、真っ暗な道を進んでいった。
徒歩で3分の距離だ。すぐにホテルの影が見えてくるはずだった。
しかし――5分経ち、10分経っても、視界にはバンブーの木立と、薄気味悪い白い土壁の古民家が続くばかりだ。
「……おかしい。GPSは正常だ。コンパスも東を指している。ひたすら直進しているはずだぞ」
オレが立ち止まって端末を再確認した時、先頭を歩いていたポイントマンが息を呑んだ。
「キャプテン……あれを」
彼が暗視ゴーグル越しに見つめる先。
そこには、苔生し、左半分が少し欠けた不気味な『石像』が鎮座していた。
「……冗談だろ。こいつは、さっき通り過ぎた像だぞ」
トニーが震える声で呻いた。
「お、おいテッド……ここは、マズいぜ……」
コンパスもGPSも正常。俺たちは間違いなく一直線に歩いている。
なのに、なぜ10分前に通り過ぎた『入り口』にいるんだ?
「感覚器官を狂わせるジャマーでも使っているのかもしれん。全員、周囲を警戒しろ。」
オレはそう言うと、ナイトビジョンを外して夜道を進む。もともと、今まで経験してきた作戦で暗闇には目が慣れている。これなら、センサー妨害の影響を受けることもないだろう……と思ったその時、ポイントマンが掌を立てた。「停止」の合図だ。
「なんだあれは……」ポイントマンが指さす方向を見ると、道沿いに巨大な石像が2体立っている。
右側の奴は全身が赤く、手に巨大な棍棒を持っていて、2本の角があり口が大きく開いていた。
左側の奴は全身が青く、手に巨大な斧をもっていて、やはり2本の角があり、口が閉じて、こちらを睨みつけていた。
まるで生きているように精巧で、今にも動き出しそうで……まるでそう、今こちらを睨んだみたいに……えっ?睨んだ?
「テッド!コイツ生きてる!」トニーが叫ぶ声と、その石像が棍棒と斧で襲い掛かって来るのが同時だった。
巨体に似合わない素早さで、棍棒と斧を左右に振り回す化け物を相手に、おれはなんとか反撃の指示をする。
「Peel back!(ピールバック!) パニックになるな! 交互にカバーし合って後退しろ!」
全員が一斉にアサルトライフルを発砲するが、3m近いそれには全く効いてる様子もない。
なんとか後退すると、化け物はそれ以上追って来なかったが……
「おいテッド……ここはどこだ?おれたちは、あの石像のある入り口に戻ったんじゃなかったのか?」
おれたちは、いつの間にか古い不気味なホテルの前にいた。玄関には「TONOMINE KANKO HOTEL」と書いてある。
ふと、傍にいたサンチェスが呟く。
「なんだかここは、近所の墓守の爺さんに聞いたミクトラン……冥界みたいですよ……骸骨の貴婦人、カトリーナが治めるっていう……」
「おい、無駄口を叩くな。それよりもターゲットがこのホテルにいるはずだ……」オレがそう言ったとき、
「ポロロローン♬」
ホテルの中から、チャイムの音がする。
バカな、この一帯の電力網は遮断したはずだぞ?なぜスピーカーから音がする?自家発電で備えていたのか?作戦が漏れていた?
すると、館内から?いや、この声は何処からしている?頭の中に直接聞こえてくるような、妙なアナウンスが響いてきた。
「皆さん、お休みのところ大変申し訳ございません……ですが、これより3,000年に一度のビッグなサプライズイベント!夜から朝に切り替わるこの神聖な瞬間に、太陽の巫女と夜の巫女による大神楽が催されます!皆さま、是非ベッドから飛び起きて、談山神社の神楽殿にお越し下さい!併せてこの飛鳥の地に相応しく、聖徳太子と弘法大師に所縁の法会も執り行われます!ぜひぜひ、お誘いあわせの上、ご覧になって下さい。境内には今日しか味わえない屋台も並んでおり……」
な、なんだ……サプライズイベント?い、いや、それよりなにより……おれはどうして、今聞いた日本語が理解できるんだ??そんなのは勉強したこともないのに?
部下たちも今のアナウンスが理解できたらしく、皆一様に戸惑っていた。すると……
道に一斉に街灯が点灯し……い、いや違う!ふわふわと浮かぶ青と赤の燐光が、まるで街灯のように道を照らし出しているじゃないか!
「テッド……コイツは一体……」トニーが不安な様子でこちらを見る。いや、トニーだけじゃない。部下たちみんなが怯えたように辺りを見廻す。
オレたちが?数多の死線を潜り抜け、地獄ですら生ぬるいと自負してきたのに?
「そのまま待機しろ……司令部に状況を確認する。コマンド(指令室)、こちらテッド。応答せよ(Do you copy?)」
「こちらコマンド。どうしたテッド、状況を送れ」
「あぁ……現在、予期せぬ事態が発生している。どうも電力の遮断に失敗したらしい。対象エリアにガス灯らしき光源が……コマンド?」
しばらくの沈黙の後……突然女の声がした!
「そうね、それはきっと、鬼火なんじゃないかしら?……それにわたし、あなたの後ろにいるの、私の名前は……」
「NO―――っ!」
オレは思わずインカムを地面に叩きつけ、勢いよく後ろを振り返った。
するとそこには、人形を抱いた美しい少女が立っている。
「やだ……怖い……なんか着信が来たから出てあげただけなのに……失礼しちゃうわ、ふん!」
彼女はそれだけ言うと、スタスタと赤いゲートをくぐっていく。
「せっかく、アマテラス様とイザナミ様の孫姫が踊りになられるっていうから見に来たのに。あんな無粋で粗野な男たちに会うなんて、もうサイアク!」
「なんなんだあれは……」呆然としていると、サンチェスがオレの肩を叩く。
「今度はなんだ!」振り返ると、サンチェスが呆然とした表情で何かを指さす。その向こうには……
一本足で歩き回る傘、宙を舞う布切れ、一つ目の子供、首の長い女……など、およそこの世の生き物ではない者たちが、互いに笑いあいながらホテルを出てくるではないか……
しばらくすると、ホテルから宿泊客が出て来て、目の前の化け物たちの行列に歓声を上げながら、スマートフォンで写真を撮り始めた。
ホテルの隣の土産物店のシャッターが開き、営業し始める。
「テッド、マズいぞ……これだけ目撃者がいたら作戦の遂行はもう……テッド?」トニーが呟く。もとより、こんな状況では作戦も何も無い。オレはふらふらと、赤いゲートに向かって歩きだした。
◆
赤いゲートの周りには、奇妙な、ステイツでは見たこともない様なファーストフードの店が並んでいた。
丸くて、細かく刻んだタコの入ったパンケーキや、鉄板の上で焼いたヌードル、魚の形をした焼き菓子などが売られていて、そこに観光客が群がっていた。
サンチェスが「これは旨そうだ!おっ!カードで買えるみたいだぜ!」って言っていたようなそうでもないような……オレは、ピンク色の花と新緑が咲き乱れる階段を一歩ずつ上がって行く。
不思議な光景だった。
明らかに夜明け前の一番暗い時間なのに、道は不思議な燐光で照らされ、空には金色の光と、星のような煌めきと、夜闇が混じりあいながら流れていく。
まるで、この場の大気そのものが光り輝いている様で、集まった人々も、化け物たちも、みんなどこか幸せそうだ。
階段を登りきると、そこには舞台が設えられていて、二人の美しい女性が手に鈴を持って踊っていた。
金色の光と、星のような煌めきはその二人から流れ出しているようだった。
今回は、ちょっと敵の視点で物語をつづってみました。
というのは、このPMC(民間軍事会社)のプロたちがどんな動きをするか、おっちゃんが思いついた作戦とはどんなものか、具体的にお伝えしたかったからですが、なかなか悩んだエピソードでもあります。
シチュエーションとしては、「敵」が本物の軍隊、つまり民間軍事会社を雇っているわけですから、その作戦は完全に合理的で、一民間人を制圧するくらい何でもないということです。
敵の作戦の目的は、夏菜子やアレ君、およびパワードスーツに乗せられて生体電池にされていた人々の確保で、生死は問わないというもので、数は小隊規模。
いくら法眼さんや十兵衛さんが強力でも、部隊を分散させて対象を直接襲ってきたら、全員を守り切ることはできません。
かといって、鬼たちの呪術で敵を倒すと、その悪業が鬼の召喚者に跳ね返ってくるというのは本編で言った通り。
もちろん、おっちゃんや真魚さんといった仏様は、人間界で、まして闘争のために力を行使することは出来ません。そのためには、更に上位の菩薩や如来による承認が必要なのです。
こうした中で、味方だけではなく敵も含めて、一人の死者も出さずに、いかにして彼らの作戦そのものを無効化してしまうか? それがおっちゃんが思いついた「仏的解決策」です。
いかがだったでしょうか?
とはいえ、この解決策、何だかとっても楽しそうですよね?
次回は真魚さん視点で、このお祭り騒ぎをお楽しみください!




