第64話: 鎌足さん激白!え?なに?誰が悪いっちゅう話なん?
真魚さんの声に合わせて完成した結界の中で、白と黒の光が暴れまわり、まるで溶鉱炉のようになっていた。
「ちょっとこれ、危ないんちゃうん!?」ウチが叫ぶと、真魚さんが今や!って言う。
「姫!夏菜子ちゃん!この暴れ狂う陰陽の渦に、祈りを捧げるんや!」
姫がハッとする。
「『いろは歌』ね!」
「あ、そうそう!よう知ってるやん!そんでええわ!夏菜子ちゃんわかるか!?」
え?ええ?いろは歌?なにそれ?鬼ごっこするときの歌?知ってるけどそれが何の関係が……でも姫が、ウチの手を強く握り返し、スッと目を閉じて、透き通るような声で歌い始めた!
「『色は匂へど 散りぬるを』ほら、夏菜子ちゃん、続けて……!」
姫の清らかな声に引っ張られるように、ウチも歌いだす。
「う、うん……『我が世誰ぞ 常ならん』」自分の中の温かくて大きなものが、その歌に乗って流れていくような気がした。
『有為の奥山 今日超えて……』姫が続ける……意味はよく分からんけど、姫の声と、ウチの声が重なり合って遠く、天高く昇っていく感じがする……
『浅き夢見じ 酔ひもせず……』 最後に、姫とウチがピタリと声を重ねて唱和すると、この談山神社の周囲、御破裂山全体に響く、鈴のような、鐘のような音がして、ウチらの身体が虹色の光に包まれ、それが溶鉱炉みたいになった結界の中に吸い込まれていく。
暴れ狂っていた白と黒の光が、ゆっくりと回転する光と闇の渦になったと思った瞬間、鎌足さんの呪詛で真っ黒になった身体が灰のように崩れて、回転する渦に飲み込まれていった。
「よっしゃ『沖気』が定まった。天地人の『三才』、ここに完成や。しかしこっからやぞ、ええかアレ坊……」真魚さんが緊張した顔でアレ君に合図すると、一言
「行ってでけれ……結界の周波数、大事ねぇべ」って応えた。
真魚さんは、数珠を鳴らすと再び真言を唱えだした。
「曩謨沒馱野 曩謨達磨野 曩謨僧伽野 怛儞也他護護護護護 ……」
それを聞いた後鬼さんが、驚く。
「御館様(役小角)が得意とされる孔雀明王の修法を……それで、鎌足様の業に粘りついた呪詛を浄化されるのですね……」
「んだ。見れ、三才に集まった業さ浄化されて、励起していくべ。」アレ君が結界内の光と闇の渦を指すと、それはだんだんと強い光を放ってくる。そして……
「パァン!」光の渦がはじけ飛ぶような大きな音がすると、青、赤、黄、白、黒……五つの光に分かれていく!
それは、糸のように絡み合い、人の骨格、そして血肉のようなものを形作っていき……最後にひと際大きい光を放つと……そこには一人の、どこか威厳のある年配のお爺ちゃんと、理知的な顔立ちの、男前のお兄さんが立っていた。
お爺さんはあたりを見廻し、太子のおっちゃんと姫を見ると、ふっと笑った。
「吾など捨て置かれればよかったものを……」
姫が泣き声をあげてお爺ちゃんに抱きつく。
「鎌足さん!」
そしたら、お爺ちゃんは無言で姫を優しく抱きしめ、背中をポンポンした。
「おひいさまは、いつまで経っても泣き虫でいらっしゃる……」
「大丈夫か?鎌足……」おっちゃんが声を掛けると、お爺ちゃんはゆっくりと首を横に振った。
「若君(山背大兄王)を……お救い出来ませなんだ……」
その言葉に、おっちゃんが一言、応える。
「1400年前のことやないか……それより、よう今まで国を支えてくれた。」
お爺ちゃんは小さく頷くと、すごく申し訳なさそうに姫の方を見た。
「おひいさまを犠牲にしてきただけのこと……」
そう言って深く頭を下げる彼に、姫は大粒の涙をポロポロと流す。
「全部、わたくしを護るためにしてくれたことでした……」
鎌足さんは、そう言われて目の辺りを拭う。
「はは……年寄りは涙もろくていけない。時に太子様、こちらへのお越しは」
そういうと、鎌足さんは辺りを見廻して、ぼうっとしたままフラフラと歩く人間たちを指さした。
「……さだめしこの有様に関係のあることでしょうな?」
今まで優しく姫を抱きしめていたお爺ちゃんの眼が鋭く光る。そしたら、いつもふざけてるおっちゃんの眼が鷹みたいにギラって光った。
「せや、オマエやったら、何ぞ知っとるんちゃうかって思ってな……まぁ、実は正直なところ、ここに来るまでオマエが悪もんどもの黒幕やって思っとった。」
おっちゃんがそう言うと、鎌足さんはフッと笑った。
「まぁ、当たらずとも遠からずというところですが……とは申せ、奴らを思い通りに出来ていないことは、見ての通りです。ところで、そこのお嬢さんと、異国の青年は?」
「あ、すみません。ウチは小路夏菜子って言います。兵庫県の県庁職員で、こっちは高橋・アレクセイ・銀次郎さんっていうて、洲本市の職員です。」
ウチとアレ君は、自凝島で姫と出会ったことや、イワナガヒメさんに助けてもらったことなど、ここまでのいきさつを、鎌足さんと男前のお兄さん……不比等さんに話した。
◆
「ほう……イザナミ様の御霊を継ぐ姫が現れようとは……しかし、よもや石長比売様が時代の陰で女人たちの手助けを為さっておられたとは……」
鎌足さんがそういうと、おっちゃんが頷く。
「びっくりしたやろ?」
鎌足さんがため息をついた。
「ハァー……何と申すか、結局のところ、我らが一族のやったことなど、始祖 天児屋根命の昔より、大して意味がなかったのかもしれませんな。」
天児屋根命?真魚さんも言うてたけど、その人誰なん?ウチが訊くと、不比等さんがニッコリ笑って教えてくれた。
「夏菜子姫、天児屋根命は我ら中臣氏……藤原氏の始祖たる天津神にございます。」
「え?えっとその……ウチは別に姫とかちゃうんで……その、普通に夏菜子さんとか、小路さんとか言うてくれた方が……ほんでその、やったことって言うのは?」
「ああ、なるほど。夏菜子姫は、天岩戸の下りをあまりご存じないと見えまするな……そも、我らの一族は祝詞や言霊など、祭礼を司っておりましてな。高天原においてその基礎を作った祖神なのです。」
「祭礼?祭礼って、よう神社でやってるお祭りとか、七五三とか、そういうやつでしょ?せやけど、なんでそれが……その、真魚さんがデタラメづくりを生業とか悪口言うてて……」
ウチが言うと、不比等さんと鎌足さんは、少し考えこんで、すぐに膝を叩いて笑った。
「あ、あのごめんなさい……なんか、今までこの国空っぽとか、ツギハギとかそんな話をおっちゃんが言うてたもんやから……」
「いえ、夏菜子姫、まさにその通りなのです。」
「その通り?」
「左様、それこそが、我ら一族がおひいさま(姫)を奉戴申し上げて、この国の皇大神と為さざるを得なかった理由です。」
鎌足さんがそう言うと、おっちゃんが糺した。
「やっぱり……お前らは最初から分かっとったんやな。」
「左様、それこそが、八意思兼神と、我らが始祖 天児屋根命が作り上げた御伽草子、この国の形にございます。」
「八意思兼神……あのバケモンまで絡んどるんか……」
誰それ?登場人物が多くて分からへん。ウチが頭を捻ってると、姫が教えてくれた。
「八意思兼神というのは、智慧を司る神なの。わたくしが天の岩戸に隠れていたとき、外へ連れ出すために「お祭り」をしようって、言いだした人なんだけど……」
「なにそれ?姫はお祭りに吊られて出てきたん?」そういうと、姫はふくれっ面になった。あーやめて、可愛いから。
「だって……しょうがないじゃない。わたくしがいないのに楽しそうにしてるの変だし、それにお祭りしてたら屋台も出てるかもって思うじゃない?」
いや、思いませんよ?しかも、そんな昔にたこ焼きも焼きそばも無いからね?
姫とウチが良いあってると、鎌足さんが優しく微笑んだ。
「おひいさま、ようございましたな。朋輩ができたようで……」
「そんで、八意思兼神はんが考え付いたんは、光の神による支配で、闇と夜が無いことを覆い隠す、そんなところか?」おっちゃんが言うと、鎌足さんと不比等さんは、無言で首を縦に振った。
「本来ならば、国産み、神産みは、天の気を持ち昼を司るイザナギ様と、大地の気を持ち夜を司るイザナミ様による、陰陽の交わりによってなされる筈でした。しかし、イザナミ様が命を落とされたのはまだしも、イザナギ様が黄泉比良坂でイザナミ様を拒んだことで、この国の陰陽の断絶は決定的なものとなってしまった……しかし、それではもはや、力ある神は生まれなくなる……そこで、八意思兼神と天児屋根命が最初に考えたのは……」
急に、姫が真っ赤になった。「どないしたん?」ウチが訊くと、
「し、神話や古代の物語では、兄妹や姉弟で夫婦になることはよくあることだから……」
ん?意味わからん。何言うてんの?そしたら、後鬼さんが解説してくれた。
「夏菜子様、姫様は、スサノオ様を好いてらしたのです。」えっ?……ええっ!?
「どっ!どういうことっ!姉弟やでっ!?ああ、今と法律違うんか……いや、でもそれはちょっと……」ウチと姫が真っ赤になってると、不比等さんが、ああ、いやいやって言う。
「先ほどおひいさまが申されたように、古代では近親婚は左程に珍しいことではありません。また、おひいさまとスサノオ様は、イザナギ神とイザナミ神の夫婦の交合から生まれたわけではなく、化生で生まれた神です。それで、我らが始祖は、お二人を夫婦にして、イザナギ神とイザナミ神の神産みを再現できないかと考えたのです。」
「ちょっどその、鎌足様って呼んでえが?それ、おがしぐねが?姫とスサノオさんって、どっちもイザナギさんが、黄泉の穢れを洗い流した時に生まれた神さんだべ?イザナギさんが天の気ってんなら、姫もスサノオさんも天の気しか持ってねぇべ。なしてそれで神産み再現できるべ?」
アレ君がそう言うと、不比等さんが困った顔になる。
「アレクセイ殿と申されたか?まさに、貴殿の言われる通り。ただ、何故か分からぬが、スサノオ様は強力な陰の気をお持ちであった。八卦で申すところの『震』、雷や暴風雨であるな。一方のおひいさまは『乾』、これは天または光を意味する。それゆえ、思兼神様と天児屋根命は、不完全ながらも夫婦としての陰陽の交合が可能と思ったのであろう。」
うーん、なんのこっちゃ良く分からへんけど……とりあえず、姫は耳まで真っ赤にして俯きっぱなしやった。
読者の皆様、こんばんは!本日は少し投稿が遅くなってしまい、申し訳ありません(-_-;)
第64話、いかがだったでしょうか?
真魚さんとアレ君の「サイバー呪術」による天地創造のスペクタクルから一転、顕現した鎌足お爺ちゃんと姫の再会シーンは、書いていて自分でも少しウルッときてしまいました。1500年間、国のバグを一人で背負って泥を被り続けた初代の重圧……おっちゃんの言葉で、少しでも報われていればいいなと思います。
そして後半は、藤原不比等による古事記のネタばらしです!
え?姫とスサノオさんは結婚してないよね?どうなるのでしょう?
次回、第65話もさらにディープなオカルト歴史ミステリーへと突入していきます。お楽しみに!




