第65話: 姫、ブチ切れ。『作り物の太陽が灼熱の太陽に変わって全て焼き尽くす』んやって。
「まぁでも……姫はスサノオさんと結婚してないよね?クシイナダさんっていう奥さんがおるんやし。」
ウチがそう言うと、姫はちょっとぴくって震えた。
「だって……だってあの子、『吾は根之堅洲國に行き申す。姉上、達者で』って、さっさと行こうとするんだよ……わたくし、すごくショックで……」
「え?なに言うてんの!?そんなんすぐ言わな!『お姉ちゃんはアンタが好きやねん』って!」でも、ウチが言うと、姫がジト目で見返す。な、なんやのんな……?
「夏菜子ちゃんがそんなの言えるの?チューしておいて『してません』とか、必死で否定してたくせに。」
「ん?チューってなんだべ?」カチャカチャPCを打ってたアレ君が、急に振り返った。
「わっ!わぁ~っ!アレ君、何でもない!何でも無いねん!」でもそういうと、アレ君が不思議そうな顔をした。
「そう言えば……なんか夢の中で、もんじゃ食ってビール飲んでた気がするべ……そしたら夏菜子さが店に入って来て、殴られて……あ、いげね……」
そう言って、無言のままPCのキーボードをカチャカチャ打ち始めた……なんか、耳まで真っ赤になってる。
「アレ君……ひょっとして覚えてる?その、ウチ……」ウチが訊くと、アレ君は画面を見たまま首を横に振った。
「なんだべ?オラそんなの知らね。それより不比等さん、そっがら先は古事記に書いてるべ?だども、スサノオさんが高天原で暴れで、そんで姫さん、天の岩戸に入っだって、嘘でねが?」
アレ君がそう言うと、不比等さんはふうっとため息をついた。
「……然り。おひいさまは、スサノオ様を失ったご心痛で岩戸に入られたのじゃ。そうして、その間にスサノオが暴れたことにした。それが八意思兼神と天児屋根命が行ったことじゃが……」
不比等さんはそこで一息つくと、少し間をおいて続けた。
「麻呂は、『スサノオ様が暴れたから、おひいさまが岩戸に入られた』ことに改ざんした。」
ウチは一瞬、意味が分からんかった。姫もキョトンとしてた。でも、おっちゃんは違った。一人だけ、意味が分かってるみたいやった。
「続けろ。」おっちゃんがそう言うと、鎌足さんと不比等さんは、畳に額が着くくらい、頭を下げた。
「太子様……スサノオ様は三貴子がお一人。加えて嵐と雷の神、英雄神にして、黄泉への入り口を管理する神にござりまする。その方が、おひいさま(アマテラス)を拒んだとなれば高天原が倭を治める正当性など……イザナギ様の霊を受け継ぐ嵐と雷の英雄神が、イザナミ様直系のクシイナダ様を妻とする。民は皆、恭順しましょう。」
頭を下げたまま鎌足さんが話すと、姫は呆然とした。
「え?あの……鎌足さん、それって……」姫が言うと、不比等さんが付け加える。
「おひいさま、八意思兼神は、おひいさまに外に出てきてもらいたかっただけにございますが、飛鳥の宮が終わるころにもなると、その物語にいくつか、加える必要がございまして……」
どういうこと?ウチはなんか意味が分からん。
「なぁ不比等さん。姫はスサノオさんが姫の気持ちも考えんとシャーって出雲に行ったんがショックやったんやろ?誰かちゃんと姫のことギュってしてあげたん?」
ウチがそう言うと、鎌足さんと不比等さんが固まってる。
「か、夏菜子姫?ぎゅっと、と言うのは?」不比等さんが、目を白黒させながら訊いたから、
「そやから、ギュっとしたらええやん?ウチ、自凝島神社で、姫のことギュっとしたで?まぁ何かにつけてしてるかも。」
ウチがそう言うと、姫も「あーっ」って言うた。
「そうだね、確かに、石清水でも、わたくし夏菜子ちゃんのことギュっとしてたね。あ、さっきもしてたし。」
でも、鎌足さんも不比等さんも、全然わからんって顔をしてた。
「いや、そやからな。姫は失恋したんやん?そしたらな、仲のええ子とか、友達とギュっとしたらええんちゃうん?それでワンワン泣いたらだいたい解決せえへん?ウチ、彼氏に振られたとき、田島が一晩付き合ってくれたで。アイツって、ちょっとお姉ちゃんみたいやし。」
ウチがそう言うと、姫も、
「あ、それなら確かに、岩戸とか入らなかったかも!」って言うた。
「お、おひいさま、夏菜子姫、お待ちを……それは、思兼神が案じた一計はそもそも間違いとでも?」
「うーん、っていうか、それ自体余計ちゃう?それに、なんでその後で『スサノオさんが暴れたから、姫が岩戸に入った』ことにしたん?姫、ちゃうやんな?」
ウチが言うと、姫はちょっと恥ずかしそうにしたけど、いちおう頷いた。
「ちょっと……夏菜子ちゃん、そこ何回も言わないでくれる?だってね。わたくしが必死で『持ち物を交換して、子どもっぽいものを作ろう』って言ってるのよ!?分かってくれても良くない?それなのに、『誓約は終わりました。僕の潔白は証明できたね?じゃあさよなら。』って行っちゃうのよ!おかしくない!?」
「ちょ、ちょっと……姫、その話長いから……でな、不比等さん、なんでなん?教えてくれへん?」
ウチが訊くと、鎌足さんも不比等さんも言葉に詰まった。
そこで…
「そら、民衆に大人気のスサノオとかオオクニヌシが邪魔やからや。せやろ?」
おっちゃんが問い詰めるように言った。
「ま、オモイカネが考えたことは分からんでもない。姫とスサノオをくっつけたら、いちおうは陰陽の和合が成って神産みは継続され、高天原の正当性は揺るがんやろう。でもスサノオが出雲に行った。ホンマやったら、その時点で大山津見神はんに言うて婿をもらえば良かった。ところがそれをやったら高天原の権威が低下する。ほんでスサノオを悪もんにして、高天原と倭は『独神アマテラス』が支配することにした。けどな」
おっちゃんが、更に続けた。
「誓約の時に出来た天忍穂耳尊なんちゅうのは、そもそもがただのクローン、ホムンクルスみたいなもんや。正しい判断なんか出来るわけがない。
それでそいつらは、国津神たちが田を耕し、山を切り拓いて作った国を奪い取り、石長比売はんを軽んじて、見た目がええコノハナサクヤはんだけを娶った……その結果、神としての命が薄くなり、自らの力で国を統治出来へんようになった。
そのことがハッキリしてきたんが、ワシがおった時分やった。そやから、ワシは国を新しくしようって思うて、十七条憲法を作った。
そやけど、後の時代の連中はそない思わんかったみたいやな?ちゃうか、不比等よ。
そやから、お前らは、自分らがちゃんとすることより、他を貶めることを選んだ。スサノオやオオクニヌシを貶めれば、出雲を押さえることが出来る。
ところが、不思議なことが起きた。国難の節目節目に不思議な力がこの国を支えた。
姐さん(神功皇后=八幡さん)の話はその典型や。石長比売はんが憑依して、神の如き託宣の力をもつ姐さんの力が無ければ、熊襲との闘いも、百済や新羅との戦いも勝たれへんかったやろ。ワシがサポートした叔母上……推古天皇や、不比等、オマエが支えた持統天皇にも石長比売はんが憑依しとったんや。その意味が分かるか?」
おっちゃんがそういうと、鎌足さんと不比等さんは絶句して言葉を失った。
「な……我らの国造りに意味はなかったと?……」
「そこまでは言わん。お前らかって、自分でそう言うやり方を思いついたわけやないんやから。そやけど、こういう言い方は出来る。この国は……」
「こ、この国は……?」鎌足さんが、息を呑んで、おっちゃんの言葉を待った。
「その場しのぎで物事を乗り切ることが癖になって、何が正しいのか、間違いなのかも分からんようになってる。せやけどな、その先にあるのは堕天……仏自らによる、救済という名の虚無への消去や。」
その場にいる全員が凍り付いた。
堕天の話は、四天王寺からずっと、皆で話し合ってきたことやった。それに、さっきイザナミお祖母ちゃんに乗っ取られている時も、空に魔神と化した仏さんたちが現れたのも分かってた。
それでも……おっちゃんが改めてこの言葉を口にしたことが恐ろしかった。
それって、観音さんであるおっちゃんが、堕天はほぼ確実に起きることやと思ってることやから。
おっちゃんは、さらに容赦なく続けた。
「ワシ自身、勘違いしとった……仏教で国の体裁を維持できるわけなかった。本気で追及したら、逆に国なんか吹き飛ぶもんやった。それが分かったから、不比等よ、お前は小角はんや真魚を取り込もうって思うたんやろ?ちゃうか?」
ここで真魚さんが首を捻った。
「いやー……まぁ、オレも国を利用して真言宗を広めたろうって思ったから、ある意味ウィンウィンやけど……結局その所為で、高野山とか延暦寺の力が朝廷以上になったり、その後に出てきた親鸞や日蓮のせいで武家や町人が力つけて、結局朝廷の権威なくなったやん?あれって意味あったんけ?鎌足はん、不比等はん、オレにとっちゃ有難いけど、なんであんなんしたんよ?」
そして……それまで黙ってた姫が、ぼつぼつと話し出した。
「そう……よね。タラちゃん(八幡さん=気長足姫尊)が、朝廷を見限って武家に統治権を与えようとしたとき、たぶん、そのまま滅ぼすべきだったんじゃないかしら?江戸幕府が終わるときも、そうすれば良かったかも?普通、よその国ならそうするじゃない?ずっと続いているのが自慢?そんなこと、他の国で自慢しないわよね……」
そういうと、姫が深いため息をついて、手で顔を覆った。
「わたくし、こんなこともう嫌だわ……」
「おひいさま!」鎌足さんと不比等さんが叫んだ。でも……
「もううんざり……タラちゃん、道真さん、ヒルコ兄さんの神社(八幡神社、天満宮、戎神社のこと)は、この国にいくらでもあって、時代は変わっても、人々はみんな大好きなのに……わたくしはいったいなんなの?お母さま……イザナミお母様は、わたくしのこと『作り物の太陽、人形、お前なんて知らない』って言ってたわ……夏菜子ちゃんのことは『我がいとし子』っていってたのに……なんなの?……わたくしはなんなのかしら?……惨めすぎて、もう嫌。」
「おひいさま、それは……」鎌足さんが何か言おうとすると、姫は手を挙げて遮った。
「あの作り物の神を作った愚かな人間ども、全て焼き滅ぼします。そして、偽りのこの国の姿も我が光で悉く焼き払います。」
いつも応援ありがとうございます!
姫が遂にブチ切れてしまいましたが……日本、どうなってしまうんでしょうか!?
さて、この度、本作の真のテーマである「神話夫婦のやりなおし」をより多くの方に知っていただくため、タイトルを少しだけリニューアルいたしました!
(※旧題:~都会憧れ公務員と、神様たちの国生みライフ~)
看板はお色直ししましたが、中身の熱量はそのまま、むしろさらに加速していきます。
3,000年の虚構が暴かれ、すべてを焼き尽くそうとするおひいさま。これって良いこと?それとも悪いこと?さて、夏菜子はどうするのでしょうか……?
引き続き、彼女たちの活躍を楽しんでいただけると嬉しいです!
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