第60話: 激闘 談山神社!④ 一日(ひとひ)に千頭(ちかしら)くびりころさむ。
夏菜子とアレ君、法眼さん達を追いかけて茅乃輪をくぐると、わたしは、世にも恐ろしい光景を見た。
境内のあちこちに、原型を留めないほど破壊された敵の亡骸が転がり、巨大な隻眼の鬼神と、翼をもった鬼神が、もはや抵抗する意思を失った敵兵に向かって、無慈悲に何度も巨大な剣を振り下ろしていた。
他にも、醜悪な魔獣が、鋼鉄の装甲ごと敵を紙くずのように引き裂き咆哮しているのを見た。
そして……最悪なものを見た。
それは、境内の玉砂利の上に仰向けになって、身じろぎ一つしないアレクセイ・銀次郎さんと、彼の傍に立って、血の涙を流して、怒りと憎しみで鬼のような形相になった夏菜子ちゃんだった。
その髪の毛は総毛立ち、全身から赤黒いオーラが迸って、その力の余りの強さに、彼女の身体は宙に浮いていた。
彼女は叫んでいた。
「よくも!よくも!ウチの大事な人を!アレ君を!ウチのアレ君……大好きなアレ君……目を醒まして……許さない……許さないーーーっ!!!」
彼女の全身に、怒り狂い雷をまとった悪鬼が現れる。その者たちは彼女の怒りに呼応して赤い雷を空間に放射し、それを受けた敵の兵士たちはたちまち燃え上がり黒焦げの死体になった。
夏菜子ちゃんは、それを見て狂ったように笑った。
「ざまを見ろ!殺してやった!殺してやったぞ!あの男の子孫どもめ!海に流されたわらわの子を返せ!首を斬られたわらわの子を返せ!あいつの子孫は皆殺しだ!!」
わらわの子供?……夏菜子ちゃん、何を言っているの?……もしやあれはイザナミ様……?
まさか、曼陀羅の反転ってこのことだったの!?
辺りを見回すと、真魚さんと太子様がいる。
「真魚さん!太子様!これって何が起きてるの!」
二人は、必死で真言を唱え加持祈祷を行って、夏菜子ちゃんを鎮めようとしているようで、わたしの声も届かない。
「くそっ!金剛界一印会を用いても、この呪いが現世に漏れへんようにするだけで精いっぱいや!いつまでもつか分からん!おい太子!どないかならんのか!」
しかし、太子様は顔面蒼白で応える。
「む、ムリや……今の夏菜子は始源の創造神、イザナミそのもの……さっきから聖観音真言を唱えとるけど、抑えるどころか……アカン、アイツの幸魂が完全にどす黒くなって、この世界の軸そのものがひっくり返る……」
「お、おい太子……それは堕天やないか!胎蔵界曼陀羅の仏が……魔神になって襲い掛かって来るぞ!」
常世の空が黒く陰り、赤黒く輝く仏たち……いや、魔神達の姿が浮かび上がる!
そんな……そんな!淡路島で、泣いているわたしを慰めてくれた夏菜子ちゃん!関東炊きを食べさせてくれた!石清水では、わたしの気持ちをくんで、饒速日を救ってくれた!お好み焼きも焼いてくれた!
アレ君……優しくて、勇敢で、みんなを大事にしてくれて……何より、私の大切な友達、夏菜子ちゃんのことを一番に思ってくれた!その彼が……死んでしまったの……?
「ダメっ!」思わず叫んだ。
太子様の腕を引っ張り、大きな声で叫ぶ。
「おじさん!ちょっと手伝って!」
「お?おお、美紗ちゃん……ごめん、いまそれどころや……って、君誰や?……いったい……」
「そんなの今はいーんだよ!力貸して!光明真言唱えて!ほら、真魚さんも!早く!」
「お?おぅ、なんやよう分からんけど……真魚!いくで!」
「え?え?このお嬢さん誰?…ま、まぁええわ!……オン・アボキャ・ベイロシャノウ・マカボダラ・マニ・ハンドマ・ジンバラ・ハラバリタヤ・ウン……根源なる聖音よ、不空なるヴァイローチャナよ。大印を有する者よ。宝珠よ。蓮華よ。光明を放ち給え。真理の名のもとに……」
「絶対に二人とも助ける!大日如来さま!あなたの光をわたしに!」
雲間から一筋の光が差し込んでわたしの身体を照らす。
次第に、胸の辺りが輝き出して、わたしは、だんだんと体中に力が満ちてくるのを感じた……まだ、まだだ……これでは、黄泉の邪神と化した、今の夏菜子ちゃんを止めるには足りない…
「それでも!」
わたしはとっさに駆け寄り、恐ろしい形相をした彼女を抱きしめる。
わたしの胸から溢れる光が染み込んで行くと、彼女は苦しそうに咆哮をあげた。
「ぐぎゃぁぁあ!熱い!熱いぃっ!何をする!?…キサマっ!あの男の娘、作り物の太陽ではないかっ!」
そういうと、夏菜子ちゃん…いえ、イザナミ様はわたしの首を両手で締め上げる。
「く、苦しい…お母様、おやめ下さい…」
「だまれっ!!薄汚いイザナギの人形がっ!わらわはお前など知らぬ!!」
薄汚い人形…作り物の太陽…ほんとね…首を絞められる痛さ、苦しさとは別に、その言葉が胸に突き刺さる。
実の弟に向き合わず、岩戸に隠れたこと。
高天原の天津神たちに乞われるままに、彼を追放したこと。
そして…人間たちが作った化け物からも逃げて、夏菜子ちゃん達に頼り切って…
そんなことをしなければ、こんな風に世界が滅んでしまうこともなかったのかも知れない。
わたし、何してたんだろう…?目から、涙がポロポロ溢れる…
夏菜子ちゃんから迸る赤い雷が常世の空を引き裂き、空間に裂け目が生じる。
その向こうには、現世の風景が映っていた。
「ギイェエエエ!!」夏菜子ちゃんが叫ぶと、口から黒い煙のようなものが出て、それが裂け目から現世に流れていく。そしてそれが、神社に来ている人たちに絡みつくと、一人、また一人と斃れて行った。真魚さんが叫ぶ。
「あ!アカン!イザナミの死の呪いが!現世に湧き出していきよる!」
死の呪いは、あっという間に広まっていき、神社だけではなく、門前町のホテルや、土産物店の人々をも襲って行った。
わたくしのせいだ……朦朧とする意識の中でそんなことを考えていると、ふと夏菜子ちゃんの手が緩む。
「え?どうして……」
夏菜子ちゃんの眼が、血走った赤い目から、元のクリクリした可愛い目に戻っていた。目から涙が零れて、わたしの名前を呼んでいる。
「姫!ウチはなんで……!?くっそ!手が離れへん……姫!違うねん!ウチはこんなことしたくない!……あぁ、でも……アレ君……」
すると、ふたたび目が赤く血走り、凶暴な邪神、イザナミ様に変わる。
「おぉのれぇえ!!邪魔するな小娘ぇぇ!!」
イザナミ様は、苦悶の表情を浮かべながら、雷と黒い煙をまき散らす。
何が起きてるの?……わたしの首を絞めている夏菜子ちゃんの腕を見ると、涙が零れたところが黄金色に輝いていた。
後ろで太子様が叫ぶ。
「えーとその!どこの誰か分からんお嬢さん!それや!アンタは夏菜子の名前を呼び続けろ!おい真魚!……そのー、なんや!このお嬢さんの心のパワー強化するような真言無いんかい!」
「え?えぇ?オマエ、いきなり無茶ぶりすんなや!ちょっと待って、なんやったかなぁ……あ!思い出した!『理趣経百字の偈』になんかそんな感じのやつあったわ!」
「おい真魚、理趣経って『おねえちゃんとラブラブなったら解脱ワンチャンあるかもよ』、みたいなやつちゃうんかい!?ワシ真面目な話しとんねんで?この状況で言うたらアカンやろ。怒るでしかし!!」
「ちーがーいますー!真面目な話ですー!もうそんなんええから、俺に続いて唱えてくれ!『大欲得清浄!大安楽富饒!三界得自在!能作堅固利!』」
「ホンマかいな……ややこしやっちゃなぁ!『大欲得清浄!大安楽富饒!三界得自在!能作堅固利!』」
こんな時に何言ってるの?この人たち……思わずクスって笑ってしまったけれど、それを聞いているうちになんとなく頑張れそうな気がしてきた……
「夏菜子ちゃん!しっかりして!夏菜子ちゃん!イザナミ様に飲み込まれないで!」必死で呼びかけながらも、また涙が零れていた。彼女を助けたい……お願いだから……そう思って流れる涙が、夏菜子ちゃんの腕に滴るたびに、イザナミ様が悲鳴をあげ、目の赤い光が弱くなっていく!大丈夫!行ける!
「夏菜子ちゃん!わたしまだ、夏菜子ちゃんのお好み焼きコンプリートしてないんだよ!鶴橋の焼肉屋さんも行ってないし、豚まんも食べてないんだよ!こんなの終わらせて皆で美味しいもの食べに行こうよ!アレ君も一緒だよ!」
すると、夏菜子ちゃんの手が、力を失ってだらりと垂れ下がる。
そのすきに、わたしは夏菜子ちゃんに抱きついた!
「は……離せぇ……卑しい人形がぁ……」左目の狂気じみた光が消え、夏菜子ちゃんが戻って来る!
「ひ、姫!……ありがとう……ウチは大丈夫や!えーと、ひいひいお祖母ちゃん!なんでこんなさせんの!ウチ、お祖母ちゃんの玄孫やで!ウチはこんな事したない!それよりアレ君助けてぇや!!」
それでも、イザナミ様は何とか抵抗しようと、彼女の口を使って話そうとする。
「小娘……何を……孫?わらわの孫だと?」
するとまた夏菜子ちゃんが叫ぶ!
「せや!ウチは石長比売さんの孫や!そやからアンタの玄孫や!玄孫のワガママくらい聞いてくれてもええやん!」
「孫……わらわのいとし子、石長比売……その孫というのかえ?……う、うう……」狂気じみた光を宿した右目から、キラキラと涙が零れる。
「あの子が……ようやく子を得たのじゃな……なんと、なんと……」いつの間にか、狂気じみた光は完全に消え、黒い煙も、八雷神も消え、法眼さんと十兵衛さんは、いつものヌイグルミに戻っていた……
「これ、アマテラスよ……わらわは其方を赦すことは出来ぬ……しかし、今は我が玄孫に免じてこの場は去ろう。夏菜子、我が愛しき娘や……其方の想い人の命、奪わせはせぬ……これを。」
夏菜子ちゃんの口を借りたイザナミ様が、そういって完全に消え去ると、夏菜子ちゃんの胸から、緑色に光る蔓草のようなものが伸びていって、アレ君に、そして、あちこちに転がっている兵士たちの身体に絡みついた。
「おい太子……こら一体どういうことや……」真魚さんと太子様が不思議そうに見つめている中、蔓草は常世の空間に出来た裂け目を抜けて、現世で倒れたり蹲ったりしている人たちにも伸びていった。
「これは……!おいおい、切り裂かれたり、丸焦げになった兵士たちの身体が元に戻っていきよる……」しばらくして、彼らは何もなかったように目を醒ますと、満たされたような表情で辺りを見廻しす。
「なぁ……姫……アレ君起きへん……」ハッとして振り返ると、夏菜子ちゃんがアレ君の身体にしがみつき、泣きはらしていた……
【あとがき】 第60話、最後までお読みいただきありがとうございました。 激闘の談山神社編、これにてひとまずの決着となります。
今回、おっちゃんが口にした「この世界の軸そのものがひっくり返る(曼陀羅の反転)」という現象。 実は本作、単に「主人公たちが悪もんをやっつける話」ではありません。
四天王寺編で地蔵さんが「人類がこれ以上愚行を繰り返すなら全てを消去されちゃうかも?」と言ってましたよね?じゃあそれは、具体的にどんな基準で、いつ、判断されるんでしょうか・・・?
じつは「激闘 談山神社」は、その前振りだったりするのです。
イザナミは、闇と混沌の創造神ですが、創造の前には必ず破壊があります。
つまり、イザナミは創造神であるとともに破壊神でもあり、どちらになるかはイザナミの心次第…なのです。
今回、アレ君が死んだ絶望からくる激しい怒りと憎しみによって、夏菜子が破壊神イザナミにシンクロしてしまったため、このような恐ろしい事態が起き、もう少し遅ければ、曼陀羅の魔神が全てを虚無にすり潰すところでした。
悪意をもった人間たちが呪術を弄んだことは、実はとんでもない厄災の引き金だったのです。
さて今回、姫=アマテラスの、夏菜子を思い、自分の弱さを認める気持ちが、なんとかそれを押し留めることが出来ました。このことは、今後もカギになっていきます。
ところで、アレ君が目を醒ましませんね?どうしたんでしょう?
次回!世界中の神話にだいたい出てくる「黄泉下り」です!お楽しみに!




