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13-5

小説の更新情報は下記の傘花SNSよりご確認いただけますm(_ _)m


Instagram:@kasahana_tosho

 そこにいたのは綾香だ。5年ぶりにあった元妻が、おそらく2人目の子を抱っこしてそこに立っている。


「匠」


 綾香がそう親しげに審馬の名前を呼んだからだろう。東が怪訝な顔をして審馬と綾香の顔を交互に見る。


「審馬さん、知り合いですか」

「元嫁」

「審馬さん、結婚していたんですか」

「今そんな話は良い。何やってんだ一体」

「こちらの女性が、署の裏の方へ無理矢理来ようとしていたので止めていたのです」


 東の話を聞いて、そして次に綾香の顔を見る。


 随分痩せたな、とまず初めにそう思った。けれどそれは不健康的というわけでは決してなくて、霞んでいた美しさに磨きがかかったような、そんな印象だった。


「何しに来たんだよ」

「いや…電話の匠、なんかちょっと変だったから…大丈夫かなって」


 気まずそうに綾香は視線を逸らしてそう言う。


 彼女にとって、審馬への愛なんてとっくに消え失せて、興味すら持たれていないのだと思っていた。


 長年連れ添った友人で、恋人で、夫で、2人の子の父親である相手に、僅かの情も抱かないでいる方が確かに難しいかもしれないと思う。


「悪い。今立て込んでるから後にしていいか」

「いや、でも…」


 言い淀む綾香の視線が審馬の後ろの方を捉える。つられて背後を振り返ると、そこには遠くからこちらをじっと見つめる菜穂子の姿があった。


 菜穂子の視線も審馬を捉えてはいない。じっと、類を抱えている綾香を見ている。


「ねぇ、あの人が犯人?元麻布の事件の」


 意識的にか、無意識的にか、類を強く抱きしめて綾香はそう言う。


「言うわけないだろ」

「名前なんだっけ。テレビでやってたのに」

「だから言うわけ…」

「良いから早く教えて」

「…裁矢」

「下の名前!」

「菜穂子」

「菜穂子さんっ!」


 綾香が抱っこしていた類を審馬に託して走り出す。


 初めて会う息子を初めて胸に抱き抱えて、何事かと2人で顔を合わせる。


 見知らぬ男に突然抱っこされているわりには、類は泣き喚くことも暴れることもしなかった。じっと審馬の顔を見つめて、照れ臭そうな声で小さく「パパ?」と口にする。


 溢れ返りそうになる想いを今はひとまずぐっと堪えて、審馬は類をそのまま抱っこしたまま綾香の背中を追う。


 綾香は菜穂子から少し離れたところで足を止めた。高橋が制すように菜穂子の前に出たからだろう。上がった息を整えるように肩を上下させた綾香は、けれど何も言えずにその場で菜穂子と、そして後ろから走ってきた審馬を見つめる。


「…審馬さんの、お子さんですか」


 言ったのは菜穂子だ。瞬きを一つして、彼女はじっと審馬と類の顔を見る。


「とても、そっくりですね。切っても切れない親子の絆のようなものを感じます」

 

 そう言った菜穂子の心の内は何も感じ取れなかった。ただ彼女は思ったことをふと口にしただけかもしれない。


 それでも、「切っても切れぬ親子の絆」という言葉選びに、何か表現できない強い思いが込められているように感じずにはいられない。


 菜穂子が視線を逸らす。まるで目の前の親子から早く逃げ出したいとでも言うように、彼女は自らパトカーへと乗り込もうとする。


「菜穂子さん」


 そんな彼女の背中に、綾香は声を掛ける。震える口元で、何とか絞り出すように、綾香は言葉を続ける。


「母として生きるのは、幸せでしたか」


 犯罪者を目の前にして、きっとこれまでにない恐怖を抱いているはず。それでも、聞かずにはいられなかったのだろう。


 事件のニュースを聞いてから、審馬と電話で話した時から、それは綾香の中でずっと蟠りとして心の中に沈んでしまったものだっただろうから。


 背を向けたまま暫く黙り込んでいた菜穂子がゆっくりと振り返る。審馬を一瞥して、そして綾香を見て、彼女は口を開く。


「…きっと、幸せで楽しかった瞬間もたくさんあったのだと思います。母として、家族として、私は当たり前で普通の幸せに満ちていたはず」


 そんな菜穂子の言葉には、「けれどもうそんな瞬間など朽ちて消え失せてしまった」のだと、そんな意味が込められているような気がした。


 朽ちてしまったのは、菜穂子自身によってだろうか、それとも家族によってだろうか。その答えは、きっと菜穂子の中にしかなくて、彼女がその真実を語る日はきっと訪れない。


「それなら…母として生きるのは、辛かったですか」


 綾香が一つ息を呑む。聞いておきながら、その答えを知るのを怖がっているようにも見えた。


「…辛かったと言えるほど、私は大層な母親だったでしょうか。それは多くの母親が乗り越えられる壁で、もしかしたら壁とすら感じていないかもしれなくて、だとしたら私は、母親として生きることより、ただ自分を守りたかっただけなのだと思います」


 菜穂子の言葉を聞きながら、綾香がぐっと拳を握る。その瞳に涙を浮かべて、けれど決して目を逸らさずに菜穂子を見つめている。


「私はただ、良い親ではなくて、まともな親でありたいだけだった」

次回投稿は12/13(土)

を予定しております。

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